提督とはぐれ艦娘たちの日常   作:砂岩改(やや復活)

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人類を憎む者

 

「長門!」

 

「長門さん!?」

 

「…すまんな。プリンツ」

 

 武人として有名な長門の弱々しい声。だがそれは一瞬のこと、プリンツは彼女に殴り飛ばされ機材を破壊しながら地面を転がる。

 

「何故です。貴方はなぜそれほどまでに人類を護るのですか!同じ天空の業火で焼かれた貴方が!」

 

「私がビックセブンだからだ」

 

「分かりませんね。私はビックセブンではありませんから」

 

 相変わらず分かり合えないと判断したプリンツは砲を長門に向ける。対して長門はインファイトの体勢を取る。

 

「長門…」

 

「すまない、伊勢秘書艦。これは私たちの問題だ」

 

 砲を撃とうとしたプリンツをタックルで吹き飛ばし工廠の外に出す。中で暴れられてはどんな被害になったか分かったものではない。

 

「貴方とは戦いたくなかったですよ!」

 

「私もだ、同じ最期を迎えたもの同士。このような形で戦いたくはなかった!」

 

 体勢を立て直したプリンツは中距離戦闘に移行。接近戦では長門に対して勝ち目がないと判断した結果だ。

 

「別に私たちは人類が憎いだけです!どうせ棄てられる、この戦いが終われば前の用に実験用のモルモットとして棄てられるのがオチなんですよ!」

 

「かもしれないな」

 

 プリンツ・オイゲンは重巡洋艦だが砲火力については長門に対しても有効な物を持っている。

 

「私もあの苦しみは二度と忘れないだろう」

 

「ならなぜ!?」

 

「だがそれ以上に私は日本の民の顔を忘れたことはないんだよ」

 

「っ!?」

 

 日本の戦艦と言えば大和というイメージが強い現代。だがそれは違う戦時中、最も民と親しみを持って接した戦艦は長門だ。

 

《陸奥と長門は日本の誇り》当時のカルタ、むの札にはこう記してあった。それだけ当時の長門、陸奥は日本国民に愛され、親しまれていたのだ。

 

 地獄の業火で身を焼かれようと長門は忘れない。関東に駆けつけた際の民の顔を。甲板に流れた玉音放送、乗員たちの顔を彼女は忘れない。

 

「時代は大きく流れ、私の名を知らぬ者も少なくない。だが私はあの目を裏切れない。日本の誇りとして民の希望として立てるのなら私はそれを選ぶ。前より悲惨な結末を迎えようとだ」

 

「……なら殺しますね。本気で」

 

「来い、プリンツ・オイゲン」

 

「日本の誇り、戦艦長門。私はあなたに敬意を持って殺します!」

 

 プリンツ・オイゲンと長門がぶつかる。

 

「なんとかなったわね」

 

「あぁ」

 

 プシュー!

 

 その瞬間、工廠の建造システムから蒸気が溢れる。

 

「何事だ!?」

 

 中から大勢の妖精たちが出てくる。稲嶺は一人の妖精を捕まえて聞く。その妖精もよく分かってないようで首を横に振る。

 

「突然こうなったらしいわ」

 

 妖精から話を聞いた山城は慌てながら報告する。沸き出る蒸気で火傷しそうになるが稲嶺は構わずに建造システムに近寄る。いつの間にか時間のメーターが0になっていた。つまり建造は終了している。

 

「日向ぁ!」

 

「提督!?」

 

「離せ伊勢!!」

 

 止めに入る伊勢を押し退けて建造装置のハッチレバーを握る。熱々に熱せられたレバーで手の皮が剥けるが気にしない。

 ハッチと壁が熱でくっついてしまいハッチを開くことが出来ない。

 

「くそがっ!」

 

「あなた一人では無理よ」

 

「手伝います!」

 

 伊勢と山城も手伝いハッチを開けようとするがびくともしない。

 

「固すぎでしょ!」

 

 三人が顔を真っ赤にしながら引っ張っていると突然、すっぽ抜ける。レバーが抜けたのだと思えば違う。頑丈なハッチが真っ二つに切断されたのだ。

 

「嘘でしょ。大和の装甲より堅牢なのよ!?」

 

 驚きながら床を転ぶ伊勢と山城。肝心の稲嶺は転ばずに何者かに抱き抱えられていた。

 

「うむ、流石に伊勢か山城に手を出しているかと思えば。お前は相変わらず固い性格だな」

 

「日向…」

 

「遅くなったな、稲嶺」

 

「遅いんだよ」

 

 お姫様だっこをされている稲嶺だが本人は全く気にしていない。それより感動の方が勝っているのだ。

 

「全く、せっかく。北上から教わったポーズで待機していたのに中々開けないからこじ開けてしまった。ツケは稲嶺に回してくれ」

 

「相変わらずだなおい!」

 

「すまん」

 

「すまん…って!お前が間違ってガントリークレーンを真っ二つにしたときだって大吟醸《栄光瑞雲》を片手にすまんっで済ませやがって。大本営に俺がどんな顔されたか知ってんのか!?」

 

「私のとっておきの瑞雲を渡したのだぞ」

 

「俺がツマミを用意している間に全部、空けたじゃねぇか!」

 

「お前が遅いからだ」

 

「詫び酒をなに飲み干してんだよ!」

 

「うーむ…悪かった」

 

「ほら、そうやって。口だけで終わらせようとする!顔みたら分かるんだよ!」

 

 いきなり勃発する夫婦漫才に開いた口が塞がらない伊勢と山城。それと同時に目の前に現れた日向があの日向本人であると確信する。

 

「全く、勝てないわね…」

 

「えぇ、本当に日向には勝てないわ」

 

 あれほど楽しそうにする稲嶺を見て誰が文句を言えよう。誰も言えない、彼は心から日向を愛してしまったのだ。そんな彼に惚れてしまった二人は全く、損な役回りだ。

 

 でもそれでいい、それこそが自分達の喜びなのだから。

 

ーー

 

「降ろすぞ」

 

「日向、やはり。怪我もそのままか」

 

「バケツを持ってきます!」

 

「頼む、明石」

 

 立ち込める蒸気で分からなかったが日向の体も艤装もボロボロだ。おそらく、轟沈状態のまま建造されたのだろう。

 

「あそこで戦っている長門とドイツ艦といい。戦場だなしかもかなり規模の大きな」

 

「そうだ、すでに九州は落ちた。ここは呉だ」

 

「なるほど、お前の鎮守府か」

 

「いや、ここの指揮官は俺じゃない」

 

「なに、状況を話してくれ。全てを」

 

「分かってる」

 

 既に日向は瀕死状態。そんな彼女を落ち着かせるために稲嶺は彼女を支えるのだった。

 

ーーーー

 

「天龍!」

 

「お前ら!?」

 

「来てあげたわ」

 

「これは頼もしい援軍でありますな」

 

 その頃、前線では天龍の元に叢雲と暁が到着。あきつ丸は暁の指示でヲ級の部下の元に向かう。対ヲ級戦線にこの二人が加わることで形勢が逆転する。

 

「おのれ!」

 

「逃がさないわよ」

 

 暁の錨の鎖がヲ級の右手を拘束すると同時に叢雲が速力をつけて槍を構え刺し貫く。頭部の帽子に直撃した槍だったが帽子から生えている触手で槍を固定。叢雲を蹴り飛ばす。

 

「天龍!」

 

「分かってる!」

 

 吹き飛んだ叢雲を目隠しに両目を解放した天龍の槍がヲ級の腹に突き刺さる。

 

「よし!」

 

「よくやったわ天龍!」

 

「逃げろ!」

 

 傍に居た叢雲の襟首をつかんで投げ飛ばす天龍。手応えがおかしかった。まるで分厚い装甲に阻まれているような固い感触。天龍の様子で察した暁もヲ級の顔めがけて砲撃を行う。

 

 その時、叢雲は真っ赤な血が空中を彩るのを見た。遠い昔に見た光景、二度と見ないと決めたのに…。

 

「ぐっ!」

 

「天龍!」

 

 天龍の左腕がボトリと落ちる。ヲ級が手にしていたのは天龍の剣でもなく奴自身の黒刀でもない。しっかりとした作りの刀、真っ黒な刀身に対して金の鍔がよく栄える。

 

「素晴らしい、お前たちの力を称えよう!」

 

 暁から砲撃を受けた顔の表面が剥がれ落ちていく。剥がれた後に現れた素顔に三人は愕然とする。

 

「てめぇ…」

 

「なるほど、そういうことね」

 

「強いわけか…」

 

 マントも全て、何もかも剥がれ落ちると中で押し潰されていた衣服が解放され風にたなびく。艤装らしきものが海中から現れヲ級にドッキングする。

 

 真っ白な髪はおかっぱに似たショートヘア。左手には飛行甲板に酷似した盾に右手には立派な刀。服はどちらかと言えば扶桑に酷似している。腰の両脇には一門ずつ連装砲が配置されている。

 

「てめぇが日向を殺したのか…」

 

「あぁ、あれほどの強者は知らない…だがお前たちもそれに匹敵する強さだ!」

 

 全身を紫色の纏ったヲ級の顔は日向その者だった。紫色の瞳で静かにこちらを見つめるヲ級、いや後の深海刀棲姫の姿であった。

 

「さぁ、存分に殺し会おう…」

 


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