状況が把握し辛い前線の指揮を円滑に進めるための制度。前線指揮艦となった艦娘は戦闘発生時に提督と同等の権限を持つことになる。非常事態に備えて各基地、第一席から第五席まで存在している。
指揮官には練度、人望、指揮能力の3点を支点に選出される。
例
佐世保 叢雲、瑞鶴、大和、加賀、瑞鳳
呉 伊勢、大鳳、長門、時雨、天城
全ての異常事態に対応できるように佐世保は出来ていた筈だった。だが実際は湾は制圧され敵の上陸を許している。周辺の砲台も空爆で火の海になっていた。
原因は複数存在するが最大の要因は、初手にて発生した前線における指揮系統の混乱だろう。
叢雲、加賀、大和の不在。最高指揮権を持っていた瑞鶴も行方不明。瑞鶴の補佐をしていた瑞鳳がその指揮権を受けとるまでに混乱か生じ、対応できなかった。
また、火薬庫が爆発したことによる被害で瑞鶴を含む多数の艦娘が負傷。続いて敵の砲撃による修復材などが保管されていた倉庫が吹き飛ばされ入渠以外の方法での修復作業が困難となった。
この事により佐世保の継続戦闘能力の低下を招き、修理を行えない艦娘たちが激増した。
「夕立、すまんのぉ…」
「提督…」
「全艦、全妖精を集めろ。これよりわしらはこの佐世保を放棄する!」
「提督、まだ俺たちは戦える!」
千代音の判断に木曾は噛みつき考えなおすように促す。
「いや、この判断は正しいね」
千代音に同調したのは元帥。だが木曾は元帥相手だろうが引き下がるつもりは皆無だった。
「今、大本営で指揮をしているのは参謀長である三谷くんだよ。彼は冷徹な男だ、私の予想だがもう一日もしないうちに最終フェーズが実行されるだろうね」
「バカな、この九州にいる全ての国民を見捨てるというのか!」
最終フェーズ。空爆部隊により九州に繋がる全てのルートを粉砕する。つまり九州を捨て中国地方と四国に防衛線を再構築する作戦だ。敵を九州に閉じ込めた上で絨毯爆撃と砲撃を行う苦肉の策。
それが行われてしまえばまだ砲台で戦っている陸軍も艦娘、自分達も無差別に攻撃されてしまう。
「ここで奮闘している前線の兵たちを見捨てるのか!?」
「それは大本営としては最善だからだよ。今の佐世保に敵を退けるだけの力は残されていない。ならここを敵の檻として使い、まとめて吹き飛ばすのは実に合理的だよね」
「守るべき民を、同胞を見捨てて…」
「木曾、そのための撤退戦じゃ。まだ戦力が残っている時点で呉まで撤退する。民も同胞もまとめてな」
「…了解した」
ーーーー
「ほんまキツイわ。うちの艦載機の半分も居らへん…」
「どうしましょう?」
「自分はどうなん?」
「もう僅かな直奄機だけです…」
建物の物陰影に隠れながら戦況を見つめる龍驤と雲龍はボロボロになりながらも指揮官たちがいる建物は死守していたのだが敵の新型空母、深海鶴棲姫たちの部隊に圧されついに司令部まで退いてきたのだ。
「北上、無事かいな」
「お陰さまでね」
「北上さぁぁぁぁん!」
両腕を吹き飛ばされ血まみれの包帯を巻いている北上は大井に背負われながら返事をする。深海鶴棲姫にやられたあと、すぐにカバーに龍驤と雲龍が入らなければどうなっていたか。
「相変わらずですね。大井さんは」
「ほんまやで。やからこそ安心するわ」
《……………》
「なんや、通信?」
司令部まで僅かな距離だから鮮明に届いた通信。その内容にこの場にいた者たち全員が驚愕する。
「龍驤さん、先程の通信はなんと言っていたのですか?」
「榛名か…」
榛名は朧たちを連れてこちらに来ると通信内容について聞いてくる。そちらはあまり感度がよろしくなかったようだ。
「佐世保鎮守府を放棄。負傷兵、民間人を見捨てることなく九州を離脱せよと…」
「え?」
撤退、基地を放棄。その言葉に思わず榛名は言葉を失う。それは戦場にいた艦娘たちも同じ思いだった。
「なるほど、最終フェーズが実行されるのか…」
「瑞鶴さん?」
「瑞鳳、私は殿を勤める。貴方は撤退する部隊の指揮を…」
「瑞鶴さん!」
艦載機も残り少ないが殿を今勤められるのは瑞鶴しかいない。
「大丈夫よ、囮にはなれてるから。七面鳥の名は伊達じゃないわ!」
「……」
今にも泣きそうな顔の瑞鳳に瑞鶴は優しく頭を撫でてやる。瑞鳳は彼女の弟子のようなものだった。
「行きなさい」
「はい!」
瑞鶴の言葉に走って撤退する瑞鳳。その背中を見送りながら目の前に現れた深海鶴棲姫と対峙する。
「ヒトリハ、サミシィダロ。サミシイダロ!」
「ここは通さないわよ。私の誇りに掛けて!」
ーー
「佐世保が!」
「行くわよ!」
やっとの思いでたどり着いた叢雲たち。その視界に広がるのは黒煙を上げる佐世保の姿。
「主砲斉射!」
大和の砲撃が敵艦隊に穴を開けるとそこから全員が突撃する。加賀とグラーフの攻撃隊が敵機を後ろから襲いかかる。
「瑞鶴は!」
「いた!」
全員の視線の先、瑞鶴と深海鶴棲姫が互いに身を削りながら殴りあっていた。
「ちょっと邪魔!」
叢雲は槍を投擲し鶴棲姫の両腕を貫く。
「アァァァァァァ!」
「沈みなさい!」
大和の主砲か火を吹き鶴棲姫が絶命する筈だった。その射線に空母水鬼が割り込み身を呈して守った。
「なに!?」
「アァァ!」
鶴棲姫はすかさず反撃、3連装砲を大和に撃ち避けきれなかった彼女の一番砲塔が吹き飛んだ。
「大和さん!」
背後に控えていた扶桑は全砲撃ち放つと鶴棲姫も水鬼も海の中に沈んでいく。一旦、体制を立て直すつもりだろう。
「無事?」
「なんとか…」
加賀は駆け寄り右腕を失った瑞鶴に肩を貸す。よく見渡せば瑞鶴以外の艦娘たちがいない。
「瑞鶴、早速悪いけどどういう状況?」
「叢雲さん。鹿屋が墜ちて最終フェーズが発動したんです。提督は佐世保の放棄を宣言、九州の人々を守りながら本州に撤退中です」
「間に合わなかったのか…」
「…鶴……瑞鶴さん。青葉です、呉の攻撃隊が爆撃を開始します。動けないのであれば青の狼煙を上げてください。我々は今から赤で爆撃指定を行います!」
瑞鶴の無線で青葉が必死に叫ぶが瑞鶴も返事が出来ないほど疲弊している。
「ビスマルク、煙幕を」
「分かったわ」
煙幕を準備するビスマルクを横目に少しだけ気絶していた瑞鶴が目を覚ます。
「E23に一通りの弾薬と燃料が…緊急用に隠してある…」
「分かったわ。ありがとう瑞鶴」
E23はここからそんなに遠くない。終結ポイントに向かうにも遠回りにはならないだろう。指示を出そうと周囲を見渡す叢雲、すると視界の中に赤い煙が入ってくる。
「ビスマルク、誰が赤を炊けと言ったの?」
「赤じゃなかったかしら?」
呉の攻撃隊は赤の煙幕を目印にして攻撃してくる。湾内を見れば所々から赤い煙幕が張られているのを見たらすぐに分かるだろう。
「Wahnsinn !」
「Entschuldigung!」
グラーフぶちギレ。思わず母国語が炸裂した彼女にビスマルクもその気迫に圧されドイツ語で謝る。
「とにかく走るわよ!」
そんなことをしている場合ではない。叢雲の言葉に全員が全力で港を走る。このままでは味方に丸焼きにされてしまう。全員が必死の形相で走り続ける。
ーー
大鳳を主力とする攻撃機たちは佐世保を視界に捉えると行動を開始。赤色の煙が炊かれたポイントに機体を降下させる。
妖精さんたちは目を会わせると一気に降下、機体を唸らせながら深海艦隊に向けて突撃、爆弾を次々と落としていく。
「……っ!」
空母を中心に次々と爆弾が命中し、ヲ級などが悲鳴を上げながら撃破されていく。
「嘘でしょ!」
叢雲たちのところにも着弾。曙が吹き飛ばされるが那智が見事にキャッチ。そのまま抱えて逃げる。
大成果を叩き出した呉の攻撃隊は満足げに頷くとそのまま帰投コースに戻る。帰ったらすぐに補給を行い撤退する部隊の援護にまわらなければならない。彼女らも休みはなかった。
そんな妖精たちは帰投時、巨大な輸送機を目撃する。大本営直属の専用機を確認した妖精たちは敬礼をしながらそのまますれ違うのだった。
ーー
「提督!」
「叢雲、生きとったか!」
弾薬を補給した彼女たちは無事に千代音たちと合流。元帥に敬礼しながら駆け寄る。
「これから作戦をつたえる!」
木曾や瑞鳳、榛名たちの日本海部隊。無事な艦娘のほとんどをこの部隊にまわす。民間人を保護しつつそれを護衛しながら舞鶴より急行中の武蔵艦隊と合流しそのまま舞鶴までいくルート。
叢雲たちを主力とする部隊。熟練部隊+鹿屋、岩川部隊は少数だが同等の戦力を誇るだろう。ルートは太平洋側を、九州を横断する。佐賀県の緑川を登り陸路、宮崎県の五ヶ瀬川を下って四国方面にでて呉まで向かう。
そこには千代音提督、元帥が参加する。そのまま深海棲艦対策本部が呉に移されることになる。つまり九州奪還の主要拠点となるのだ。
「呉の攻撃隊の他にも付近の基地から攻撃隊が向かっておる。先ほどの攻撃で敵艦隊にも損害が出た。出るなら今しかない」
「君に任せるよ」
元帥は口を出す事はしない千代音に任せるようだ。だが千代音たちが脱出するには敵の数は多い。熟練艦と言えども無傷で守りきれる確証は得られなかった。
ーー
「佐世保上空にたどり着きました。呉の部隊のおかげでこっちへの敵はありませんね」
「ありがとうございます。これより元帥を安全圏までの救出作戦を敢行します」
大本営。元帥直属部隊、旗艦鳳翔。大本営地下で稲嶺と別れた後。知らせを聞いてすぐに飛行機を取り寄せ駆けつけたのだ。
「佐世保艦隊も健在のようです。流石は千代音提督、並みの指揮官では同じ艦娘でも全滅していたでしょう」
「優秀な提督は大好きネー!でも元帥ほどじゃないネー!」
赤城、金剛はいつも通りといった感じで戦況を見つめる。
「いい感じ、まだ降りないの?」
「この瞬間を待っていた。早く降ろせ、体がムズムズする」
村雨、若葉も通常運転。大本営直属は戦場に出られる機会が他と比べ少ない。久々の洗浄に震えているようだった。
「落ち着きなさい。どちらにせよ、やることは変わりはないわ。完膚なきまで敵を叩き潰し元帥を救出する。それだけよ」
「相変わらずですね。貴方は…」
「いえ…」
鳳翔は相変わらずの彼女に笑みを溢す。副旗艦である彼女はなにも変わらないただ冷徹なキリングマシーンとして戦場を駆けるのみだ。
「では皆さん。出撃しましょう」
「「「「「了解」」」」」
ーーーー
「あれって…天龍たちがやった」
「高高度からのエアボーン。流石は元帥直属、やってのけるとはね」
上空を見つめていた叢雲は輸送機から降下してくる6人の艦娘。その影を見つめる。空母2、戦艦2、おそらく駆逐が2。その影がみるみる近づいてくる。
「元帥、お迎えに上がりました」
「鳳翔。相変わらずの君は早いな」
「いえ、それが私が成すべきと思ったことですので」
先に降りてきたのは鳳翔、続いて金剛、赤城、村雨、若葉の順で降下してきた。すでに鳳翔と赤城は艦載機を展開させ付近の敵を掃討している。
目につく深海棲艦たちも金剛たちによって次々とやられていく。
《敵を逃がすな。離島様の命令を…!》
深海鶴棲姫が撤退したために前線の指揮を執っていた護衛棲水姫だったが大口径砲の餌食となり体が吹き飛ばされた。
「深海棲艦は殲滅します…」
「あれが、元帥直属の隠し玉」
大口径二連装砲を左右に2基ずつ配備し背中に最後の1基が装備されていた。時雨を連想させる最後の二連装砲は両肩から砲身が覗いている。
元帥直属の超弩級戦艦が佐世保の地に姿を現した瞬間だった。