「横浜基地にバイド襲撃の可能性ありですって……?!」
『γ』に滞在する地球連合軍の使者―――マルトーと呼ばれるその男の発言に香月夕呼は目を見開いた。
『γ』からの突然の呼びかけに何事かと思い通信を開いたが、開口一番予想だにしなかったことを聞かされて硬直する。
バイドにコントロールされたと思わしきBETAの群れが地下を掘り進みながら、この横浜基地を目指しているというのだ。
数は現状で推定4万。更に増える可能性もある上に、BETAと共に進むC級レベルのバイド体の存在を感知したという。
その事を聞いた香月夕呼は一瞬本気で横浜基地の放棄を考えたほどだ。
何しろ現状の人類はBETAはともかくバイドへの対抗策は全くと言っていいほど、出来てはいない。
今のところ彼女の子飼いの部隊であるA-01が地球連合軍の装備の引き渡しと新しい装備の運用の仕方を学ぶ為、『γ』―――彼らの言うところのグリトニルD-3ブロックに出向いているが、まだ彼らの装備を本格運用出来るようになるにはもう少し時間がかかる筈だ。
そんな彼女の考えを覆すかのようにマルトーはあっさり言う。
「君の部隊ならもう既に実戦に投入しても問題ないレベルに仕上がっているよ。通常のBETA程度なら、相手にならないぐらいには戦闘力が向上しているはずだ」
予想以上の展開の早さに香月の目が見開かれる。
確かに尋常ではない技術力を有しているとは思っていたが、ほんの2,3日で戦術機を実戦可能なレベルの改修が出来るとは想像もしていなかったのだ。
改修作業の過程は本来逐一報告させるつもりだったが、地球連合軍側は機密の問題からそれを拒否。密かに通信をしようにもジャミングまで張られて、現地のA-01とは今まで一切の連絡が取れなかったのだ。
「それほど難しい改修をしたわけじゃない。なにしろ戦術機にD-3ブロックに残っていたR戦闘機の電磁投射砲と誘爆ミサイルの弾頭を利用したグレネードを持たせ、兵装への電力供給用に外付け式バッテリーを背負わせただけだからな。規格の違いがあるから互換性を持たせるためにいくつかパーツを新規開発しなければならなかったが、D-3ブロックに整備用に作られた高性能な部品製造システムが壊れずに残っていたのが幸運だった。
この改修によって、戦術機一機辺りの攻撃力は最低でも1300%は向上し、バッテリーの余剰電力によって戦術機の電磁伸縮炭素帯の出力も300%増しになった。というよりはこれ以上電磁伸縮炭素帯の出力を上げると逆にオーバーヒートして断裂する恐れがある為、最大300%でリミッターを付けさせて貰ったわけだが。
改修に対応するための機体側のドライバやOS関連も、こちらのほうでアップデートしたから、今までと同じ感覚で扱えるようになっている。
ただ、これでも低レベルのバイドはともかく高レベルのバイドには対抗できない。よってそちらは我々の方で援軍を出して始末する。バイドの襲撃といっても大半の戦力はバイドにコントロールされただけの従来型のBETAが殆どだ。この時代の戦力でも充分戦えるだろう」
なんでもないように語るその内容に香月は目を見開いた。彼の言うことが本当なら、A-01の不知火はもはや既存の戦術機を範疇を超えた戦闘力を手に入れていることになる。
だが、本来なら喜ぶべきはずのその内容に、香月夕呼は微かに不信感を抱いた。
余りにも話がうますぎる。彼らが親切すぎる。
何かあると女の直感が叫んでいたが、この状況下ではそれを無下に断るわけにもいかないのも確かだった。
「ありがとうございます。そちらのご厚意ありがたく受け取らせて頂きますわ。それで具体的にはどういった迎撃態勢を取るおつもりですか?」
「当然だが我々としてはこのD-3ブロックを最優先で死守する。だがA-01部隊はそちらに一足先に戻らせるとしよう。バイドも恐らくこちらを優先して攻撃を仕掛けてくる筈だからこちらが粗方片付いたら、そちらにも援軍を送る。それまで持ちこたえてくれれば充分だ」
「どれぐらいでそちらの決着が付くか聞いても?」
「長くて数時間。短ければ数十分と言ったところか。バイドも我々の存在には気がついているだろうし、半端な戦力は送ってくるまい。そちらのほうが先に危機的状況に陥ったら、一旦基地を放棄して撤退したほうがいいかもしれんな」
(簡単に言ってくれるわね……。反応炉のある横浜基地をそう簡単に捨てられる訳がないってのに……!)
或いは彼らは横浜基地の00ユニットの事も感づいており、カマをかけているのかもしれない。
不快感を飲み込み、香月夕呼は当たり障りのない返答を返した。
「いえ、あの横浜基地は人類にとっての重要拠点。貴方方の援軍が来るまでなんとか持ちこたえてみせますわ」
「君たちの期待に答えるようにこちらも迅速にカタをつけるよ。我々としても君たちが有するXG-70dにも期待している。あの機体は改修によっては充分バイド戦に耐えうるスペックを有している。
あれを我々の技術で改修すれば例え我々が帰還した後も、この世界のBETA共など鎧袖一触で蹴散らせるようになるだろう」
それは必ずXG-70dを守りきれ、という念押しのように香月には聞こえた。
しかしそこに彼女は小さな違和感を感じた。彼らはXG-70dに拘っているように見えるが、それはブラフで他に本当の目的があるように思える。
確かに凄乃皇は、00ユニットの拡張モジュールであり、その派手な攻撃力により同時に00ユニットの存在を外から隠す為の存在でもある。
その為彼女は彼らから国連の兵器の改修の話になった時、XG-70bの情報は渡したが、その制御システムである00ユニットの事は一切話していない。
そういった意味では彼らがXG-70dに注目するのはありがたいが、果たして本当にそうなのだろうか?
人類の切り札であるこの00ユニットの存在は、最重要機密であり具体的な情報はすべてオフラインのシステムにしまってある。勿論概要自体は国連の上層部にも伝わっているため、そこから彼らがその存在に気がついていてもおかしくはない。
だがそれを彼女から聞くわけにも行かない。
今の彼女に許されるのは、彼らから渡されたBETAとバイドの侵攻ルートを元にこの横浜基地をどうやって守るかという思考のみだった。
◆ ◆
厚木市 D-3ブロック コードネーム『γ』
『というわけだ。A-01の諸君、君たちの戦術機の改修作業と運用テストは一旦終了だ。名前は……ありきたりだが、不知火改とでもしておこうか。先ほど話した通り、現在このD-3ブロックと横浜基地にバイドにコントロールされたBETAが向かっている。こちらは我々に任せて君たちは古巣を守りに戻るがいい』
D-3ブロック内部の広大な空間にスピーカーを通じて、おなじみとなったマルトーの声が響き渡る。
その言葉を聞いたA-01部隊の隊員達は不信げな表情に顔を歪めるが、それも当然だろう。
彼とはほんの数日の付き合いでしかないが、A-01の隊員はマルトーの顔も見ていない。彼はこのブロックの奥深くにある管制室に常に篭もりきりでその姿すら見せなかったのだ。
ただ交流が一切ないというわけではなく、兵器改修に関してこちらの意見を求めてきたり、バイドの生態やバイド戦に有効な戦術をこちらに教えたりと全く何もしなかったというわけではない。
それ以外にも改修された戦術機の運用テストにアドバイザーとして付き合ったりと、有能な人物であることに疑いようはない。
ただ、それらのコミュニケーションは全て施設内放送や強化装備の通信機越しに行われていた上、通信も音声オンリーの為、彼の顔すらわからない。
交わす言葉の内容も極めて実務的な内容ばかりで、趣味やプライベートの話は一切せず、精々が会話に微かなユーモアを乗せる程度で、彼の人物像もまともに掴めなかった。
勿論彼も正規の軍人であるわけだし、単にお固い性格であるという可能性もあるが、ここまで来ると意図的に自分の情報をシャットアウトしているのが明白である。
それに加えて更に薄気味悪いのがヴァルキリーズの戦術機の改修を担当した、彼らの本隊から送られてきた数十人のエンジニアによる技術チームである。
彼らは全員が装甲服としても通用しそうなフルフェイスのエンジニアスーツを着込んでおり、その素顔を窺い知ることができない。
彼らもまた、必要以上の交流をするなという命令を受けているようで、一方的に戦術機の改修プランをA-10部隊に示した後は、黙々と戦術機の改修作業に取り組んでいた。
途中、改修した戦術機の運用テストと微調整の為、戦術機に組み込まれたシミュレータープログラムを使うことになり、その際何度か意見のやりとりもしたが、これもまた徹底的に事務的なことしか喋らなかった。
(何だか気持ち悪いんだよなこいつら……。実は全員ロボットであのマルトーって奴はAIだったと言われても驚かないぞ)
そう言った感想を白銀が抱くのも無理のない話だった。
当初彼はSFのような装備を持つ未来人達と話が出来るということもあり、舞い上がり好奇心たっぷりの質問を投げかけたりしたものだが、それに対する彼らの反応は、
「我々は君たちと世話話をしにきたわけではないし、我々の情報は必要なもの以外一切君たちに渡すなという命令を受けている」
という冷たいものだった。
その余りに突き放した対応にA-01の隊長である速瀬中尉は大いに憤慨したようだが、流石に隊長という立場もあり、それを表に出すことはしなかった。ただその内心の怒りは白銀にも伝わった程で、いつ爆発するのではないかと白銀は気が気でない。もっともそれは彼女の隊長としての責任感と能力を考えると流石に大きなお世話だろうが。
白銀の贔屓目もあるかもしれないが、A-01の隊員達は魅力的な女性ばかりだ。自分だってコミュニケーション能力はそれなりに高いほうだという自負はある。
にも関わらず、一切のコミュニケーションを断ち、ひたすら黙々と作業に従事する彼らからは何処か非人間的なイメージを感じてしまう。
しかしそんな不気味な連中だが、その能力面に疑問を抱くものは誰もいない。
戦術面や運用面で疑問に思った事に対してはマルトーが的確に答えてくれるし、彼らに改修された戦術機のスペックを見た時は誰もが目を疑った。
シミュレーターで性能を確かめてもまだ半信半疑であり、実機を使った運用テストでこのD-3ブロックの外の市街地で実際に機体を動かした時は、武は思わず歓声を上げたほどだ。
改修された不知火の一番の変更点は突撃砲の代わりのメインウェポンとして提供されたR戦闘機に装備されているという口径30mmの電磁投射砲。これは元はR戦闘機用の装備だが、技術チームが保持用のグリップや電気信号をやり取りをするための幾つかのパーツをD-3ブロックの設備であっという間に作り上げ、それを組み込みライフル型の形状にすることによって、戦術機にも運用が可能になった物だ。
口径こそ戦術機用の突撃銃より小さいが、その弾丸の初速は秒速20kmを軽く越える。
しかも電磁投射砲であるため、火薬を使用せずに発射するのでこれだけの初速にも関わらず反動は火薬式の砲に比べると遥かに小さいのだ。
それでもこれは戦術機でも反動を抑えれるように弾速を調整した結果であり、本来の初速は秒速100kmを遥かに越えるのだという。しかしそれもよく考えると当然だろう。元々R戦闘機は秒速数百kmという速度で宙間戦闘を行うのだ。それを考えると秒速100kmも出ないような兵器等、搭載する意味が無い。
いくら発射した弾丸に自機の速度が上乗せされているとはいえ、R戦闘機は慣性制御による不規則な戦闘機動をするのだ。そんな弾速の遅い兵器では下手したら、自分の撃った弾丸に自分で追いついて当たってしまうという間抜けな状況も起こりうる。
しかし大幅に弾速を落とされているとはいえ、これならば突撃級の外殻や要塞級の装甲も容易く撃ちぬくことが可能で、腕のいい衛士なら一発で、狙いが適当でも数発も当てれば確実に倒す事ができる。
更にこれらのリミッターは機体側で調整可能な為、状況によっては衛士の判断でより高初速で撃つこともできる。
その場合、機体の腕がもぎ取られる程の反動を覚悟しないといけないだろうが。
そしてこの電磁投射砲は火薬を一切使わない為、装薬も不要。その為弾丸も小さく、その結果装弾数が増え、戦術機用の突撃銃の装弾数を凌駕するほどの弾薬を装填できる。
更にそれに加えて技術チームがD-3ブロックの生産設備を使って、戦術機用の電磁投射砲の予備弾倉も複数作ってくれた。
これと電磁投射砲の威力も相まって戦闘中に弾切れする心配は、ほぼないと言ってもいいだろう。
恐らくこれが弾切れになる程の激戦なら、先に機体かパイロットが音を上げることになるのは間違いない。
加えて使い捨ての投擲式誘爆爆弾も幾つか提供してくれた。発射機がないため、戦術機の腰等に下げ、必要になったら爆弾についたグリップを掴み、腕を使って投擲するという仕組みになる。その形状はかつてドイツ軍で使用されていたポテトマッシャーと呼ばれる柄付手榴弾によく似ていた。元々はR戦闘機用のエネルギー集束技術を応用した、指向性波動粒子による投下型誘爆式ミサイルの弾頭部分ということだ。
爆発範囲はS-11に比べると控えめだが、それでもかなりの広範囲を焼き払うことができる。しかも着弾と同時に炸裂するプラズマ状の波動エネルギーは指向性を持って敵に襲いかかる為、投擲した機体に被害は及ぶことはない。
この高エネルギーの津波の射程は200メートルほどで、その威力は低レベルのバイド体なら跡形も残さず消滅させるらしい。
市街地で試し撃ちした時は、着弾と同時に発生した濃緑色の波動粒子の洪水が、火砕流のようにビル数棟を纏めて飲み込んでしまい、その光景に誰もが絶句したものだ。
その後マルトーから、これを決められた手順以外で解体し、解析しようとしたらその場で炸裂する安全装置が付いているから取り扱いには気をつけるようにと、思い出したように注意を受けた。
マルトー曰く、バイドに奪われた時の為のセキュリティ上のシステムとのことだが、どう考えてもこちらで解析した場合に対する警告である。
それ以外にも電磁投射砲の電力を供給するために、戦術機の背中に装着された箱状の外部バッテリーも思わぬ副産物をもたらしてくれた。
高性能バッテリーの余剰電力により戦術機の筋肉である電磁伸縮炭素帯の出力が飛躍的に向上し、限定的ながら跳躍ユニットも使用せず、脚力だけで立体的な機動が可能になったのだ。
無論長距離の飛行には従来通り跳躍ユニットを使う必要があるが、市街戦やハイヴ内のような足場がそこら中にある空間なら、跳躍ユニットを使わずに脚部だけで三次元戦闘を行う事が可能になり、結果として戦闘持続時間が大幅に増えることになった。
注意点としては大型のバッテリーの装着によって機体バランスが少々変わったことぐらいだが、OSに修正と電磁伸縮炭素帯の出力の大幅な増加によって、崩れたバランスをパワーで抑えこむ事が可能となり、さしたる問題にはならなかった。
問題があるとすれば想定を超えた負荷を電磁伸縮炭素帯にかけるので劣化が早まり、数回の戦闘で機体のオーバーホールを行い、全身の電磁伸縮炭素帯そのものを丸ごと交換しなければならないということだ。ただこれも横浜基地の防衛戦とグリトニル突入戦の2回の戦闘ならギリギリ耐えれられるだろうという結論を技術チームは出していた。
並みの衛士ならばこんな機体運用の変更には簡単についていけないだろうが、幸いな事にこの仕様はXM3に慣れた衛士との相性がよく、A-10の隊員達は数回のシミュレーター訓練とD-3ブロックの外での市街戦演習ですぐに機体の特性を掴み、乗りこなしてしまった。
その中でもっともこの仕様に順応したのは、仲間達から常日頃から宇宙人だの変態機動だのといった評価を受けている白銀武だったのは言うまでもない。
これらに加えて、バイド係数を検出するための特殊センサーを取り付け、更にバイド汚染を防ぐ為に、戦術機の全身に特殊な対バイドコーティングも行った。外見的には全くわからないが、このコーティングは対レーザーコーティングとしての役割も持っている為、対レーザー防御力が5割程上がったということだ。重光線級相手では気休めだが、光線級相手にならかなり心強い。
「とにかく現在、急ピッチで君たちの不知火改の出撃準備を進めている。予想されるBETA及びバイドの到達時間は半日後。もうすぐ全ての準備が終わるので、出発の準備をしておいてくれ。
今はまだ横浜基地に置いてあるXG-70dも改修する予定になっている。しっかり守ってくるんだな。
君たちが帰ってくることを祈っているよ」
珍しくこちらを気遣うような言葉を投げかけてくるマルトーに、速瀬水月が楽しげに返した。
「あら? 私達のこと心配してくれているの?」
「君たちというよりは改修した戦術機のほうを心配している。ここ数日、技術チームには無茶をさせたのに、いきなりの実戦で撃墜されては気の毒だからな。死んでも構わんが、その場合機体のデータだけは回収して持ち帰ってくるように」
「……そんなこったろうと思ってたわよ」
眼尻を尖らせた速瀬が呻くように言ったが、やはりマルトーは何処吹く風と言った具合だ。
「どの道この程度の相手で苦戦するようでは、バイドとは戦えない。君たちにとってもいい経験になるだろう。こちらから言えるアドバイスは今までのBETA戦のセオリーを過信するなということだ」
「……どういうこと?」
「言葉通りの意味だ。例えばBETAの光線級は決して味方誤射をしないとのことだが、バイドはそんなにお上品じゃない。今回のBETA群がバイドにコントロールされているとしたら、そんな制約はないと思え。奴らは友軍ごと敵を薙ぎ払うなんてことは当然のようにしてくるぞ。
それとオリジナルハイヴ付近での間引きをしている友軍からの報告によると、いくつかのBETAを合体させた奇形のBETAが発見されたそうだ。どれも即興で作られたようでバランスも悪く、オリジナルよりも性能が悪かったそうだが、思いもよらない攻撃を仕掛けてくるものもいるだろう」
「なるほど、さしずめ
「今回はバイド体そのものは殆どいないようだが、それでも常にバイド係数探知機には注意を払っておけ。バイド係数が検出された個体が現れたら近接戦は避けるように。正確には返り血や体液を浴びるようなことは極力避けろ。倒したら死骸はグレネード、なければナパームや焼夷弾で徹底的に焼き払え。低ランクのバイド体ならそれで充分消毒できる。
これは横浜基地の連中にも伝えておくが、徹底しろ。人間が汚染されて怪物化して襲ってくる光景はなかなか堪えるものがあるぞ」
「……肝に銘じておくわ」
マルトーからのアドバイスは淡々としているが故に、妙な凄みがあった。この言葉が確かなら彼もまた汚染された人間や友軍との交戦経験があるということなのだろう。
そこにマルトーのほうに小さな電子音が鳴り響く。
「フムン。戦術機の準備も終わったようだ。では行ってきたまえ。後々我々の援軍も向かう。生きて戻ってこれたら、甘味の一つでも奢ってやる。レトルトだがな」
「あら。それは嬉しいわね。ここで出たレーション、美味しかったもの。期待させてもらうわ。―――皆、聞いたわね! 生きて戻ってこれたら、甘いもの食べ放題よ!」
その言葉にヴァルキリーズのメンバー達が歓声を上げる。
歴戦の衛士である前に彼女達も年頃の乙女なのだ。
滅多に口にできない嗜好品への衝動に突き動かされたのか、出撃準備をしていた彼女たちの動きは更によくなり、あっという間に出撃準備を整えて、僅か五分後にはD-3ブロックを出発していった。
それを見送ったマルトーはボソリとつぶやいた。
「誰も食べ放題なんて言ってないんだが……」
念のため食料庫の貯蔵を確認したほうがいいかもしれない。元々このブロックは兵器関連の設備の為、食料庫は非常用の物であり規模は小さいのだ。
これは単なる勘だが、もし彼女達の希望が叶えられなかった場合、あの速瀬中尉辺りはこのロックのかけられた管制室まで乗り込んで抗議してくるような気がする。
「やはり、女を相手にすると何かと物入りになるな……」
そう言ってマルトーは席を立って食料庫へと向かっていった。
◆ ◆
「部隊の配置はどうなってますか?」
「現在全ての部隊の配備は完了している。帝国軍の支援に関してはやはり先日の佐渡島攻略戦で受けた痛手が響いて期待はできない。艦砲射撃による支援が精一杯ということだ」
横浜基地の司令部にやってきた香月夕呼の質問に対してパウル・ラダビノッド司令官は苦々しく答える。
横浜基地では、これから襲ってくる推定4万のBETAの群れに対しての防衛網が張られつつあった。
もうこの段階では日本が各地に設置した振動探知機にも地下を進むBETAの群れの存在が捉えられており、あの地球連合軍―――コードネーム『シューティングスター』の警告は本当だったということが証明されつつあった。
「しかし、このままでは基地の陥落は時間の問題だ。例え君のヴァルキリーズが戻ってきても実質250機程度の戦術機で、四万のBETAを相手にすることになる」
「彼女達の不知火は大幅に強化されているということですが、それでもやはり時間稼ぎにしかならないでしょうね。
ですが悪い話ばかりでもありません。BETAがバイドにコントロールされているのなら四万のBETAの内、何割かは確実に厚木市の『γ』へ向かうでしょうし、『シューティングスター』の増援が間に合えば四万程度のBETAなら間違いなく蹴散らせます」
「つまり我々が出来ることは時間稼ぎしかないということか」
「そうなります。彼らはXG-70dにも興味があるようでしたから、あれがBETAに破壊されるような事態は避けたいでしょう。必ず援軍は来るはずです。……問題があるとすれば一体いつ来るかということだけです」
「……最悪、基地内の要所を充填封鎖することも念頭に置かねばならんな」
「ええ。充填封鎖すれば基地の復旧に数ヶ月はかかりますが、どの道BETAとバイドへの決戦はこの数日以内に挑む予定ですし、こちらの突入部隊の最終調整は『γ』で行うので問題ありません。とにかく、00ユニットとXG-70dだけを守ることを念頭におきましょう」
「いずれにせよ大勢死ぬことになるな……。ここは我々の星であり、ここは我々の基地であるというのに、状況の主導権を握っているのが我々ではないというのは何とも情けない話だ」
「今更ですわね。それを言うなら私達は最初の落着ユニットの降下を許した時からずっと主導権を奪われっぱなしです。ですがいつまでも舐められっぱなしというのも性にあいません。必ず彼らにもBETAにも一泡吹かせてみせますわ。その為の00ユニットです」
そう言い切った彼女にオペレーターが報告をする。それを聞いた彼女は満足気に頷いた。
「……ヴァルキリーズがたった今帰還したようですわ。とりあえずはシューティングスターによる改修の成果を見せて貰うとしましょうか」
厚木市周辺で二手に別れたBETAの内、半数が横浜基地に到達したのはそれから数時間後のことだった。
戦術機魔改造編
不知火がSTG仕様になったので弾数ほぼ無限で、ボム追加
足によるジャンプをつかった立体機動もハイヴ内なら殆ど推進剤を使わずにできるように
代わりに難易度がR-TYPERに突入した模様
あとエンジニアチームのスーツはデッドスペースのアイザックさんのスーツをイメージしていただければと
ある程度のバイド汚染下でも活動できる素敵なスーツという設定です