Angel Text   作:こたつ@ミカン

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 向こう十話くらいまでこんな感じが続きそうです。グダグダしててすみません


箱入り娘

 風呂に戻って来て見て一番最初に驚いた事がある。

 「ここ、シャワー無いんだ……」

 私の身の回りを世話してくれる使用人が存在する事には最初から期待してはいなく、こんな僻地でそんな事を言う程夢見がちな性格でもない。ただ、シャワーが無いというのは意外であった。

 「湯槽と……カランはあるんだ」

 一度蛇口を捻ってみる。すると勢いよく冷水が床へと噴射して、冷水は辺りに飛び散った。

 「へぇ……」

しみじみと水流を眺めていたが、飛び散った冷水が身体に当たって冷えてきたので、蛇口を締めた。取り敢えず、隅にあった洗面器で湯を掬って、浴びる。

 「熱い……」

 火傷しそうな程熱くはない。身体が冷え切ってるせいでそう感じるのだと思う。温度に不満は無い。温度には……一度浴槽に入ってみる。深さも悪くは無いし、浴槽自体も清潔な方と言える。

 

 問題は湯の量が少な過ぎる事だ

 

入ってみて踝までしか湯の量が無かった事に驚きを隠せなかった。アイツは何時もこの程度の湯でしか浸かってないの?しかし、暫くすると徐々に湯が増えていってるのに気づく。実際、パイプから湯が高い音を立てて、流れ落ちていたのだった。

 「あ、今沸かし始めたばっかりだったんだ………」

 次第にその湯の勢いも増していき、湯音も段々と低くなる。そして湯が肩を超えた当たりで、急にパイプから湯が流れてこなくなった。これ以上供給し続けると浴槽が溢れると判断して自動で止まったのか、もしくはアイツが手動で止めたのだろう。

 「ふぅ……疲れたぁ」

 ちゃぽん、と水音を立てながら浴槽から少し足が出る様に足を伸ばす。するとこれまで滞っていた足の血液がすーっと流れた様な感じがした。落ち着きが増してきて多少温まったので腕も狭い空間からだらしなく出してみる。ひんやりとした浴槽の淵が腕に当たって少しびっくりしたが、あまり気にならない。

 「なーにやってんだろ……私」

 風呂に入って落ち着いたからなのかは不明だが、思いがけず私の口からこんな言葉が出た。最適解を出してくれる者も無く、ただ、不意に発せられた問い。それは儚く消える湯煙の様にぼんやりとしていて、その全容ははっきりとは確認できない。この何という、形容し難いモヤモヤとした感じが……

 「はぁ……本当にどうなっちゃうんだろなぁ」

 この先の見立てがつかない事、さっきのような屈辱が、それ以上の大失態があるのでは無いかというのが不安でもある。

 「あー……頭どうやって洗おうかな……」

 ヘアゴムで結いていた髪を振り解く。長ったらしい私の髪は浴室でふわりと舞い、やがて浴槽の中の湯へと入り込んでいく。

 「うわぁ……本当にどうしよう」

 髪の毛の浸っている様子と共に湯へと目を向けると、私の目には埃の浮いている浴槽が映り、更に溜息が出た。

 

 

 

 「……止まったな」

 ボイラーの動きは徐々に静かになり、水の流れる音がぴたりと絶える。何時もは止まったかの確認はしていないが、今日は何時もよりも高出力で稼働した為に何かあっては、と思って異常をきたさないか見ていた。しかし、それは杞憂に終わり、多少気分が落ち着く。高出力で使用したとは言え、ただ早く湯を沸かすことが出来るだけで、設計上は湯が何時もより熱くなる事は無い筈だ。かけ湯もせずに身体を一気に湯船に浸かる、という事をしない限りは安全であろう。

 「一先ずはこれでいいか」

 首を左右に傾けて音を鳴らし、一呼吸おいて家に戻ろうとここを後にする。

 すると、突然何時もは鳴らないような聞き慣れない音が聞こえて足を止める。何事かと思って辺りを見渡してみても何もいない。何かと何かがぶつかって聞こえる様な高い音。一体何なのか。

 

 コンコンコンコン

 

 「家の中からか……?」

 用心して家の中へと戻り音源の近づくとその音の実態に気づく。

 「何だ、何か問題でもあったか?」

 俺は風呂の扉を軽く叩きながら、中にいる奴に応答を求める。すると異音はすぐにとまり、中から声がしてきた。

 「…………」

 「何か用か?」

 「……出して」

 「出して?」

 「お湯出して……さっきみたいに」

 「ん……?あぁ、分かった少し待て」

 俺は奴の要求を理解し、ボイラーの元へと戻り、設定を変える。それにより、ボイラーは稼働して、再び湯を風呂へと送り込む。一気に湯を送った方がいいのか?とも思ったが、さっきみたいに送れと言っていた為、余計な事はしない様にした。暫くして湯が無くなり、ボイラーも動きを止めた。果たして彼女の目的は何だったのかよく分からなかった上に、これで良かったのかはまだ不明だが、取り敢えず家へ戻るか……

 廊下に足を踏み入れると彼女は奥の広間にて仁王立ちで立ち尽くし、こちらを睨んでいた。

 

 しかも裸である。

 

 「何してんだアイツ……」

 俺は彼女に近づいてみるが、一切動かずに目だけを合わせ続けている。

 「ね、ねぇ貴方。名前は何ていうの?」

 「急になんだ?」 

 「な、何ていうのか聞いているの」

 「ポーカーだが」

 「姓は?」

 「そんなものは無い」

 あっ、そう。と切り捨てて彼女は続ける。

 「ポ、ポーカー。貴方、今日は私をだ、抱きなさい」

 「は?」

 この女は急に家に来て何を言い出すのだろうか?

 「もしかして、不服?」

 「もしかしなくも不服だ」

 「…………!?」

 女は目の色を変え、睨んでいた視線から、驚愕の表情を見せた。

 「…………それは、私がダーマナフィア家の次女と知ったとしても?」

 「ダーマナフィア家……?」

 ダーマナフィア家……女は確かにそういった。何処かで……と思ったその家柄は妖精界でも高位中の高位、「星の五指」と呼ばれる家督の中の一つ。人間の一般庶民にさえも認知されている数少ない家柄だ。

 「そう……私は、「星の五指」と呼ばれるダーマナフィア家の令嬢、ネルン=ダーマナフィア……貴方が望めば、私は貴方との子を産める……さ、さぁ……どうする?」

 彼女はこう言い切って、俺を見つめ直す。

 

 さて、どうしたものか……

久々にこんな感情を覚えた。困惑、当惑、狼狽という様な物とは縁が切れたと思っていたのだが……俺は女と目を合わせてみる。すると女はぴくりと目を動かし、顔を顰め、少し顔を反らした。まるで何かを隠しているかの様で露骨な違和感がある。

 容姿端麗で家柄も申し分ない女が自ら抱かれる事を懇願してくるというこの状況に誰しも喜んで飛び付くだろう、しかし生憎俺は女を抱く様な趣味は無い。俺はそもそも女に興味は無い。こんな言い方は女性全体に多少悪いと思うが、事実だから仕方ない。もし、仮に俺が人の持つ肉欲のまま、安易に彼女とそういう行為に及んだとしたらどうだろうか?人間と妖精の子はあまり良い顔をされない。子供に不憫な思いをさせる可能性がある。しかもこんな高い家柄の子から生まれたとなるとかなりの問題だ。二種間の関係も悪くなるだろう。更に、俺はその元凶を生み出した事によって、人間界だけで無く、妖精界からも悪い評判が流れる事になり、益々生きづらくなるだろう。それ以前に子を産む、産まないに関わらず、こういった関係を持つこと自体は妖精界にとっては種族の汚点として語り継がれる可能性もある。それどころか、妖精界の方からは罰を無理矢理執行するだろう。もしかすればそれは処刑よりも苦しい目に遭うだろうし、もしもそれで子供なんか産まれたら最悪子供にも被害が及ぶだろう。

 

 そもそもそれを見越してのこの行動なのだとしたら……そうかそういう算段か……

 

 「取り敢えず、服を着ろ」

 「えっ……?」

 

 引き取ったのが俺だったのが運のつきだったな

 

 

 

 彼女は服を来て、広間に戻ると彼に向かい合って座った。

 「それで、お前は何が目的だ?」

 「…………」

 「はぁ……じゃあ何か飲むか?」

 「…………」

 「……少し待ってろ」

 さっきとは打って変わって彼女の寡黙な態度に彼は徒労を感じながら台所へと向かう。ガスコンロに火をつけ、やかんで湯を沸かす。その後、棚から茶葉と特殊な容器を出して準備を進める。

 

 すると突然首筋に何かひんやりとした感覚が走る。

 

 「色々と忙しい奴だな、お前は」

 

 彼が視線だけ動かすと彼の視界に彼女が包丁を彼の首に当てている光景が映る。

 「……どうしてそこまで冷静でいられるの?」 

 「冷静……冷静か。俺はお前がそんな行動取るなんて内心驚いている」

 「…………」 

 彼女は眉をぴくりと動かした瞬間、腕に力を入れ、彼の首に一刺ししようとした。その時、僅かに腕を引く動作に反応して彼は肘を彼女の鳩尾へとめり込ませる。うっ、という鈍い音共に膝から崩れ落ち、包丁が手から離れて、床に落ちると甲高い金属音が辺りに鳴り響いた。

 「はぁ……はぁ……」

 彼女は咄嗟の出来事に対応出来ず、頭が追い付いていない状況の上、腹部の痛みが感覚の大部分を支配して最早何が何だか分からない状況に陥っている。

 「……悪いな」

 彼は一言そう告げると包丁を拾い上げ、茶の用意を再開する。暫くして、やかんの隙間から煙が立ち上り始めると、火を止めてカップへと注ぐ。鮮やかな琥珀色の液体がカップの半分を満たすともう一方のカップにも同じ様に注いだ。彼は二つのカップを持って、先程まで座っていた椅子へと向かい、机にカップを置いた。

 「はぁ…………」

 一方彼女はというと、激痛は消え、正確な判断が出来るくらいには気力を取り戻した。それから一呼吸して立ち上がり、彼の元へと向かった。彼はそんな彼女に目を合わせると椅子の方へと目配せする。彼女は少し不満そうな顔をするが、渋々椅子につく。

 

 そして、二人に沈黙が流れる。

 

 「「…………」」

 話すことが無い訳ではない。ただ、お互いどう話を切り出すのかが分からず口を噤んだままだ。

 

 

 

 どれほど対峙していたかを二人共分かってはいなかったが、彼は辺りが真っ暗になるのに気が付いて立ち上がる。

 「そろそろ飯の準備をする。眠たければさっき使ってたベットを使え。飯になったら起こす」

 そして、そう言って台所へと向かう。彼女はちらりと彼の足取りを目で追った後、空になったカップを両手に持ち、彼へとついて行く。

 「お前……今度は一体どういう風の吹き回しだ?」

 彼女の急変した態度に彼はまたしても面を食らう。彼女はというと洗面台にそのカップを置いて、彼から一歩遠ざかる。

 「……使用人が陰でこういう事してたから……今は私が使用人、こういう事は進んですべき……」

 「そんな気を回す必要は無い。今でも、お前は使用人なんかじゃない。だからお前は余計な事はしなくていい」

 「余計な事……?」

 「そう、お前はそうやって無理に使用人を演じる必要は無い。俺が飯を作ればいいし、お前が何か苦労をする必要は無い」

 そう言って、彼はカップを手に取り、洗って棚へとしまう。それから台所にある袋を取り出す。その中には白色の穀物が入っており、二食分程鍋へと入れ、水を浸し、コンロの上に配置した。

 

 

 

 私は彼が淡々と作業をする様子をただ見ていた。何か洗ったり、何か切ったり……私は料理をした事は無く、料理を作っている様子を見た記憶さえほぼ無い。違う文化とはいえ、料理がこのように出来ていくんだ……というある種の感動に近い感情が心に巻き起こっていた。

 しかし、そんなプラスの感情だけが発生しただけでは無い。

 

 余計な事

 

 彼は確かにそう言った。そう言えば前いた使用人達も私の行動に似たような事を言う者もいた。勿論、言葉遣いは彼よりもずっと丁寧だったし、語調はもっと優しかった。あの時はその言葉自体に深い意味を感じなかった筈だし、どうとも思っていなかっただろう。

 けれども……今はどうだろうか?

 

「お前は使用人なんかじゃない。だからお前は余計な事はしなくていい」

「無理に使用人を演じる必要は無い」

 

 一部分ではあるが、先程の言葉を改めて噛み締めてみる。すると鋭利な言葉は胸に強く突き刺さり、大きな禍根を残して消えない。さっきの様子からすると悪意も他意も無いだろう。しかしそれが皮肉にも……いや、悪気が無いのだからこそなのだろう、気遣いの様に発したその一言が、私の自尊心に大きな傷がつける。存在意義を証明してくれる者が周りにいなくなるだけで、私はその一言を受け止めるだけの心の余裕が無くなってしまっていたと今になって分かる。

 「余計な事……」

 

 奴隷として引き取られた私にとって苦痛や屈辱を受けてでもそれでも平気……そう思っていた。

 

(でも…………)

 

 私は今に至るまで、他人に従事する事、虐げられる事、異文化で生きる事よりも、自分を否定される事が辛く厳しい事だなんて微塵にも気づかなかったのだった……

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