R-TYPE M-Alternative   作:DAY

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八話 交渉

「国連軍横浜基地の副司令官を務めている香月夕呼です。はじめまして……は不要かしら? どうもそちらは私のことをよくご存知みたいですからね』

 

 『γ』と通信を繋いだ香月夕呼は開口一番、真っ先に皮肉を口にした。相手の思考回路はまだ読めないが、いきなりこちらを指定してくるような相手だ。これぐらいの皮肉を言われるのは折込済みだろう。

 更に言うなら相手は自分の姿も晒していない。画像ウインドウには砂嵐しか写っておらずこの通信は音声のみのやりとりだ。そんな失礼な相手に礼を尽くしても意味があるとは思えない。

 予想通り相手もそんな彼女の態度は気を悪くした様子もなく、答えてくる。

 

『いいや、確かにはじめましてだ。こちらも貴女の事は噂程度しか知らないからな』

 

 (どんな噂なんだか……)

 

 夕呼は内心をそう聞きたくなるのを堪えた。というよりは来たばかりのはずの来訪者達がなぜ自分の事を知っているのか。そちらのほうが気になるが、まずはそれよりも聞きたいことがある。

 

「私の性格は理解していらっしゃるようなので、単刀直入にお尋ねしますわ。貴方達はいったい何処からやって来たのです? いえ、もっとわかりやすくいうのならどの時代から来たのです?」

 

 この機密通信を行う為に用意された専用の部屋には彼女と、彼女の上司であるパウル・ラダビノッド准将しかいない。

 余りにもストレートなその質問にカメラの死角で待機している准将は、顔を引きつらせていたが知ったことではない。

 だが、『γ』の持ち主もその質問に対して含むところがあったのだろう。小さく感心するような声を出した。

 

『流石は地球圏一の鋭才と言われるだけはある。我々の素性をもう予想していたか』

 

「あれだけのヒントがあってむしろわからないほうがおかしいと思いますが? あとはこの現実離れした答えを受け入れられるかどうかというだけです」

 

『話が早くて助かる。しかしその前に一つだけ話しておきたい。我々は確かに貴女達からすれば未来の人間になるが、この時間軸の延長上にある未来からやってきたものではないということだ』

 

「……なんですって」

 

 思いも寄らない言葉に夕呼は眉を潜めた。その場合、前提条件がずれてくる。彼らが自分達の世界の未来からやってきたのなら、BETAによる人類敗北の危機はなんとしても避けたいはずだ。その為協調することが出来ると思っていたのだが、そうではないとすると彼らとしてはこの世界の未来がどうなっても問題ないと判断する可能性が出てくる。

 かつて自分がこの世界を救う為に、白銀武が居た世界に彼の持つ破滅の因果を放り込んだように。

 

『少なくとも我々の歴史には、20世紀にBETAなる異星起源生物による侵略行為を受けた記録はない。代わりにもう100年程先の未来に全く別の侵略者から攻撃を受ける事になった』

 

 100年後。 

 香月夕呼はその単語に関心を抱いた。つまり彼らは少なくとも100年は先の未来人ということか。だが一旦それを飲み込み、続けて聞く。

 

「その侵略者の名前は?」

 

『バイド。我々はそう呼んでいる』

 

「……まさか、貴方方と同時に転移してきて、地表に落下した巨大な人工衛星。もしかしてあれはそのバイドに乗っ取られていたのですか?」

 

『……本当に話が早くて助かる。1を聞いて10を知るとはまさに貴女の事を指すのだろうな。

 如何にも、あれはバイドに汚染されている。バイドは22世紀の地球軍が作り出した宇宙軍事要塞グリトニル、君たちがいうところのファイアーボールを奪い、兵力を地球に空間転移させて攻撃するつもりだったようだ。

 しかし我々との戦闘の結果、次元カタパルトによる空間転移は失敗どころか暴走し、時空の壁を突き破ってこの時代に跳ばされた。―――まあ大雑把に言えばこんな経緯だ』

 

「つまり我々の世界には純粋な事故で来たと言いたいのですか?」

 

『そうだ。お騒がせして悪いが、我々も君たちに敵意があるわけではない。グリトニルを占領するバイドを殲滅次第、すぐさま我々もこの世界から去るつもりだ』

 

「その貴方方の敵であるバイドについてお聞きしても?」

 

『勿論答えよう。先ほど我々は君たちに敵意はないと答えたが、バイドは別だ。あれは無差別に付近の物を攻撃し、あらゆるものを侵食同化する高次元エネルギー生命体。規模は違うが在り方としてはBETAに近い。

 君たちが余計な手出しをして、状況を悪化させないように最初からバイドの情報は渡すつもりだった。

 それに関しては少々長くなるが、我々の戦いの歴史もかいつまんで話さなければならないな』

 

「……長話になっても構いませんわ。時間はとってあります」

 

『いや、実のところ我々と君たちに残された時間は少ない。それもバイドの性質によるものだが……それも含めて説明していくとしよう。

 事の始まりは西暦にして2120年。地球を出発した人類初の長距離ワープシステムを搭載した異層次元探査艇フォアランナが、異層次元と呼ばれるワープ空間の探索において偶然バイドの破片を入手し帰還したことに始まる―――』

 

 そうして未来の戦いの歴史が語られた。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 全てを聞き終えた香月夕呼は頭痛を堪えながら、簡潔に彼らの話をまとめて確認した。

 

「つまり―――貴方方22世紀の地球は、26世紀の人類が作り上げ、手に負えなくなり異次元に投棄された筈の生物兵器バイドの攻撃を受け、そこで終わりのない戦いを繰り広げている。そしてその戦争の最中に、バイドに汚染された地球の軍事要塞が転移事故で、この時代の地球に転移してきた。そう認識してよろしいのですか?」

 

 こうして口に出すと余りの馬鹿馬鹿しさに担がれているような気分になる。相手が単なる敵対的な異星人ならまだしも、過去と未来に別れての殺し合いとは、国や民族の違いで争っているような連中が可愛く見える程の愚かしさだ。

 だがその愚かしさ、或いはその狂気に比例するかのように彼らの技術力は凄まじいものがある。

 遺伝子工学や生物物理学、果ては21世紀では存在すら認知されていない魔導力学まで取り入れた星系内生態系破壊用兵器を作りだす26世紀の技術など、如何に天才といえど21世紀の人間である香月夕呼には想像するのも難しい。

 が、だからこそ数世紀先の兵器と渡り合っている彼ら22世紀の地球軍の異常さもまた際立っている。

 狂気と戦闘力は相関関係があるのだろうかと、一度彼女は調べてみたくなったほどだ。

 相手もそれは察したのだろう。苦笑しながら応じてきた。

 

「そういうことになる。我らのことながら馬鹿げた話だ。君たちのように侵略者が純粋な異星人相手ならまだ憎むべき相手がいるのだが、相手が未来の人類では振り上げた拳をどこに振り下ろせばいいのか困ってしまう」

 

 画面の砂嵐の向こう側で相手は肩をすくめる気配をみせた。

 

「それでも拳を振り下ろさないという選択肢は決してないがな」

 

 そして続ける。

 

「もしかしたら君たちの戦うBETAもバイドのように、どこぞの並行世界の地球産の兵器という可能性もあるかもしれないな」

 

「ご冗談を。それにもし例えそうだとしても我々のするべきことに変わりはありません」

 

「まあ、その点については安心していい。我々もBETAのサンプルをいくつか採取して調べたが、BETAはバイドとは完全に無関係の存在だ。

 解析結果からの推測によると、BETAというのは星から星へと渡り歩き、資源を食いつくす宇宙規模の(イナゴ)か、シロアリのような存在だ。物資を宇宙に向けて射出している所から考えると、彼らの母星のようなものが存在すると考えられるが、これが自然発生したものなのか、何者かに人為的に作られたかまでは詳しく調べる程の時間もない。

 しかし先ほど言ったように無関係だからこそ、より厄介なことになる可能性がある」

 

「バイドの汚染特性ですか……」

 

 香月夕呼はうんざりしたように呟いた。

 先ほど彼の口を通して聞いた、バイドの性質。

 有機無機どころか空間や次元すら侵食汚染し、目をつけた文明をカロリーとして取り込むだけでなく、その知性や技術まで奪い取り自己進化を続ける怪物。それがバイドだ。

 そして高レベルのバイド体は、自力で自由に異層次元へと移動できる能力を持ち、通常兵器では倒すことはおろか、同じ空間で戦うことすらできない。

 そしてその本質はバイド粒子と呼ばれる素粒子であり、バイド粒子に汚染されたバイド体を物理的に破壊することは出来ても、バイドそのものを滅ぼすことは極めて難しい。

 

 これを解決するために開発されたのが、22世紀の地球が開発した次元戦闘機、R-TYPEシリーズだ。

 汎用性を求め、宇宙作業艇をベースに開発されたこの戦闘機は異層次元探査艇フォアランナが持ち帰ってきたバイドの欠片から得られたオーバーテクノロジーをつぎ込み、何十年という年月をかけて数少ないバイドと互角に戦える兵器として完成した。

 

 全てを侵食するバイド粒子と対を成し、バイド粒子を含めたあらゆる存在に浸透、破壊する波動粒子を集束させて撃ちだす波動砲と、高純度のバイド体を培養し、エネルギー生命体としてコントロールした球状型次元兵装フォースを装備した超兵器。

 これに加えてR戦闘機は異層次元航行システムを標準で装備しており、例えバイドが異層次元の奥深くに身を潜めても独力で次元の壁をつき破り異層次元へと突入して、バイドに攻撃を仕掛けることができるのだ。

 

 戦術機は地球上での全天候、全環境展開能力を有しているが、R戦闘機はそれを更に越える全次元、全空間展開制圧能力と言うべき性能を有している。

 物理法則が異なる異層次元においても行動可能な上に、通常の宇宙空間は勿論、地球型惑星や木星型ガス惑星のような高密度の大気圏内や海中での戦闘、果てはブラックホールのシュヴァルツシルト面付近での高重力下での戦闘や、恒星上空での戦闘にすら対応可能という万能性だ。

 

 詳細なスペックは流石に教えてはもらえなかったが、それでも香月夕呼にはわかる。

 このR戦闘機が一機あれば一ヶ月で地球上のハイヴを殲滅できるということが。

 22世紀の地球はそんなものを量産し―――そしてその上でバイドに大苦戦を強いられているのだ。

 

 はっきり言って彼らもバイドもこの地球からすれば厄介者以外の何者でもない。下手に技術を奪おうにも、そう簡単にはいかないだろうし、多少彼らの技術を盗んだところでバイドに対抗出来るとはとても思えない。

 

 そういった意味あいもあって彼女はうんざりしたように言ったのだが、相手はそれを無視した。

 

「その通り。現在もグリトニルの落下地点であるカシュガルのバイド係数の探知数は増大の一途を辿っている。間違いなくBETAがバイドに汚染されている証拠だ。

 だが数は多いがバイド係数そのものは最低ランクなのが唯一の救いだな。これならば汚染能力も低く、君たちの通常兵器でも対抗できるし、ナパーム辺りで徹底的に焼き払うだけでも汚染拡大は防ぐことができる。現在グリトニル付近のBETAの間引きも計画中だ。

 しかし時間をかければかけるほど、より強力なバイドが生まれることになるだろう。単独で異層次元航行が行えるB級以上のバイドが発生したら、もう君たちの手には負えなくなる」

 

 溜息を付きながら夕呼は皮肉を返した。

 

「絶望的な情報、どうもありがとうございます。それで我々に出来ることは何があります? 遺書でも書くべきかしら?」

 

「流石に君たちにバイドの相手をしてくれとは言わない。それは我々の仕事だ。だが我々の行動の黙認と支援を頼みたい」

 

「へえ……? それはつまり貴方方はバイド殲滅を諦めていないと?」

 

「我々は戦力の再編成を行いながら、技術流出を避けるために落下したグリトニルの破片に残された情報を消去している。

 ここはすでに君たちが来たため焼き払うことはできなかったが、アラスカに落ちた破片からはバイド係数が確認された上に、確保に動いた現地の勢力が汚染されていた為、こちらで消毒した。

 そしてBETAの勢力圏内に落ちたいくつかのグリトニルの破片についても、現在進行形で物理面での消去を行っている。

 特にそちらのほうはBETAに確保されつつあったので、情報を奪われないように破片に群がっていたBETAのみならず、破片周辺のBETAのハイヴも含めて処理をしているところだ」

 

 BETAのハイヴも含めて処理。

 その余りにも聞き捨てならない言葉に香月夕呼は思わず席から立ち上がって声を荒げた。

 

「つまり貴方方は……現在ハイヴを攻撃しているということですか?!」

 

 彼らの部隊の規模を考えると余りにも無謀な行為としか思えなかったが、彼らからすればそうでもないようだ。

 画面の向こう側の人物は何のこともなしに、ああ、頷いた。

 

「あの数相手に正面切って殴りこむのはR戦闘機でも手間がかかるのでね。大気圏外からの波動砲によるモニュメントに対する長距離砲撃、それと並行して異次元航行システムによって、ハイヴの中枢に直接転移して反応炉を破壊するという手順を取っている。

 そろそろそちらでも確認が取れるはずだが。どうする? 席を外して確認してくるかね?

 その場合ついでに各国に我々の存在をうまく伝えてくれるとありがたいのだが」

 

 挑発というよりは純粋な親切心からきたであろうその言葉に、香月夕呼は一瞬迷ったが、結局断った。

 彼らがハイヴを攻撃中だという嘘を言っているのならすぐにわかることだ。それよりも今は少しでも彼らの情報が欲しい。

 

「いえ、結構です。各国政府には後でこちらから情報を回しましょう。どのみち彼らが暴走してもそちらに攻撃が出来るとは思えませんしね。

 それで……貴方方は我々に何を望むというのですか? 単独で地球上のハイヴを攻略してまわるような方々に、我々の助力など不要なように思えるのですが」

 

「勘違いしないでほしいのだが、我々はあくまでハイヴを機能停止させるので精一杯だ。すでに発生した無数のBETAを殲滅するには今の部隊の規模では流石に手に余る。本来停止したBETAなど放置しても構わんのだがバイドがいるなら話は別だ。

 停止したBETAがバイドによって汚染され、再起動させられたら極めて不味いことになる。

 そしてなにより―――これから我々はグリトニル奪還の為に全戦力を投入する。

 正直な話、君たちの手助けをしたり、世界中のBETAを相手にする余力はない。それどころかまだ正常な機能を保っているBETAや汚染されたBETAまで押し寄せてきたら、我々の対処能力を越える恐れがある」

 

「なるほど……。現在『ファイアーボール』……いえグリトニルが落下したカシュガル付近にBETAが集まってきているという情報も入ってます。貴方方の戦力ではグリトニル内部のバイドで手一杯。そこで他のハイヴのBETAの足止めの為に陽動として、我々の兵力も借りたいということですね」

 

「そういうことになる。というよりは現状これしか方法がない。我々はBETAの群れを相手にしている暇はないし、君たちの装備ではバイドに対抗できない。そして時間が経てば経つほどバイドはその戦力を増大させて手に負えなくなるだろう。これは適材適所だと思っていただきたい」

 

 相手は確かに理にかなった言い方をしている。いるのだが香月夕呼はどこかきな臭いものを感じ取った。それは研究者でありながら、政治屋まがいのことをしてきた経験からかもしれないし、或いは女の直感かもしれなかった。

 彼女はその直感従って一番気になることを訊ねることにした。

 

「ところで一つ聞きたいのですが」

 

「話せることなら」

 

「大したことではありません。貴方方は22世紀に帰れるのですか?」

 

「……ああ、目処は立っている。グリトニル奪還とバイドの殲滅後に帰還する予定だ」

 

「その後、グリトニルはどうなるのですか? 残していかれるので?」

 

「フムン、それは状況による。できうるならば持ち帰りたいが、我々の部隊の規模ではそういった大規模転移は難しいかもしれん。場合によっては処分することになるだろうな」

 

「その処分方法についてお聞きしても?」

 

「……剥離したグリトニルのブロックと同じく使えなくするだけだ。それほど物騒な手段は使わんよ」

 

 妙だ。と香月夕呼は思った。彼らが自由に時間や世界線の壁を突破できるなら、このような異常事態だ。独力で決着をつけようとせず、増援を呼んでもいいはずだ。

 彼らはグリトニルの次元カタパルトで起きた事故により、この時代に転移してきたと言った。

 つまりそれは彼らは独力では、元の世界に帰ることはできないということなのではないのか?

 更に言うなら彼らのグリトニルの処分方法の詳細を明かさないのも気になる。あれほどの大質量、生半可な事で破壊するのは不可能な筈だ。処分方法によっては地球にも影響が及ぶ可能性がある。

 

 衝撃の事実を立て続けに打ち明けられ、麻痺しつつあった彼女の思考が再び回転をはじめる。

 彼らはグリトニルの奪還に拘っている。つまり事故の発端となったグリトニルの次元カタパルトを使って、元の世界に戻る気なのだろう。

 だがもし。そのグリトニルの次元カタパルトが破壊されてしまったら?

 彼らは元の世界に戻る術がなくなり、グリトニルと共にこの世界に帰化することになるだろう。

 そうなれば―――この地球が、単機でハイヴを落とすR戦闘機の技術を手に入れる事ができるということだ!

 

 彼らの態度を見る限り、この世界に対してはかなりドライな立場を取っているようだ。あまり積極的な技術支援は望めそうにない。お人好しの白銀武と違って、最悪この世界が滅んでもさほど気にしないだろう。

 こうして自分達と接触し情報を流している件についても、同じ人類の(よしみ)であり単なる義理といった感がある。

 だが帰る術がなくなり、ここが彼らの故郷になるとなれば、彼らも生き延びるために自分達の技術を吐き出すしかない。

 となれば彼女がやるべきことは唯一つ。

 

「わかりました。この話は私が責任をもって各国上層部へと伝え、実現出来るように尽力させていただきます。その代わりと言ってはなんですが、我々からも一つ条件を出したいのですが」

 

「条件?」

 

「ええ。貴方達グリトニル突入部隊に、我々国連軍の特殊部隊を同行させていただきたいのです」

 

 彼女の策―――それはグリトニルに毒を仕込むこと。

 具体的には特殊部隊A-01を使い、R戦闘機群よりも先にグリトニル内部の次元カタパルトを制圧―――或いは破壊することだ。

 無論これはあくまでそういった機会が来たら儲けもの程度の作戦であり、直接実行するにはリスクが大きすぎる。事が露見して本格的に決裂するような真似は絶対に避けねばならない。

 状況を誘導する程度の事は出来ても、直接実行できる可能性は殆どないだろう。

 

 だが例えこの作戦が実行に移されなくても、A-01には仕事が山ほどある。グリトニルは未来の技術の塊だ。様々なデータを入手出来る可能性があるだけでも行く価値はあるのだ。

 更に言うなら彼らがバイドの殲滅を行うというなら、それを確実に実行されたかどうか確認しなければならない。

 彼らだけさっさと帰還して、バイドだけが残されるという事態になったら目も当てられない事になるのだ。

 そして彼らが全滅するような事態になったら、気に食わないがオルタネイティヴ5の連中の力を借りて、ありったけのG弾をグリトニルに撃ちこむ事も視野に入れなければならない。例えどんな二次被害が出ようともだ。

 戦力的に役に立たなくとも、彼らの戦いを監視する存在は絶対に必要なのだ。

 

「しかしそれは―――」

 

 予想通り相手は渋るような返答を出してきた。当然だ。戦力的に劣る上に、こちらの技術を狙っているだろう輩を連れて行くなど面倒なことこの上ない。

 だがそれでも彼女には今回の交渉に限っては勝算があった。

 確かに彼ら22世紀の地球と自分達の地球は隔絶した技術の差がある。しかし人間同士の口のやりとりならば負けるつもりはない。

 特に今回の相手は一見余裕を持ってこちらに接しているように見えるが、どうにも交渉慣れしていないような印象がある。それがブラフなのか、意図せず行っているのかはわからないが、後者であれば交渉事専門の人材ではないのかもしれない。

 ならばそこに付け入る隙がある。

 

 ―――こちとらオルタネイティヴ4計画と予算確保の為に海千山千の政治屋共と何度も渡り合ってきたのよ。この香月夕呼を舐めてもらっては困るわね。

 

 そんな決意を胸に秘め、彼女は改めて通信システムに向き直った。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 通信を切ってマルトーは溜息をついた。

 今回不慣れなネゴシエーターの真似事をしてわかったことは、男は女に口では勝てないということだ。それは時代が変化しても変わることはないらしい。

 

 結局横浜の魔女の部隊の同行を押し切られた上に、不測の自体に備えてある程度の技術貸与まで約束する羽目になった。

 元々現地部隊がバイドと接敵した時に備えて、必要最低限の武装や技術の貸与はするつもりだったしこの程度の『出費』は許容範囲だったが、それはそれとして予想以上にふんだくられた気分だ。まったく美人との付き合いは金がかかるとはよく言ったものだ。

 

 一応貸与する武装に関しては、波動技術やバイド技術が使われていない枯れた技術を中心にし、念のために条件付きの自爆機構も備えた上で渡すつもりだが、行動開始まで時間がなく、大した仕掛けは仕込めない。いくらかは完全にあの魔女の手の内に渡ると見ていいだろう。

 もっとも原理的には難しくない電磁投射砲や、使い捨ての兵装が主になるので、仮に相手の手に渡ってもさほど問題はない。電磁投射砲程度ならこの世界でも開発に成功しているようだし、こちらの電磁投射砲も仕組みは大して変わらないのだ。単に出力や材質の問題から威力が全く違うだけで。

 

 そして話し合いの結果、自分達は表向きはこの地球の国連軍が進めていたオルタネイティヴ計画によって生み出された特殊部隊『シューティングスター』として行動することになった。この名前は彼らがこちらに付けたコードネームから取ったものだ。

 グリトニルも同じくオルタネイティヴ計画の産物で、衛星軌道上で密かに建造していたそれが事故とBETAの攻撃で地上に落下したというカバーストーリーで誤魔化すことになる。実際に彼らは移民船団をラグランジュ点に作っている。そこにもう一つおまけで作っていたと言えば一般の部隊からすれば、そんなものかで済むだろう。

 

 とはいえ、それはあくまで本当に一般の部隊に対する表向きの話であり、各国の上層部には自分達の素性とバイドの正体はそのまま伝えることになっている。

 如何に荒唐無稽な話であろうとオリジナルハイヴを押しつぶしたグリトニルと、現在進行形でグリトニルから脱落したブロックの周辺のハイヴを潰して回っているR戦闘機を見れば、誰であろうと信じざるを得まい。

 

 バイドの正体とその出現の経緯にしてもそうだ。

 バイドの正体は22世紀では新兵どころか一般市民にすら知られている。どれだけ情報を封鎖しても、グリトニルやその破片からちょっとした情報媒体―――雑誌や個人の日記レベル―――でも確保されたらそれだけで事が露見する可能性がある。だったら最初から公表しておいた方がいいというのがグリトニル突入部隊の司令部の判断だった。

 

 もし交渉相手が異星人なら、バイドの正体は間違いなく外交問題に発展するため箝口令が引かれていただろうが、相手も同じ地球人だ。文句の言いようもない。

 どうしても気に入らないのであればタイムマシンでも作って、26世紀の地球人に直接文句を言ってこいとしか言いようがない。

 自分たちもいずれそうするつもりなのだから。

 

 そして香月夕呼。

 噂に違わず―――いやそれ以上の切れ者だった。

 

 自分達の素性を各国政府の上層部にしか知らせないようにしたのは、恐らく自分達が22世紀の帰還に失敗したことを見据えてのことだ。

 グリトニル突入部隊がこの世界に取り残された場合、あくまでこの部隊は元からこの世界の存在だったというカバーストーリーをそのまま利用するつもりなのだろう。

 

 そして全滅の危険も大きいというのにわざわざグリトニルの突入部隊に自分の手駒を押し込んできたのは、恐らくはこちらの帰還を妨害するため。

 彼女は自分達がこの世界に対する興味が薄いということを見抜いている。ストレートに技術の提供を求めても断られると考えているのだろう。

 そしてこちらも実際にそのつもりだった。少なくとも自分達が22世紀の地球連合軍として動いている以上、他所の勢力に大規模な技術提供などするつもりはない。

 故に自分達の帰還方法を失わせて、この時代の地球に帰化させてなし崩し的に22世紀の兵器と技術を取り込もうという魂胆だろう。

 

 確かにグリトニル突入部隊はバイド殲滅後は次元カタパルトを用いて、元の世界線へ帰還するつもりだ。

 香月博士に語った通りグリトニルごと帰還したいのは確かだが、グリトニルの動力炉と次元カタパルトをもってしても、突入部隊だけならともかくグリトニルごと世界線の移動すると再び暴走し、また何処とも知れぬ世界へと放り出されてしまう可能性が高いという計算結果が出た。

 

 その為、グリトニルは破棄が決定され、動力炉とカタパルトに突入部隊帰還後に作動する自爆プログラムを仕掛け、グリトニル諸共自分達の痕跡を全て消していく予定だった。

 全長30kmの宇宙要塞を地上で自爆させるのである。この地球にそれなりの影響が出るのは間違いない。

 

 この自爆は次元カタパルトのシステムを暴走させて、空間歪曲を引き起こすという自爆というよりも消滅という言葉が相応しい仕組みの為、核兵器のような派手な爆発や衝撃波は起きず、二次被害は最小に抑えられる予定だ。だがあのG弾程ではないにしろ、グリトニルのあった場所はなんらかの空間汚染や重力異常が発生してもおかしくない。

 そういった意味では香月夕呼がこちらの帰還の妨害をしてくるというのは、まったくもって正しい行為だった。

 

 グリトニル突入部隊が保有する艦艇は、小型輸送艦をベースに改造した全長200m弱のヒルディスヴィーニ級強襲揚陸艦トールと、全長700m弱のナーストレンド級ミサイル駆逐艦フライバーのみ。これらは地球連合軍の艦艇としては比較的小型の部類になる。

 

 地球連合軍が保有する艦艇は、全長1kmを越える巡洋艦や戦艦クラスからは外宇宙航行に備えて艦の内部に自前の工廠も有しており、各種消耗品はもちろん資源惑星があれば自力でR戦闘機だけでなく艦艇すら作り出せるのだが、突入部隊の艦艇にはその能力はなく、今ある武器弾薬や燃料、各種消耗品を使い切ったらそれで終わりだ。

 

 もしカタパルトが破損して帰還に失敗したら、この世界に帰化するか―――或いはグリトニルを徹底的に除染した上で自分達の拠点にし、この世界の新たな勢力となるしかない。

 前者なら自分達の技術を切り売りして生きていくことになるし、後者だと人数が少なさ過ぎて勢力を保つことが不可能ではないが面倒ではある。グリトニル突入部隊の人員の数は強襲揚陸艦とミサイル駆逐艦の乗員数を合わせても2000名を下回る程度の数でしかないのだ。

 しかも戦闘に関わる人間が大半を占めるのも勢力として歪だろう。

 

 グリトニルの設備の破損や汚染の度合いによって変わってくるが、必要最低限のダメージであの要塞を奪還できれば世界中からの干渉をシャットアウトしてグリトニルに引きこもり、次元カタパルトを始めとする設備の修理に尽力することもできる。だがそれでも専門の人員がいないため、修理には最低でも数ヶ月、下手すれば数年はかかる。

 だがグリトニルがすぐに使用不可能なほど破損していたり大きく汚染されていた場合、やはりこの世界とそれなりに向き合う必要が出てくる。

 そして現状では後者になる可能性のほうが大きいと言わざるをえない。

 

 どちらにしても帰還が失敗した時点で、グリトニルを自爆させることはできなくなる。

 香月夕呼が自分の部隊をねじ込んできたのはそれも考慮した上だろう。

 この時代の人間からすればグリトニルは宝の山のような物なのだから、なんとしても手に入れたいはずだ。

 

 グリトニル突入作戦に国連軍が同行してくる表向きの理由も、バイド殲滅作戦完了後は地球連合軍グリトニル突入部隊はそのまま元の時代に帰還してしまう。その為この時代の人間も同行させ、バイドとBETAの完全な殲滅を確認しなければこちらも安心できないというもっともらしい理由なので、表面上は協調体制を取るつもりのこちらも無下に断ることはできない。

 

 万が一、次元カタパルトを奪還しての帰還作戦が失敗し、この世界に長居する羽目になった時のことを考えると、やはり現地の勢力との関係性を完全に悪化させるわけにはいかないのだ。

 因みにバイド殲滅作戦自体が失敗した時のことは考えていない。

 自分達が全滅したらこの世界にバイドに対抗出来る戦力はない。気の毒だがこの地球の歴史はそこで終わることになるだけだ。

 加えて言えば援軍や救助を期待しようにもこんな事故による転移では転移先を特定するだけでも一苦労の為、それも期待できない。自分たちは独力でこの状況を打破するしかないのだ。

 

 

 「全く、人間が絡むといつも面倒なことになるな」

 

 何も考えず、バイド殲滅のみを目的に動いていた時のほうが遥かに気楽だ。

 そんなことを考えながらマルトーは交渉の経緯と結果を報告書にまとめて、衛星軌道上で待機している友軍へと送信した。

 これで彼の仕事は終わり―――というわけではない。

 この後は香月夕呼との交渉に基づいてこのD-3ブロックに残った兵器のいくつかを、国連軍に譲渡する予定がある。当然彼らにも使えるように、兵装のセッテングやら調整やら、機密保持用の自爆システムを組み込まなければならないので、マルトー一人でできることではない。

 その為グリトニル突入部隊から技術チームが派遣されて来る予定だ。

 

 だがその人員もギリギリであり、彼らに全てを丸投げして終わり。というわけにもいきそうにない。暫くは現地勢力と技術チームの調整や司令部との連絡役など、雑務に追われることになるだろう。何しろ横浜基地からも、技術チームが調整した武器を受け取り、ついでに簡易テストを行うための部隊が派遣される事になっている。というか今現在D-3ブロックで待機している香月夕呼の子飼いの部隊『A-01』がその役目を担うことになるのは間違いない。

 できれば技術チームには自分の愛機も直してほしいところだが、機体が修理されてもこの怪我では数日はRには乗れないだろう。

 そしてその数日中に恐らく全ての決着がつくのだ。

 

 なんとなしに彼は現在グリトニル突入部隊に所属するR戦闘機の現状を確認した。

 ミーティアを始めとした幾つかのRはバイドの交戦で被弾した為、ナーストレンド級ミサイル駆逐艦フライバーの格納庫で修理中。

 あとのRは軌道上で待機している艦艇の護衛に僅かに残り、それ以外は各地に散らばったグリトニルの破片の破壊とグリトニル攻略の為の下拵えに、忙しく動き回っているようだ。

 破片の落下地点の付近にあったハイヴの攻撃も平行して行われており、既に3つのハイヴの反応炉が破壊されていた。

 

 

 

 

 




後書き
立った!立った!フラグが立った! クララと戦術機とスサノオに魔改造フラグが立った!

ちなみに巡洋艦以上の艦艇がいたらR勢は完全に現地をシカトして動いていた模様

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