R-TYPE M-Alternative   作:DAY

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十二話 異常

「BETA群、旧町田市一帯に出現! 数は推定4万!」

 

「帝国軍の艦隊及びMLRS部隊による面制圧砲撃開始されました!」

 

 白銀武が横浜基地に戻り司令部に入った時、既に戦端は開き始めていた。

 予想より早い。本来なら最低でもまだ5時間程度の猶予があったはずなのに。

 彼は司令部の中で報告を受けている香月博士を見つけると事情を聞きにいった。

 

「先生ただいま戻りました。……もう敵が町田市まで到達したんですか? 予想よりかなり早いじゃないですか!?」

 

「ああ、戻ってきたの。……そうね。『シューティングスター』が出した予想よりも更に早かったわ。マルトーからさっき連絡があったけど、日本に近づいてから、BETAの地中での移動速度が異常に上がったらしいわ。お陰こっちはてんやわんやよ。一応準備だけはギリギリ間に合ったけど。」

 

「それで……戦況はどうなってます? 向こうで聞いた話だと今回の中には例のバイドは殆どいないってことらしいんですけど」

 

「そうね。今帝国軍が支援砲撃をしているけど、普通に吹き飛ばされてくれているわ。光線級の迎撃もなし。これだけ見ると単なるBETAの群れに見えるけど……」

 

 その彼女の言葉を遮るように司令部のオペレーターが声を上げる。

 

「BETA群、ふた手に別れました。約半分が旧厚木市の『γ』へ! 残り半分が横浜基地へと向かってきます!」

 

 それを聞いた香月は頷いた。

 

「一応彼らの言うことも全部が外れたってわけじゃないみたいね。これで少しは楽になるわ。帝国軍には旧厚木市市方面に向かうBETAには支援砲撃の必要はないと伝えなさい。どうせ『γ』の連中が自力で片付けるから時間の無駄だわ」

 

 そう伝えると彼女は改めて白銀に向き合った。

 

「で、どう? 向こうの技術で改修された不知火は? やれそう?」

 

「やれそうなんてもんじゃないですよ! 動きも火力も別物です! 下手したらヴァルキリーズだけでハイヴを攻略できそうなスペックになりました!」

 

 興奮する白銀を香月は、玩具を手に入れてはしゃいでいる子供を見るような目で見てため息をついた。

 

「それはよかったわ。で、4万、いえ今は2万になったBETAをあんた達だけで殲滅できそう?」

 

 あっさりとムチャぶりをしてくる彼女に白銀は顔を引きつらせた。

 

「いや、流石にそれはきついというか……、でも数千ぐらいのBETAなら、正直充分片付けられそうな気がします」

 

「へえ……。まあいいわ。後で速瀬にも伝えるけど、あんた達は凄乃皇四型と反応炉の防衛に回すわ。とにかく凄乃皇四型と00ユニット、そして反応炉さえ無事なら最悪この基地が壊滅しても構わない。凄乃皇四型の最終調整と改修作業は『γ』で行う手はずだしね」

 

 余りにも淡白なその物言いに白銀は思わず怯んだ。思わず言い返そうとしたとき、再びオペレーターが報告をする。

 

「旧町田市周辺に更にBETAの増援が出現! 数は推定4万! 全て旧厚木市の『γ』へと向かっていきます!」

 

 それを聞いた白銀は冷や汗をかく。もし『γ』が陥落すれば、これらのBETAは返す刀で横浜基地へと襲い掛かってくるだろう。

 香月夕呼ですら微かに顔を引きつらせていた。

 だが、その心配はすぐに無用となった。

 

「……『γ』上空から侵攻中のBETAへ向けて、大規模な火炎放射を確認! ……厚木市方面に向かうBETA群、の先頭集団約1万が消滅!」

 

 オペレーターの言葉と共にメインスクリーンに『γ』が存在する旧厚木市方面の戦場、いや惨状が映し出される。

 まだ原型が残っていた厚木市の市街地の大半は今や炎の海に包まれて、そこに侵攻しようとしているBETA共々炭化していた。

 その灼熱地獄の上空にはオレンジイエローのR戦闘機がレーザーを回避しながら縦横無尽に空を駆け巡り、地上を走るBETA達に向けて氾濫した川の流れを思わせるような勢いの業火を叩きつけていた。

 

 その余りにも一方的な攻撃に司令部の誰もが言葉を失っていた。戦闘機に火炎放射器をつけるという発想も馬鹿馬鹿しいが、何より馬鹿馬鹿しいのは市街地一つを容易く火の海に沈めるその火力だ。

 

 『γ』を守るR戦闘機はその一機だけではなかった。もう一機、角ばった重装甲に覆われた緑色のR戦闘機もいる。

 真っ赤なキャノピー。その機首に接続されるのは重装甲を前面に施されたフォース。そして無骨なスラスターとエンジンブロックを有するその機体は、機体下部にロケットポットのように無数の穴が空いた筒状のユニットを抱えていた。

 緑色のRは高速で旧厚木市を離れ、未だBETAが湧いて出てくる旧町田市の上空に移動すると、その筒状ユニットに青い光を集束させはじめた。

 R戦闘機の主兵装、波動砲を発射する前兆だ。

 

「あいつらの戦闘記録を取って! 早く! どんな武装をしているのか見逃さず、しっかり記録に取りなさい!」

 

 初めて直接見るR戦闘機の戦闘に香月夕呼は、助手のピアティフ中尉に戦闘データの収集を命じる。

 香月の命令が飛ぶと同時に、緑色のR戦闘機の下部で集束し臨界を突破した青い光が一気に黄金色の光へと代わり、爆発した。

 

 凄まじい閃光がモニターを塗りつぶし、映像が復帰したときには景色は一変していた。

 地面を走る数千のBETAの群れが、小型種から大型種、果ては要塞級に至るまで文字通り撹拌された挽き肉の如き有り様になっていたのだ。

 

「馬鹿な……今何をしたのだ!?」

 

 それを見たパウル・ラダビノッド司令官がそう呻くのも無理はない。

 閃光が炸裂した時、あのR戦闘機がどんな攻撃をしたのか全くわからなかったのだから。

 

「さっき撮影した砲撃の場面を出してスロー再生しなさい!」

 

 素早く香月がピアティフ中尉に指示を出す。

 そして先の砲撃シーンのリプレイ画像がスローモーションで流され―――それを見た司令部の人間は改めて言葉を失った。

 スローモーションで再生された緑色のR戦闘機の砲撃は実にシンプルなものだった。

 あの機体は機体下部の筒型ユニットに開いた無数の穴から、凄まじい数の光子弾を連続発射したのだ。

 モニターが一瞬焼き付いたのは、無数の光子弾幕が発する光量のせいだろう。

 そしてあの緑のR戦闘機から発射された光子弾の数は、推測だが数万から数十万にも及ぶ。

 一発一発の光子弾はさほどの威力を持たないようだが、それを数万、数十万と一度に叩きつけたらどうなるか。

 その答えが挽き肉の山と化したBETAの群れの残骸だった。

 

「……場合によっては、彼らにも支援砲撃を頼もうと思っていたけど……。やめたほうがいいみたいね。あんなもの撃ち込まれたら、BETA諸共この横浜基地が丸焼けになるか、瓦礫の山になるわ」

 

 遅まきながら、反撃とばかりにBETAが這い出てくる穴や付近の地中から無数のレーザーが飛ぶが、低空を飛行するR戦闘機は、瞬間移動を思わせる超高速移動でそれを回避。

 続いて機首に取り付けた光学球状兵装『フォース』から色鮮やかな黄色のフォースレーザーをBETAのレーザーの発射地点の上空に向けて連射。

 放たれたフォースレーザーは光線級のレーザーの火点の直上に到達すると、そこで上下に向けて光の雨のように拡散する。炸裂点の直下に存在した光線級達は、その輝くレーザーの雨に撃たれて沈黙した。

 軌道変更、特定の場所に到達した後に炸裂し、更に分裂。レーザーという概念の常識を余りに無視したそれに、香月夕呼の顔が引きつる。あのフォースレーザーに比べたら光線級のレーザーが如何に常識的なことか。

 

 そもそも火力だけでなく、レーザーを平然と回避する機動性も尋常ではない。地上から高度数百メートルという低空を、秒速数十kmという速度で機動するR戦闘機には距離と射角の関係で、光線級属のレーザーも追尾しきれないのだ。

 これほどの速度で移動しても衝撃波がさほど発生していないのは、恐らく大気の抵抗を慣性制御システムで抑えこんでいるからだろう。

 周りにBETAしか存在しないこの戦場で、彼らが地上への余波を考慮するとは考えにくい。

 故に大気の抵抗を抑えるのは、むしろ自機を高速移動させる際に発生する熱や衝撃波から守るためだと推測できる。

 逆に大気の抵抗がない宇宙空間では、これ以上の速度を出せるということだ。それは初めて彼らが地球に出現し、大気圏から離脱した時に記録された速度、秒速100kmオーバーという数字が物語っている。R戦闘機が星間戦争で使う兵器だと考えると、本来の速度はこんなものではないはずだ。

 

 R戦闘機の攻防を観察しその性能を推測する香月夕呼だったが、今はそんな時ではないと思い直し、オペレーターに命じてメインスクリーンに自分たちの戦場を映すように指示を出す。勿論戦闘記録の収集は続けるように命令した上でだ。

 

「ま、この分なら向こうの方は心配するだけ無駄ね。それよりも私達の戦いに専念するとしましょう」

 

 呆然としていた白銀が今更ながらに呻く。

 

「先生……あのサイズの戦闘機で凄乃皇以上の火力とかレーザーを普通に回避するとか、ちょっとあれ反則すぎません? あんな奴らがいればハイヴなんて楽勝じゃないですか」

 

「ああ、そういえば通信ができなかったから伝えてなかったわね。あいつらもう既にハイヴを8つほど陥落させてるから。何よ。直接本人達と接触してたのにR戦闘機の性能を聞いてなかったの?」

 

「え? マジですかそれ!? いや、あいつら実務的なこと以外は一切喋らないんすよ。あのマルトーって奴の顔も見れませんでした」

 

「なによそれ。折角情報収集も兼ねて出向させたのにつっかえないわねー。まあいいわ。今はこっちの戦場に集中するわよ。あんたはA-01のブリーフィングルームに先に行っておいて。私もすぐに向かうわ」

 

 そう言って彼女は改めて自軍の防衛網の配置に目を向けた。

 

 

 ◆  ◆

 

 

 R-9DV2 "NORTHERN LIGHTS(ノーザンライツ) コールサイン『シュマイザー』は、確認出来る全ての光線級を殲滅した後、再び搭載された波動砲『光子バルカンⅡ』のチャージを開始した。

 群れをなして襲ってくる小型のバイド体に対する掃討戦用のRとして開発されたこの機体からすれば、大した対空兵器を持たず、地上を走るしか能のないBETAはまさしくカモだ。

 

 殲滅戦に優れた本機とR-9Sk2 "DOMINIONS(ドミニオンズ)"がわざわざオリジナルハイヴ周辺のBETAの間引きを中断して、D-3ブロックに派遣されたのは理由がある。

 ここの護衛を任されたRが過大な火力を有する殲滅戦に特化した機体であるという口実で、横浜基地からの支援を断るためなのだ。

 横浜基地にはある程度BETAに乗り込んでもらって、混乱してもらわなければならない。

 そうでなくては援軍にかこつけて、00ユニットのデータ収集を目的とする機動歩兵部隊を送り込むことができないからだ。

 

 しかしそれとは別にシュマイザーは、R-9Sk2と自機がここに派遣されたのはある意味正解だったと思い始めていた。

 旧厚木市から湧き出る数のBETAは既に10万を超え、それでもまだ尽きる様子がない。

 恐らく、バイドがコントロール可能なBETAの大半をここに送り込んでいるのだろう。

 これほどの数のBETAが相手だと、従来のRでも遅れをとることはないだろうが、殲滅に時間がかかり、D-3ブロックの護衛という目標を達成できなかった恐れがある。

 

 そんな思考をしつつ、彼は機体を急上昇させ、チャージの完了した光子バルカンを地上のBETA達に向けて掃射を開始する。

 散布界を最大にした数十万の光子弾は高空から光の雨となって地上に降り注ぐ。

 発光し、光の残像を残して光速で撃ちだされる光子弾幕はR-9DV2のNORTHERN LIGHTS(北極光)というペットネームの通り、戦場の上空にオーロラのような光景を作り出していた。

 

 

 ◆   ◆

 

 

「というわけで、私達ヴァルキリーズは、横浜基地内部での防衛を受け持つ。と言っても今の私達の火力をただただ篭もらせるのもあれだしね。部隊の半分はXG-70dを死守、残り半分は遊撃部隊として基地内部での火消しとして動く事になるわ」

 

 ブリーフィングルームでは、A-01の隊長である速瀬水月が、これからの動きを説明していた。

 それに対して意見があるのか白銀が手を上げる。

 

「速瀬中尉。俺達は全て基地内部の守りって話ですけど……。何かそれ勿体なくないですか? 今の所光線級は『γ』方面のBETAにしか確認されてないみたいですし、俺達の改修された不知火なら外の方が本領を発揮出来ると思うんですけど」

 

 白銀の言うとおり、シューティングスターから提供された火器を装備した不知火改の火力と射程は従来の戦術機を遥かに上回る。

 機動力も格段に向上しており、閉鎖空間よりも野戦のほうがその火力を存分に発揮出来るだろう。

 

「それに関しては私が説明するわ」

 

 その言葉と共にブリーフィングルームに香月夕呼が現れる。

 彼女の目には隠し切れない疲労が浮かんでいた。

 

「先ほど、こちら側にも光線級属が現れたわ。しかも光線級じゃなくて重光線級が多数。

 あいつらのせいで防衛線の部隊の4割がついさっき消滅して、生き残った部隊は慌ててメインゲート内部に退避してる」

 

「な……」

 

 余りにも大きすぎる友軍の被害に、白銀のみならず、ヴァルキリーズの全員が絶句した。

 

「ど、どうしてですか!? いくら重光線級の火力がやばいってもうまく立ち回れば時間ぐらいは稼げるんじゃ……」

 

「その立ち回りが通じなかったのよ。あいつらは大型種を前面に押し立てて、自分たちの姿を隠した上で、同時発射して一点に集中させたレーザーで盾にしたBETA諸共こちらの部隊を一気に消し飛ばしてきたの。しかも戦術機や航空機は狙い撃つのに支援砲撃は一切無視してる。要塞級に周りを囲ませることで支援砲撃から身を守ってるから、砲弾なんて撃ち落とす必要がないってことなんでしょうね。

 おまけに支援砲撃に紛れてそこら中の地中からもBETAと光線が間欠泉みたいに湧き上がってくる始末ーーー、それで手に負えなくなって撤退させたのよ。分断された挙げ句、空まで抑えられちゃどうしようもないからね」

 

 その言葉でヴァルキリーズのメンバーが思い出したのは、出発前にマルトーから受けたアドバイスだった。

 従来のBETA戦の戦法を過信するな。

 それはまさしく最悪の形で言い当てられた事になる。

 

「ちっくしょう! マジでそんなやり方使ってくるとか反則だろ! これじゃ不知火改でもまともにやりあったら消し飛ばされちまう!」

 

 余りにも従来のBETAとは違う戦闘行動に、白銀は思わず叫んだ。

 そもそも光線級という存在は、火力も精度も並外れておりそれ自体が反則的な存在だ。

 だが決して友軍への誤射はしない、常に飛行物体を優先して落とすなどと言った性質があり、それはまるで機械のように決して揺らぐことはない。

 人類はその愚直なまでの性質を逆に利用して対抗してきたわけだが、今回のBETAにはそれが一切通用しないということになる。

 

 元々光線級は目視以外の方法で敵を捉えている節がある。

 地平線で隠され視線が通らないはずの航空機を予め補足して、地平線から姿を表すのを射撃準備をして待ち構えていたという観測データもあるのだ。

 故に光線級属からすればレーザーの射線を友軍のBETAが遮っていても、敵を補足できていてもおかしくない。

 今までは同族を攻撃しないという制約故に、その異常な探知能力も意味をなさなかった訳だが、その制約が取り払われた時、光線級属にとって文字通り前衛のBETAは、盾であり敵の目を隠すブラインドとして躊躇なく使い潰す事が可能になったのだ。

 

「そういうことね。シューティングスターの連中も言ってたでしょ? バイドに汚染されたBETAを従来のBETAと同じに考えないほうがいいって。

 しかもこの戦法だとレーザーを束ねて撃ってくるせいで、重金属雲も突破される可能性が大きくなる。まだシューティングスターによるとバイドは全てのBETAを支配下に置いたわけじゃないって話だけど、もしバイドによるBETAの支配が完了すると世界中でこんな戦法が使われることになる。やっぱりオリジナルハイヴに落下したバイドは絶対に始末しないと人類に勝ち目はなくなるわね」

 

 そう見解を述べる香月に宗像中尉が納得したように呟く。

 

「……だから私達は、基地内部の防衛に回されたわけですね。重光線級の出力で盾にしたBETAごと薙ぎ払ってくるということは、機体に装備された対光線級用の初期照準レーザー感知システムも反応せず、いきなり遠距離から吹き飛ばされる恐れがある。

 そうなればいくら我々の不知火改でも回避は不可能。ならば射線や敵の出現位置が限られる基地内で迎え撃ったほうがいいと」

 

 その答えに香月は頷いたが、その顔にはまだ苦いものが残っている。

 

「まあ、そういうこと。でもこの穴熊を決め込む作戦も正直どこまで有効なのかわからないの。BETAは友軍への攻撃は決してしないわけだけど、その友軍の範囲はハイヴといったBETA由来の施設も含まれていると考えられていたわ。

 で、この横浜基地は元はハイヴだから、襲撃をかけてくるにしてもハイヴの壁を破ってくるとは考えてなくて、メインゲートから侵入してくると仮定していた。その仮定が崩れたのよ」

 

 その言葉に、あっと声を上げて珠瀬少尉が反応する。

 

「ということは……今度のBETAは地下の基地の外壁を破って侵入してくるかもしれないってことですか!?」

 

 珠瀬少尉の言葉の意味に気がついた白銀は、文字通り血の気が引く思いをした。

 これはつまりメインゲートさえ死守すればいいという前提が崩れ、下手したら今この瞬間にもBETAが基地の最深部の床や壁を食い破って現れる可能性が出てきたということなのだから。

 

「そういうこと。今やこの横浜基地は、どこからBETAが現れてもおかしくない状態にあるってこと。あんた達の半分を遊撃に回すのは、モグラ叩きをしてもらうためでもあるの。

 ま、そんな絶望的な顔をしなくてもいいんじゃない? 『γ』のほうが終わったらシューティングスターがこっちにもR戦闘機を回してくれるって言ってるし」

 

「先生……それってあの厚木市でBETAを町ごと焼き払ってる機体とかですよね? あいつがこっちに来たら俺達この基地ごと蒸し焼きにされると思うんですけど」

 

 この期におよんで尚反論してくる白銀に、香月夕呼はやけくそ気味に叫んだ。

 

「うっさいわね。そんなのわかってるわよ! あいつらだって馬鹿じゃないんだから多分その辺はどうにかするでしょうよ。とにかく今すぐあんた達は配置に付きなさい! BETAがこの基地のどこに現れてもおかしくないんだからね!」

 

『了解!』

 

 香月の言葉にA-01の部隊員全員が返答し、ブリーフィングルームから出て行く。

 白銀もそれに続こうとしたのだが、それに香月が待ったをかけた。

 

「白銀。あんただけはまだ話があるから少し残りなさい。……鑑が目覚めたわ。ついさっきね」

 

「え? マジですか? あいつは……大丈夫なんですか!?」

 

 突然の報告に白銀は目を丸くする。

 白銀武の恋人でもあり、00ユニットとなった鑑純夏は、数日前バイドやシューティングスターが現れる前日に武と結ばれ、肉体関係を持った後意識を失った。

 それは香月夕呼から言わせれば危険な状態ではなく、喜びと安堵の感情がハレーションを起こした結果だと言うが、ここ数日完全に意識を失った状態が続き、メンテナンスベットに入ったままだったのだ。

 

「でも目が覚めた彼女はちょっと錯乱気味になっててね。なんとか霞が落ち着かせたんだけど不味いことがわかったの」

 

「不味いことってこれ以上まだ何かあるんですか……?」

 

 もう不幸なニュースは打ち止めだと思っていたが、まだまだ先があるらしい。

 

「彼女の量子電導脳の浄化にはODLって液体が必要なのは言ったわよね? そしてこのODLなんだけど……実は反応炉由来のものなのよ」

 

「……ってことは反応炉が破壊されると、純夏はODLの浄化できなくなるってことですか!?」

 

「ええ、そういうことになるわ。でも大事なのはここから。目覚めた鑑からなんとか聞き出した情報によれば―――BETAはODLを通信手段として使ってるってことらしいわ。つまりODLを使って量子電導脳を浄化してた00ユニットの情報はBETA側に筒抜けになってた可能性があるってこと」

 

「な―――」

 

 最早白銀は言葉もでなかった。人類の最終兵器でありBETAに対するスパイとして創りだされた00ユニットが、逆にBETAのスパイとして利用されるかもしれないというその事実に。

 

「でも、悪い話ばかりじゃないわ。こちら側から情報を抜かれるってことは逆にこっちから向こうを覗き見る事も出来るということ。鑑は逆にこちらからBETAのネットワークにアクセスして幾つかの情報を引き出すことに成功したの。……その結果、向こうから『覗かれ』てちょっと発狂しかけたらしいけど、なんとか正気を保つことは出来たみたい」

 

「……向こうから覗かれた程度で発狂までするものなんですか?」

 

 疑問を口に出した白銀に香月夕呼は呆れたような顔をした。

 

「あんたね。今BETAのトップにあるオリジナルハイヴは一体誰の支配下にあるか忘れたの?」

 

「あっ! そうかバイド……!」

 

「バイドは有機無機どころか人間の精神まで汚染し、バイド化させる。これはあんたも聞いてるでしょ? バイド化したBETAのネットワークに触れたことで、鑑は危うく汚染される所だったのよ」

 

「す、純夏は本当に大丈夫なんですか!?」

 

「ええ。一応ね。シューティングスターが提供した情報によると低度の精神汚染なら、本人の精神力次第で跳ね除けれる場合があるし、過去にバイドの汚染空間に取り込まれて、精神汚染を受けたR戦闘機パイロットが自力で汚染を跳ね除けて生還した実例も幾つかあるらしいわ。

 正直これが終わったら、改めて検査しないといけないけど……、BETAにモルモットにされて脳髄だけにされても尚、生き延びた彼女の精神力を信じましょう」

 

「……わかりました。それで純夏はなんて言ってたんです?」

 

「現在のBETAのネットワークの状態と今襲撃をかけているBETAの戦力を教えてくれたわ。やはりバイドは世界中のBETAの全てを支配できているわけじゃないみたい。大半のハイヴはまだ汚染されずに正常な―――っていうのもおかしいけど、従来のBETAのままだそうよ。

 そしてここを襲っているBETA群は、単にバイドに命令されて動いてるだけの普通のBETA。勿論バイドに制限を解除されたせいか、従来のBETAには見られない動きをしているけど、バイドではないただのBETAよ。

 でもそれとは別にあいつらをここまで運んできた未確認のBETAがいるらしいわ。異常な地下の侵攻速度はそれのせいね。

 しかもそいつは低レベルだけどバイド化しているみたい。これはバイド係数を確認したっていうマルトーの報告とも合致するわ」

 

「……つまりそいつがゲームで言うところのボスキャラって所ってわけなんですね?」

 

「ボスキャラ……? まあよくわかんないけど、とにかくそいつが今回の襲撃の司令塔でもある可能性が高いって話よ。バイドは司令塔の役割をしている個体を倒すと一気に群れの統率が瓦解するらしいの。もし見慣れないBETAを見つけたら最優先で叩きなさい。現場の判断でS-11の使用も許可するわ。反応炉の被害も無視していい。

 頭にくるけど……最悪反応炉は破壊されても、あいつらに頭を下げてどこか適当なハイヴを制圧してもらって譲ってもらうって方法もあるもの」

 

 どんな対価を請求されるかわかったものではないけどね、と彼女は呟いた。

 ともあれ状況を把握した白銀は力強く頷いた。

 

「わかりました。とにかくこのバイド化した未確認のBETAを叩けば、少しは事態が好転するってことですね。そいつはどんなやつなんです?」

 

「それはわからないわ。鑑が奴らの情報を引き抜けたのはほんの一瞬の時間でしかなかったらしいの。しかもそれ以上奴らのネットワークに触れてたら完全に汚染されてたって話で、入手出来た情報は穴だらけ。でもまあ推測するなら、これだけ多数のBETAを運ぶ事ができたんだからかなりの大型BETAだってことは確かなんじゃない?」

 

「……まあボスキャラがでかいのは昔からのお約束ですしね。今の不知火改の火力とS-11を使えばなんとかいけると思います。あっそういえばこの話の内容、速瀬中尉には……?」

 

「鑑が情報を入手したって所は省いてるけど、バイド化したBETAについてはピアティフの方から伝えてあるわ。遊撃部隊はモグラ叩きに加えてこのバイド体を叩くのも目的の一つよ。さ、話はこれまで! 行って来なさい!」

 

「……了解しました!」

 

 白銀は敬礼をすると先に行った仲間達に追いつくべく、ブリーフィングルームを走って出て行った。

 それを見送った香月夕呼は小さくため息を吐く。

 

「さて、こっちも司令部の守りを固めないとね……。全くどこから湧いて出てくるかわからないBETAなんて反則よ反則。

 いざとなったら基地全部を充填処理して00ユニットだけでも連れて脱出するしかないかしら……」

 

 そう独り言を呟きながら彼女もまた司令部へと戻っていく。

 BETAが横浜基地内に侵入したという警報が鳴ったのはそれから30分後の事だった。

 

 







後書き

作業重機の採掘用レーザーは戦闘兵器よりも強い(確信)
勿論味方ごと巻き込んで撃ってくるのがバイドクオリティ

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