R-TYPE M-Alternative   作:DAY

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四話 判断

 結論から言えば地球は滅びなかった。人類もだ。

 流石にグリトニルがあのまま加速を付けた落下を行った場合、グリトニルの内部のバイドもただではすまないと判断したのだろう。

 地表に激突寸前で、グリトニルは搭載した全ての慣性制御システムをフル稼働させて、落下の衝撃を相殺した。

 その結果、グリトニルはあの奇妙な塔を押しつぶし、その巨体を地上に横たえることになった。懸念されていた衝撃波や地殻津波の類は一切発生せず、落下地点を中心にマグニチュード7の地震が発生した程度で収まったのは不幸中の幸いか。

 

 だがそれはグリトニル内部のバイドが健在であるということを意味する。

 できうることなら、今すぐグリトニルに再突入を行い、内部のバイドを殲滅したい所だが、現在『エニグマ』の指揮下にある機体は大なり小なりダメージを受け、パイロットの疲労も無視できない。

 何よりもこの地球は自分達の知る地球と違いすぎる。

 存在しない防衛艦隊、旧世代の防衛衛星、通じない通信。そして戦闘中は気がつかなかったが、『何か』に食い荒らされて荒野となった大陸。

 そして大陸中に繁殖しているバイド係数が検出されない、未知の生物。

 鉄壁の防衛網を築き上げていたはずの月や火星も、それらの生物に占拠されている事実。

 極めつけは天体の観測をした所、星の座標の位置が22世紀のそれと微妙に異なったことだ。

 

 その為、一旦衛星軌道上に退避したグリトニル突入部隊は、そこで現地の情報収集と情報交換を兼ねた通信によるブリーフィングを行うことになった。地上の無線を拾い上げ、衛星軌道上から地上の都市を偵察し、電子戦機によって地上のネットワークシステムに介入し、最終的にはR戦闘機や艦船の次元移動用の空間座標を記録するレコーダーまでひっくり返して調べあげた結果、ここは彼らの知る地球ではないことが判明した。

 

 この時代は西暦にして2000年初頭の地球。

 そしてなによりも大事なことだが――この地球は彼らの知る22世紀とは全くの別の時間軸の地球だということだ。

 それはこの地でバイドに代わって、猛威を振るうBETAと呼ばれる異星の敵性生命体が証明している。彼らの20世紀の歴史にはBETAという地球外生命体に侵略を受けた事実はない。

 

 これらの事を突入部隊の指揮官である『エニグマ』や駆逐艦フライバー、強襲揚陸艦トールの艦長を始めとする佐官や士官達に加え各艦の技術者も交えて話し合った結果、グリトニルの次元カタパルトが暴走したことにより、時間と次元の壁を突き破り平行世界の地球へとたどり着いたのではないか、という結論に達した。

 その一見荒唐無稽とも言うべき結論に異論を唱えるものは誰もいなかった。

 何しろ22世紀の人間はまさにその荒唐無稽としか言い様がない経緯で現れた怪物と、何十年に渡って戦い続けていたのだから。

 

 バイド。

 26世紀の人類の手によって生み出され、暴走し、次元の彼方へと廃棄された絶対生物。

 次元の狭間で自己進化を繰り返したその肉塊は、とうとう次元と時間の壁を突き破り、22世紀の地球に襲いかかってきたというのは、新兵ですら知っている公然の事実である。

 今回の転移事故も元はと言えば、バイドが発端となっている。バイドが関わった事象ならば別の時間軸の地球に飛ばされても不思議ではない。

 何より地球連合軍もまた異層次元航行システムの研究の副産物として、実験室レベルではあるが、平行世界観測や時間移動の実証に成功しているのだ。

 一部のR戦闘機など、平行世界からの技術を持って作り上げられたという噂話もあるほどだ。

 

 ともあれ、それらの前知識があったお陰で、この異なる時間軸の21世紀の地球に飛ばされたという仮説もグリトニル制圧部隊の部隊員達はすんなりと受け入れ、すぐに建設的な話に移行することができた。

 すなわち、彼ら本来の時間軸――22世紀の地球への復帰ができるかどうかという議論だ。

 これは艦に同乗していた技術者から、比較的簡単に答えを引き出すことができた。

 もっともそれは22世紀への帰還はグリトニル制圧部隊単体では間違いなく不可能という無情な答えだったが。

 

 技術者の話によれば、時間軸の壁を超え、更に別の平行世界に移動するには艦船の異層次元航行システムだけでなく、莫大なエネルギーが必要となるとのことだ。

 駆逐艦も強襲揚陸艦も、そしてR戦闘機も異層次元航行システムは搭載しているが、それはあくまで、惑星間移動や星系間移動を目的としたもので、時間軸の違う世界線を突破するにはとてもではないが出力が足りないとのことだ。

 もしかしたら最新鋭の異層次元航行戦艦ニブルヘイム級の動力炉ならば、自前でそのエネルギーを用意できるかもしれないが、ここにないものを言っても仕方がない。

 

 そして地表に落下したグリトニルは未だ原型を保っている。

 外からスキャンした所、動力炉なども機能を保ち、次元カタパルトも使用可能だということが判明した。

 となれば、残る方法は一つだけ。

 残る戦力で再びグリトニルを強襲し、内部のバイドを排除して次元カタパルトを奪還する。

 幸いなことに元の地球の絶対次元座標自体はこちらのデータに残っているため、次元カタパルトさえ奪還すれば、高出力のカタパルトによって力づくで世界線を飛び越えて、元の22世紀に帰還できるはずだ。

 

 だが、その前にやることも山積みだった。

 まずは被弾し、無力化されたR-9DP3 "KENROKUEN(ケンロクエン)"『マルトー』の回収。『マルトー』は戦闘中に被弾して行動不能になった後、とあるブロックに閉じ込められた。しかもそのブロックは大気圏突入時の衝撃に耐えられずグリトニルから剥離し別の地域に落下、地上――この世界での日本に落着していた。そのブロックも地上に激突寸前で慣性制御システムを起動させて、落下の衝撃を抑えていたことが確認されている。

 その為かパイロットのバイタルも無事で、バイドに汚染された形跡もない。

 問題があるとしたら、その落着したブロックが現地住民に一足先に確保されそうなことだ。

 落下したブロックは一つだけではない、それ以外にももう一つ大型のブロックが、アラスカに落下し、やはり現地住民に確保されつつある。

 他にもBETAの前線基地とも言うべきハイヴ付近にも落下したブロックが複数あるため、迅速に回収か、破壊しなければならない。

 

 だが彼らを一番悩ませるのはBETAよりも、この現地住民――すなわち21世紀の地球人達への対処だ。

 地球軍にはバイド以外の異星起源の知的生命体と接触した場合のマニュアルがいくつか用意されているが、さすがにタイムスリップして過去の地球人と接触した時のマニュアルまでは用意されていない。

 この地球上の情報を収集した所、この21世紀の地球は、異星からの侵略者BETAによってある意味22世紀の地球以上に追い詰められている。

 時代が悪かったというのもあるだろう。まだこの時代の人類は統一国家も成し得ておらず、民族紛争も絶えない時代であり、技術力も宇宙に進出を始めたばかりでまだまだ発展途上。

 もしBETAが来るのがあと百年遅ければ科学技術と社会の発展もあり、容易くこの世界の地球はBETAを撃退していたはずだ。

 もっとも逆にあと百年早めにBETAが来ていたら、抵抗の余地もなく滅ぼされていただろうが。

 

 いずれにしても、これらの国家や民族の統一もなされてない時代にBETAが襲撃してきたため、各国は表面上は手を結んでいるがその実腹の探り合いをし、如何に相手より優位に立つかという考えも強く持っている。

 そういった政治劇は22世紀の地球にもないわけではなかったが、この世界の地球人は政治に熱を入れた結果、BETAの脅威度を見誤り、初手をしくじってしまった。

 そういった意味では22世紀の地球は幸運だった。何十年も前からバイドの存在と襲撃を察知し、時間をかけてバイドへの対抗策であるR戦闘機の開発に成功したのだから。

 しかしそこまで最善手をつくしても尚、人類を敗北寸前まで追い詰めてきたのがバイドなのだ。

 

 時代と世界線は違えど、同じような状況にあるこの世界の地球を、同じ地球人として手助けしてやりたい気持ちはないわけではないが、複雑怪奇な政治劇を繰り広げるこの地球に表立って関わり、政治的に雁字搦めになるというのは御免だというのが部隊の指揮官や隊員たちの一致した意見だった。

 何よりも自分達の役割は22世紀の地球を守ることであって、時間軸の違うこの地球を守ることではない。優先順位を間違えてはならない。

 

 ただ、完全に関わりあいにならないというのも不可能ではある。

 恐らく『マルトー』はこのままでは現地住民に確保されてしまうだろうし、彼を取り戻すためには現地住民と何らかの交渉をしなければならない。最悪力づくになってでも回収だけはすることになる。他にも技術の流出を極力避けるために、何らかの行動を起こさなければならないだろう。

 アラスカに落下したグリトニルのブロックからは微小だがバイド係数が検出されているため、汚染が広がる前にこちらで回収か、消毒を行わなければならない。

 ほかにも自分達のことは伏せておくにしても、この時代の地球にバイドの情報だけは最低限渡さなければならないだろう。

 BETAはあくまで増殖能力の高い有機生命体に過ぎないが、バイドは無機有機を問わないどころか空間に至るまで、あらゆるものを侵食し、汚染したものをベースに無限に増殖していく生物兵器だ。

 この時代の人間が正しい知識もなくちょっかいをかければ、悲惨なことになるのが目に見えている。

 

 実際、バイドは偶然か、それとも狙ってやったのかは不明だが、グリトニルをこの地球のBETAの総本山とも言うべき、オリジナルハイヴの真上に落下させた。

 現在ハイヴの象徴たるモニュメントは完全に押しつぶされてしまっている。地下の構造体はある程度無事かもしれないが。

 これによりハイヴのBETAは壊滅状態になっていると思われたが、衛星軌道上からバイド係数をスキャンした所、更に厄介なことになっていることが判明した。

 低レベルのバイド係数が異常に増えているのだ。

 恐らくはバイドが生き残ったBETAを汚染して手駒に加えているに違いない。

 次元カタパルトを奪取するためには、これらバイドに汚染されたBETAの排除も必須となった。

 

 だが部隊の参謀達の頭を抱えさせることになったのが、BETAの数とその動きだ。

 BETAは押しつぶされたオリジナルハイヴを修復したいのか、それともバイドを排除するためなのか、大陸中のBETAの3割が現在オリジナルハイヴに集結中とのことだ。

 しかしいくらBETAが集まった所で、まとめて汚染されてバイド化するだけ。

 何よりも地上のBETAの総数は数百万にも及ぶと言われている。

 もしこれら全てのBETAがバイド化すれば、施設内部の制圧を目的にし、大火力を有する機体が少ないこのグリトニル突入部隊では手に負えなくなるのだ。

 そういった意味でもやはりこの時代の地球人と何らかのコンタクトを取る必要がある。

 そう部隊の参謀が説明を終えた所、強襲揚陸艦トールの艦長がウィンドウ越し(各艦の艦長は、それぞれ自分の船に居ながら通信システム経由で意見を交換している)に発言をした。

 

「つまり我々に必要なのは各国に伝手があり、こちらの言うことを信じ、高い知性を持ち、無駄な欲や政治的野心を抱かない交渉窓口というわけか? ……実にハードルが高いような気がするが」

 

 その言葉に参謀は苦笑しつつも、答えた。

 

「確かにこれらの条件全てを満たす相手は、この地球文明圏のシステムを調べた調査の結果、該当するものはいませんでした。しかしこの条件に限りなく近い相手なら該当者が1人います。それなりの伝手と権力を持ち、何よりも我々が平行世界の未来からやって来たことを理解できる頭脳の持ち主。……信じがたいことにこの人物は20世紀に、量子因果論という平行世界に関する極めて高度な論文を発表しています。TEAM R-TYPE辺りが見たらよだれを垂らしてスカウトするでしょうね。彼女なら我々の交渉相手には相応しいかと」

 

「……彼女だと? 女性なのか」

 

「国連軍横浜基地副司令、香月夕呼博士。対BETA用特殊計画オルタネイティヴ4の中心人物。現地では横浜の魔女と呼ばれています」

 

 

 ◆      ◆      ◆

 

 

 グリトニル突入部隊が香月夕呼の話をしているその頃、当の横浜の魔女は、自分の研究室でくしゅん!といささか可愛らしいくしゃみをした。鼻をすすった後、改めて目の前にいる白銀に視線を向ける。

 

「幸いにも人類は滅びなかったわけだけど」

 

 そう言ってコンソールを操作して、大型のディスプレイに現在のオリジナルハイヴがあった場所を映し出す。

 かつて天にも突かんとそびえ立っていた、手裏剣をいくつも組み合わせたような形状のモニュメントはもはや、天から降ってきた巨大構造物――コードネーム『ファイヤーボール』によって完全に押しつぶされていた。

 

「よりいっそう訳の分からない事態になったわね。白銀、アンタ心当たりない?」

 

「あるわけないじゃないですか……。先生、訳の分からない事が起きたら俺を疑うのやめてくれません?」

 

 そう抗議する白銀だったが、彼女は知ったことではないと言わんばかりに背を伸ばして凝った筋肉をほぐした。

 

「と言ってもねえ……。これ間違いなくこの世界のものじゃないわよ。かと言って英語で名前をペイントしてるようなのが異星人のものな訳がない。となればアンタと同じ別の世界からの厄介者としか思えないのよね……」

 

「でも、明らかにあれは俺みたいに偶然で因果導体になったようなのとは、根本的に違う感じがしますよ。まるでSF世界の未来からやってきたような……」

 

「白銀……今なんて言った?」

 

 突然目を鋭くした香月夕呼に、思わず白銀はたじろぎながら答える。

 

「え……? いや俺みたいに偶然で因果導体に……」

 

「違うわ! その後!」

 

「えーと、SF世界の未来からやってきた?」

 

「それよ!」

 

 バンと机を叩いて香月夕呼は興奮しながら机から立ち上がった。

 

「なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかしら! そうよ、あいつらは未来の地球から来たんだわ! これならあんな人工物を作る異常な技術力を持ちながらも、英語なんて言語を使っていることに説明がつくわ!」

 

 一方白銀はなんだか胡散臭さそうな表情で彼女の推論を聞いていた。

 

「本気ですか夕呼先生。未来から来たなんてそんなSF小説じゃあるまいし……」

 

「あんたね。自分の状態わかった上でそんなこと言ってるの? はっきり言って胡散臭さでいえば別の世界の因果の集合体で、平行世界も移動できるあんたのほうがよっぽどよ。それに比べれば、タイムスリップなんてむしろわかりやすくて可愛いもんよ」

 

「そ、そうでした」

 

 まったくこの教え子は成長して一歩進んだと思ったいつの間にかまた一歩下がっている。

 更にもう一つ説教でもしてやろうとした時、司令部からの通信が来た。

 素早く、受話器を取ると彼女は報告に対してしばし耳を傾けた。一分程して彼女は受話器を置き、白銀に向き直る。

 その顔からは先ほどまでの気さくさは消え去り、横浜の魔女と呼ばれる冷徹な天才科学者のそれになっていた。

 

「ちょうどいいタイミングだわ。ここで推論を重ねるよりも確実な方法が見つかった」

 

「確実な方法……ですか」

 

「ええ、オリジナルハイヴに落下した巨大構造物―――コードネーム『ファイアーボール』と付いたあれだけど落下寸前まで、正体不明の戦闘機群、コードネーム『シューティングスター』に攻撃されてたのは知ってるわね? その『シューティングスター』の攻撃によって『ファイアーボール』の一部の構造物が剥離して落下していたのよ。

 正直あの時は、そんなことよりも『ファイアーボール』本体の落下に気を取られてそれどころじゃなかったけど、たった今その剥離した『ファイアーボール』の一部が落下した場所が判明したわ。

 落下した構造物は複数あるけど、衛星からの報告によるとどれも原型を留めているらしいわ。これを直接調べれば『ファイアーボール』がどこ製かわかるとは思わない?」

 

「確かにそれが一番確実ですね。それでそいつは一体何処に落ちたんですか?」

 

「大半はユーラシアのハイヴ付近やBETA勢力圏内。これは回収は不可能ね。でも人類の勢力圏に落ちたのが二つあって、ひとつはアラスカのソ連租借領。これはちょっと手が出せないわ。多分今頃ソ連とアメリカがこれを巡って睨み合ってる頃でしょうね。そして最後が―――幸運なことにこの横浜基地のすぐ近く、旧厚木市の辺りよ。幸いなことにあそこも疎開が進んでる地域だったせいで人的被害はないみたいね。

 ちょうどいいわ。白銀、A-01にも正式な命令を出すから、今すぐ現地に行ってこの構造物を確保してきなさい。日本政府や国連の方には私から手回しをするわ。―――さあ、さっさと行きなさい。万が一にでも帝国軍やらに先に確保されたら面倒なことになるわよ!」

 

「―――っ。了解しました!」

 

 白銀としては様々な疑問があったが、その香月夕呼の剣幕に押されてその勢いで彼女のラボから飛び出していった。

 だが、すぐに彼は頭を切り替えた。疑問はある。だが確かに現地に行って『ファイアーボール』が落とした構造物を調べることができれば、それが一番確実なのは間違いないのだ。

 果たして彼らは本当に未来の地球人なのか。

 もし未来の地球人だとしたらこの世界に未来はあるのか。

 そういった疑問を胸の中にしまいながら白銀は走った。

 

 

 

 

 




後書き
因みにこの作品のR-TYPEはSTGのほうで、設定にない部分はタクティクス設定とオリジナル設定で補完してる感じです

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