翌朝、かなり早い時間に動く二つの人影があった。
それらはコソコソと、まるで盗人のように家主たちに気づかれないよう動いていた。
「……どこ行くんだ?」
その人影に話しかける者が一人。ロードだ。
人影が驚いたように振り返る。
「……ロードさん。気づいてたんですね。」
カフカとグスタフだった。
「いや?気づいちゃいなかったな。いつも起きるのがこのくらいで、たまたまお前らの物音に気づいたってだけだ。」
それで?とロードはカフカが何をしようとしているのかを訊ねる。こんな朝早くから何をしようとしているのかを、訊ねる。
「出ていくんですよ。」
カフカはロードを正面から見据えそう言った。
視線は逸らさないが、その目はなにかに怯える小動物のように弱々しかった。
「これ以上いたら、カロネちゃんにまた甘えちゃいますから。一度頭を冷やして出直してきます。」
「…………そうかよ。まぁ好きにしろ。」
ロードはぞんざいにそう返す。そしてカフカを一瞥するとキッチンの方へと戻っていった。
それを見て、カフカも玄関を出る。
「…………ねぇグスくん、ちょっとだけ歩いてもいいかな?」
『……あぁ、いいぞ。どこにでも着いていく。』
カフカは扉を出て立ち尽くしていた。しばらくした後、貼り付けたような笑顔でカフカがグスタフにそう訊ねる。グスタフはカフカのそんな顔が痛々しくて、目を逸らす。
「それじゃあ、緑化区画に。」
くるりと身をひるがえすとカフカは後ろを振り向かずに歩き出す。
ずんずんとカフカは進む。グスタフはそれに着いていく。2人ともなにも喋らない。
二人は当てもなく歩いていく。
ある時ふとカフカが立ち止まる。
カフカが止まってじっと見つめていたのは【月下の寵鐘】──友人であるカロネが勇気をだして啖呵を切った場所だった。
『カフカ!少し休め。体がもたないぞ。』
「…………うん。」
二人は傍にあったベンチに腰掛ける。まだ朝の早い時間だからだろうか、周囲には誰1人として見えない。
沈黙が降りる。2人の雰囲気がどこか気まずそうで重苦しく感じた。
『どうしたカフカ?暗い顔をするなんてお前らしくもない。』
グスタフが語りかけるがカフカはなにも言わない。グスタフはそれを見て言葉を紡ぐ。
『ふん、いい薬だ。今回の件でお前も懲りただろ。カロネに説教をくらって少しはマシになったんじゃないか?頭を冷やしてもう一回──』
「無理だよ。」
グスタフの言葉を遮り、驚くほど冷たくカフカは言う。グスタフは思わず口を噤む。
「もう、無理だよ。あれだけ無理だって言われたんだ、もう、あたしはどこにも行けないよ。」
『……それはまだ決まってないだろう。【
グスタフはそう言ってカフカを宥めるが、当のカフカの顔色は優れない。
「最後の砦だったんだ。」
ポツリとカフカが呟いた。
「あのギルドはさ、助けてって言ったら助けてくれるって紹介文にあったんだ。もうここしかないって思ったよ。今まで何件も、何十件も断られて、今では「見学に行きたい」って申し入れをしただけで断られる始末だから、この人たちしかいないって思ったんだ。」
カフカは虚ろな目で遠くを眺めながら続ける。
「だって名前が【孤独者達の宴】だよ?救われると思ったんだ、報われると思ったんだ。孤独になったあたしを、こんな趣味のあたしを、受け入れてくれると思ったんだ。でも、そうじゃなかった。手切れ金代わりにご飯を食べさせてもらって、泊めてもらって、それで終わりだよ。あたしの帰るところは、なかったんだ。」
カフカは何かを隠すように腕で顔を覆う。グスタフは何をすればいいのか分からず、ただそれを見守るだけだった。
しばらくして、カフカが顔を上げる。表情はまだ暗く、なんとも言えない酷い有様だった。
それを見てグスタフは問題を先送りにするように別の会話を始める。
『落ち着いたか?』
「…………うん。」
『なら一度帰るぞ。もういい時間だ。メシを食ってアリーナで憂さ晴らしをしろ。俺が敵に絶望を見せてやる。』
「うん、そうだね!切り替えていこう!」
カフカは傍から見ても分かるほどの空元気でグスタフに答える。その姿は見ていて痛々しかったが、グスタフは言葉を飲み込んだ。
ここで何かを言っても下手な慰めにしかならないだろうと考えて。
「帰ろっか。あたしたちのホームに。」
『……あぁ、今日も一日忙しくなるぞ。』
二人はベンチから立ち上がると空を操作して緑化区画から姿を消した。
その二人が現れたのはひとつの扉の前。
カフカは扉に手をかけるがなかなか開けることが出来なかった。
『おい、早くしろ。』
「……もー、急かさないでよ。」
カフカはおどけてそう返すが、その目に少しだけ悲しみの念が浮かんでいたのをグスタフは見逃さなかった。
そしてカフカは扉をおもむろに開ける。
「ただいま!……って誰も──」
「おせぇぞお前ら。どこまで行ってたんだ?」
カフカのおふざけを遮って声を発する者がいた。
「え……なん、で……?なんでロードさんがここに!?」
ロードだった。
「なんでもクソもあるか。ここは【
ロードは当たり前の事のようにカフカに言いきる。
しかし、カフカもそれで納得ができるはずがない。
「いつの、間に?」
「あ?早々と申請飛ばしてたのはそっちだろうが。いつ、とかなんで、とかお前が聞くか?」
「だって……絶対に入れないって……」
「お前が止まんねぇならな。酷けりゃカロネが止める。つうか一回止めた。ならいいだろ。」
「でも……だって……」
カフカの質問にロードは易々と答えていく。カフカが心配していたことは何か分かっていると言うかのごとく。
けれどカフカはそう簡単に信じることができないのか、まだもにょもにょと口を動かして何かを伝えようとする。
「うっせぇ。」
それをロードが一喝して止め、続ける。
「そもそも、だ。俺たちのギルドに入るのに論理なんて要らねぇんだよ。誰でも受け入れるってウチのギルマスが言って聞かないからな。そりゃ入れたくない奴もいるが、何とかしてそれが解決できるなら、ギルマスの意見を覆せるだけの回答はないんだよ。」
そこまで懇切丁寧にカフカに言うと、ロードはため息をついて頭をガリガリと掻き、窘めるようにカフカに言い放った。
「だから、ちったぁ俺たちを頼れ。俺たちが無理でも幼馴染なら話せることもあんだろ…………今日からここがお前の
そこまで言って照れくさくなったのかロードはくるりと踵を返して歩き出す。
カフカはしばらく呆然としていたが、奥からロードの「早くしろ」という声がかかり我に返る。
そして嬉しそうに、笑った。
「……はい!」
今回、遅かった上に少し短いですごめんなさい。乱数調整です。
今回も話が進みません!もう少し進める予定だったのですが、それも入れてしまうとかなりの分量になりそうだったので分けました。そっちはもう少しかかります……
次回、孤独者達の会議(は、タイトルじゃないんですけど……)
ではでは、今回はこの辺で筆を置かせていただきます。