R-TYPE M-Alternative   作:DAY

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十話 会議

「いったいあいつらは何なのだ!?」

 

 ドンという机の音を叩く音がテレビ電話回線越しにも伝わってきた。

 いま机を叩いたのはアメリカ合衆国の軍の高官。

 オルタネイティヴ5の推進者の一人でもある彼は、現在このオンラインによるテレビ会議でもっとも影響力を持った人間の一人の筈だが、その顔は恐怖と驚愕に歪んでいた。

 そして他のテレビ会議の出席者も大なり小なり、似たような顔をしている。

 

「お気持ちお察ししますわ」

 

 内心では全くそう思っていないにも関わらず、心の底から気の毒そうに香月夕呼が声をかける。

 彼女が今いるのは横浜基地の世界各国の政府へのホットラインが設置された、ある意味基地でもっとも重要な場所の一つだ。

 香月夕呼は落下した巨大人工要塞とそれに対するR戦闘機の行動に対する説明のためにこのホットラインを使い、各国の高官や大使を呼び出した。

 

 あのR戦闘機たちはハイヴを潰すという行為を言葉通り、一切の隠蔽を行わずに実行しているため、それを観測した国という国が大混乱に陥っていた。

 そこに横浜の魔女が、全ての事情を説明すると発表したのだから飛びつかないわけがない。

 

 特にアメリカやソ連は独自で収集した正体不明の戦闘機群の衛星軌道上や地上での戦闘記録を持っていたため、どこよりも強い危機感を抱いているのだろう。

 本来ならばこのテレビ会議に出席するのは大使レベルの筈なのに、アメリカに至ってはオルタネイティヴ5の関係者まで出席しているのがその証明だ。

 それ以外の国も大使の他に各国政府の有力者が多数出席していた。

 

 しかしそんな彼らですら衛星軌道上から撮影された写真と、ハイヴ付近の偵察部隊が捉えた映像を最初に見た時、これがフェイクの画像だとしか思えなかった。

 

 天空から何千何万と無尽蔵に降り注ぐ誘導弾の雨。

 地上にひしめくBETAを大地諸共焼き払う地獄の炎。

 大気圏外からハイヴに突き立てられる光学兵器による光の柱。

 そして―――光線属種のレーザーによる迎撃を超高速、超低空飛行で掻い潜り、行く手を阻むBETAを球状兵装による体当たりとそこから放たれる光線で消し飛ばしつつ、ハイヴ近辺で徹底した殲滅戦を仕掛ける戦闘機の群れ。

 そのどれもが同じ兵器体系に所属するということは一目了然だった。

 

 未来からやってきた地球軍という荒唐無稽な話も、この圧倒的な力を目にすれば信じざるを得ない。

 問題はそこではなく、その先にある。

 

「バイドだと……? これだけの戦力を有する未来の地球軍を、更に圧倒する怪物……! とてもではないが、そんなものを相手にするだけの戦力など我々にはない!」

 

「しかもそのバイドを創りだしたのは更に別の時間軸の未来の地球人とは……例え冗談であっても悪趣味にも程がある! 一体そいつらは何を考えていたんだ!?」

 

「ファイヤーボール……いえ彼らの言うグリトニルは地球への落下の際、G弾の攻撃を回避しました。もしかしたら彼らはこの手の重力兵器に対する対策も有しているのかも……」

 

「ふん、どの道、これでアメリカお得意のG弾も頼りにならんということが証明されたわけだな?」

 

「……生憎だが、完全に無力化されたというわけではない。回避したということは直撃を受けると不味いということの証明でもある。落着し自由に動けない今こそG弾を撃ちこむチャンスなのでは?」

 

 様々な国の大使や高官が好き勝手な事を言い合う中、聞き捨てならない事を聞いた香月夕呼は素早く釘を刺した。

 

「残念ですが、彼らから与えられた情報によると、バイドの群れの司令塔の役割を持つA級バイドは高度な時空間干渉能力を有しており、重力兵器や空間干渉兵器に対してはその干渉能力を持って、力ずくで相殺する可能性が高いとのことです。

 全く通用しないわけではないのですが、効果的に使うにはまずその司令塔のバイドへダメージを与えなければならないと。

 BETA戦に例えるなら―――反応炉がG弾を無効化してしまうため、先に反応炉を破壊しないといけないと言った所でしょうか」

 

「だったらますます我々にどうしろというのだ!」

 

 激高した米国の高官の一人が机を叩くが、他の出席者も全く同感だった。

 

「基本的にバイドの件には彼ら―――22世紀地球連合軍グリトニル突入部隊『シューティングスター』に任せるしかないかと。ただし完全に放置するわけにもいきません。首輪をつける予定です」

 

 それに反応したのは帝国の大使の一人だった。

 

「首輪だと? その気になれば、そんなもの彼らはいつでも引き千切ることができるだろう」

 

「勿論その通りです。しかし彼らはそれが出来ない理由があるのです。―――例えば我々の時代の軍隊が第一次世界大戦の時代に現れたらどうなると思います?」

 

「それは―――過去の時代の勢力が我々と同じく頭を悩ます事になるだろうな」

 

「確かに一世紀以上も離れた兵器が突然現れれば、その時代の人々は為す術もありませんね。ですが本当にそうでしょうか? 我々の戦術機は、戦艦は、戦車は、航空機は、補給もなしに延々と戦えるそんな都合のいい存在でしょうか?」

 

 その言葉にTV会議に出席していた大使や高官達がざわめく。

 

「そうか……補給! 奴らも無制限に戦えるわけではないということか!」

 

「となれば、この異常な速度でハイヴに攻撃を仕掛けているのも説明が付く。弾薬や燃料が尽きる前に速攻で勝負を決めたいのか……」

 

「或いは我々への示威行為も兼ねているのかもしれんな。例え弾切れになっていようとその確信が持てない以上、迂闊に彼らに手出しは出来ないというわけか……」

 

 議論がひと通り落ち着いてきた所に香月夕呼は新たなカードを切る。

 

「そしてここからが重要なのですが……彼らはバイドを殲滅しグリトニルを奪還した後、グリトニルの次元カタパルトを利用して元の世界に帰還するつもりです」

 

 それを聞いたオーストラリアの大使がほっとしたような表情になる。

 

「それならば構わんのでは? バイドを殲滅しシューテングスターも消える。その過程でBETA共は甚大な被害を受けるだろうし我々としては万々歳だ」

 

 それに対して冷笑的な皮肉を入れたのはソ連の大使だ。

 

「オーストラリアの方は随分と無欲でおられることだな。これがBETAに侵略されていない国の考え方というものかね?」

 

 その言葉に再び場が色めき立つ。

 そんな彼らを代表するようにアメリカの大使が、ゆっくりと発言をした。

 

「つまり大人しく帰ってもらうにしても、彼らから何らかの技術を頂くべきだとそう言いたいわけかね?」

 

 それに対して頷いたのは香月夕呼だった。

 

「それだけではありません。彼らは『帰還』するにあたって、グリトニルを持ち帰れない場合、何らかの方法で『処分』をするとのことです。それらを防ぐため、私は彼ら地球連合軍と交渉し、彼らがグリトニルに再突入をする際、バイド殲滅を確認するためという名目で国連軍の戦力も同行させることを約束しました」

 

 その言葉に場が静まり返る。

 

「そしてその最終的な目的は―――22世紀の技術やグリトニルの奪取ではなく、次元カタパルトの機能の停止です。私は彼らの活動には限界点があると感じました。もし彼らが帰還に失敗すれば補給のあてのない彼らはこの世界に帰化するしかありません。そしてその可能性は彼らも念頭に入れているのでしょう。だからこそ我々にコンタクトを取り、必要最小限の交渉窓口を設けたのです。万が一自分たちが帰れなくなった時、この世界と付き合っていくために」

 

「あいつらをこの世界に取り込もうというのか……!?」

 

「危険すぎる! 確かに奴らの兵器を我々が使えるようになれば最早BETAなど敵ではなくなるが、しかし……」

 

 再び喧々囂々となった会議の場に場違いな拍手が響き渡る。

 その拍手を行ったのは先ほど発言したソ連の大使だった。

 

「流石は極東一の天才と名高い香月博士だ。そう、人類には力が必要だ。BETA由来の不安定な技術であるG弾などではない、純粋な人間の叡智によって築き上げられた真の力が。ソ連は香月博士の計画に助力を惜しみませんよ。さしあたってはその同行させる部隊に、我が祖国でもっとも優秀な衛士を編入させるというのはどうでしょう?」

 

 そのあからさまな横槍に、香月夕呼は腹の底を感じさせぬにっこりとした笑みで答えた。

 

「ありがとうございます。ですが、同行させる部隊に関しては、既に彼らと打ち合わせを行い、決めておりますので今回は見送らせて頂きますわ。彼ら『シューテングスター』は政治的な駆け引きを嫌っているので、指揮系統が複雑になりかねない多国籍軍形式の部隊は禁止することになっています」

 

 勿論打ち合わせまでしているというのは嘘である。しかし交渉窓口が彼女しかない以上、確認のしようがない。香月夕呼は唯一の交渉窓口という特権を最大限に利用するつもりだった。

 ただでさえ頭痛がするような話を聞かされっぱなしだったのだ。これぐらいの役得は当然であると彼女は思っている。

 しっかり釘を差されたそのソ連大使は、やはり内心を一切表に出さず、

 

「そうですか。それは残念です」

 

 と一言述べて一旦引き下がった。しかし頭の中ではまた別の計画を建て始めているのだろう。

 すると今度は米国の大使が彼女に対して要求してきた。

 

「しかし今回の情報は全て香月博士からもたらされたものばかり。これでは我々としても全てを鵜呑みにするわけにもいかない。公正さと情報の真偽をはっきりさせる為にも、やはり我々にも彼らとの交渉の窓口が必要だ」

 

「同感ですな。現状では香月女史から得られた情報の真偽を確かめる方法がない。万が一にもあり得ないとは思いますが―――彼女が情報を隠匿したり、虚偽の情報を交えていた場合、取り返しのつかないことになる」

 

 当然といえば当然なその要求に対して、次々と各国の大使や有力者達が同調を始める。

 だがその圧力に対しても香月夕呼は顔色一つ変えずに、受け流した。

 

「先ほども言った通り、シューティングスターはこちらの政治面に関わるつもりは一切ありません。彼らからすればこの数日以内で決着をつけて、元の未来に帰還する予定でしょうから当然でしょうね。そして彼らはあくまで自分達のことを第一優先としており、BETA殲滅に力を貸したり、この世界に技術を提供するような真似をする気は一切ないようです。

 となれば交渉窓口を増やしても彼らからすれば煩わしいだけで、下手すれば全ての交渉窓口をシャットアウトし、こちらを完全に無視した独自の行動をする恐れがあります」

 

 すらすらと答える香月の答えにアメリカの高官が憎々しげに呻いた。

 

「つまりしばらくは君の地位は安泰というわけだな」

 

「私もそこまで彼らから信頼されているというわけではありません。ただ忠告させていただくと、彼らはG弾を目撃しており、その対抗策を保有している可能性があるだけでなく、ラグランジュポイントの例の船団にも気がついている可能性があります。くれぐれも性急な行動はなされぬように……」

 

 言外に彼らを始末するためにG弾を打ち込んでも、最悪の場合無効化されるどころかオルタネイティヴ5の要の一つである移民船団までもが報復に晒される可能性がある。と香月は忠告した。

 それに対してアメリカの高官は苦々しげな顔をしていたが、反論はしなかった。

 実際宇宙空間で、単機でハイヴを壊滅に追いやるような兵器に襲われた場合、大した迎撃システムを持っていない移民船団は碌な反撃も出来ずに宇宙の藻屑になるしかないのだ。

 

 その事を知る香月夕呼は畳み掛けるように続ける。

 

「そして我々が取る作戦ですが、甲20号作戦は後回しにし、今回の彼らのグリトニル攻略戦に便乗させてもらい、オリジナルハイヴ攻略作戦を前倒しで発動するべきだと提案させて頂きます。この戦いでBETAが被る被害は相当なものになるでしょう。そして逆に彼らが失敗すれば、我々はバイドに為す術なく滅ぼされることになる。

 ここにいる皆さんも衛星軌道上から彼らの戦闘を観察していると思いますが、バイドに汚染されたと思わしきBETAは明らかに行動パターンが攻撃的になっています。

 これがバイドに汚染された結果だとすると、人類の今までの戦術が無効化される可能性もあるのです。

 だからこそこの機会を逃す手はありません。というよりはこれを逃せば我々は打つ手がなくなるのです」

 

 そう力説する彼女にその場にいる全員が苦々しい視線を向けるが、反論はなかった。

 そして暫しの沈黙の後、消極的な賛成や同意の意見が上がっていく。

 それはアメリカですら例外ではない。

 佐渡島ハイヴで00ユニットがハイヴのマップデータを始めとして様々な貴重なデータを手に入れた事は、この場にいる人間は全て知っている。この会議はそれだけの権限を有した地位の持ち主達による会議なのだ。

 しかし能動的に動くバイドがBETAへの汚染を完了すれば、そのマップデータも役に立たないものになるだろう。

 挙句の果てに高レベルのバイド体は宙間戦闘どころか、空間転移すら可能という事実を聞かされると、オルタネイティヴ第五計画が発動しても、地球を脱出した移民船団にも追手を放ってくる可能性も出てくる。

 こうなってしまっては是が非でもあの客人たちに、バイドを始末してもらうしかないのだ。

 

 それでもソ連を始めとして、あの未来人達にいらぬちょっかいを出そうとする勢力は確実に存在するだろう。彼らの無駄に高い諜報能力を持ってすれば、たとえ相手がシューティングスターであっても、作戦開始までの猶予が僅か数日であっても、思いもよらない事をしでかす可能性は充分にある。

 だからこそ、香月はあえて彼らの帰還を意図的に妨害し、この世界に留まらせて技術を入手するチャンスがあるかのような話を振った。

 無論彼らの技術が喉から手が出るほど欲しいのは彼女とて同じ。というかチャンスがあれば彼女自身も自ら進んで動くことも躊躇うつもりもない。だが、同時に意味もなく無謀な賭けをする気がないのも確かだ。

 

 彼女にとって一番理想的なのは彼らにBETA共々バイドを殲滅してもらい、そのまま丁寧にお帰りいただくことだ。

 そしてその際、彼らがいくつかの『忘れ物』をしてくれれば上出来だ。

 グリトニルそのものを忘れていって貰えれば一番いいが、まあそれは高望みだろう。だがそこまで行かずとも、R戦闘機が撃墜されてその残骸を回収できたり、グリトニル内部で何らかの物品やデータを回収できればそれだけでも十分な成果になる。

 もっとも他の勢力はそれだけでは満足しないだろう。それらの忘れ物を回収できるチャンスがあるのはRに同行する香月博士の子飼いの部隊だけなのだから当然だ。

 

 しかし香月夕呼が意図的にチャンスを作る気はない、と言うと間違いなく彼らは独自の行動に出てシューティングスターにいらぬちょっかいをかける。こういった連中の無駄な行動力の高さは侮れない。彼女自身、それを何度か辛酸を嘗めるほどに味わっている。

 そしてそんな連中であっても巨大な勢力である以上、これから始める世界規模での陽動作戦において必須である。

 だからこそ、香月夕呼は自分からそういったプランがあることを仄めかし、無謀な行動を牽制し、自分の方でそれらの外部工作の類をコントロールするつもりなのだ。

 とりあえず、今の所はその策は功を奏しているようだ。これも完全なブラフではなく彼女自身も何らかのチャンスがあれば実行したいと心の何処かで考えている為、説得力が増したのかもしれない。

 

 いくつかの妨害工作の手段が遠回しに提示され、彼女はそれを考慮するような態度を取った。

 勿論考慮はしても実行に移すかどうかはまた別の問題だ。

 グリトニル突入作戦は前例もない前代未聞の戦闘になる。

 作戦通りにいく保証など欠片もなく、準備した工作が不発に終わっても不思議ではない。

 そして全てが終わった後に文句を言っても手遅れなのだ。

 

 本来なら彼らもその程度の事は理解している筈だ。だが突然異界の乱入者により戦いの舞台から引き下ろされ、無力な傍観者に成り下がる事を強制された衝撃がそう簡単に治まる筈もない。

 言うなればこれら一連の工作は各国のガス抜きでもあり、愚痴であり、自分達もまだ何かが出来るという事を証明したいという考えの現れだ。確かに最悪の自体を常に想定し、それに対処するためのプランはないよりはあったほうがいい。

 これらの策が実行出来るかどうかはともかく、そういったことを考え準備することで自分達もあの連中に対抗出来るはずだという気にはなれる。今の香月夕呼にはその気持が何となく理解できた。

 

(ま、今の段階じゃ大人しく陽動作戦を粛々とこなしてくれるのが、あんた達に確実に出来ることなんだけどね。どうせこの会議の内容も盗聴されててもおかしくないし)

 

 シューティングスターがこの世界のネットワークに自由に干渉できる技術力を有しているのは、転移から僅か数日でオルタネイティヴ4計画の責任者である香月夕呼を探しだしたことでも明らかだ。

 そう言った意味では彼女は最初からこの会議は、シューティングスターに聞かせる為に開いたと言っても過言ではない。どの道ネットワークを利用したオンライン会議の時点でシューティングスターによる盗聴を防ぐ方法はない。

 彼らの盗聴を防ぐには出席者が直接一同に会して、物理的に遮蔽された会議室で会議を行うしかないが、今の情勢でそれは余りにも非現実的な方法だ。

 

 結局どういった策を練ろうと最初からバレていれば意味はない。この会議はシューティングスターへの警告も兼ねているのだ。

 もし彼らを出し抜ける者がいるとすれば、彼らと直接接触する自分しかいない。それすらやる価値があるのか分からない極めて危険な賭けになるが……。

 

 香月がそんな事を考えている合間にも更にいくつかの案が出て、ようやくシューティングスターに対する工作関係の話は終わる。

 というよりは恨み節を吐き出して、各国の有力者達の頭が冷えてきたと言うべきだろう。

 出席者達の思考が切り替わってきたと見た香月夕呼は、一番重要な陽動作戦の細部を詰めるべく話を続けた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 オリジナルハイヴに落着してから、彼はひたすら損失した戦力の補充に努めていた。

 彼にとって一番の誤算は共に落下したグリトニルが落下の衝撃でメインフレームの一部が自己防御システムを発動し完全にロックされ、設備の大半が暫くの間使用不能になってしまったことだ。

 もしグリトニルの戦力と設備を完全に自由に出来たのなら、一緒に転移してきた中隊規模のR戦闘機群など敵ではなかった筈だった。

 

 だが実際には転移寸前に相対したたった一機のR戦闘機に致命傷に近いダメージを受け、その傷の修復に全力を費やす羽目になったというこの現実。

 しかも悪いことにあのR戦闘機との激戦で、人間で言うところの脳にあたる情報処理システムにもダメージを受けたせいか、自身が有していた各種兵器技術も一部失う事になった。その為、傷を癒やすだけでなく、失った兵器技術の補填もしなければならない。

 無論それとは別にグリトニルで手に入れた完全な状態の兵器も幾つか保有していたが、それらを収めたブロックの大半は、大気圏降下の際のあのR戦闘機の猛攻で、ブロックごと脱落してしまい処分されてしまった。

 後に残ったのは制御権を奪うことに成功したグリトニルの一部の兵装と幾つかの戦闘ユニットぐらいで、その数も少ない。それでもこの星を蹂躙するだけなら釣りが来るが、あのRの群れを相手にするには賭けになる。

 

 この状態をゲーム風に言うなら兵器として大幅にレベルダウンした挙句、武器や装備の大半を失ってしまったといったところか。

 これらの事実を鑑みると、あのR戦闘機部隊は他の部隊とは訳が違う。

 奴らは明らかにA級レベルのバイド狩りに特化した狩人の集団だ。

 そんな怪物達の相手をするには単に傷を癒やすだけでは不十分。

 

 もっと力をつけねばならない。

 もっと数を増やさねばならない。

 もっと技術を取り込まねばならない。

 もっと戦力を上げねばならない。

 

 あの狩人共は態勢を立て直し次第、すぐにでもこちらを狩りに来るだろう。

 それを迎え撃つのに、グリトニルのシステムを解除して戦力を再生産するなどと、悠長な事をしている暇はない。

 今の彼に必要なのは即座に汚染可能で、支配下における戦力であり技術力だった。

 そして幸いな事に彼にとってのうってつけの餌の巣が、グリトニルのすぐ真下に存在した。

 

 有機ベースのロボットと思わしきそれらの大群は、こちらから襲撃を仕掛けるまでもなく、グリトニルの真下にあって尚原型を留めていた彼らの巣から這い出て、グリトニルの外壁をよじ登って内部に侵入し―――そしていとも簡単に待ち構えていたバイドによって汚染された。

 そして汚染された個体を通じて更に別の個体へと次々と汚染を広げていく。落着して24時間後にはこの世界の人間達が言うところのオリジナルハイヴとその司令部である重頭脳級と呼ばれる個体の汚染と制圧を完了していた。

 ただ問題があるとすれば強引な汚染に対して、重頭脳級が大きく抵抗した為、その機能の一部を破損させることになり、結果として世界中の有機ロボットに対する命令権を完全に奪えなくなったことだ。

 その為、この有機ロボット群―――BETA、と人間たちが呼称するそれを支配しようにも、彼は重頭脳級の権限を完全に行使することができず、地道に物理接触などを通じて汚染を広げていく羽目になってしまったのだ。

 

 当初は彼らの思念ネットワークを通じて世界中のBETAを一挙に支配下に置くつもりだったが、前述の問題のせいでそれは断念せざるを得なくなった。

 今の彼の半端な権限ではそれぞれの巣の直轄の個体群への命令を行う事は出来なかったのだ。

 それどころか各地の巣が、汚染された自分たちの指揮官を奪還しようと戦力を差し向けてくる事態になった。もっともそれなら直接接触による汚染支配が可能になるため問題ないのだが、忌々しいRの群れが先手を打って、こちらに殺到するBETAの大半を殲滅してしまった為、今はどの巣も様子見に徹している状態だ。

 

 だが全てのBETAの支配が出来なかったわけではない。

 散らばっているそれぞれの巣の直轄の個体への命令は弾かれたが、巣を潰されたり、数が多すぎて巣から飛び出して、巣に属さない群れを何とかコントロールすることが可能になったのだ。

 

 そしてそれらのいわゆる巣を持たない『はぐれ』というべき群の一部。

 この世界の地球で言うところの佐渡島ハイヴからの残党というべき群れが、地上における『R』共の前線基地、正確にはその付近にある極東の基地に襲撃をかけようとしているのを察知して、彼はその行動に対する中止と待機を命じた。

 無論、恐怖からではない。

 碌な強化も受けていない、素のままのそれらではRに敵うわけがないと彼は知っていたからである。

 

 故に、彼はそのBETAの群れに、現地で入手し強化を加えた大型輸送用有機ユニットと、世界中からかき集めたさらなるはぐれBETAの群れを援軍として送り込み、その援軍の到着と同時に襲撃をかけるように命令を下した。

 既にオリジナルハイヴと呼ばれた場所は、バイドによって汚染された有機ロボットの改造工場と化している。

 特にG元素と呼ばれる希少物質が大量に保存されていたのも彼にとって好都合だった。

 BETA達からすれば本星に送る貴重な資源かもしれないが、知ったことではない。これ幸いとばかりに大量の光線級属を生産していた。

 

 今回の襲撃は、この『工場』で生み出した新型兵器の実戦テストと、この世界の人類の対処能力を試す意味合いもある。

 当初はこの世界の地球人如き、Rを駆る人類に比べれば脅威度は低いという認識をしていたが、世界線が違えど仇敵たる地球人には変わりはない。

 それを彼は重頭脳級から手に入れた人類の情報から理解しつつあった。

 

 00ユニット。

 戦略機凄乃皇。

 G弾。

 

 これらは明らかに21世紀初頭の地球が持っていていい水準の兵器ではない。やはり時代は違えど地球人は侮れないということだ。

 単体では自身の敵ではないが、これが22世紀の兵器であるR戦闘機と接触した時、彼にとって都合の悪い形での化学反応が起きる可能性がある。

 故に叩く。

 どんな時代であろうが、どの次元であろうが、彼は地球人に対して手を抜くことはない。

 今までも。そしてこれからも。

 

 そしてこの地球とR戦闘機を叩き潰した後は、グリトニルの技術を完全に解析して宇宙に飛び出し、この次元の宇宙中に増殖している有機ロボットの創造主とやらを滅ぼし、その力と数を我が身へと取り込む。彼らが運用するG元素は、時空間干渉に持ってこいの性質を有しており、この技術を解析すれば偶発的な要素にも頼っていた並行世界間の移動を安定して行うことができるようになるだろう。

 その後は取り込んだ彼らと共に、再び元の22世紀へと舞い戻り、その物量でもって今度こそあの忌々しい『R』を駆る22世紀地球文明圏を粉砕するのだ。

 これから始まる無限の闘争の予感に、彼は人間で言うところの歓喜とも言うべき感情に身を悶えさせた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「観測の結果、オリジナルハイヴよりバイド係数をもった個体が移動を開始した」

 

 グリトニル及びオリジナルハイヴを偵察していたエニグマのその言葉に、R戦闘機パイロット達は目を細めた。

 この通信はR戦闘機パイロットだけではなく、部隊全てに伝わっており、突入部隊の隊員達全てが手を休めてエニグマの言葉を聞いている。

 

「目標のバイド係数はCランク。深深度の地下を掘り進みながら、BETAの群れを伴い横浜基地方面へと侵攻中。恐らく横浜基地だけでなく、厚木市に落下したD-3ブロックも標的だろう。言うまでもないが、機能が生きているD-3ブロックがバイドに奪われると非常に不味いことになる」

 

「では横浜基地は見捨てて、D-3ブロックを守るので?」

 

 そう隊員の誰かが発言し、エニグマはそれに対して首を横に振った。

 

「いや、それも不味い。まだ不確定な情報しか集まってないが……この横浜基地には00ユニットと呼ばれる高性能量子コンピューターが存在する。

 これがどれほどの性能なのか、地球のネットワークを漁っただけでは完全にはわからなかった。余程大事なものなのか、オフラインのシステムに大半の情報を仕舞いこんでいるようだ。

 どういったものか予想はできるが、正確な性能が不明な以上、バイドの手にこれを渡すのは危険すぎる。よって横浜基地にも援軍を出す。

 そして戦闘のついでに00ユニットのデータを掠め取ってくるのが理想的だ」

 

「要は火事場泥棒か」

 

 そう言ったのはミサイル駆逐艦フライバーで整備兵達と自機のR-9C"WAR-HEAD(ウォーヘッド)"のシステムチェックをしていたミーティアだ。既に彼の機体は修理も終わり、本来の力を取り戻しつつある。

 そんな彼の言葉にエニグマは苦笑して答えた。

 

「彼らを助ける為に援軍を派遣し、その対価を貰うだけだ。こっそりとな」

 

「そもそもその00ユニットとやらはそれほど重要なものなのか?」

 

 そう疑問を発したのはR-9Sk2 "DOMINIONS(ドミニオンズ)"を駆るフレイムタンだ。

 彼はここの所、友軍との情報共有の暇もなく、ひたすらハイヴとBETAを焼き払い続けていたので00ユニットの存在意義と性能をあまり理解していない。

 

「断片的な情報を繋ぎあわせ、それらを部隊の情報士官達に解析してもらった結果、極めて革新的な発想の元に作られており、我々と情報戦を行える程の機能を有している可能性も否定できないという結論が出ている。場合によっては、帰還の際の手土産にするべきだという意見が出たほどだ」

 

 その言葉に艦内や彼らのネットワークに小さな驚きの波紋が広がる。

 21世紀初頭の技術で、22世紀の最新鋭兵器と渡り合えるとは俄には信じがたいが、そもそも自分たちも22世紀の技術を元にした兵器で、26世紀の戦闘兵器たるバイドと渡り合っている。

 ならそういうこともあるかもしれない、となんとなく皆納得してしまった。

 やはりこういう時に自分達という前例があると理解が早くて助かる。と思いながらエニグマは続ける。

 このやりとりを00ユニットの開発者である香月夕呼が見ていれば、一緒にするなと叫んでいたかもしれないが。

 

「ともかく、これから香月博士に警告を出し、D-3ブロックと横浜基地へと派兵する戦力を抽出する。強襲揚陸艦トールが一緒に転移してきたのは不幸中の幸いだった。艦長、トールに搭載しているグリトニル制圧用の機動歩兵部隊と支援用のRを貸してもらうぞ」

 

 そういってエニグマは、トールの艦長に話を振った。彼は軍帽をかぶり直し、答えた。

 

「……ストームガンナーを使う気か。だが全ては無理だぞ。最低でもグリトニル攻略戦に備えて半分は残しておきたい」

 

「構わん。彼らは対バイド戦には使わない。BETAの掃討と戦闘の混乱に紛れて、データの回収をしてもらうのが目的だから危険は少ない筈だ。

 実際に戦場で暴れてもらうのは『ゴリアテ』にしてもらう」

 

 『ゴリアテ』は強襲揚陸艦トールに搭載された歩行戦闘機型のR兵器、TP-2H "POW ARMOR II(パウ・アーマー改)"のコールサインだ。

 この兵器は元はパウアーマーと呼ばれる汎用自走コンテナをベースに、R戦闘機の技術をフィードバックして改良した兵器であり、他のRシリーズの例に漏れずフォースや波動砲、異層次元航行システムを装備し、通常のR戦闘機と遜色ないレベルの戦闘力を誇っている。

 特にこの歩行戦闘機が装備したニードルフォースは閉鎖空間において絶大な制圧力を発揮するため、歩兵部隊の支援には持って来いの存在だった。

 横浜基地のような閉鎖空間内ならば、(因みに横浜基地の内部構造はエニグマによるハッキングと、今まで攻略してきたハイヴの解析によって概ね判明している)その火力で猛威を振るうことになるだろう。

 

「そしてD-3ブロックへの援軍は手の開いているRを幾つか向かわせるが、念のため『モール』にも先行して降下してもらう。敵は地下を掘り進む能力を持っているようだが、『モール』なら地下での戦闘にも対応できる」

 

 このモールもまた強襲揚陸艦トールに搭載されたRシリーズ唯一の戦車型R、TW-2 "KIWI BERRY(キウイ・ベリィ)"につけられたコールサインである。

 陸戦主体のR兵器はバイド戦に対して効果的ではないと判断され、Rシリーズ開発初期に開発を打ち切られた兵器だが、陸戦以外にもコロニー内戦闘や要塞攻略戦になるとこれが意外と有用であると証明され、幾つかの派生機が改めて開発されることになった。

 この機体の最大の特徴はドリル型のフォースを装備していることで、その気になれば陸戦どころか地下を掘り進んで敵陣に侵攻することも可能な性能を有していることだ。

 地下深くを移動してくる敵を迎え撃つのに、これほど適した機体はあるまい。

 それを理解したのかトールの艦長も特に何も言わなかった。

 

「では、モールとゴリアテは出撃の準備をしてくれ。機動歩兵部隊の編成はそちらに任せる。制圧部隊の降下準備にはどれぐらいかかる?」

 

「グリトニルに突入するつもりだったから元々準備は万全だ。30分以内には出撃可能だ」

 

「なるほど。だが、早々に援軍を出してこちらで全て片付けてしまっては、横浜基地に制圧部隊を送り込む口実がなくなる。戦場が程よく混乱した所で降下させるとしよう。出撃のタイミングはこちらで指示する」

 

「了解した。それにしても随分なやり方だな」

 

「それはお互い様ということにしておくべきだな。向こうも向こうでグリトニルの次元カタパルトの破壊だのと言った悪巧みをしてるんだ。こっちも悪巧みの一つや二つしても文句は言われんだろう」

 

 地球側の各国の会議の内容は、オンライン会議だったこともあって当然の様にエニグマが盗聴し、その内容はグリトニル突入部隊に筒抜けだった。

 もっともその程度で彼らがこの時代の地球に対して悪感情を抱くことはない。代わりに好感情も抱くこともなかった。

 出た感想はまあそれぐらい考えるのは当然だろうな、という冷めたものだった。仮に自分達が彼らの立場になってもその程度の事は考えるだろう。

 

 次に発言したのはナーストレンド級ミサイル駆逐艦フライバーの艦長だ。

 

「こちらからも少しいいか? 軌道上に配備された衛星を通じて米国がこちらにコンタクトを取りたがっている。グリトニル落下の際に衛星の通信システムに割り込んで警告を飛ばしたから、そこから接触できると踏んでいるのだろう。

 無視することもできるが……ある程度の情報交換ぐらいはするべきじゃないのか?」

 

 この地球連合軍グリトニル突入部隊は、確かに政治的な枷を嵌められることを嫌っている。

 しかしだからといって交渉の窓口を本当に香月夕呼一本に絞るほど、物ぐさというわけではない。

 本格的に交渉する暇がないからそうしているだけで、万が一のこと考えるとこの手のルートは幾つか確保しておいたほうがいいだろう。

 それはフライバーの艦長だけでなくエニグマや、突入部隊の情報士官達の一致した意見でもあった。

 

「そうだな……。こちらとして彼らが使うG弾にも興味がある。こちらがハイヴを陥落させた時、G元素もいくらか回収したことだし、こちらの戦力を餌にしてG弾の情報を頂くのも悪くない。

 それに何より、我々が目撃したG弾の威力ならバイドを殲滅することは不可能でも、ダメージを与え消耗させる程度のことは充分可能だ。

 折角の機会だ。彼らにはグリトニル突入の前に秘蔵のG弾を吐き出して貰うことにしよう」

 

 そのやり方に呆れたミーティアがエニグマに尋ねた。

 

「その話、横浜の魔女にもするのか?」

 

「いいや? なんでだ?」

 

「……だと思ったよ」

 

 彼は肩をすくめると再び愛機のコクピットに潜り込み、整備の続きを始めた。

 やはり人間が絡むと面倒だ。自分はバイドを殺すことだけを考えるのが性に合っていると考えながら。




後書き

 ドリルフォースに地中を掘り進む能力あるってのは完全にオリジナルです。
 でもあんな形状してるからにはそれぐらい出来るよね。いや出来るはずだ。
 出来るんだよ! という前のめりな気持ちで行きたいと思います。

 後、作中でバイドを彼と表現してますが、本作のバイドは基本STG仕様のバイドなので某提督さんみたいに優しくないです。
 因みにR戦闘機周りも基本STG仕様ですが、R戦闘機が一発食らっただけでピチュったりフォースが硬すぎてピーキーすぎるのでここらへんの耐久性とかはタクティクス寄りになっております。

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