ぼっちにとって学校での安息の地というのは幾つかあるがその一つに図書室がある。
中間や期末試験前の期間は一日中勤勉な生徒たちが勉強するために大勢使用するからその間は利用しないが、それ以外の時期……特に放課後は閑古鳥がギャーっと枯れた声で鳴くほどこの図書室を訪れる生徒はいない。
この学校がある地域は標高が高く、夏は蒸し暑いし冬は毎朝氷点下になる。ほとんどの生徒たちは一刻も早く家に帰っておいしいおやつにほかほかごはんにありつきたいからでんぐり返しでバイバイするので放課後は活発なごく一部の運動部と文化部の連中が残るだけだ。
俺は以前帰宅部だったがすぐには帰らず暫く図書室で本を読んで過ごすのがこの学校に来てからの日課になっている。
帰り道に電車の中で他の同級生たちと一緒に乗るのが嫌だというのが理由の一つだ。一度に大量の生徒たちが乗るから自然と周りをウェイ達が囲んでペチャクチャとお喋りしているのをお釈迦様のような悟った顔で自宅最寄り駅まで我慢しなきゃいけないから毎日一本ずらして電車に乗ることにしている。
次の電車が来るまでかなり時間がかかるから暇つぶしとして利用しているのと冬場になるとストーブを何個か設置してポカポカと部屋中が暖かくて居心地が良いから、ぼっちとして肩身が狭い俺にとってはリア充というゾンビ達から身を隠せる『セーフティールーム』の役割を果たしているという訳だ。
授業が終わり、俺は放課後のチャイムが鳴ると同時に鞄を持って一目散に教室から脱出した。リア充達と同じ空気を吸っていると息が詰まって窒息死しそうだ。特に友達同士で今期のアニメについて語るオタクグループの会話に混ざりたくても既にコミュニティが築かれているから遠巻きに指を加えて見ているしかないのが辛いから早く同じ空間から逃れたかったというのもある。
他人を傷付けてしまうかも、という不安で周りから距離を取ることは滋賀に住んでた時から変わらない。無理に孤高の狼を気取っているが実態は寂しくて死んでしまいそうな兎、というのが俺の正体だ。
「あ、悠介くん!」
だが、そんな捻くれた俺にも友達……とまではいかないが声をかけられたら会話をする程度の知り合いがつい最近何人かできた。その一人が今俺に話しかけてきた元気の塊である女子高生の各務原なでしこである。
「今日はアキちゃんが部室でミーティングするって言ってたから一緒に行こう!!」
「お、おう」
相変わらず元気ハツラツな各務原は常にポジティブで負のオーラが全く感じ取れない。俺とは月とスッポン、ひまわりと道端に生えてる名前のない雑草と同じくらい真逆の存在だ。
「じゃあ早く行こ!それとアキちゃん怒ってたよ。既読スルーは良くないと思う!!」
そういえば野クルに正式入部した後野クルメンバーから強引に連絡先を教えろと迫られたがまだ自分の連絡先を教える気にならず、インストールして放置したままだったLINEのIDを交換したんだった。
LINEのアイコンに未読の数字があったのを今更気づいた俺は「野外サークル」と名付けられたグループチャットを開くと大垣の「既読スルーするとはいい度胸してるな豊郷!罰として薪10kg分背負ってグラウンド10周な!!」と犬山の「無視するのはあかんで」というメッセージがあり、俺は慌ててすぐに行くと返事を送った。大垣はともかく犬山の絵文字も何も無い普通のメッセージは妙に怖い。普段おっとりしてるが怒るとメチャクチャ怖いタイプだわこれ。オカンに叱られてるみたいで恐怖しか感じないんですけど。
「各務原は先に部室へ行ってくれ。俺は今から図書室に行って本を返さないといけないんだ」
「図書室?私まだ行ったことないから付いていっていい?」
「まぁ別にいいけど……」
ダメだ、やっぱり純度百%のお願いを断る事ができない俺ほんと意思が弱いな〜と痛感する。
この前各務原が生徒たちの前で堂々と俺の手を握って野クルの部室まで連行された事件以来クラスメイト達が俺と各務原の関係を勘ぐってヒソヒソと何か話していたが大方俺と各務原が付き合っているとかくだらない事を噂していたが訂正する度胸もない俺は沈黙することにした。
人の噂も七五日というし俺みたいなほぼ存在を忘れられているキセキの世代は黒子になって更に空気になることで自然に噂が消滅するのを待つことにしたのだ。
だからこれ以上一緒にいるのを見られるのはマズいのだが、そんな事を1ミリも気にしてなさそうな各務原を見ているともうどうにでもいっかという気分になるのが不思議なんだよなぁ……。
「お料理本とかないかなぁ。今日の晩御飯まだ決めてないからあったらその中から美味しそうなの作ろっと」
のほほんと晩の献立について考えている各務原を連れて一階にある図書室まで来た俺は扉を開くと暖かい空気が一気に俺と各務原を包みこんだ。あったけえ〜……。
「あ、リンちゃん!それに斎藤さん!」
扉を開けてすぐ横に受付のカウンターがあり、内側にはマフラーに顔を半分埋めている団子頭の少女と向かい合って立っている黒髪ショートカットの少女がいた。
「あ、なでしこちゃん。こんにちは〜」
ヒラヒラと笑顔で手を振るこの黒髪ショートカットとは対照的に無表情な団子頭は各務原を見るなり慌ててポッケにスマホを突っ込んだのを俺は見逃さなかった。
「な、なにしにきたの」
「ちょっと悠介くんの付き添いとリンちゃんに会いたかったからきたんだよ!」
「悠介くん……?」
怪訝な顔をして各務原の横にいる俺を見ると途端に驚いた顔をしたが俺も驚いている。このいかにも本だけが友達みたいな雰囲気がある図書委員が前に命の恩人だとか言ってた志摩リンだって?
「こ、こんにちは……豊郷悠介です……」
「……こんにちは」
お互いに挨拶を交わすがこれが初めての顔合わせじゃない。放課後はこのカウンターにいる団子頭と俺しか他に利用者がいないから顔は良く覚えている。本をよく借りてるしまさか志摩リンの正体がよく顔を合わせる図書委員だったとは。これ今後放課後気まずくて利用できないやつだ……。
「あれ、二人は知り合いなの?」
黒髪ショートカット……斎藤さんは興味深そうに聞いてきたが別に知り合いって言うわけではない。志摩リンは多分いつも放課後に来て黙って本読んだり借りたりする変なやつと思ってるだろう。
「別に」
即答かよ。変質者呼ばわりされるよりはマシだけど軽くガラスの心にヒビが入ったぞ。
「……あ、この間野クルに入部したっていうのあなたのことだったんだね、斉藤恵那です。よろしく」
「ど、どうも」
うん、初対面の俺でも爽やかな笑顔で挨拶してくる斉藤さんが眩しすぎて見れない。各務原と同じくコミュ力値MAXな人のようだ。この人だけ何故かさん付けじゃないと違和感があるな。
「あの、本を返却しに来たんですけど……」
「……はい」
なぜ目を逸らしながら本を受け取るの?これ嫌われてるよね?泣いていいかな。
「ところで二人は何話してたの?」
「リンが今度キャンプしに行く長野について話してたんだ~」
「おい、なでしこに言うなって約束だっただろ」
「あ、ごめんごめん」
ほんとにこんな小さい少女がソロキャンガールだとは……キャンプ歴はどれぐらいなのだろうか、テントはどういうのを使っているのか色々と気になる。
「え!?長野にキャンプ!?いつ行くの!?私も連れてって!!」
「原付には二人乗りできないからまた今度な」
「え~!?」
お、もしかして二輪免許持ってるのか?だけど原付でキャンプツーリングとはまた珍しいな。400㏄以下のバイクなら運転できるけど学生に本格的なバイクを買う余裕はないから普通に考えれば原付が妥当か。
「ていうかリンちゃん原付の免許持ってたんだ!」
「まぁ……ついこのあいだとったばかりだけど」
「へぇ~すごいなぁ、私も取りたいなぁ……あ、悠介君も免許持ってるの?」
おい、いきなり話題を振るな、初対面の人の前で話すのぼっちにとってベリーハードなんだよ。
「い、一応……二輪免許は持ってるけど」
「そうなんだ!リンちゃんってびいの?っていう原付に乗ってるんだけど同じの使ってるの?」
「偶然だけど同じビーノに乗ってる」
16歳になったばかりの頃すぐに免許を取って以降、イライラした時などに気分を変えるために近所の国道を走ったりしてるから運転はそれなりに自身はある。
その時ピクリと志摩が反応するとソワソワと何故かチラチラとこちらを見ている。同じ原付に乗ってることについて何か気になることでもあるのだろうか?
「へぇ~ビーノってそんなに人気なのかな?」
「まぁ女性が好みそうなデザインしてるから結構売れてるらしいが」
全体的に丸みを帯びたフォルムで可愛らしい見た目をしてるから女性が乗っていることが多いけど原付には珍しいスマホを充電できるアクセサリーソケットが装着されていて実用性もあるから愛車にしてる男もかなりいるんじゃないかなぁ。俺の場合祖父が祖母にプレゼントしたけど全く乗らないから俺に譲ってくれたから買ったわけではないんだけど。
「……」
相変わらず無言で俺をチラ見しているけどこれは何か聞いたほうが良いのか?俺の事好きになったのか?なんて頭がハッピーセットなことは間違っても考えてはいない。
「リン、豊郷君に何か聞きたいことあるんじゃないの?」
斉藤さんが志摩の挙動不審な動きを見かねてか志摩に助け舟をだした。
「……その、この間なでしこに『キャンプに詳しい人が入ってくれたよ!』って聞いて……原付に乗ってるって言ってたけどサイドバッグとかって付けてるの?」
「え?あ、ああ、一応付けてますけど」
「私も付けてるんだけど、毎回乗って走ってる時に振動で原付本体に擦り傷ができるんじゃないかって心配で……何か固定できる方法とかないのかな……」
あ~……それは確かに心配するよな。
原付やバイクの後部に装着できるサイドバッグは文字通り車体のシート後部にバックルなどで両サイドにバッグを装着できる入れ物のことで物を入れるスペースがほとんどない原付などでは重宝される便利なやつだ。ツーリングキャンプをする時に様々なキャンプ道具を入れられるからキャンパー達の多くが装着している。
「えぇと……サイドバッグサポートを付ければいいですよ。金属製の枠組みで原付やバイクに付けてそこにサイドバッグを置くと固定されて動かなくなりますから」
サイドバッグだけ付けていると少しの衝撃で動いてしまうし志摩言うとおり最悪の場合車体に擦り傷が出来てしまう可能性がある。そのためにサイドバッグ専用のサポート……枠を付けてそこにバッグをはめるとよほどのことがないかぎり動かない。
「結構安値だし俺たち学生でも簡単に買えますよ。2千円とかで売ってますし」
そう言ってスマホで某密林の通販サイトで売っている商品を表示して志摩に見せた途端食い入るようにスマホを見つめた。
「こんなのあるんだ……知らなかった」
志摩は気がかりだったことが解消されたのか安堵の表情でホッと溜息をついた。上手く説明できたか不安だったがこれなら大丈夫だな。ふぅ……やっぱり他人と話すと体力と精神力がごっそり削り取られてすごく疲れる。
「へぇ、豊郷君って博識なんだね。すごいなぁ」
斉藤さんは心底感銘を受けたように純粋な笑顔で俺を褒めてくれた。いや、祖父から教わったことだし本とかネットとかでも調べればすぐに分かるからそんなにすごいことじゃないから。別に異性に褒められてすごく嬉しいとか思ってないんだからね!
「そうだ、豊郷君って野クルに入ってるんだし、これからいろんなとこキャンプするでしょ?そこで撮った写真送って欲しいし良かったらLINEのID教えてくれないかな」
各務原や大垣、犬山もそうだが最近の女子高生は男性のLINEのIDを聞くのが流行ってるの?初対面なのによく相手の連絡先聞けるな……。
「リンも豊郷君と交換したら?」
IDを交換し合った後、斉藤さんは志摩に問いかけたけど明らかに嫌そうな顔をしてるんですが……。まぁ当然だろう、俺のような得体のしれない根暗な男と交換したくないわな。
「いや、大丈夫ですよ。俺みたいなやつと交換したくないのは当たり前……ですから」
「リン、良い情報教えてもらったんだしこれからも色々分からないことがあったら豊郷君に聞いたらわかると思うよ?交換したほうが良いと思うな」
「……別に構わないけど」
渋々といった感じで連絡先を教えてもらったけどほんとに良いのか。まぁ、こんな嫌な態度をとられるのは慣れてるから別に大丈夫だけど。
「あ、結構話し込んじゃった。もう部室行かなきゃ!アキちゃんに怒られちゃうよ~」
時計を見るともう30分以上話し込んでいたようだ。やばい、あまりに遅いとまた大垣に変な命令をされるかもしれない。早く部室に戻らなくては。
「じゃあねリンちゃん!斉藤さん!」
「またね~」
「……」
元気に手を振る斉藤さんとは対照的に志摩は無言で小さく手を振っていた。
「嫌われてるな……あれ」
部室へと行く道すがら、俺は溜息をついて少しダウナーな気分になっていた。
「嫌われてる?誰に?」
各務原は訳が分からないと言わんばかりに頭にデカいはてなマークを浮かべている。
「いやいや……さっきみてただろ。連絡先交換した時の嫌そうな顔、斉藤さんに促されて仕方なくって感じだっただろ」
「ん~そうかなぁ?逆にリンちゃんは好感もってると思うよ?」
「えぇ……?」
その時スマホがブルブルと震えているのに気づき、ズボンのポケットからスマホを取り出すと一通のメッセージが画面に表示されていた。
志摩リン『さっきはありがとう。』
「……」
なるほど、表情に出にくいだけってことか。
『どういたしまして』
お礼を言われるのも悪くないな。俺は隣でウキウキと『晩御飯はハンバーグ~♪』と上機嫌で歌っている各務原を尻目に部室へと向かった。
感想で指摘を受けましたが大垣が焚き火台を持ってたのは親戚から借りたという設定です。
説明不足な点が多すぎてすみません。文章を上手く書く力がもっと欲しい……。
近々カリブーでキャンプ道具を色々と買うお話を書きます。