「貴様、泊地を捨て駒にしたな!」
《結果的にそうなっただけよ。彼女にその実力があれば死なずに済んだわ》
「貴様…」
怒り心頭といった感じのヲ級を優雅に眺める離島は佐世保鎮守府の提督の椅子に座っていた。
《貴方は確かに素晴らしい個体だけど所詮は武人の域を出ないわ。私のように指揮すべき存在に管理されるべきなのよ》
「……」
堪忍袋の緒が切れる寸前のヲ級は怒りすぎ紫色のオーラが全開になる。顔にヒビが入るとそのガワが一部剥がれ落ちる。
《ヲ級さま、それ以上はいけません!》
側に控えていたネ級が慌ててヲ級を止めに入る。
「こいつを殺したら全てが解決すると思うのだけれど」
《サラトガ!》
《なら、私は貴方を殺せばいいのね…》
甲板偽装砲を離島に向けるサラトガだったが背後から三連装を向けられる。背後に控えていたのは深海鶴棲姫赤い目がサラトガを睨み付けると彼女も睨み返す。
「私に砲を向ける意味は分かってる?」
《勝てるつもりか?空母崩れ…》
「……っち」
忌々しそうに砲を下ろすサラトガは舌打ちをしながら下がる。当然だが勝てないと踏んで砲を下げた訳じゃない。ヲ級と目が合ったからだ。
「いくぞ…」
「はい」
ヲ級と共にその場を去るサラトガ。
《次の作戦は始まってる。すぐに出撃しなさい》
「あぁ…」
離島の声を聞くと部屋から退出する。
《ヲ級さま。こちらになります》
「すまないな」
ネ級から差し出されたのは泊地の遺品。ショットガンのような形状に変化した彼女のライフルをヲ級が受けとる。
「よし、呉に向かうぞ」
深海棲艦たちの次の狙い、それは呉鎮守府であった。
ーーーー
「ちっ、九州の艦隊が動き出したぞ」
「このコースって…」
警戒をしていたグラーフとレーベは九州艦隊の動きを察知していた。このコースは明らかに呉鎮守府を狙った動きだ。
「動きおったか…」
司令部にいた千代音は警報を鳴らす。その警報は呉鎮守府全体に緊張を与えると共に各艦が戦闘体制に入る。
「基地航空隊にエンジンを暖めさせておけ!」
「岩川第二、三、四艦隊が出撃した模様」
「我々も向かう!」
「えぇ、お世話になりました」
那智たちは自分達の基地を守るために呉から出撃する。
「さて、状況が動いた。君はどうする?」
「提督、無理しなくていいわ。辛いなら断りなさい」
「ありがとう山城」
元帥の提案。稲嶺をよく知る山城は止めに入るが彼は静かに首を横に降る。
「感傷に浸るのも疲れた。アイツも望んでないだろうしな」
「……提督」
「……」
伊勢と山城が黙り混む中、稲嶺は懐から出来たのはなんの変哲もない指輪。そして腰に吊るしていた刀を一緒に来ていた明石に渡す。
「明石、頼む」
「…分かりました!」
ーーーー
400/100/600/30とメーターに刻まれた建造装置。まさか、こんな心境でここに立つとは思わなかった。
「データによれば遺品も一緒に投入するらしいです。しかし、入れたら最後、二度と戻ってはきません」
「この五年間。伊勢型は一度も建造されなかった。何度も戦艦でまわしたのに。今さら引き揚げるなんて想像できない」
青波提督はずっと伊勢の為に日向を引き当てようと奮戦してきただが彼は04:30:00という数字を引き当てることは無かったのだ。
「強い念の籠った遺品に日向が闘った呉での建造。姉妹艦である伊勢の存在、そして彼女の轟沈時と似た状況。これだけ揃っても確証は得られません」
元大本営艦だった明石でも再建造は経験がない。自分と妖精たちに全てが掛かっていると思うと冷や汗が止まらない。それは妖精さんたちも同じようだった。
この妖精たちは呉が出来てからの古参組。当然ながら稲嶺と日向の事も知っていた。
「元帥、岩川艦隊と敵の前衛が戦闘を開始。急行していた那智から報告。敵の大規模艦隊を認む、我が艦隊では撃滅は困難とのことです」
「一時間もすれば横須賀の主力艦隊が到着する。それまで持ちこたえろと伝えるのだ」
「はっ!」
敵が呉に侵攻するのは時間の問題だ。
「元帥、私と加賀は一度。大本営に戻ります、例の件は…」
「あぁ、頼む」
「金剛、あとは頼みましたよ」
「oh、yes!任せるネー!」
鳳翔たちはそう元帥に告げるとそのまま引き下がる。
「提督、やるなら早くやる方がいい。向こうにはたぶん、あのヲ級がいる」
「残念ながら那智たちでは止められないでありますなぁ」
「では私たちも迎撃に出ましょう」
「そうだな、山城。お前は残れ」
「でも天龍…」
「いいんだよ。飛龍、お前は来い。お前の力を見せてもらうぞ」
「了解しました」
不知火の提案に同意した天龍は体をほぐしながら艤装を着ける。
「私たちは出なくていいのかい?」
「私たちは殿ネ。また海中から来られたら厄介だからネ!」
状況は切迫している。これ以上の侵攻は許すわけにはいかない。ここが本当の最終防衛ラインであった。
「じゃあ、始めようか」
稲嶺は建造開始のスイッチを押す。それと同時に妖精たちが装置の中に入っていく。その場にいた全員が建造時間のメーターを注視する。
「……」
04:30:00
「よっし!」
「そんな、バカな…」
その数字を見た青波は驚愕し伊勢は喜びに震える。
「バーナーは使えるかね?」
元帥の質問に装置から出てきた妖精は顔を横に振る。まだ母体である伊勢型を見つけただけだ。彼女自身はまだ引き当てていない。このままバーナーを使えば新たな伊勢型が産まれるだけだ。
「まだ、日向と確定した訳じゃない」
「そうね」
「とにかく、一段落だ。青波くん、司令部に行こう。そろそろ千代音くんがキレてきそうだ」
「は、はい!」
元帥は青波を連れて司令部に戻る。それを見送った稲嶺は工廠に備え付けられていた椅子に座ると静かに建造装置を見つめる。
「本当に提督は日向のことばかりなんですね」
「貴方の提督ではないでしょ…」
稲嶺を挟むようにして座る伊勢と山城。二人は彼越しに睨み合う。
「どうせ四時間もあるですから。思い出話でもしましょうよ」
「そうですね。それは興味があります」
伊勢と山城の言葉に稲嶺はあまり過去の話はしてこなかった気づきは過去の事を思い出す。
「俺は呉の設立と共に任命された提督でな、日向は最初の艦だった」
現在では新米提督たちのために初期艦制度が導入されているが当時はそんなものはなく。広い呉鎮守府は最初、妖精たちと稲嶺しか居なかった。
あの時はあまりにも寂しすぎて拍子抜けしたものだ。