バイド―――それは人類が生み出した惑星級生態系破壊兵器の成れの果てであった。
物理学、遺伝子工学、空間制御技術、更には魔導力学まで投入されて作り上げた人類の最終兵器。
月と同じサイズのフレームに充填されたバイド粒子によって構成されたその兵器は目的の座標で発動し、あらゆるものを汚染し、破壊し尽くす。
26世紀の地球に置いて開発されたそれは、地球文明圏に敵対的な文明圏の母星に空間跳躍で送り込み、発動させる―――はずだった。
しかしそれは原因不明のミスにより太陽系内部で発動した。
150時間もの間、荒れ狂い地球文明圏に甚大な被害をもたらしたそれは、地球軍が使用した次元消去兵器によって異次元の彼方へと放逐。それにより事件は決着をみた。
だがバイドは滅びてはいなかった。物理法則すら刻々と変動する異次元に在っても尚、存在を保ちつづけ、遭遇したものを片端から食らいながら、成長し、進化し、遂には時間と空間を打ち破る力を手に入れた。
バイドが次元の壁を打ち破ったその先にあったのは、22世紀の地球。
突如現れた自分達の子孫が創りだした未来からの怪物を相手に、地球はバイドの力をも取り込み、3度に渡ってこれを撃退した。
だが、それでも―――未だに人とバイドの戦いは続いている。
◆ ◆ ◆
A.D.2169 太陽系冥王星軌道上 軍事基地『グリトニル』周辺宙域
知れば知るほど状況は最悪だった。ここに至るまでの経緯を確認しながら、彼は自らの愛機たる『R-9C"
地球軍の監視網を掻い潜り突如として現れた、A級バイドが率いる師団規模のバイド。
それは冥王星の軌道上にある軍事要塞グリトニルへと襲いかかり、防衛を担当していた冥王星軌道上防衛艦隊と3時間に渡る熾烈な戦いを繰り広げ、これを殲滅。
結果バイドも戦力の7割も失う被害を受けるものの、最終的にグリトニルはバイドの群れに占拠された。
問題なのはこのグリトニル内部には、深宇宙航行用次元カタパルトがあることだ。
この次元カタパルトはグリトニルの動力炉を利用した高出力の異層次元航行システムで、艦船やR戦闘機を遠く離れた座標へと次元跳躍によって射出させる為のもの。
無論、艦船やR戦闘機にも自前の異層次元航行システムは装備されているが、この次元カタパルトの出力は文字通り桁が違う。艦船の異層次元航行システムでも数ヶ月はかかる銀河系中心域にまで、僅か数日で到着させる代物である。
実際第三次バイドミッションにおいては『R-9/0"
結果、途中で複数回に渡るバイドの迎撃があったもの、射出から僅か一週間という短期間でR-9/0は目的地に到着し、マザーバイドセントラルボディの無力化に成功。第三次バイドミッションを終結させた。
もっともあくまでマザーバイドの無力化であり、撃破には至らなかったが。
その結果がこのグリトニル、ひいては次元カタパルトを制圧されるという結果だ。
バイドは地球軍が未探索領域の異層次元に身を潜め力を蓄え、再び逆襲に出たらしい。
そして次元カタパルトを制圧されたということは、最早太陽系全てがバイドの射程に入ったと言ってもいい。
事実それを裏付けるかのように、占拠されたグリトニルはその向きを変え、カタパルトの射出口を地球へと向けたのだ。
地球軍にも次元跳躍を妨害するための亜空間探知システムと、それに連動し次元衝撃波を発生させる亜空間バスターと呼ばれる兵器があるが、銀河を横断し高位異層次元にも突入可能なこのカタパルトを持ってすれば、それらの妨害も容易く突破できるだろう。
それはかつてR-9/0自身がバイドの数々の妨害を突き破って、マザーバイドの存在する高位異層次元へと突入したことで実証されている。
すなわち一刻も早く、この次元カタパルトに取り付いたバイドを始末し、カタパルトを除染しなければ地球文明圏の危機ということだ。
A.D.2163年に発生したバイドの地球降下事件『デモンシード・クライシス』による被害は地球環境に大きな被害をもたらした。
試作型R戦闘機まで投入した迅速な対応により、事態そのものは短時間で解決したが、汚染能力を持つ大型バイドが地球で暴れたことにより、地球の環境は大きく汚染されることになった。
事態終結後、作戦区域の徹底した『消毒』によりある程度は除染に成功したものの、それでも尚、思い出したかのように小規模なバイド汚染体が地球上で定期的に発生している。
次に同じ規模の攻撃があれば、地球は完全にバイド生態系に汚染されることになるというのが、専門家の一致した見解だった。
それを防ぐためにも、このグリトニルを取り戻すのが彼が所属する艦隊―――グリトニル奪還作戦に派遣された地球連合軍、太陽系第2防衛艦隊に与えられた任務だった。
幸いにもこの艦隊には、この手のバイド汚染施設奪還作戦を成功させたことのあるエースパイロットが複数存在する。
そして今作戦の為に艦隊司令部から『ミーティア』のコールサインを与えられた彼もまた、バイド汚染施設の攻略経験のあるエースパイロットだった。
その彼が搭乗する機体も、第二次バイドミッションにおいては僅か3機でミッションを完遂し、その圧倒的な性能から『突き抜ける最強』の異名を取った『R-9C"
初期生産型のR-9Cは徹底した性能の追求と、サイバーインターフェースの技術的な問題からパイロットは四肢を切断し、生体CPUとしての加工を受けなければ搭乗すらできない機体だったが、現在は技術の向上によってそれらの問題も解決し、生身のパイロットでも運用可能だ。
時代の流れと共にいささか型遅れになりつつある機体だが、元々の完成度の高さに加えて幾度ものアップデートを施されたこの機体は、最新鋭のRにも勝るとも劣らない性能を持っている。
ミーティアの技量とこのR-9Cの性能が組み合わされば、A級バイド相手でも遅れを取ることはないだろう。
現在バイドはグリトニルを汚染することに成功はしたものの、完全な掌握には至っていない。
冥王星軌道上防衛艦隊が最後に自分の仕事を果たしたのだろう。
彼らの決死の行動により、グリトニルのメインフレームと次元カタパルトの制御システムは緊急ロックがかかり、バイドはまず施設を使用するためにはそれらの解除から始めなければならなくなったのだ。
その解除が終わる前に、太陽系第2防衛艦隊はこの作戦に決着を付けなければならない。
カタパルトに固定された愛機の中で、状況と外の敵味方の戦力の把握に務めていたミーティアに母艦のオペレーターが通信を繋げてきた。
『先行した部隊が敵の戦力を引きずり出す事に成功した。作戦はこれより第二段階へと移行する。ミーティア。貴機の出番だ。準備はできているな?』
『ああ、外の戦況はこちらでも確認している。いつでも準備OKだ』
『わかっているとは思うが、最後に作戦の流れを確認する。まず先行部隊が敵の戦力をグリトニルの外に誘き出す。これが第一段階。
そしてグリトニル内部の防衛戦力が手薄となった隙をついて、貴機を始めとするR戦闘機による突入部隊をグリトニル内部へと送り込み、内部からこの戦域のバイドの指揮を取っているであろう、A級バイド生命体を撃破。
その後、施設制圧部隊を搭載したヒルディスヴィーニ級強襲揚陸艦『トール』の護衛を務めることが、諸君ら突入部隊の任務である。任務を復唱せよ』
「太陽系第2防衛艦隊旗艦所属、第1混成遊撃部隊3番機、『ミーティア』はこれよりグリトニル内部へと侵攻し、内部に存在するA級バイドの探索・撃破を行う。
A級バイド撃破後は、強襲揚陸艦『トール』とその指揮下の制圧部隊の護衛に移行する」
『確認した。諸君ら突入部隊はフリーハンドで動く権限が与えられているが、施設への被害はなるべく最小限にしろとのオーダーだ。しかし非常事態と判断した場合は、現場の判断でカタパルトを始めとした重要設備の破壊も許可されている。では、出撃シークエンスに入る。カウント10』
その言葉とともに機体のモニターに次々と情報が映しだされて、警告音が鳴り響く。
彼の機体が固定されているリニアカタパルトが機体の射出準備に入ったのだ。
『……5,4,3,2,1、ミーティア射出。グッドラック』
オペレーターの言葉と共に機体がリニアカタパルトによって一気に加速する。
慣性制御システムのお陰でGはないが、機体を加速させているわけでも無いのにもかかわらず、高速で流れる視界が逆に彼の脳に微かな違和感をもたらした。
サイバーインターフェイスにより情報処理能力を高め知覚を高速化している為、一瞬で流れていく景色に映るカタパルトの誘導灯の一つ一つまでがはっきりと見える。
1km程の長さの艦内カタパルトを1秒足らずで飛び出し、母艦の外に出ると彼は愛機を更に加速させた。
ふと意識を後ろに向ける。
サイバーインターフェイスによって繋がった機体のシステムが、自機後方のカメラの映像を、彼の脳に送り込んできた。
そこには全長は4kmを越える、純白に輝く巨大な戦艦があった。
地球軍の最新鋭超弩級異層次元戦艦、ニブルヘイム級。これが彼の母艦であり、この艦隊の旗艦でもある。
全体としては自動小銃を思わせる形状のフォルムだが、艦体下部には無数の槍の様な構造物が、そして艦体側面にはまるで翼の様な形状の構造物が生えている。
更には装甲の一部も歪な形状をしており、まるで樹木の表皮のようだ。
そして極めつけが、艦体の先端に取り付けられた艦首砲だ。これに至っては装甲板が艦首砲の回りを取り囲むような形で長く伸びている。
この装甲板は歪で不揃いな長さということもあり、見る者に牙のような印象を与える。さしずめ艦首砲は巨獣の口腔だった。
なぜ最新鋭の戦艦がこんな奇妙な形をしているかというと、それは単純な話。
この戦艦はバイド技術を応用して開発されたものだからだ。
特に装甲板や槍状構造物、翼状構造物に至っては、バイドの自己再生能力と自己成長能力を模倣した技術を使っており、あのような歪な形状にならざるを得ないということらしい。
その為、このタイプの戦艦は艦ごとに個性があり、形状が微妙に異なることになった、と技術者は言っていた。
バイド技術をあからさまに使用しているため、軍の中にはこの異層次元戦艦のフォルムに嫌悪感を示す者も多いが、彼は気に入っていた。
白く輝く白亜の塗装。全身に生やした無数の翼と槍と牙状の構造物。
それは神話に伝えられる神獣が如き神々しさと美しさを、ニブルヘイム級に与えていた。
逆説的に言えばその美しさが、人類の兵器であると強く訴えかけてくるのだ。
それはバイドには到底真似できない物だ。バイドが自前で作るのは大抵醜い肉塊か、ガラクタを寄せ集めた機械生命体ぐらいなものだからだ。
―――俺が戻ってくるまでに落ちるなよ―――
ここは戦場の後方とは言え、安全な場所に居たはずの母艦が帰還した所、奇襲を受けて撃沈されていたことは一度や二度ではない。
そんなことを思いながら、彼はニブルヘイム級から目をそらし、愛機の異層次元航行システムを起動させて低位異層次元へと滑り込ませ、戦場へと疾走らせた。
この低位異層次元は亜空間とも呼ばれ、それに伴いこの航法は亜空間航法とも呼ばれている。そしてこの亜空間航法は自機が存在する次元の位相をずらすことにより、通常空間からの攻撃と観測を一切受付なくなるという利点があるが、それ以外にも一種の短距離ワープとでも言うべき使い方がある。
流石のR戦闘機も通常空間では出せる速度に限度があるが、亜空間に潜り込むことにより、通常の三次元空間の物理法則から開放され、光速をも越える速度を限定的にだが出すことができるのだ。推進剤を大量に消耗する為、多様はできないが。
遥か100万km先に佇む台形型の大型軍事要塞グリトニル。この距離からでは砂粒のようなサイズだが、多数の艦船の整備ドックとしての役割も持つため、その大きさは全長30kmにも及ぶ。ニブルヘイム級ですらグリトニルに比べれば救命ボートのようなものだ。
その砂粒大の大きさのそれが、亜空間特有の歪んだ視界の中でぐんぐんと大きくなり豆粒ほどの大きさへと変わる。
頃合いと感じたミーティアはグリトニルの1万km手前で亜空間から通常空間に復帰した。
亜空間に潜行したまま接近し過ぎると、存在を探知され亜空間バスターと呼ばれる次元振動波発生装置による、亜空間潜行兵器に対するカウンターを受けることになるからだ。
所詮この亜空間潜行技術は、敵にも味方にも普及した今や枯れた技術にすぎない。
開発された当初こそ、このR-9Cを始めとした一部の機体しか使用できなかったが、異層次元航行システムの高性能化とそれに伴う既存機種のアップデートにより、全てのR戦闘機群は勿論、B級以上のバイド体にとっても当然のように使用可能な技術になっている。
そのため対抗手段も探知方法も数多く存在するのだ。
グリトニルの周囲では無数のR戦闘機と小型の艦船がグリトニル内部から出撃してきたバイド汚染体と熾烈な戦いを繰り広げていた。
グリトニルの占領など考えなければ、異層次元戦艦や異層次元巡洋艦の艦首砲、そしてR戦闘機群の波動砲の釣瓶撃ちという方法もあるのだが、占領が第一目的である以上それもできない。
それとは別にグリトニルの装甲は、下手な波動砲では撃ちぬけないほど頑丈だということもあるが。
その為、R戦闘機は本来の火力を活かしきることができず、苦戦に陥っているようだ。
もし彼らが―――そして自分を含めた突入部隊も全滅するようなことになったら、その時こそ、今ミーティアが発艦したニブルヘイム級を始めとした太陽系第2防衛艦隊の主力がグリトニルを完全に破壊して宇宙の藻屑にするべく、全力攻撃を行うだろう。
生き延びるためには、尚更勝たなければならないわけだ。
ミーティアは迅速に戦域へと突入すると、乱戦状態の戦場を駆け抜ける。
レーザーを紙一重で交わし、こちらに向けて放たれた核弾頭のミサイルを電磁投射砲で迎撃し、輻射熱と破片をフォースで防ぎつつ、反撃のショットガンレーザーを叩き込み、進路上のバイドの一群を消し飛ばす。
戦域に突入し暫くすると、突入部隊である彼のエスコートするべく数機のR戦闘機が集まってきた。あのオペレーターが気を利かせたようだ。
即席の部隊となった彼らを援護すべく、後方の艦隊が主砲を撃ちこみバイドの防衛網に穴を開ける。
更にその穴を広げるべく、エスコート役のR戦闘機が次々と波動砲を発射する。
ある機体は砲撃を直接目的座標に転送させ炸裂させる衝撃波動砲でバイドを空域ごとなぎ払い、またある機体は数を武器に迫る群体型バイドを、それ以上の数で圧殺する光子バルカンの弾幕で殲滅し、またある機体は進路を塞ぐ中型バイドとその護衛の小型バイドを、フルチャージしたスタンダード波動砲でまとめて消し飛ばす。
元は地球軍の無人機だったそれら機械型汚染体が、波動砲の一斉射撃で纏めて消し飛んでいき、グリトニルへの更なるルートが開拓される。
開いたルートを埋めようとバイドの増援がグリトニルの外壁の開口部から出撃しようとするが、長距離射撃型のR戦闘機の支援射撃によって、外に出ると同時に素粒子の塵へと変換された。
欲を言えばあの一斉射撃でそのままグリトニルの外壁に穴が空いていれば、そのまま内部へ突入できたわけだが、艦載用陽電子砲すら跳ね返すとも言われるその外壁には少々焦げ跡が付いただけだった。
近道を諦めるとミーティアは僚機を追い越して、グリトニル外壁に取り付き、波動砲をチャージしながら艦船入港用ドックへと向かう。
道中グリトニルの外壁から汚染された自動砲台が次々と出てくるも、エスコート役のR戦闘機が先手をうって撃破してくれる。
お陰でミーティアは波動砲のエネルギーゲージをマキシマムまで貯めることができた。
そのままフォースの先端に波動粒子を充填したまま、入港用ドックの前へと到達する。
迎撃のためかミーティアの目の前で、ドックの扉が開いてゆく。そして中から現れたのは、腐肉をこね回してソーセージに仕立てて、眼球をトッピングしてできたような巨大な肉塊だ。
その大きさ、凡そ全長300m。
ノーザリーと呼称されるバイドの生体輸送艦。恐らく、増援でもその内部に溜め込んでいたのだろうが、生憎と間が悪かった。
ドックから出撃して早々、波動砲をチャージしたR戦闘機と出くわしたのだから。
ミーティアはスラスターの出力を上げ、僅か数十mという超至近距離まで、ノーザリーに接近。
そして超至近でフルチャージした拡散波動砲を撃ち込んだ。
R-9Cの機首で青い光が爆発し、横殴りの光の奔流となってノーザリーを飲み込んだ。
拡散波動砲は波動粒子の砲撃が発射と同時に拡散と増幅を繰り返して、広域をなぎ払う強力な面制圧戦術兵器だ。
それをこのような至近距離で発射した場合、拡散するはずの無数の波動粒子が全て一点に収束し、従来の波動砲を上回る破壊力を叩き出す。
その結果、ノーザリーはその胎内に詰め込んでいた汚染体諸共、塵一つ残さず波動粒子によってこの世から消えた。
ミーティアはセンサーを走らせ入港ドックの奥を走査する。
大型バイド反応無し、中型バイド反応2、小型バイド反応50、
大物は今ので打ち止めか。
『突入口を確保。これより本機はグリトニル内部へと突入する』
『了解。幸運を』
エスコート役のRに別れを告げ、R-9Cはペットネームの如く、1発の弾頭となってグリトニル内部に突入した。
内部での戦闘はいささか歯ごたえがないものだった。
当然といえば当然だがこちらはグリトニルの内部の詳細な地図を持っている。
トラップや迎撃システムについての情報もだ。
バイドも流石にこの短期間で施設を作り変えることはできなかったようで、オーバーライドして機能を奪った迎撃システム以外にめぼしい防御システムがない。精々が生体トラップとして施設中に肉片状のバイド汚染体をばら撒くにとどめている程度だ。下手に近づけば攻撃されて汚染されるが、大した敵ではない。
ともあれ全くの未知の施設ならともかく、ある程度情報を揃えられた状態での突入作戦はさほど困難なものではない。
天井部から出てきた地球製の無人砲台を電磁投射砲で叩き落とし、汚染されたと思わしき大型人型兵器ゲインズは出会い頭に波動砲を叩き込んで消し飛ばした。
場所が悪ければ苦戦していたであろうが、閉鎖空間ではこんなものだ。
『こちらフレイムタン。第3格納庫を制圧した。これより第4格納庫に移る』
『こちらマルトー。第一司令室を制圧した。ハズレだ。ここにはA級バイド体はいない』
『こちらラウンドテーブルだ。現在動力炉で取りついているB級バイド体の群れと交戦中。A級バイド体の反応はなし』
別のルートで突入した友軍機から次々と報告が入る。概ね順調だが、肝心のこの施設を掌握していると思わしき、A級バイド体の姿がない。
するとこの突入部隊の指揮官機である電子戦型R戦闘機、R-9ER2"
『エニグマよりミーティアへ。恐らくはそちらのルートが当たりだ。これまで収集した情報を総合するとA級バイド体は貴機の侵攻ルート先の次元カタパルトに潜んでいると思われる』
『ミーティアよりエニグマへ。了解した』
『現在他の区画を制圧した友軍機がそちらに向かっている。無理はするな―――』
その言葉を遮るようにグリトニルが振動した。
『ラウンドテーブルより全機へ! 動力炉が全開で動き始めた! グリトニルの異層次元航行システムが起動している! 奴ら次元カタパルトを起動させる気だ!』
『エニグマよりラウンドテーブルへ。動力炉の無力化は可能か?』
『ラウンドテーブルよりエニグマへ。破壊は可能だが、今攻撃すると暴走してグリトニル諸共吹き飛ぶことになるぞ』
『ミーティアよりエニグマへ。無理をする必要が出てきたようだな。これより次元カタパルトへ突入する』
『……エニグマよりミーティアへ。幸運を祈る』
その通信を終えるとミーティアは狭い通路を潜り抜け、次元カタパルトへ続く大型の搬入路へと潜り込む。
波動砲をチャージしながら進み、迎撃に出てきた砲台と小型無人兵器はフォースシュートで押しつぶす。
そして彼の機体は次元カタパルトと搬入路を遮断する大型の扉の前へとたどり着いた。
搬入路と次元カタパルトは艦船の運用も念頭に設計されている為、その扉も恐ろしく巨大であり、全高3キロはある代物だった。
そしてその巨大な扉越しにも確認できるほどのバイド係数が扉の向こうから検出された。
扉の向こうからは何のアプローチもない。籠城の構えなのだろうか。
だがいずれにせよこの程度の扉では、R戦闘機の行く手を阻むには力不足だ。
ミーティアはフルチャージの拡散波動砲を発射。遮蔽扉に直径500m程の大穴を開けると一気にカタパルト内部へと突入した。
扉を突き破って尚、減衰しなかった波動粒子の砲撃は青い暴風雨となってカタパルト内部を蹂躙していた。
その波動粒子の嵐の中で微動だにせず、悠然と佇む影がカタパルトの奥にあった。
R-9Cのセンサーが素早くその影をスキャンし、データベースからその正体を探り当て、パイロットの視界に表示した。
『B-D2.Type-
同時に荒れ狂っていた拡散波動砲の余波が収まり、その影の全貌が光学的に確認できるようになった。
カタパルトのレールの上に佇む、全高200mを越える銀色に輝く人型の巨像。未完成なのか手と脚がなく、その部分からは無数のケーブルが繋がり、天井や壁面、床へと潜り込んでいる。
巨大な全身鎧を思わせるそれは、手足が無い故に未完の芸術品にすら見える。バイドに似つかわしくない美しさがあった。
だが彼は知っている。
この銀色に輝く甲冑の下には禍々しい素顔が隠れていることに。
バイドという存在の代名詞、A級バイド体、生命要塞ドブケラドプスこそがこの怪物の正体だ。
そしてこのザブトムというバイドは、ただの大型バイドというだけではなく、ドブケラドプスをベースにした惑星破壊兵器としての側面も持っている。
つまりこいつを次元カタパルトで地球に向かって射出されたら、地球は終わりということだ。
その思考を裏付けるかのようにカタパルト内部に警告用アナウンスが響き渡りはじめる。
『これより5分後に次元カタパルトの射出シークエンスを開始します。カタパルト内部の作業員はただちに退避し、次元振動の影響を防ぐため、向精神薬を服用してください。繰り返します。これより5分後に次元カタパルトの射出シークエンスを開始します。カタパルト内部の作業員は……」
どうやら5分以内にこの怪物を始末しなければ、地球は壊滅的な打撃を受けることになるようだ。
つまりは―――いつものことだ。
彼は口の端に笑みを浮かべた。例え自分が敗北してもラウンドテーブルが動力炉を抑えている。最悪の事態は避けられるであろう。
ならば今は自分の役割を果たすだけ。
ミーティアはそのコールサインが示す通り、流星となってザブドムへと躍りかかった。
◆ ◆ ◆
コールサイン『ラウンドテーブル』は困惑していた。
彼の任務はグリトニルの動力炉に突入し、後続の機体のルートを確保すること。そして動力炉に巣食っているであろうバイド体を殲滅することだ。
動力炉は群体型のバイドに汚染されていると推測された為、それを排除するため彼と彼の愛機R-9AD3 "
攻性デコイ運用機の最上位機種であるR-9AD3は数あるR戦闘機の中でも数少ない、数の暴力で敵を殲滅することができる機体である。
波動粒子による攻性デコイ形成装置によって、R-9AD3は収束させた波動粒子をR戦闘機と寸分違わぬ形状の攻性デコイに生成し、コントロールすることができる。その数は最大6機まで生成可能。
時には波動粒子で構成されたデコイによる体当たりで、またある時にはデコイを解体し、それを形成する波動粒子に指向性を与え、使い捨ての波動砲台として運用する。
その気になればデコイ達と編隊を組んで、単機でありながら小隊規模の火力を叩きつけることもできるのだ。
そしてこれらの攻性デコイの最大の利点は、あくまで波動粒子で形成されているため、例え撃破されようが、消耗しようが波動粒子をチャージする時間があれば、いくらでも作りだせるということ。
このR-9AD3に高性能な偵察機や早期警戒機を組み合わせれば、遠距離から一方的にそして正確に、無限に尽きることのない攻性デコイの軍団を送り込み、一切の被害を出さずに敵集団を殲滅することもできる。
今回の作戦はグリトニルを中心に強力な亜空間通信に対するジャミングが張られていた為、攻性デコイの母機である自機が直々に乗り込む羽目になったが問題はない。
この機体もまた最上位のR。例えデコイが使用不能になったとしても、戦闘には全く支障をきたさない程の高レベルの基本スペックと高性能のフォースを有している。
ラウンドテーブルはエニグマの情報を元に、生成した攻性デコイを要塞内部に送り込み、偵察機の代わりとした。
そして大凡の敵戦力図を掴んだ後はデコイと共に編隊を組み、火力を集中させながら通路を突破、動力炉まで辿り着いた。
敵の肉片型バイド体は動力炉に取り付き、融合せんとしようとしてたが、ラウンドテーブルはデコイの体当たりとフォースレーザーの掃射でこれを阻止。動力炉の被害を最小限に抑えつつ、バイドの殲滅に成功した。
だというのに。
「まだ動力炉が動いているぞ! システムが電子的にもオーバーライドされている!完全に制御システムのロックが解除されている! エニグマ! そちらの電子システムで再度オーバーライドして止めることはできないか? いや待て……クソっ。汚染された施設とバイドの死体で隠されてて今気がついた。第二動力炉が『無くなっている』!」
『エニグマよりラウンドテーブルへ。現在システムを再度掌握中。600秒後に強制停止させられる。それよりも動力炉が『無い』とはどういう意味だ?』
「第二動力炉が外されて持ち去られている。あの動力炉は小型だからな。恐らくは次元カタパルトのザブトムの腹の中だ」
『つまりここの動力炉を潰しても……』
「奴は自前でカタパルトに電力を供給できる。ザブトムを始末しない限り、次元カタパルトは止まらないということだ」
『了解した。エニグマより全機へ。今の話を聞いていたな? 全ての作戦行動を中断し、直ちに次元カタパルトにいるA級バイド体『ザブトム』を殲滅せよ。これは最優先事項である―――繰り返す―――』
◆ ◆ ◆
繰り返し放たれるエニグマからの最優先メッセージをミーティアは思考から締め出した。
状況は更に悪化したが、眼前のバイドを倒さねば不味いことになるなど、とうの昔にわかりきっていたことだ。
援軍もこちらに向かってきているようだが、恐らく手遅れだ。彼らが着く前に決着が付く。
目の前のバイドもまた、援軍のR戦闘機が到着する前にこちらを撃墜して、次元カタパルトから射出される腹積もりだろう。
どちらも既に満身創痍に近かった。
R-9C"
2門装備された電磁投射砲も片方は脱落して使用不能だ。
装甲キャノピーにも大きな亀裂が入っている。
一方ザブトムもまた全身を包む鎧に無数の傷跡をつけている。
芸術品のようだった胸像の面影は既になく、手足の部分に接続されたエネルギーチューブは、ミーティアがザブトムのエネルギー補給に使っていると予測したため、真っ先に破壊されていた。
もっともこれはザブトムが体内にも動力炉を取り込んでいた為、余り意味のない行為に過ぎなかったが。
そして何よりもザブトムの頭部を覆う巨大な仮面。
それはR-9Cによる至近距離の波動砲撃によって叩き割られ、ザブトムはその醜悪な素顔をさらけ出していた。
腐敗したかのような腫瘍まみれの褐色の肌。後ろに異常に大きく伸びた頭部からは、無数の電子部品の欠片が見え隠れしている。だが何よりも目を引くのは、この世の全てを憎んでいるかのような、禍々しいその表情。
釣り上がった目は真っ赤に染まり、口は文字通り耳まで裂け、今にも呪詛の声を撒き散らしそうだ。
小奇麗な甲冑に身を固めていても隠し切れない、全てを憎み破壊するバイドというモノの在り方がそこにあった。
波動砲のチャージを開始したミーティアの聴覚に再び次元カタパルトのアナウンスが飛び込んでくる。
『これより30秒後に次元カタパルトの射出シークエンスの最終段階に入ります。最寄りの作業員は全ての作業を中断して、避難所へ退避してください。繰り返します。これより30秒後に―――」
どうやら友軍は間に合いそうにない。
ここは刺し違えてでも仕留めるべきだ。
そう判断して彼は波動砲のチャージを始めた。
残り後30秒で、このA級バイドを消し飛ばせれるだけの波動粒子をチャージできるかどうかは賭けになる。
眼前のRが波動粒子をチャージを開始した事に対して危機感を覚えたのか、ザブトムの攻撃が激しくなった。
甲冑の肩部装甲が展開し、誘導式プラズマ弾が乱射される。
それは比較的弾速が遅いため、R戦闘機の反応速度なら対処は容易だったが、幾分数が多すぎた。
低出力の波動砲で迎撃するのは容易いが、それではチャージした波動粒子を失うことになる。むしろザブトムの狙いはそこか。
それでもミーティアはフォースを盾にプラズマ弾を防ぎ、カタパルト内部を縦横無尽に飛び回り、弾幕を回避する。
ザブトム射出まで残り20秒。
業を煮やしたのか、ザブトムは更なる攻勢にでる。
胸部装甲が展開し、光り輝くコアユニットが露出する。
自ら弱点を曝け出すその行為は、同時にザブトムにとっての最大の攻撃でもあった。
ザブトムの胸部に光が収束し、超振動を伴う黄金色の粒子砲撃が放たれる。如何にA級バイドといえどこれは尋常な威力ではない。要塞の動力炉を取り込んでいるからこその出力だ。
その必殺をミーティアはカタパルトの隅に隠れるようにして回避した。
その結果、機体側面がカタパルト内部の壁に激突して表面が削られたが、この回避行動を取らなければカタパルトの中央を突き抜けていった艦首砲並みの砲撃によって、R-9Cは跡形もなく消し飛んでいただろう。
射出まで残り後10秒。
最大の攻撃の後は最大の好機でもある。
R-9Cは身を潜めていたカタパルトの隅から飛び出すと、ザブトムの展開したままの胸部装甲内部にフォースシュートを撃ち込んだ。
フォースとザブトムコアが激突し、付近に雨の様な火花を散らす。そのフィードバックによる苦痛を受けたのか、ザブトムは歪んだ顔を更に歪め、怒りと苦痛の混じった絶叫を上げた。
その絶叫は、音という振動を伝播させる物など無い真空にあっても尚、なんらかのショックウェーブとしてR戦闘機に叩きつけられ、R-9Cのパイロットの精神を蝕み始める。
――雄叫びを利用した精神支配か!
強制的に恐怖を呼び起こされたミーティアは反射的にR戦闘機の精神防護システムを最大レベルへと引き上げ、対処。
その対処によって出来たほんの数瞬にも満たない隙に、ザブトムは胸部装甲を強制的に閉じて、コアに喰らいつくフォースを弾き飛ばしていた。
残り後5秒。
カタパルト内部だけでなく、グリトニルそのものが振動をし始めた。
ミーティアは過去幾度か次元カタパルトによる射出を経験しているが、この振動は正規の射出シークエンスのそれではない。
明らかに何らかの不具合が発生している。
ザブトムはその不具合を力づくでねじ伏せて、射出シークエンスを強行するつもりのようだ。
そのトルソーの如き胴体の手足の付け根から、無数のエネルギーケーブルが飛び出してカタパルト施設に侵食するように強制接続。ケーブルが発光し、更なるエネルギーをカタパルト内部に送り込んでいく。
残り2秒。
ミーティアは波動粒子の収束率を確認した。120%オーバー。拡散波動砲、発射可能。
波動砲の発射体制を整えた彼がレティクルにザブトムの巨体を納めると同時に、ザブトムもまた胸部装甲を展開する。ザブトムコア、砲撃準備。
コアの輝きは先程よりは鈍い。ザブトムもチャージの為の時間が足りないのだろう。更に加えてリソースを次元カタパルトのエネルギー供給に取られて、出力が落ちているのだ。
だがそれでもR戦闘機を消し飛ばすには釣りが来る。
残り1秒。
R-9Cの機首で青い光が、ザブトムのコアで黄金の光が同時に炸裂し―――その場にある全てを飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
地球連合軍 太陽系第2防衛艦隊による第2次グリトニル奪還作戦レポートの一部より抜粋
A.D 2173 7/7 18:35
―――以上をもってグリトニルでの戦闘行動は終結した。
その直後、冥王星軌道上軍事要塞グリトニル内部より強力な次元振動波を確認。
戦闘を観察していた太陽系第2防衛艦隊はこの次元振動波により一時的にセンサーとレーダーがダウンした。
観測機器が再起動した後、グリトニル周辺を走査するも、全ての痕跡が失われていた。
バイドも友軍も、そして『グリトニル』自体も。
情報部の分析結果によると、次元カタパルトへの過大出力がグリトニルの異層次元航行システムを暴走させ、グリトニル周辺一帯の空間を次元跳躍させたのではないかと―――
後書き
マブラヴのマの字も出てこねえ!
次から出ます