早すぎる対応
メガフロート事件から数日後。なんとか復旧した横須賀を見届けた琵琶基地メンバーは陸路で基地へと戻っていく。やって来た飛行機は大破してしまったため電車で帰宅と言う英雄らしからぬ凱旋であった。
「山城…」
「ん?」
「殴られたのか?」
「まぁ、ちょっとした痴話喧嘩よ」
電車の車内で駅弁を頬張っていた山城の横にいた稲嶺は彼女の頬に青あざが出来ているのを見つけた。
「ほどほどにな」
「提督…」
「なんだ?」
「ごめんなさい」
「おい、どうしたんだ山城?」
いつもとは違う落ち込み方を見て不審に思う稲嶺を横目に山城は言葉を放つ。
「私は貴方と離れるのが怖かった。お姉さまも居なくなって、私には提督しか居ないと思って着いてきてしまった…貴方の気持ちを考えずに」
《貴方こそ、提督にすがってるだけじゃない!わざわざ琵琶基地に行くなんてね!》
あの時、伊勢に言われた言葉は山城の心に突き刺さっていた。その様子を見た稲嶺は苦笑する。
「伊勢と会ったのか…」
「えぇ…」
「まぁ、お前が喧嘩を吹っ掛けるのは後にも先にも伊勢ぐらいだろうな」
車窓から流れる景色を見ながら稲嶺は手にしていたペットボトルの飲料を飲む。
「むしろお前には感謝してるよ」
「え?」
「俺はお前たちから逃げた。日向を失って、何もかも無になってしまった俺を見捨てずに居てくれた山城には感謝してるんだ…でも」
「分かってるわ。ここに私が居るのはそういうためじゃない、そんな心変わりの激しい提督ならもう殺してるわ」
「…すまんな」
時間にすればほんの数分。そんな二人の話を真後ろの席で不知火は黙って聞いていたが話終えるのを聞き届けると眠りに着くのだった。
ーー
《情けないわね。あれだけの戦力がありながら、鎮守府1つ落とせないなんて》
「黙れ、貴様が駆逐級しか渡さんから物量で押すしかなかったのだ」
《貴方の手持ちにも居たでしょう?》
「駆逐と空母、そして僅かな戦艦で何をしろと?そっちこそ、混乱に乗じたようだが無様だな」
《殺すわよ…》
「やってみろ」
沖縄、深海棲艦司令部。そこを管理している離島棲鬼は逃げ帰ってきたヲ級を嘲笑い。楽しんでいたが痛いところを突かれ殺気を漏らす。対するヲ級も殺気を漏らし、周りに控えていた深海棲艦たちは巻き込まれないように逃げ隠れる。
《まぁ、いいわ。今度の作戦は貴方も参加なさい》
「なに?」
《貴方も知っての通り、沖縄防衛ラインの一つが完全に崩壊したわ。各隊は物資を抱えて第2防衛ラインまで後退中。それを察知してか佐世保を中心とする基地の物資の行き来が活発化してる》
「ここに攻めてくるのか?」
《えぇ、こちらが混乱しているうちに第二防衛ラインも崩したいのでしょう。各人類国の艦娘隊がここを中心とする防衛基地を急激してる。現在ここは太平洋側を除く全方位から攻撃を受けてるわ》
「どれほどの被害だ?」
《沖縄直衛部隊を除けば四割の被害が出てるわ。太平洋、大西洋の主力艦隊はアメリカ、イギリスを中心とする艦隊とのにらみ合いで動けない》
沖縄の量産ユニットはまだ未成熟。近い太平洋艦隊はメガフロートの件で出張ってきた艦隊の対処で目一杯。
《私の権限で第一防衛ラインまで全艦隊を後退、敵を誘引して一気に叩くわ》
「待て、第一防衛ラインの部隊は私が任されている。それを勝手に…」
《作戦の一つも完遂できない無能な指揮官より私の方が上手く使うわ》
「なんだと?」
《戦うだけなのが戦争ではないわ。こちらはこちらで進められる》
「……」
《とにかく。全艦隊は私の指揮下に置く、貴方も例外ではないわ。従ってもらうわよ》
「くっ…」
歯が砕けそうなほど噛み締めるヲ級は黙ってその場を去る。その後ろ姿を見て離島棲鬼は満足そうに笑うのだった。
ーー
「ほんとにやるの?」
「いいもなにも大本営からの命令じゃ。断るわけにはいかん」
佐世保鎮守府。次々と運ばれる物資にたいして千代音は不機嫌さを隠そうとしない。あの横須賀の被害から数日しか経っていないと言うのに大本営は沖縄奪還作戦の決行を視野にいれている。
「あまりにも早すぎます。こちらの艦隊も被害を受けていますし」
「ワシもそう言った。じゃが、向こうは耳を貸そうとせん。敵艦隊のダメージが残っているうちに沖縄を奪還せよとな」
「相変わらず無茶苦茶ね」
叢雲と大和の言う通り。この時期での攻撃は早すぎる。千代音とて大本営からの攻撃命令を遅滞させているがどこまで持つか分からない。
「職業軍人のつらいところじゃ」
千代音はタバコを吹かしながら沖縄のある方に目を向ける。
「あいつが守ってくれたこの戦力。無駄にするわけにはいかんじゃき」
ーー
「弾薬は一ヶ所に集めるなっていってるでしょ」
瑞鶴は手にしていた山盛りの書類を片手に妖精たちに指示を出す。
「4番と8番倉庫。そして本部の地下倉庫に移しなさい!物資が多いからって楽をしない!」
瑞鶴は佐世保空母の中での一番の古株であり物資管理を一手に任されていた。実力も高く、加賀や赤城に匹敵する腕を持っている人材で実践経験もずば抜けていた。
「たく…。いくら申請しても送らないときは送ってこない癖にこっちが要らないときだけ送ってくるんだから!」
「まぁまぁ、来るだけありがたいじゃありませんか」
「何事もタイミングは大切なのよ!」
他の倉庫から帰ってきた高雄が宥めるが瑞鶴は不機嫌になる一方。前回の戦闘で出撃出来なかったのも影響しているだろう。
「それと、大本営からの物資で気になるものが」
「なに?」
高雄から資料を奪い取った瑞鶴はその品目を見て自分の目を疑う。
「なにこれ?」
基地防衛用無人迎撃システム「檄雷」対深海用の弾薬が入った特殊な機関銃を撃つ兵器だ。
「どうします?」
「使わないから地下にでもしまっておきなさい。ったく、こんなものに予算を割くんだったらこっちに回してもバチは当たらないわよ…」
瑞鶴の機嫌は悪くなる一方、それを被害の受けない距離で作業する高雄。彼女も手慣れたもんである。
ーー
(動きが早すぎるな…横須賀が襲われて焦っているのか?)
皆が寝静まった頃。川崎から貰っていた資料を読みながら稲嶺は唸っていた。
敵の防衛戦にダメージが入っているうちにというのは分かる。だがそれを維持するための各国軍の攻撃といい、なんたも手早すぎる。
(もしかして、沖縄艦隊が攻めてくることを知っていたのか大本営が…)
「いや、まさか。ありえない」
その理論が通るなら海軍の上層部に深海側と通じている人間が居ることになる。
(どっちにしろ、様子を見るしかないか…)
今、考えても仕方がないと判断した稲嶺は書類をしまい。眠りにつくのだった。