神様失格   作:トクサン

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 今日は雨が降ったので初投稿です。


無能な私

 

 私という人間を語る上で最も的確な単語は、落第者か無能者と言ったところでしょうか。恥ずかしい話ではありますが、私は本当に何も出来ない人間でした。勉学に関して何か秀でたものがある訳でも無く、かと言って何か運動が得意という訳でも無く。何か高尚な趣味や特技がある訳でも無い、本当に何も出来ない駄目な人間でありました。

 

 時代が時代ならば私は真っ先に掃き捨てられるべき弱者なのでしょう、私はそれを自覚し落第者なりに息を潜め、慎ましやかに生きて来ました。

 

 そんな私にも唯一、自慢という訳ではありませんが人より優れた才がありました。胸を張る程のモノでも無く、またそれは努力や後天的に得たモノでは無かったのですが、その才のお蔭で二十五年間生きて来れたと言って良いものです。

 

 それは容姿です。自画自賛となりますが私は大層美しい顔立ちをしていたのです。すらりと伸びた手足に決して高いという訳ではありませんがそれなりの尺。そして黒く曲線を描くくせっ毛に気怠げな眼。他人には「お前はいつも面倒そうな表情をしている」と称されていましたが、別段私はあらゆる物事を面倒くさがるほどの人間ではありませんでした。ようは生まれつきそんな眼つきだったのです。

 今思えばそれは美しい私の顔立ちを何とか貶そうとした友人の悪口だったのかもしれません。ただ、当人は笑って口にしていたのでちょっとした冗談だったのでしょう。私は才には恵まれませんでしたが、人には大層恵まれました。

 

 さて、何の才能も無く唯一誇れる点は容姿だけ。そんな私は十八にて実家を出奔しました。私の家は何代と続く大名由来の華族の家柄だったのです。西洋では我々の様な存在を貴族、そしてノブレスオブリージュという『持つ者の義務』なる物が存在し、私の家族は血統と才を何よりも重んじる人々でした。高貴なる才は民に利を齎してこそのモノ、彼等は個ではなく家族という群で家系を見ていたのでしょう。

 

 私は顔立ちこそ整っているものの内面としての才は皆無です。勉学に優れず、運動に優れず、芸術に優れず、では一体何を為せるのか? という問いに終ぞ答える事が出来なかったのです。結局私は次男坊であるという理由から当家に不要と判断され、書生としての時間を終えた後は放逐という形で実家を追い出されました。働かざるもの食うべからず、ではありませんが私の様な非才の身を家に置き続ける事を嫌ったのでしょう。私の家族は父と母、姉が一人と兄が一人、そしてもう一人下に妹がおりました。父が私を実家より勘当すると口にしたとき我が愛しき兄妹たちはこぞって反対してくれました。

 

 私とは似ても似つかない、若く才能に溢れた自慢の兄妹たちです。私は庇われる程の価値が己にはないと理解していたのですが、兄弟達が必死に父と母を説得しようとするので思わず感涙してしまいました。私には身内でこれほど自分を想ってくれる存在がいる、それを知れただけでも十分だったのです。

 

 結局父が折れる事はなく、私は住み慣れた実家を後にする事となりました。別段激昂する訳でも悲しむ訳でもなく、粛々と私は実家の門を潜り出奔致しました。征く宛は無く、非才のこの身では就職すら儘なりませんでした。しかし幾ら嘆こうと人は飯が無ければ生きて行けません。実家を出るときに用意した路銀は微々たるもの、兄と姉がこっそりと持たせてはくれましたが父に見つかっては拙いと大半を突き返していたのです。手元の金で節約すれば一月は生活出来るでしょう。しかしその後が問題でした。

 

 私は取り敢えず父の居る街にはいられないと、安い古びた電車に揺られて郊外へと出ました。人の少ない街の民宿ならば多少値段も抑えられるだろうという狙いもありました。後になって街を出た事を友人に知らせる為に手紙の一つでも送っておけば良かったと思ったのですが後の祭り。私は何の報告も無く学友たちの前から姿を消しました、後々姉より聞いた話では門戸を叩く友人達を父は悉く冷たくあしらったといいます。それ程に私の存在を疎ましく思っていたのでしょう。学友には酷い事をしてしまったと今でも悔いています、本当に申し訳ない。

 

 

 郊外に辿り着いた私は狙い通りと言いますか、人の少ない民宿に身を寄せる事が出来ました。五十後半の女将と二十少しの娘が経営する民宿です。元々父が経営していた店だったらしいのですが、はやり病で父を亡くし母が跡を継いだとの事。清掃の行き届いたこじんまりとした宿です、厳粛で質実剛健を地で行く実家とはまた異なる雰囲気でしたが私はその民宿が大層気に入りました。元々何か観光名所がある訳でも無い片田舎、客足も無く静かなモノです、お蔭でこれからの事を十二分に考える時間がありました。

 

 部屋は角部屋、食事は一日に二回、朝と夜です。実家のモノと比べれば質素ではありましたが不満を垂らす程のものではありませんでした。女将の娘さんも年上ではありますが素朴な顔立ちに愛想も良く、食事の際は傍に侍ってくれていた程です。客が私だけだからでしょう、あまり褒められた思考ではありませんが宿に誰も泊りに来なければ良いのにと少しだけ思いました。今までは余り意識してこなかったのですが、私は大多数での生活が余り好きではなかったのです。

 

 民宿に泊まった翌日、その昼間から私は畳の上に寝転がりこれからの事を考えていました。部屋は畳八畳ほどの大きさで人が一人暮らすには十分過ぎる広さがありました。中央に小さなちゃぶ台に端には畳まれた布団、殺風景ではありますが別段娯楽が欲しい訳でもありません、私にはこれで十分でした。

 

 何か働き口を見つけて金銭を得るべきなのでしょう、探せば職など幾らでも見つかりそうなものではあります。しかし自慢ではありませんが私は自分の無能さを良く理解していました。大抵の仕事は自分には務まらないでしょう、何せ肉体労働は酷く苦手で、ならば頭で働けるかと言われれば無理と答えられる程の知能。特殊な技能を持っている訳でも無く、それらを一つ一つ確認していく程に『自分はなんと駄目な人間なのだろう』と自覚させられました。

 

 しかし燻っていても事態は好転しません。畳から起き上がった私は自身を鼓舞すると街を見て回ろうと決定。足で仕事を探そうと考えたのです、どうせ自身の頭の中であぁだこうだと考えても無意味な事、やれば分かるさ、やらねば分からぬ。我が友人の言葉です。

 

 そんな珍しく前向きな私の耳に、「失礼します」と声が届きました。それは聞き間違いでなければ女将の娘さんの声です。私が僅かに開けた着物を正し「どうぞ」と答えると、彼女が戸を引いて一つ頭を下げました。一体何の用だろうかと首を傾げていると、彼女は「今日のご予定を伺いたくて」と言って笑いました。もしかして夕餉の支度を合わせる為に帰宅時間を聞いているのだろうかと考え、私は頬を掻きながら答えました。

 

「すみません、まだ今日の予定は何も決まっていないのです、街を見て回ろうとは考えていたのですが何時頃に帰って来るかは未定でして」

「そうでしたか……藤堂様は何故この街に?」

「様だなんて、呼び捨てで構いませんよ、この街には……えぇっと、お恥ずかしい話なのですが」

 

 どこか私の事に興味津々な娘さんの問いに、私は今までの事を掻い摘んで話しました。家が華族である事は伏せ自身の不甲斐ない過去、特に才がなく実家から追い出された旨を話し、此処には職を探して来たのだと打ち明けました。

 すると彼女は大層驚き、それから――恐らく私の見間違いだとは思うけれど――嬉しそうな表情でこう言いました。

 

「ならどうでしょう、ウチで働いてみませんか?」

「はい?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 娘さん――名前を由紀子さんと言った。彼女は職探しに来たと打ち明けた私に対し家で働かないかと勧誘してきました。どうやら彼女の実家であるこの家は民宿として運営しているものの本業は別口で行っているらしいのです。

 その本業と言うのが教師。何と由紀子さんはこの近くの街の私塾で教師を行っているとの事。収入の殆どはその教師の給与から賄われていて、民宿は半ば母の趣味。それでもちょくちょく客が泊まりに来ることはあり馬鹿には出来ない収入源にはなっているのだけれど、父親の居た代から考えると常連客ばかりなのだとか。

 自室でちゃぶ台を挟み向かい合った由紀子さんはキラキラと輝く瞳を隠さず私に詰め寄る。

 

「藤堂様――いえ、藤堂さんは杵比沢の書生だったのでしょう? ならどうでしょう、私が塾長の方に掛け合ってみます、教師になってはみませんか」

「いえ、そんな……有り難いお話ですが何分私は余り学には自信がなく、正直誰かに教える程の頭の良さはないのです」

「ならウチの民宿のお手伝いでも構いません、お部屋は沢山ありますし正直満室になる程のお客はもう見込めません、どうでしょう、お給料は良くないかもしれませんが住む場所も、食事も提供出来ます」

 

 破格というべきか、何と言うべきか。正に渡りに船、断る要素が無い様な提案でした。詰め寄る由紀子さんに対ししどろもどろの対応。彼女の優しさが詰まった言葉に、しかし私は「どうしてこんな私に良くしてくれるので?」と問いかけました。

 単純に疑問だったのです、一人の客に過ぎない私に対してこんな対応。まるで是非そうしましょうと言わんばかりの姿勢。

 私の言葉を聞いた由紀子さんは身を乗り出した体勢からすっと姿勢を正し、少しばかり頬を染めるとコンと咳払いを一つ。そしてにっこりとした表情で答えました。

 

「一目惚れです」

「――?」

 

 何を言われたのか分かりませんでした。その為間抜けな表情で首を傾げてしまった訳ですが、彼女は再度「一目惚れです」と答えます。私はその時どうすれば良いのか分からなかった。惚れた腫れたの経験は多少――いや、見栄を張った、正直に言うと殆どない――経験を積んでいましたが、ここまではっきりと、そして早急な想いの告げ方は初めてだったのです。大抵の人は私の実家の威に耐えられず自分から離れて行きました。若しくは私の出自を隠したのが裏目に出たのかもしれません。兎も角私は一拍遅れて事態を把握し、ぱっと顔を赤くすると「あぁ、えっと、は、一目惚れですか」と早口で告げました。

 

 彼女はコクコクと頷き、「えぇ、えぇ、そうです」と頷く。私には何故そうも平然と人に想いを告げられるのか分かりませんでした。顔を赤くした私は頻りに頬を擦りながら彼女の視線から逃げ、言い訳をする様に捲し立てます。

 

「いえ、しかしですね、私達はその……昨日出会ったばかりです、それなのに」

「一目惚れなんて私も初めてです、しかし私はもう二十を過ぎました、後ろ帯の少女ではないのです、年上の女は好みませんか?」

「そんな事は……というより歳で女性を見はしません」

「ならばどうです、私は貴方好みの女でしょうか?」

 

 私は答えに窮しました。いいえと言うのは失礼な気がして、はいと答えるのは何か媚びを売っている様に感じられたのです。私は暫く逡巡した後、そっぽを向いたまま「普通です」と答えました。彼女は笑ったまま「普通ですか」というと、「嫌いではなくて良かった」と安堵した様に息を吐きました。私は怒られるか失望されるかと考えておりましたが、彼女は実に強かでした。なので私は自身の欠点を言い並べ、己に惚れる要素など無いと証明しようと考えます。

 

「私なんかのどこが良いのです、先程も言ったように私は何も出来ない人間です、力も学も無く、何かに秀でている訳でも無い、ただの凡愚に過ぎません」

「何かに秀でていない男に惚れてはいけないのですか? だとすればこの世の女性は大抵、未婚のまま一生を終えますよ、それに藤堂さんは確かな魅力をお持ちです、そうでなければ一目惚れなんてしません」

「……私に魅力など」

「ありますよ」

 

 彼女はきっぱりと断言した。ずいっとちゃぶ台の向こうから身を乗り出し、私は思わず仰け反ってしまいました。女性に迫られて怖気づくなど弱々しいのにも程がありますが、彼女の勢いは正に火の如く。私は抵抗する術を持たず「どうです、此処に勤めてみませんか」という彼女の強い言葉に、「えっと」と心許ない言葉を返します。

 

 職については有難い、しかし一目惚れという付属品があり、まるで私が好意につけ込んだ形。私としてはもっと、こう、普通な就職を考えていたのですが。

 尚も強い視線でこちらに訴えかける彼女に対し、私は結局しずしずと頷く事しか出来ませんでした。どちらにせよ私には職が必要だったのです。断るという選択肢はありませんでした。

 

 

 

 





 交換留学の選抜試験が終わったのです、春休みワッショイ、という訳で空いた時間に書きました。面接は実にフレンドリーでしたよ、むにゃざぶーとワタシ。
 一年間も海外で過ごせるかどうかは神のみぞ知る、ロシア大丈夫だったのだからイケるでしょと言うただの勢い。取り敢えず生きて帰国したい。
 商業応募用の小説を書いてたら全然ハーメルンに投稿していないと思い、思いついた要素をくっ付けただけの一発芸小説です、続くかは進捗次第なので爆発四散前提でお読みください。
 
 因みに時代設定は適当です。明治・大正・昭和を程よくミックスした感じです。
 何を言っているか分からない? 言っている私も分かって無いです。良いんですよどうせ、皆神様になってテンプレ西洋に移り変わるんだから(投げやり)
 これファンタジー小説なんですよ? びっくりですよね、私もびっくりしてます。

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