R-TYPE M-Alternative   作:DAY

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五話 汚染

 アラスカソ連租借領、『ファイアーボール』落下構造物『α』落下地点

 

 

 

 

 

 

 吹雪が視界を埋め尽くしていた。

 文字通り一寸先も見えない視界の悪さに、ソ連軍の戦術機衛士であるソフィーヤは苛立ちながら自らの愛機であるMiG-23 チボラシュカのセンサーを次々と切り替える。

 試行錯誤の結果、ようやく視界がそれなりに確保できて彼女は安堵の溜息をついた。今この場には何が起こるかわからない。同じくこの目標を確保したがるであろうアメリカ軍だけでなく、BETA以上に正体不明な何かが出てくる恐れがあるからだ。

 

 ソ連軍人の彼女の役目は、この地点に落下した正体不明の人工構造物コードネーム『α』をアメリカよりも先んじて確保すること。

 『ファイアーボール』の落下直後の混乱から立ち直ったソ連は、アラスカとアメリカの境界線付近に『ファイアーボール』の一部が落下していたことにいち早く気が付き、すぐさま戦術機を中心にした調査部隊を送り込んだ。

 調査部隊にフル武装した戦術機中隊が随伴しているのは、同じ獲物を狙ってアメリカ軍とかち合った場合に備えてというのもあるが、それ以上にこの落下した構造物『α』から何が出てくるかわからないからだ。

 

 この落下した『α』の全長は約400メートル。空母並のサイズを持ち、長方形の箱状の形状のそれが垂直にアラスカの凍土に突き刺さっていた。

 これほどのサイズの物体が大気圏外から自由落下したのなら、落下の衝撃で巨大なクレーターができていてもおかしくないが、不思議なことにそういったものは見当たらない。

 まるで最初からあったと言わんばかりに、或いは前衛芸術のオブジェのように凍土にそれは突き刺さっていた。

 この構造物の外壁には調査部隊が持ち込んだあらゆる工具―――戦術機の武装も含めて―――がまったく歯が立たなかったが、巨大な穴が側面に空いていた。元は本体である『ファイアボール』へと続く通路だったと思わしきそれは、幸運なことに車両どころか戦術機も通れるサイズだった。

 

 現在調査部隊の大半が、その穴から『α』の中に入り内部を調べている。彼らもそれなりの武装をしている上に、戦術機も2機ばかり護衛として中に入っている。

 万が一、この『α』の内部にBETAが満載されていたとしても、ソフィーヤが所属する戦術機中隊は充分それを殲滅できるだけの戦力を有している。何の心配もないはずだった。

 

 だというのに。

 なぜさっきから掌に汗が滲んでいるのだろう。

 自分はBETAとの戦闘経験もあるし、非公式だが対人戦闘の経験もある。

 愛機の様子もおかしなところはないし、友軍との通信システムにも何の問題もない。

 なにも心配することはない。はずなのに。

 なぜ自分はこの『α』の側面に空いた闇に言いようのない恐怖を抱いているのだ?

 あれはただの闇だ。実際内部では先に入った調査部隊が放つライトの光が時折瞬いているのだから、彼らも無事だ。未知の敵に恐れる必要もない。

 調査部隊が『α』内部に入ってもう30分が過ぎた。もしこれがBETAの新型の落着ユニットだとしたら、とっくにBETAの迎撃が始まっているはずだ。ならばこれに脅威はない。

 こんな闇に子供のように怯える暇があったら、むしろ自分達を排除してでも『α』を横取りしようとするだろう米軍の特殊部隊に対して注意を向けるべきだ。

 

 そう彼女が自分に言い聞かせたその時だった。

 砲声が『α』の中から響き渡った。

 

 『α』の側面の大穴から戦術機用の突撃銃のマズルフラッシュの光が連続するストロボのように次々と吐き出される。

 

 ―――やはり内部に何かがいたか!?

 

 だがこれも予想の範囲内でもある。すかさずソフィーヤは愛機を臨戦態勢にすると同時に内部の調査部隊に通信を繋げた。通信自体はすぐに繋がった。が。

 

「どうした! 襲撃を受けたの!? 応答して!」

 

『―――こちら――攻撃―――受け―――こいつら――BETAじゃ―――』

 

 しかし返ってきた無線の答えは途切れ途切れで、よく聞き取れない。

 先ほどまでの定時連絡では特に問題はなかったというのに。

 なんらかの通信妨害でも受けているのか?

 だがとにかく内部の部隊が攻撃を受けた事自体はわかった。別の場所を警戒していた僚機達もこの通信と異常を察知していたようで、ソフィーヤの機体のすぐ側に、すなわち『α』の入り口の前へと集結しつつある。

 だがその時にはもはや内部からの銃声は途絶えつつあった。

 内部の調査部隊の全滅という最悪の自体も想定しつつ、陣形を整えたソ連の戦術機中隊が、今まさに側面の大穴から『α』内部に突入しようとしたその時だった。

 

 大穴から一機の戦術機が姿を覗かせた。

 穴の中の闇が深く、おまけに吹雪が激しいせいで、シルエットしか見えないがその形状からして、内部の調査部隊の護衛の戦術機であるMiG-23なのは間違いない。

 なんとか回復したデータリンクによれば、パイロットのバイタルも問題ないようだ。

 どうやら内部の戦術機が独力で敵を片付けてしまったらしい。

 微かな安堵と共にソフィーヤはその機体へ通信を送る。

 

「今から突入する所だったけど、そっちで片がついてしまったようね。一体何に襲われたの?」

 

 返答はない。やはり通信システムの調子が悪いのだろうか?

 訝しげにしながらもソフィーヤは更に言葉を重ねた。

 

「ねえ、どうしたの? 通信が届いてないの? 聞こえてたら返事を―――」

 

『お、おい……あいつを見ろ!』

 

 だが彼女の言葉に反応を返してきたのは、話しかけた相手ではなく、隣にいた僚機だった。

 通信システムを調整することに集中していたソフィーヤは気づいていなかったが、穴からシルエットを見せていた戦術機はいつの間にか穴の外に出ていた。

 そしてそれに伴って、その姿を外界に晒している。

 それを見たソフィーヤは絶句した。

 

 その戦術機にはあるべき筈の機械仕掛の頭部がなかった。そしてその代わりと言わんばかりにまるで光線級を思わせる巨大な眼球が寄生するように植え付けられている。

 血走った眼球の瞳孔は忙しなく動き、『α』を―――引いては自分を包囲するかつての僚機達を観察するかのように次々と捉えている。

 

 その右腕は肘からもげて、切断面からは鞭を思わせる触手が生えており、全身の装甲にはまるでフジツボのような無数の肉腫が発生して脈動している。左腕は無事だがその手に握られた突撃銃は仲間であるはずのソフィーヤ達に向けられていた。

 そして極めつけが管制ユニットだ。

 その戦術機のハッチはまるで引きちぎられたかのように破壊されており、その内部の様子を外界にさらけ出していた。

 だが管制ユニットに座るのは人間ではない。

 管制ユニットの座席に鎮座するのは胎動する巨大な肉の塊だった。

 

「マルク……!」

 

 それを見たソフィーヤは思わずその戦術機の衛士の名前を呟いた。

 彼女は見てしまったのだ。

 管制ユニットを埋め尽くす肉塊から飛び出た人間の手足を。

 

『畜生! 寄生されてやがるぞ!』

 

 変わり果てた友軍機の姿を見て状況を理解した僚機達が、突撃銃を構えて攻撃体制に移る。

 本来ならばソフィーヤもそれに続く筈だった。しかし怯えか、混乱からの判断ミスか、或いは生存本能からの警告か、反射的に彼女だけは跳躍ユニットをふかして後方へと跳躍して距離を取った。

 それが彼女の命を救った。

 

 次の瞬間、寄生され変質した戦術機の背後、それが出てきた『α』の大穴から無数の触手が、まさしく目にも止まらぬ速度で飛び出して、包囲していた戦術機中隊へと襲いかかったのだ。

 突撃銃を構えていた戦術機達は反射的に迫り来る触手に向かって射撃をするも、目標の余りの速度と数の前には無意味だった。

 人の胴体ほどの太さを持つ無数の触手は、あるものは銃弾に匹敵する速度で戦術機の管制ユニットを撃ちぬいて串刺しにし、またあるものは戦術機の胴体に絡みつき、雑巾のように絞り上げた。

 

 襲われた衛士達がまともな悲鳴すら上げる暇すらない、余りにも一方的で迅速な虐殺だった。

 

「……は?」

 

 後方に飛び退いた故に触手の射程から逃れ、唯一生き残ったソフィーヤは眼前で起きた余りの非現実的な光景に呆けたような言葉を出した。

 

 全滅。

 一個中隊の戦術機部隊が。

 為す術もなく。

 

 穴から飛び出した無数の触手は、新たな獲物を手に入れたことを喜ぶかのように、うねうねと蠢きながら串刺しにされた、或いはバラバラにされた戦術機達を空高く掲げている。

 20メートル近い機械じかけの巨人が、まるで子供の人形遊びのように扱われている悪夢のような光景にソフィーヤは自分の正気を疑った。

 

 やがて触手の群れは捕獲した戦術機共々、『α』の側面に開いた穴の中に再び戻っていった。

 『何か』に寄生された異形の戦術機をその場に残して。

 最後に残ったソフィーヤの機体にはこいつで充分ということだろう。

 

「ふ……ふざけるな……! 化け物が……!」

 

 ようやく判断力を取り戻したソフィーヤは毒づきながらも状況を判断する。

 

 敵は恐らくは通常のBETAとも米軍とも違う、新種の敵性体。

 内部の調査部隊は恐らく全滅。

 自分が所属する戦術機部隊も全滅。

 おまけにジャミングが働いているのか、通信システムも再び沈黙してしまった。

 

 この状況で自分がやるべきことは―――逃げること。

 逃げてこの異形の存在を上層部に伝えること。

 この『α』の中に潜む存在が、BETAの落着ユニットかそれ以上の脅威だと一刻も早く伝えなければならない。

 

 そう結論づけるとソフィーヤは即座にその場の離脱を試みる。

 だが相手もソフィーヤを生かして返すつもりはないらしい。寄生戦術機がその右手に生えた触手を伸ばして、ソフィーヤ機に向かって鞭のように叩きつけてくる。

 先の虐殺の経緯からその攻撃を予測していたソフィーヤは、機体を鋭く跳躍させて回避。

 そして反撃として空中から寄生戦術機に向けて突撃銃を撃ちこむ。

 

 ソフィーヤからすれば、あくまでこの攻撃は牽制であり、これによって生じた隙をついて敵機を撃破するか逃走するための機会を作るつもりだった。

 だからこそ彼女は再び自分の目を疑った。

 事もあろうに敵機は、迫り来る無数の36mmの砲弾を回避もせず、棒立ちで受け入れたのだ。

 そして通常の戦術機なら間違いなく行動不能になるダメージを受けながらも、寄生戦術機は微動だにせず今度は左手の突撃銃を単発で発砲した。

 まるで機械仕掛けのような正確無比な射撃は、ソフィーヤの機体の跳躍ユニットの片方を正確に撃ちぬいていた。

 ダメージを受けたことを感知したシステムが被弾した跳躍ユニットを強制的にパージ。

 切り離された跳躍ユニットは空中で爆発し派手な花火を咲かせた。

 

(不味い……!)

 

 ソフィーヤは未だ空中にある機体を、残った跳躍ユニットだけで何とか制御して着地させる。

 なんとか不時着は免れたが、これで機動力を大幅に削がれてしまった。

 こうなってしまっては逃げ切るのは不可能だ。

 あとは敵機を撃破するしか生き延びる道はない。

 そう決意を固め、改めて突撃銃を構えたその時、さらなる絶望が上乗せされる。

 

 『α』の大穴から跳躍ユニットの推進炎を吹かせながら、次々と戦術機が飛び出してきたのだ。

 

「……嘘でしょ?」

 

 その戦術機の一群は見事なライディングを決めて、ソフィーヤ機を半円形に包囲する陣形を取る。

 それらの戦術機は先ほど『α』から飛び出した触手によって、撃破された筈のソフィーヤの僚機達だった。

 彼らもまた最初の寄生戦術機と同じく、管制ユニットを始めとして機体の各所に巨大な肉腫を植え付けられ、操り人形と化していた。

 あの触手はこの短時間で捕獲した戦術機を全て汚染してしまったのだ。

 

 ―――ああ、駄目だ。終わった。

 

 唯でさえ跳躍ユニットを片方失ったこの状態では、これだけの数の寄生戦術機に勝つことも逃げることも不可能である。

 最早自分の敗北を悟ったソフィーヤは自機の自爆装置を意識した。

 

 こんな化け物達に生きたまま取り込まれるぐらいなら、いっその事自分で―――

 

 そう彼女が悲壮な決意を固めようとした時、突然、視界を真っ赤な炎が埋め尽くした。

 辺り一帯に吹雪いていた吹雪が、直撃を受けていないのにも関わらず瞬く間に気化して消し飛んでいく。

 突然直上から撃ち込まれた直径数十メートルはあろうかという炎の柱は、大蛇の如く蠢いてソフィーヤ機を包囲していた寄生戦術機部隊を一機残らず飲み込み、飴のように溶かし尽くしてしまった。

 

 次々と急転する事態についていけず、ソフィーヤは呆然と上空を見上げる。

 そこに一機の戦闘機の姿があった。

 いや、それを本当に戦闘機と呼称していいのかどうか彼女にはわからなかった。

 それはソフィーヤの知るどんな航空機とも違う形状をしていた。

 

 まず目を引くのは太陽の様に明るいオレンジイエローの塗装と、機首の大半を占める黄土色のキャノピーだ。

 更に良く観察するとその機体は航空力学など知ったことではないと言わんばかりの無骨なエンジンブロック、複数の円筒形状のタンクとアンテナを思わせる突起物、そしてそれを支えるフレームで構成されていた。

 そしてエンジンブロックとタンクからは剥き出しのパイプが伸びて、機首の下の砲口へと繋がっている。砲口からは蛇の舌のように小さな火が踊っていた。先の業火はこの機体による『砲撃』だったのだと彼女は今更ながらに理解した。

 

 そして極めつけに意味がわからないのが、この黄色の戦闘機の前面に取り付けられている正体不明の球体だ。

 まるで小さな恒星を思わせるその光球は、黄色い戦闘機とほぼ同じサイズの大きさで進行方向を軸にゆっくりと回転している。

 光球の前面には鳥の鉤爪を思わせる棘状の金属のパーツが三つ取り付けられており、そのパーツからは更に翼を思わせる複数のエネルギーフィールドが形成され、見る者に攻撃的な威圧感を与えていた。

 

 

 

 

 火炎武装型R戦闘機R-9Sk2 "DOMINIONS(ドミニオンズ)"が投入されたアラスカにおけるバイド掃討戦。

 22世紀からやってきた地球連合軍による初の地球上のバイド掃討作戦で、21世紀の地球は初めてバイドとその天敵たるR戦闘機の戦闘を目撃することになった。

 

 

 

 

 

 




後書き
ドミニオンのパイロットの髪型は多分モヒカン(偏見)

あとサブタイは⊿みたいに二文字縛りにするつもりでしたが、早くも四話で力尽きた……
と思ったがまだ行けそうなのでまた二文字に戻します
また二文字以上に戻ったらまた力尽きたなこいつと思ってください


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