神様失格   作:トクサン

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仕事と私

 

 禊さんの家は大きな道場を経営していました。元々は禊さんの兄が指南役として務めていたそうなのですが、昨年西洋の方と婚姻し向こう側に行ってしまったのだとか。代わりに彼女――禊さんが第十二代目の師範となった訳です。しかし今の時代、剣術を習う人など少なく、ましてや女人に教えを乞うなどと憤慨して辞めていく門下生も多かったそうです。

 彼女のその男勝りな性格は少しでも『男らしく』と追い求めた彼女なりの苦肉の策でした。

 

「へぇ、家を出て職探しの旅ねぇ……そんなに見つからないものかい?」

「えぇ、まぁ」

 

 禊さんの自宅、その居間で茶を啜りながら向かい合う。道場は離れにあり、本邸は土地の真ん中にどっしりと建てられていました。私の実家程ではありませんがかなり大きな屋敷です。彼女曰く昔はかなり大きな流派だったのだとか、今では彼女一人が暮らす寂しい家。両親は既に一線を退いて宮沢の別荘で優雅に隠居生活だそうで、私は彼女の話に相槌を打ちながら「皆、苦労しているのだなぁ」と子どもの様な感想を抱きました。

 

 禊さんの父と母は減少の一途を辿る門下生の件を「栄えるも廃れるも、全ては時代の流れ、人慎ましやかに生きられれば十二分」と言って特に何をする訳でも無く縁側で茶を啜っているらしいのです。何とも剛毅な生き方だと私は感心しました。

 この家に連れて来られた私は、此処まで来たらもうお世話になるしかないと腹を括って彼女との対話に臨みます。

 

「元々家族六人で住んでいたからね、賑やかだったんだけれど皆それぞれ好きな様に別れてしまったから、今では私独りぼっちさ、本当は両親も兄が結婚して西に行くと同時にこの家を道場ごと売りに出そうとしていたらしいけれど……この場所には思い入れがあって、どうにも手放す気にならなくてね」

「それで剣術を?」

「まぁ下手の横好き、って所かね、ただ一人だけって言うのは結構堪える、こんだけ広いんだ、同居人の一人でも欲しかったんだよ」

「……一晩だけではないのですか」

「職を探しているのだろう? 此処なら職は腐る程ある、定住する場所は必要さね」

「民宿を探します」

「勿体ない」

「……私は男ですよ」

「美麗な男児は歓迎だよ、目の保養になる」

 

 どうしようもなかった。

 からからと目の前で禊さんを見て本気なのだと私は悟ります。お人好しと称するべきなのでしょうか、それとも寂しがり屋と称するべきなのでしょうか。彼女に対しての印象は固まり切らず、一つ溜息を吐いて私は此処に暫く厄介になる事を決めました。そもそもは有難い話なのです、宿代が浮くと言うのも本当ですし。

 

「……ならせめて家の事はやらせて下さい、居候させて貰うならそれ位はやります」

「おぉ、そうかい? 悪いねぇ、私は正直料理とか諸々が凄く不得手なんだ」

「それで良く独り暮らしが成り立ちましたね」

「ははは、まぁ大抵外で食べていたよ」

 

 それこそ勿体ないという奴だ。私は深々と頭を下げ「暫く厄介になります」と禊に告げた。彼女は笑って「こちらこそ、よろしく」と答え、私にとっては二度目の居候生活が始まりました。

 

 

 ☆

 

 

 半ば強引にとは言え一つ屋根の下で過ごし始めると、禊さんの性格というか内面と言うか、そういった部分が徐々に見えてきたように思います。彼女は基本的に男勝りで豪快な性格をしており朝は鍛錬の為に早起きし夜は遅くまで稽古に励んでいます。基本的に剣術指導は夕方頃から始まるのですが、それまで彼女は黙々と自身の腕の向上に励んでいるのです。

 生真面目と言うか愚直と言うか、私はそんな彼女の剣術に対する姿勢に尊敬の念を覚えました。一度、「何故そこまで剣術に拘るので?」と聞いてみた事があるのですが、彼女は苦笑いを浮かべ「これしか出来ないからねぇ」と肩を竦めるのです。

 

 これしか出来ないと彼女は言いますが私にとっては「何か自分に出来る事が一つでもある」というは大層立派な事に思いました。なにせ私はその「何か」を得られなかった側の人間ですから、彼女が眩しく見えて仕方ありません。

 

 しかし、そんな男勝りで豪快な性格をしている彼女ですがその実、根っからの寂しがり屋であります。稽古が無い時は基本的に私の後ろをついて回り、「何かやる事は無いかい?」とか「少し構っておくれよぉ」とか、何かにつけて一緒に行動をしたがります。

 それが新しい住人である私との交流の深め方なのか、それとも単純に彼女の性根の問題なのか最初は判断がつきませんでしたが、一週間、二週間と経過していく内に彼女が根っからの寂しがり屋だという事が分かりました。

 

 一ヵ月も過ぎれば彼女は遠慮という壁を取っ払い、気付くと朝、私の布団に潜り込んでいたなんて事もザラです。男女七歳にして席を同じうせず――とまでは言いませんが、禊さんは私の四つ年上、もう良い大人でしょう。そんな彼女がふしだらにも男性の布団に潜り込んで来るなど言語道断。

 

 そう言って聞かせてみるものの、彼女はヘラヘラ笑って「でも暖かいし」と宣うのです。剣術に関してはとても生真面目で尊敬できる点があるのですが、反して人間としての彼女は寂しがり屋で甘えたがりな面を持ち合わせていました。どうやらこの大きな家に独りぼっちであるという事実が私を迎え入れた大きな要因となっているようです、しかしそれが分かっただけでも安心感が違います。何せ取って食われる危険はないと分かったのですから。

 

 さて、肝心の職の方ではありますが禊さんの言った通りこの街には求人募集が溢れておりました。元々工場が多く第二次産業に力を入れ始めた新興街であるらしいのですが、需要に反して供給が追い付いていないと。余程の無能では無い限り職にはありつけるだろうというのが禊さんの弁です。

 まぁ私がその『余程の無能』に含まれているので助言は参考にならないのですが、幸いにして小さな商店の店番の仕事を見つける事が出来ました。数字の扱いに関しては書生時代に学んでいましたし商人の真似事も多少は出来ます。何より店主には「顔も良いし、客引きになるかもしれん」と言われ採用されました、驚きです。

 

 店番の仕事は午前の十時頃から夕方の三時頃まで、朝は店主の室田さんが担当し昼頃には仕入れやら何やらの用事で席を外すらしく、その間が私の担当という訳です。作業は単純で品物を買いに来た方からお金を受け取り、幾ら受け取ったのかを記帳して金銭を保管しておく。室田さんが帰って来たら名簿を見せて凡そ何人位の客が来たのか、そして何を買っていったのかなどを伝えます、それで終わりです。

 

 お給金は決して高くはありませんが、こんな私でも出来る仕事で大変助かりました。室田さんは現在三十九歳で、妻には先立たれてしまった鰥夫です。忘れ形見である娘さんが一人いるのですが今は十四歳、近くの学舎で勉学に励んでおりますが休日などは大抵暇そうにしておりました。もし暇があったら娘と遊んでやってくれと室田さんに言われていたので、勤務初日から娘さん――花奈ちゃんとはよく話す様になりました。

 天真爛漫を絵に描いた様な少女です、将来的には婿でもとってこの商店を継ぐ事になるのでしょうが彼女は決まって「そんなのはつまりません」と言っていました。まぁ人生色々です、私から何か言う事はありません、何せ私は家を継ぐ役目さえ期待されなかった落ちこぼれですから。

 

 生活は上々、あの田舎での生活と比べると多少温かみに欠け――これは街が大きいから仕方ない事だとは思っているのですが――忙しくはありますが、実家に居た頃に比べれば【誰かに必要とされる】というのは精神衛生上とても良い事だと知りました。

 

 朝は禊さんと一緒に起床し――何度言っても潜り込んで来るので諦めた――朝食の準備を済ませます、布団を畳んで洗濯物を干し、軽く家の掃除を済ませたら稽古をする禊さんに一声かけて商店に出勤、この時稀に「行かないでおくれよ~」と泣きつかれる事があるけれど振り払って街に繰り出します、私が此処に来て一ヵ月ですが日に日に彼女の寂しがり屋度が向上しているのは気のせいだと思いたい。

 

 商店についたら店主である室田さんに挨拶し、ちょっと談笑しつつ花奈ちゃんが居れば一緒に勉強したり遊んだりします。そして室田さんが仕入れに出掛けたら店番開始、時折やってくるお客さんに顔を憶えて貰いつつお金を受け取り記帳、偶に女性客からやんわりと「甘味など如何ですか?」と差し入れを頂く事があるのでとても有難いです。

 

 禊さんの寂しがり屋な性格にも大分慣れました。女性がべたべたと男性に引っ付くのは如何なものかと常々思っていた私ですが、慣れと言うのは恐ろしいものでそういう日々を送っていると「まぁ、良いか」という気持ちになっていくものです。別段何か害がある訳でも邪魔をしている訳でも無く、単純に一緒に居たいという気持ちだけならば無下にも出来ません。最初は後について来ただけの禊さんですが、最近では後ろから抱き着いてべったりと脱力する格好である事が多くなりました。

 

 流石に洗濯や掃除中にその状態でいられると邪魔なので退いて貰っていますが、そういう時の彼女は聞き分けが良いのでとても助かります。家ではこんな禊さんですが外ではちゃんとしているので特に不満もありません、これもまた個性という奴なのでしょう。何より私は居候の身、ちょっとした家主の要望には応えるつもりもあります。

 

 

 そんな生活を一ヵ月、二ヶ月、三ヵ月。

 私としては随分良くやった方ではないでしょうか。

 

 禊さんの優しさに甘えた様な形ではありますがこの生活を続けて四ヶ月目を迎える事が出来ました。春の訪れを感じさせた季節から夏へ、燦々と輝く太陽がまぶしい季節です。民宿の従業員から商店の店番係へ、店主の室田さんとの関係も良好で花奈ちゃんは十五歳になりました。もう一端の女性となる年齢であります。

 

 時間の流れが速く感じるとは誰かが言った言葉ですが、私は初めてそんな体験をしました。この四ヶ月は正に風の如く、あっと言う間に過ぎ去っていったのです。まぁこんな生活もアリなのではないでしょうかと呑気に日々を過ごし、この街で生きて行くのも悪くないと思い始めた頃。

 

 

 またしても私の身に災厄が降り注ぎました。

 

 

 その日、夕方頃に店番の役割を終えた私は室田さんに一声掛けて帰宅しようとしていました。するとそんな私の背に、「おう、藤堂、少し時間いいか?」と声が掛かります。どうやら室田さんから話があるようなのです。何か仕事で失敗でもしてしまったかと肩を跳ねさせた私ですが、「別段、仕事の話じゃない、ちょっとした野暮用だ」と言われ胸を撫で下ろしました。

 

 普段は余りお邪魔しない商店の内側、主に花奈ちゃんと室田さんが生活している居間に通され、茶を一杯頂きました。野暮用と室田さんは仰いましたがその表情は険しく、何とも言えない覚悟を秘めている様に見えます。何か大事な話なのか、私にはてんで見当がつきません。

 

 ふと彼の後ろ側を見ると襖を少しだけ開けて居間を覗いている花奈ちゃんがいました。その頬は赤く紅潮しており、じっと私を見つめております。そして私と視線が交わるとフイっと顔を背けて襖を閉じました。一体何だというのでしょうか、私は困惑を隠しきれませんでした。

 

「なぁ、オメェ藤堂よ」

「はい? 何でしょう、室田さん」

 

 重々しく口を開く室田さん。その瞳が私を貫き、何度かもごもごと口をまごつかせると、「俺もよ、お前の働きぶりは良く知ってる、オエメは学がねぇと自分を下げるが小さな商店をやっていくには十分だ」と口にしました。私はその口上で一体何を言われるのか全く予想がつかなくなってしまいました。

 はぁ、と気の無い返事をして眉を上げる。話が見えない、私が頬を掻きながらじっと室田さんを見ていると、彼はガリガリと頭を掻くと大きく息を吸い、私を直視して強く言い放ちました。

 

「オメェ――花奈の婿になる気はねぇか?」

「………は?」

 

 





 丁寧口調の描写を書き続けると、無意識の内に次の小説も丁寧口調で書いてしまう。
 一日5000字書けば20日で一本小説が書き上がるのです。
 一日一万字なら二本。春休みの内に書かねば。

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