メガフロート事件から一ヶ月。
「おりゃぁ!」
「くっ!」
高々と飛ぶ天龍、大上段から振り下ろされる刀の一撃を受け止めるあきつ丸。受け止めたと思えば天龍の体は刀を支点に回転、彼女の蹴りがあきつ丸のアゴに直撃し一瞬で意識を奪われる。
「あぐぅ…」
「おい、無事か?」
「これはしばらく気がつかないだろうな」
倒れるあきつ丸の頬をペチペチする天龍。その様子を見に来た川内はやれやれと言った感じで黒の軍服の襟を掴み、引きずっていく。
前回の戦闘で露呈したのは体や精神の鈍り、戦場から長いこと離れていた為による弊害が露呈したのだ。それでもなお、琵琶基地の艦娘は圧倒的な戦闘能力を有していたが本人たちにとってそれは許せないことだった。
それを機に個人的に行われた自主練習、なんでもありの実践練習だったが天龍の能力は遥かに高かった。剣術における戦闘において天龍と並び立ったのはただ一人、その彼女も轟沈し実質彼女は最強の名を欲しいままにしていた。
「もっと地肉が踊る死合がしたいぜ」
「これで本当に鈍ってるんですか?」
「あぁ、抜刀速度が叢雲に負けた。得物的には向こうの方が遅くないと駄目なんだよ」
横須賀での会合にて彼女が鈍ったというのは三人とも実感していた。終生のライバルと定めた二人に鈍ったと思われるのは天龍にとって許しがたいものだった。
「私には少し、理解しがたいですね」
不知火はレベルの違いにげんなりしながら天龍を見つめる。当の本人は少しも汗をかいていない。
《非常呼集、非常呼集。当基地所属の艦娘は執務室に来るっぽい!》
「お、どうしたんだ?」
「とりあえず、行きましょう」
学校のスピーカーごしから流れる夕立の声。その声を聞いた天龍と不知火はすぐに執務室に向かう。
ーー
「旗艦叢雲。抜錨するわ」
《佐世保第一艦隊が抜錨。繰り返す、第一艦隊抜錨。ゲート解放せよ!》
佐世保鎮守府は五年前、深海棲艦の大攻勢により壊滅。甚大な檜垣にあった。その復興の際、佐世保は鎮守府でありながら巨大な要塞へと変貌していた。
佐世保湾の出入り口。陸には無数の火砲が設置され海中には機雷が設置されている。唯一、作られたルートには対深海棲艦用の特殊障壁で出来たゲートが設置されている。湾内にも無数の機雷や湾を囲むように火砲が設置されている鉄壁要塞と化していた。
そんな湾から叢雲を旗艦とする艦隊が出撃、それに応じるように各基地からも艦隊が出撃する。沖縄攻略作戦の第一段階が発動したのだ。
ーー
「沖縄攻略作戦か…」
「本土の防衛戦力をギリギリまで削った戦力だよ。大本営も本気だね」
執務室に集まった琵琶メンバーは稲嶺を中心に話し合っていた。
「旗艦は叢雲か…」
「あいつは優秀な戦士であり、優秀な指揮官だ。ヘマはしねぇよ」
「ほう、それは頼もしいわね」
天龍の言葉に対して素直に感心する山城。不知火達から聞いた話から仲は良くないと思っていたがそうでもないようだ。
「まだ俺たちが全員居たときの指揮艦は吹雪だった。その補佐をしていたのが叢雲だ」
始まりの13隻。特に上下関係は無かったがなんでもある程度出来、視野の広い吹雪が指揮を執ることが多かった。吹雪型のネームシップと言うだけあってまとめ方は上手く、叢雲は心底彼女を尊敬していた。
「叢雲の役割は押し役だった。吹雪は性格上あんまり強く言えなかったからな」
なつかしむように話す天龍。忌むべき過去のはずだが彼女は実に楽しそうだった。
「アイツなら下手な真似はさせねぇよ」
信頼、いや確信に近い言葉遣いに稲嶺は小さく頷く。彼にもその気持ちは分かるからだ。叢雲に対してではないがそのように信頼を寄せた人物がいた。
(沖縄か…)
ーー
「なぜ私を出さなかったのですか?この作戦、備蓄がどうとかは二の次でしょう?」
「いや、ワシはこの作戦にかけとらん。なにか向こう側に作為的な動きがあるんじゃ」
「そのような兆候は確認されていません」
「わぁとる。ワシの勘じゃ」
大和の疑問に千代音は歯切れ悪く答える。深海棲艦の動きに疑念を持っていた。大幅に防衛線を下げてからは防戦一方。上手く行きすぎると疑いたくなる性分なのだ彼女は。
なので今回は単純な戦闘能力ではなく生存率の高い艦娘を選抜して送り出した。連携面も見てドイツ艦隊が最適だ。
ーー
「叢雲、やはり今回の主目的は沖縄攻略ではないな」
「え、どういうことですか?」
「まぁ、私たちの艦隊が集中的に採用されているのを見ると余計に感じるわね。広報には潜水艦隊も控えてるし」
沖縄の元第三防衛ラインにて設置された物資集積所。そこで補給していた沖縄攻略艦隊。補給時にグラーフは疑問を叢雲に投げ掛ける。それにビスマルクも同意する、オイゲンはちょっと分からなそうだが…。
「まぁ、敵情視察が主な任務ね。私たちが敵の防衛線を突破しようとは思ってないわ」
「叢雲、鹿屋基地の艦隊が敵の防衛線を突破したようだよ」
「え?」
レーベの言葉に叢雲は思わず声をあげる。
鹿屋基地は九州の基地の中でもトップクラスの能力を持つ艦隊だ。今回の作戦に最も熱心的な意欲を示し、一週間前から前線に投入されている。
「支援艦隊もそこからなだれ込んでるみたい。物資集積装備を持った艦も指定の島に到着したみたい」
「……」
「どうする叢雲。私はお前に従うぞ」
「これを絶好のチャンスと取るか、悪魔の罠と取るかは貴方次第よ」
グラーフもビスマルクも叢雲に従う姿勢を見せている。彼女がここで帰ると言っても文句1つ言わずに従うだろう。
「まだ防衛線が敷かれているポイントに進撃するわ。向こう側がどのような対応をしているか見ておきたいわ」
「「「Verständnis!!」」」
ーー
《敵艦隊、第一防衛ラインを突破しました。このままではこちらに上陸されるのも時間の問題です》
《そう…勝ったわね。バカな艦娘たち…私たちの名前を忘れたのかしら》
離島棲鬼は笑いながら戦況図を見る。
《勝ったわ…》
ーー
「待って…グラーフ」
「なに?」
別ルートから進行していた叢雲たちの目の前にはたった一隻の空母が佇んでいた。やられた艦隊からのハグレかと思われたヲ級は紫色のオーラを纏っていた。
「あれは天龍の言っていたヲ級…」
叢雲の警戒と共にグラーフ、ビスマルク、オイゲン、レーベ、マックスも戦闘体勢に入る。
「お前たちの敗けだ。艦娘」
「なに?」
「こ、これは!?」
ヲ級の言葉の意味を理解しかねた叢雲。それと同時に策敵機を展開していたグラーフが驚きの言葉を漏らす。
「どうしたの、グラーフ」
「沖縄の第二防衛ラインが復活。完全に隔離された」
「なんですって!?」
「海中に防衛艦隊を沈めていたのか」
沖縄の第二防衛ラインの艦隊は一度、第一防衛ラインまで後退し海中を通って第二防衛ラインの海底で潜んでいたのだ。
「第二防衛ラインの艦隊を撃破して各艦隊の撤退ルートを構築するわよ」
「させると思うか…」
「っ!」
「叢雲!」
ヲ級の黒刀と叢雲の槍が激しくぶつかり合う。
「ビスマルク、海中から来るよ」
「くっ!」
「攻撃隊、出撃! Vorwärts!」
ユーからの警告と共にグラーフは艦載機を発艦させる。レーベたちも砲に弾を装填して警戒する。
《ヲ級さま!》
「まさかの当たりだとわね!」
「横須賀で報告のあったサラトガですよ。お姉さま!」
海中から次々と現れ、ビスマルク姿を表したサラトガに向けて砲を向けるオイゲン。
「各員、兵器使用自由。自分が生き残ることを最優先に!」
「憂さ晴らしでもさせてもらおうか…」
「無駄よ、逆にストレスが溜まるだけだから」
ヲ級は黒刀を構え、叢雲は槍に電気を貯め、槍からスパークが弾ける。
「……」
「……」
互いに言葉は発しない。無言のまま距離を詰め激しくぶつかり合うのだった。