「あなたが提督?ふうん、いいけど。伊勢型戦艦2番艦、日向よ。一応覚えておいて」
何もない空っぽの呉鎮守府。建造で初めて出会ったのは日向であった。
「俺がこの呉鎮守府提督の稲嶺だ。よろしく頼む」
「そうか、ここは呉か」
「随分と因果な所に来たな」
「全くだ…」
日向は一言で言えばクール。そしてその頃の彼女は実にドライな女性であった。
呉鎮守府が設立されたのは他の主要な基地や鎮守府のなかでも一番最後。深海棲艦たちが出現しから五年後の事だった。
「そのお陰で最新の設備が整えられているんだがな」
「だが人がいなければどうにもならんな」
「おっしゃる通りです…」
「しかし提督も運が悪い。最初がこのような大飯食らいの戦艦だとはな」
日向の言う通り最初の1艦目はほとんど駆逐艦だ。駆逐艦たちの方が運用がしやすいという面がある。確かに火力や航空戦力を持てないがまずは地盤固めを行うためには駆逐艦たちがほどよいのだ。
「いや、これでいいんだよ」
「ほぉ」
「本当は扶桑か山城を狙ってたんだけどな…」
「正直なのは良いことだがそれを私の前で言うのは感心せんな」
案の定、日向に小突かれました。あの二人は姉妹のような存在ではあるが外れた結果が自分でしたと言われて気にしないほど日向の器量は大きくなかった。
これが日向との最初の出会い。
「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」
「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」
「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!」
「千歳です。日本では初めての水上機母艦なのよ。よろしくね!」
「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度があがれば、正規空母並の活躍をおみせできます。」
それからはあっという間だった。建造や出現、遠征などで多くの仲間が増えていった。当時は日本近海すら深海棲艦たちの支配領域と化していた時代。旗艦日向と共に稲嶺は近海を奪還し次々と戦果をあげていった。
「そういえば提督は最近。建造をしないのだな」
「まぁな、今の艦隊の維持で手一杯いだったし。戦力としては充分だからね」
呉鎮守府も随分と賑やかになり艦娘たちの声が窓の外から聞こえる。だが呉の戦艦は日向一人だけであった。
「そろそろ戦艦レシピを回してみたらどうだ?」
「日向だけで充分じゃない?」
「馬鹿者。大規模作戦までに戦力の拡充は必要だ。とっととまわせ…」
日向はそう言うと稲嶺の襟首を掴んで建造装置まで引きずっていく。
「また提督が引きずられているのです」
「私も一人前のレディとして力をつけなきゃ!」
「それはちがうと思うのです…」
鎮守府の最高権力者である稲嶺が引きずられているのは日常茶飯事。着任したての艦娘たち以外はもう慣れっこだった。
「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。妹の山城ともども、よろしくお願いいたします。」
「扶桑型戦艦姉妹、妹のほう、山城です。あの、扶桑姉さま、見ませんでした?」
「ほう、提督の戦艦運は絶大だな…」
「両方同時に来るなんて…」
よく知り合いの提督からはやれ扶桑が来なくて山城が精神不安定などと愚痴を聞かせてもらったがまさか同時に来るなんて思ってもなかった。
「この鎮守府の旗艦を勤めている日向だ…」
「「日向!ってその声はまさか!」」
「山城!」
「扶桑姉さま!」
ガシッ!
しっかりと抱き合う二人。稲嶺がちょっと感動している横で日向は興味がなさそうにいつの間にか取り出した煙管をふかしていた。
ーーーー
稲嶺が呉の提督として活動していたのは10年間。その間、日向はずっと彼の秘書官であり続けた。
「うむ、やはり出撃後の酒は上手い」
「相変わらずだな」
一升瓶を空けていた日向は相手をしていた稲嶺の前で気分よく酒を飲む。
「そうだ、稲嶺」
「なに?」
TPOは弁える日向だが二人っきりの時は名前を呼びそれを稲嶺も了承していた。
「この瑞雲はどうだ。このハリ、ツヤ、テリ全てにおいて完成されている。まさしく特別な瑞雲と呼ぶのに相応しい」
「それをくれるのか?」
余所の基地では仲良くなった日向から特別な瑞雲をくれたと聞いたことがあるが。
「何故だ?やるわけがないだろう、自慢しているだけだ」
「でしょうね」
「うむ、その代わりにこれをやろう」
「バカ、それはお前がいるだろうが」
「ちょうど新しいのを伊勢と打つ予定だったのだ」
日向がくれたのはいつも戦場で使ってきた刀。彼女の相棒でありこれで何千、何万という深海棲艦たちを血祭りに上げてきた。
「遠慮するな、これは私の気持ちだ。私の魂はお前の物だからな」
「それってプロポーズ?」
「短絡的な男は嫌いだな」
「すいませんね」
お互いに笑みを浮かべながら酒を飲む。すると稲嶺も懐から小さな箱を取り出す。
「じゃあ、俺からも受け取ってもらえるか?」
「ん?」
「指輪か。しかし私はすでに100を越えてしまっているが」
当時の日向は既に100オーバーの高練度艦。当時、戦艦の最強として名を馳せていた。故に日向にはケッコンカッコカリは必要のない儀式であった。
「これは俺の信頼の証さ。文字通り、最初から付き添ってくれた君にね」
「…そうか。なら貰っておこう」
日向は相違って左手を差し出す。だが稲嶺は日向はの右手を持って中指に指輪をはめる。
「稲嶺…」
「右手の中指に指環をはめると邪気を払ってくれるらしい。そっちは本物をはめて欲しいからな…」
「全く、色気も何もない。鳳翔の個室で指輪を渡されるとはな…本物はお前の給料9年分だな」
「普通は3年分だろ」
「私は戦艦だぞ、しかも航空戦艦だ。これが常識だ、瑞雲も言っている」
「いや、通訳が日向しか居ない時点で瑞雲はアンケート外だから」
「まぁ、そうなるな」
気分よく酒を飲む日向とそれを見つめ笑みを浮かべる稲嶺。この時点で二人にとって互いは上司と部下であり、戦友であり、誰よりも背中を預けられる相棒であった。
ーーーー
五年前の深海棲艦の大侵攻にて戦死した同期の鹿屋提督と稲嶺は一度話したことがあった。
「なぜ大切な女に指輪を渡し、戦場に出す。なによりも大切な女を…」
「分かってるさ、でも少なくとも今の日向の生き方はこうなんだよ。死んでほしくない、戦場に出て欲しくないでも日向は戦場で生きてる。なら、彼女が死なないために死んでほしくないから指輪を渡したんだよ」
その言葉は彼女か死んだ後。彼の心に深く突き刺さった。彼の言う通り、あの時、送り出さなければと。己の慢心が彼女を殺したのだ。
ーー
「こうして日向は俺を残して逝ってしまったんだよ」
「……」
「……」
その話を聞いていた伊勢も山城も黙り込む。彼の考えを否定したい気持ちはあった。日向はそんなこと思ってないと、だがその言葉を発せるのは日向のみであった。
稲嶺も知らない物語
「はぁ…まさかここまでとはな…すまない」
「気にしないでください。山城は私が居なくても立派に生きていけますから」
沈んでいく扶桑の手を握りしめる日向は一瞬だけ悲しそうな顔をするがすぐにいつもの表情にもどる。
「仇はとる…」
「えぇ、信じています。日向」
そう言うと海底に沈んでいく扶桑。それを見送ると日向は刀を手にし構える。全主砲全損、機関大破、残る体力も残り僅かそれでも彼女は立つ。目の前の仲間の仇を取るために。
「まさか、これほどの豪傑と出会えるとはな」
「まさか、しゃべれる深海棲艦がいるとはな」
真っ白な衣装を身に纏った空母は自分の愛刀を構えながら日向に歩み寄る。対して日向も刀を脇構えで構える。
「扶桑たちの仇を討たせてもらう」
「認めよう日向。お前は最高の好敵手だ!」