「おっしゃっている意図を私は拾い損ねました」
「君なら分かっている筈だ」
大本営の一室。そこに呼び出された稲嶺は参謀長と一対一で話し合っていたのだ。
「元帥をその座から引きずり下ろす」
「その意図は分かりましたがなぜ今なのです?前線の兵たちが命を賭けて戦っているときに」
「元帥は現在、前線の状況確認などのおかげで不在だ。だからこそ話せるのだよ」
参謀長から持ちかけられた話は有り体に言えば元帥をその座から引きずり下ろす手伝いをしろと言ってきているのだ。
参謀長はその立場に見合った人物だ。少々、頭が固いが冷静で軍のことを見つめている。そんな彼が内乱を引き起こす手伝いをしろと言うのだ。
「君も含め、元帥の軍内部の支持率は低い。それでもその立場を維持しているのは佐世保を含む主要メンバーたちが彼を支持しているからだ。このままでは軍が二分される」
「それで貴方がトップになろうと?」
「いや、次期元帥はまだ決まっていない。極端な話だが君が元帥の座に座ろうが私はいっこうに構わないのだよ」
参謀長はこちらに真剣な眼差しを向けながら話す。
「なぜ私に話をなさったのですか?」
「君には能力がある。メガフロート事件を僅かな兵で見事完遂し彼女を最後まで育てたのは君だ」
「よしてください。過去の話は…」
《私は国ではなく君に尽くしたい。なに、私は尽くすと決めたら尽くす主義でね。……まあ、そうなるな》
過去を持ち込んでくれたお陰で嫌なことを思い出した。脳裏に浮かんだ風景を消すように頭を振る稲嶺。
「分かりました。私に出来ることならやりましょう」
「ありがたい」
取り敢えず同意はした稲嶺は同意するとそのまま部屋から立ち去るのだった。
ーー
大本営の地下施設。そこには建造や研究開発施設が置かれているがその端っこには特別営倉が設けられている。
「鳳翔さん…」
「あら、稲嶺大佐。お久しぶりですね」
そこに訪れていた稲嶺は料理を持った鳳翔の姿があった。彼女は初代鳳翔、現在は現場から離れているがその鬼神のごとく活躍は今も空母たちの語り草だ。
「食事を?」
「えぇ、こんなところに一人で…。だからご飯だけはしっかりと食べさせてあげたいんです」
この営倉の奥にいる艦娘。一人で失意の縁にいる彼女を鳳翔は気にかけていた。
「もしかして琵琶基地で引き取るのですか?」
「はい、彼女にその意思があるのなら…ですが」
「大丈夫ですよ。あの子の目は死んでない」
「それは良かった…」
稲嶺は大本営にいくときは必ずここに訪れている。前回は予定が切迫していたので無理だったが。前例があるとすれば夕立はここで出会い、琵琶基地で引き取っている。
「夕立は貴方に感謝していました。暖かい食事を与えてくれたって、優しく接してくれたって…」
「当然です。彼女たちは私の妹ないし娘のようなものです」
「艦娘は闘うために産まれてきた存在。彼女たちには姉妹がいても親はいない。貴方のような存在は貴重なのですよ、俺達軍人では母親や父親にはなれない…」
闘うために産まれ、戦場で生き、戦場で死ぬ。それが艦娘という存在。なら彼女らはいったい何なのか…その答えに答えられるものはいない。
「ここですよ」
「飛龍ですか…」
「えぇ…」
営倉のベットで小さくなっているため分からないがあの色の和装は間違いなく飛龍だ。
「彼女はなにをしたんですか?」
「蒼龍を殺しました。理由は不明です」
「姉妹艦を…」
「懐刀で喉をバッサリといったそうです」
「ぞっとしますね」
前例こそあれどこういった類いの話はあまりよくは思わない。
「飛龍さん。お客様ですよ…」
「客、憲兵ですか?なら話すことはなにもありません」
「いえ、提督です」
「え?」
驚いたように起き上がる飛龍。稲嶺はそんな彼女をまっすぐと見つめると。それを避けるように視線を外す。
「なるほど、いい娘ですね」
「さすが、稲嶺提督ですね」
「稲嶺…あの琵琶基地の」
「うちって有名なんですか?」
「えぇ、有名ですよ」
鳳翔は微笑みながら稲嶺に返すと彼も少し笑いながら飛龍を見つめる。
「うちには知っての通り多くの過去を持つ艦娘がいる。お前と同じことをして来た奴もいる。俺達に過去は関係ない、まだその力を振るう気があるのなら歓迎しよう」
「……」
突然の誘いに動揺する飛龍。
「飛龍、俺の目を見ろ…」
「はい…」
有無を言わさない気迫。それを感じた飛龍は彼に言われた通りに目を合わせる。
「二度目はない。今ここで決めろ、チャンスは一度だ」
「…私はまだ奴等を殺せるんですか?」
「俺達の基地の性質上。場面は少ないが殺せるだけの猛者が揃ってる。お前が望めば強くなれる」
「やります。やらせてください…私は殺さなきゃならないんです」
「歓迎しよう。飛龍型航空母艦、飛龍。琵琶基地にようこそ」
「はい提督」
覚悟を決めた飛龍は立ち上がると綺麗な敬礼をこちらに向けてくる。その姿を見るだけで連度の高さが窺える。
「うちは厳しいぞ」
「はっ!」
ーー
「げほっ、げほっ…」
「出てそうそうそれか…」
参謀の件もあった上に鳳翔さんの計らいですぐにでれた飛龍は戻ってきた自分の煙管に火をつけると咳き込む。色々あってしばらく吸ってなかったのだろう。禁煙してたあきつ丸がタバコを再開した時も彼女は体調を崩していた。その間も吸い続けていた彼女はある意味尊敬する。
「……けほ」
咳き込みながらも黙って吸い続ける彼女の後ろ姿はまるで焼香を上げるようだった。