「ぜぁ!」
「っ!」
互いの獲物がぶつかり合うたびに叢雲の槍からは高圧電流が流れヲ級にダメージを与える。
叢雲の槍《紫電》は槍本体から高圧電流を流して相手に追加のダメージを与える代物だ。性能が上の相手だろうがこの電撃攻撃は通用する。彼女の圧倒的な戦闘能力と掛け合わせ最強の得物と化していた。
「……」
「やるわね」
だがこのヲ級は特別だった。幾度も死線を潜り抜けてきた叢雲でさえヲ級の戦闘能力に圧倒されていた。
(この腕、単純に戦闘技術が高いってことか!)
(あの天龍並みに強いが…)
ーー
「Feuer! Feuer!」
《うぐっ!》
「くっ!」
プリンツ・オイゲンの魚雷を混ぜ混んだ砲撃はネ級を狙い撃つがネ級も乱数回避で避けながら両腕と尻尾の砲で応戦する。
互いに攻撃を受けながらも一歩も退かない。ユーたちの支援攻撃、ネ級の足元には魚雷が接近し爆発。大きな水飛沫を作り出す。
「やった?」
「まだですよ…っ!」
水飛沫から現れたネ級は全力でオイゲンにタックルを決めると馬乗りになる。
「くっ!」
《沈め!》
するとネ級に副砲が直撃。それと同時にグラーフの艦載機が機銃を掃射しながら突っ込んでくる。
「無事か?」
「助かりました…」
「叢雲が化け物を足止めしている。その隙に包囲艦隊を突破するぞ。ビスマルク」
「分かってるわよ!」
浮上してきた艦たちは粗方、片付けたがビスマルクはサラトガの相手をしていて動けない。グラーフの艦載機も補給に戻っている。レーベとマックスが奮戦しているがこのままだときびしい。
「通信は?」
「ここら一帯にはジャミングが張られている。先程、伝令を向かわせた」
足自慢の艦載機を先程、佐世保まで飛ばした所だ。連絡がつかない事で向こうも異常は察しているだろうが詳しい情報を送りたかったグラーフは伝令出したのだ。
「とにかく、ここの突破が優先だな」
「そうですね」
ーー
同時刻。沖縄の異変を察知した佐世保を含む各基地は先見隊救出のための部隊を発進させていた。
「ったく。嫌な予感が当たったて訳ね!」
「叢雲さんたちは大丈夫でしょうか?」
「叢雲さんは大丈夫です。今は私たちの任務に専念しましょう」
最大戦力である大和を中心に古参の瑞鶴、エースの加賀らが出撃し叢雲たちの救出に向かう。その様子を潜水棲姫が安全区域で確認、すぐさま離島棲鬼に伝えられる。
《敵の主力、出撃を確認》
《ご苦労ね。潜水棲姫、引き続き警戒を》
《了解》
ーー
「…なんだろうな。この違和感は」
リアルタイムの無線を繋いで聞いていた稲嶺は疑問の声をあげる。
「どうしたの?」
メガフロート以降、すっかり執務室の虫と化した山城は彼の言葉に疑問を漏らす。
「前線の艦娘が孤立したとはいえ佐世保を含む艦隊は余力がある。敵の防衛線を食い破るのは時間の問題だろう」
佐世保たちだって焦ってる。最短で無駄なく深海棲艦を殲滅するだろう。それまでに前線の艦娘たちが全滅するとは考えられない。あの叢雲も投入されているのだ。
「これだけの罠。なにかしらの意図があるはずだこちらの前衛戦力を削るなら他に方法があるはずなのに」
「確かに…」
敵の意図が読めない。
「山城、詳しい情報が欲しい。他のやつらに調べるように言っといてくれ」
「わかったわ」
急いで執務室を後にする山城を見送ると電話が鳴り響く。
「もしもし」
稲嶺はそれを素早く取ると一瞬で険しい顔になる。
「これは参謀長。わざわざなに用ですか?」
「……」
「はい?」
その言葉の内容に思わず聞き返す稲嶺。彼は聞き届けるとすぐに立ち上がり出立の準備をするのだった。
ーー
「くっ、このままじゃ。じり貧ね」
「こいつらは間違いなく精鋭部隊だ」
叢雲は完全に手が離せずビスマルクとグラーフが苦言を漏らす。ドイツ艦隊は佐世保の中でトップクラスの生存率を誇る部隊だ。様々な場面に遭遇してきたがこれは不味い。
「もうすぐ援軍が来るはずだ」
「え、どういうこと?」
こんな状況で援軍。レーダーはおもわず疑問を口に漏らす。その瞬間、グラーフたちを援護するように無数の砲弾が深海棲艦を襲う。
「大丈夫かしら?」
「あ、あれは鹿屋の扶桑!」
第一防衛ラインを突破したはずの艦隊たちがこちらに集結。叢雲たちを援護し出す。
「どうしてここに?」
「私が呼んだ」
マックスの疑問にグラーフは状況を上手くつかめなかった前衛艦隊に情報を伝達しこちらに来るように艦載機で誘導したのだ。
「集積場まで撤退するぞ!各艦、ヲ級に牽制をかけつつ撤退だ!」
「一旦退け…」
佐世保の中でも三本の指に入る策略家、グラーフの本領発揮。流石のヲ級も不利と判断し撤退するとネ級やサラトガたちも逃げていく。
「即時撤退!」
それを見た叢雲は即座に判断を下して反転、集積場まで後退するのだった。
ーー
沖縄県、奄美群島の島。《沖永良部島》そこが第一と第二の間にある集積場だった。艦種問わず30を越える艦娘たちが何とか上陸し補給を開始する。
「どうしますか?」
「ここで、籠城戦をするわ。縦深防御に徹しつつ援軍を待つ、もしもの時は地下の鍾乳洞から脱出が出来るしね」
「それしかないだろうな」
佐世保の叢雲、鹿屋の扶桑、岩川の那智。前線に深く侵入していた三艦隊の旗艦たちは補給を受けながらもこれからのことを話し合う。
「それにしてもよく戻ってこれたわね」
「鹿屋の艦隊をすぐに見つけられたからな。なんとか耐えていたのだが…そちらのグラーフが来てくれなかったらどうなっていたか」
「おそらく近距離通信も敵に傍受されている状況では援軍を呼べませんでした。本当に助かりました」
「グラーフには私から言っておくわ」
これも全てグラーフの素早い対応のお陰だ。だが肝心の彼女も先程の戦闘でだいぶ参っており、今は簡易ベットで頭に氷を当てながら休んでいる。
「敵が来なければ夜明けと共に敵の第二防衛ラインを突き破り九州に帰投する。それでいいわね?」
「異論はない」
「わかりました」
「じゃあ、夜警以外は仮眠を取りましょう」
群雲の言葉に頷いた二人はそれぞれの艦隊の元に戻っていく。各艦隊ごとに仮眠所は分けてある。敵に奇襲されても他の班が対応できるようにするためだ。
夜警をオイゲンとレーベに任せた叢雲は仮眠を取るために座る。どこでもすぐに眠る叢雲は睡眠に入る。そしてしばらくすると夢を見る。あの時の悪夢が彼女の中で再び浮上してきたのだった。
次回 叢雲の過去