上下左右も分からないような真っ暗闇に、私はいた。
ひたすらに暗くて、歩けど歩けど光が見えてこなくて、前に進んでいるのか後ろに下がっているのか、ともすればズブズブとこの暗闇に沈み込むように歩いているのかすら分からないような闇に、私は呑まれていた。
「どうして…………」
闇に尋ねても何も返っては来なかった。ずっと一人で、闇の中で。
ときどきその闇は私に牙を向いた。その牙は私を闇のさらに奥深くへと誘おうとするものなのか、正しい方向へ向かせるために向けられたものなのか、今となっては分からない。
辞めておけばよかった。
ただ一人の幼馴染に誘われて、言われるがまま始めたこのゲームなんて辞めておけばよかった。
いや、そんなことを言っても仕方がない。
あの子は私とは違うから。
例えるならあの子は太陽で、真っ暗闇の中でも光を放って道を見つけて、あるいは切り開いて進んでいけるあの子は、私とは違うから。
あの子はすごいよ。私と状況は同じはずなのに、私と違ってこの現実を受け入れてしっかり立っている。
この闇から抜け出して、自分ではないほかの光を探してる。
ちゃんと自分が居たいと思える居場所を探してる。
そんなあの子とは違って私は、暗い昏い闇の中で、いつしか歩くことを止めた。
そうだよ。最初からこうすれば良かったんだ。何もしなければ周りに人は集まらない。
何もしない退屈な子になんて、誰も寄ってこない。
けど、それは違った。
私の見込みが甘かった。
あの子と固定を組んでいた時にやっていたことが、周りからすれば物珍しかったのだ。
あの子の近くにいた時に無意識についてしまった光が、私を導くほどの力はない光が、牙を剥く闇を呼んでくるのだ。
「やめて……!こないで……!!」
叫び出したいけど声が出ない。言いたいことが口に出せない。暗いのも、怖いのも、私は嫌だ。
目をつぶっているあいだに全部全部過ぎ去ってしまえばいいのに。
そんな時だった。一筋の光が闇を切り裂いて手を差し伸べてくれたのは。
【あの人】とは何度か会ったことがある。【あの人】は他の人たちとは違って、ちっとも暗くも怖くもなかった。
【あの人】は慎重に言葉を選んで、距離感を測って接してくれた。
それが私には、これ以上なく心地よかった。
そんな【あの人】が、それまでの距離感なんてなぐり捨てて私を助けに来てくれた。自分が傷つくことも厭わず、闇を切り裂いて手を差し伸べてくれた。
それが私には、これ以上なく頼もしく見えた。
すごい怪我を負いながらも、【あの人】は私に勇気を、優しさを、力をくれた。
それは枯れ果てていたと思っていた私の心に深く染み込むように入ってきた。
【あの人】は私をあの真っ暗闇から救い出して、私の心を満たしてくれた。
私はきっと、あの人のことが──
「カ〜ロネちゃん!!」
「……うぇっ!?」
後ろから唐突に抱きつかれる。その衝撃で私は我に戻った。そうだ、待ち合わせをしていたんだっけ?
誰か、なんて考える必要はなかった。いきなり私に後ろから抱きついてくるような人はあの子しかいない。
「もう……カフカ……ちゃんと、前から話しかけて下さい……」
「いやぁごめんごめん!急に会いたいって言うからさ!テンション上がっちゃって!」
「カフカったら……子供じゃないんですよ……?」
私の幼馴染のカフカだけが、私にこんなことをしてくる唯一の人だ。私も口では色々言いつつも、彼女を憎からず思っている。
「人見知りのカロネちゃんが話したいことがあるって言ったんだよ?そりゃ飛んでくるよ〜!」
あ、いいカフェ見つけたんだ!とカフカは言って私の手を引く。この子はいつも内気な私が耐えられる範囲で強引な行動をとる。彼女も私を慮ってくれるいい人だ。
カフカについて行くとカフェにはわりとすぐに着いた。カフェ……とは言いつつもそこはメイドカフェ。店員は皆さんヒーローで回しているらしい。
どうしてヒーローしかいないのか、なんてことは考えない方がいい。
私はほとんど直感でそう思った。
「カロネちゃん?こっちこっち!早く早く!!」
カフカに急かされて椅子に座る。カフカは目を輝かせて私に早く話すように促すけど、残念ながら口下手な私の報告は一言で終わる。
「私……ギルドに入ったんです。」
その一言だけで、カフカは目を見開いて驚いた。何度か目をぱちくりとさせて私の言葉を反芻してから、彼女はこれ以上なく嬉しそうな顔をして私に言った。
「そっかぁ……
そっかぁ……よかった……と泣き出しそうな笑顔でカフカは繰り返す。その態度から私のことを心配してくれていたのがすごく伝わってくる。
「私も早く居場所決めないとなぁ……」
「えっ……カフカ、まだ決めてなかったの?」
ポツリとカフカが呟いたその言葉に私は驚いた。太陽のようなこの子なら、きっとすぐに決めているだろうと思っていたから。
「ん〜……いやまぁ、ちょっと気になるところが多くてね。でも、一番が決まったから。」
彼女ははにかんで迷ったような素振りを見せながらも目だけは本気だった。彼女が好きなことをやっている時の目だった。
「そんなことよりも!あの人見知りのカロネちゃんがギルドにねぇ〜。いい人でもいたの?」
カフカが自分の話を切ってそんなことを聞いてくる。正直びっくりした。飲んでいた水を吹き出す所だった。
「んっ……!?そういうのじゃ……ないから……」
「あっはは〜。赤くなっちゃってかーわいい。で?で?どんな人なの?ゆっくり聞いてあげるよ!ここの代金は全部持つからさ!……すみませーん!【蒼王宮のナタデココジュース】二つと【月夜叉の兵糧弁当】二つ!」
『かしこまりました。暫くお待ちください。』
店員さんであるヒーローが恭しく礼をして去っていくとカフカはキラキラと輝かせた目をこちらに向けてくる。
この幼馴染は少しばかり思い込みが激しいのだ。
「そんなんじゃ……ないよ。あのね──」
私は、私が遭った一連の騒動についてカフカに話した。
口下手な私の話はしどろもどろで、精細さを欠いていて、たまに感情的になっていたけれど、カフカは黙って最後まで聞いてくれた。
「へぇ……そんなことがあったんだね。それで?カロネちゃんはその人のことをどう思ってるの?」
カフカにそう聞かれて、心臓が一つ跳ね上がる。どうしてだろう?理由は私には分からない。けれど、あの人を示す言葉は私の中でひとつしかない。
「咲き誇った砂漠の花。」
カフカは首を傾げる。きっと私の言ったことが詩的で伝わらなかったのだろう。
でも、それでもいい。
私の乾いていた心も
その中で綺麗に輝いていたようなあの人も
すぐ近くにあった
全部全部、私だけの思い出でもいい。
けれど、あの煌めきだけは忘れたくない。
あの人が身をもって教えてくれた、あの美しさだけは。
「…………すっかり恋する乙女じゃん。」
「……??何か言った?」
「ん?なんでもない。さー、そろそろ来るだろうしご飯食べよー!」
「……そうね。頂きましょう。」
『ふはは!我が月夜叉の兵糧を持ってきてやったぞ!』
『もう少し静かに運べないのか?』
そこまで話した時、褌臣が私たちの料理を持ってきた。後ろには写真集ダムが飲み物を持って控えていた。
……カフカのオススメしたこのメイドカフェは、なぜか上裸のヒーローしかいない。カフカは昔からこうだから私はもう慣れた。
「それじゃ!カロネちゃんのギルド入隊を祝ってぇ……乾杯!!」
「乾杯。」
そう茶化しながら私たちは食事を続けた。
太陽はもう私のすぐそばにはいない。カフカは、私の太陽は別の道を歩み始めている。
けれど、今の私には不安はない。
強くてしなやかなあの人が、
私を助けてくれたあの人が、
あの煌めきで、きっと私を導いてくれるから。
だから、ここが私の帰る場所だ。
「ただいま……帰りました……!」
「ん、おかえり、カロネちゃん。」
4章で一番書きたかった話が書けました!乱数調整です。
さてさて、今回でカロネ回が終わりです。次回から別の話が始まります。やったぁ!一番書いてて楽しいキャラだぁ!
そいつはまだイスタカ回を書いてたのにネタだけ大量に出てきてネタ帳を圧迫していたやつなので書けると楽しいですね。
けどネタでしかない存在なので話が作れなくて更新頻度は落ちますね!はい!
あとただでさえ低いバトル濃度も下がりますね!はい!(天:嬉しそうにするな)
次回、新章突入
ではでは、今回はこの辺で筆を置かせていただきます。