※こちらはシロ編の現実世界(リアル)のお話です。その為、シロ編に合わせて更新していきます。
まず、彼女の話から入ろう。
神谷 ましろの母、神谷 小夜子(さよこ)という女性のことだ。
彼女を簡単に説明するならば、自分と他人に最前を求める人間である。
もちろん娘のましろには小さい頃から勉学を優先させてきた。
しかし、ほとんど家にいなかったものだからテスト、通知表、順位…それらの数字で判断していた。
経過よりも結果、常にましろはそれに答えて生きて来た。
小夜子はARを研究している部署で働いている。
仕事が終わると会社の宿舎で寝泊まりする事が多い。
その点でましろの住んでいる家を《我が家》と呼んでいいのかはっきりしない。
そんなある日、母からメールが届いた。
「仕事で忙しいので着替えを持って来て欲しい」
との内容だった。
色々任される立場になったせいか、今までもこんな理由で研究施設へ言った事がある。
「神谷 小夜子の娘です。」
いつも通り、顔見知りとなった受付のお姉さんに伝えた。
「はい、ここに名前と住所を書いてね」
お姉さんの指示通りに必要事項を書いて行く。
受付は一階のロビーに置かれており、外部の人間は必ずここを通る形になっている。
それ以外はパーテーションで仕切られた、テーブルとイスがわずかに見える。
よくスーツを着た人が受付の人に案内されて、何かを話してる様子をみかける。
今日も仕切りの間から男性と思われる人影が見える。
そんな時、静かなロビーに男性の声が響いた。
「伊月(いつき)先輩!」
ましろの耳には確かにその名前が届いた。
スーツの男性がひとり、誰かの名前を呼びながら入って来た。
おそらく、その伊月先輩であろう男性がパーテーションから出て来た。
「そうそう、ましろちゃん」
小さな声で受付のお姉さんが呼ぶ。
「後ろの眼鏡の人、カッコいいよね。」
そう言われて、男性2人のうち、眼鏡をかけてるのがどっちなのか視線を送る。
名前を呼んだ方の男性は裸眼で、おっとりとした雰囲気の持ち主だった。
もう片方の男性は眼鏡をかけていた。
(お姉さんが言ってるのはあの人か)
「カッコいいんじゃないですかね」
同意はしておいた。
それよりもましろが気にしてたのは
(同じ《イツキ》って名前なんだ)
たまたま同じ名前の人物なのだろう。
次にログインしたらこのこと話してみよう…と思いながら用紙を受付に出した。
あとは持って来た荷物を本人に渡してもらう様にお願いして、受付を後にする。
出入り口へ向かう途中、伊月先輩と呼ばれた男性とすれ違う。
自分が制服を着ているから目立つのか、視線を感じた。
ましろは気にしないでいると、声をかけられた。
「えっと…神谷主任のお嬢さんかな?」
母の知り合いだったか…と心の中で舌打ちをしながら振り向く。
「すみませんが…どちら様でしょうか」
「ごめんね。こういう者だよ」
眼鏡の男は名刺を渡して来た。
名刺には『○○医療機器メーカー 営業2課』と書かれている。
男をよく見ると、ふわふわとした髪は丁寧にセットされており清潔感を感じる。
営業という肩書きも嘘ではないらしく、笑みを浮かべている。
「それで…その伊月さんが、何の御用でしょうか」
「さっき受付の会話を聞いちゃってね。神谷主任に挨拶してきたばかりなんだ」
話の内容が見えて来ないので、ましろは少しイラついてきた。
ましろの様子を見て男性は思案している。
「もしかして…まだ聞いてない?」
「母からは特に聞いてませんが」
ここでやっと彼の中で何かが繋がったらしい。
(これは悪い予感しかしない…後で母に確認しよう)
「ちょっと急いでるので、そろそろ失礼します」
「あぁ、時間を取らせてごめんね」
男性は爽やかな笑顔で手を振る。
確かに顔が整っていて愛想が良い彼の事を、世間はカッコいいと言うのだろう。
しかし、ましろは気付いていた。
彼の目が、
会話のあいだ、笑っていないことを。
何かこちらの腹の内を探るような嫌な感じさえした。
(二度と会いたくないなぁ…)
去って行く彼女の背中を見ながら彼は呟く
「またね…ましろちゃん」