提督とはぐれ艦娘たちの日常   作:砂岩改(やや復活)

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琵琶基地の日常

 

 誰にだって気にくわない人物がいる。それはだいたい特に理由がなかったりする場合が多い。様々な理由や状況によって簡単に関係は悪化して長期化するものだ。

 

「くそっ、あの色黒クソ○○チが。今度会ったら叩き切ってやるであります。いてて…」 

 

「落ち着けよ。飯が不味くなるだろうが」

 

「摩耶殿が止めなかったら殺せたのに、残念であります」 

 

 右の頬にアザを作ったあきつ丸は機嫌が悪くカツ丼を頬張り、その向かい側に座っていた摩耶も呆れた様子でそばを啜っていた。

 

 あきつ丸は元舞鶴鎮守府所属でそこにいる武蔵と滅茶苦茶仲が悪い、それが原因でここに飛ばされたようなもので関係はさらに悪化している。

 なぜこの二人が舞鶴にいるのか、それは二人が琵琶基地から物資を送り、そして舞鶴からの物資を受けとるためだった。

 

「いい加減しにろよ。出会って一秒も経たずに互いに顔面殴り合いやがって。行動に移すの早いんだよ」 

 

 途中まで順調だったのだ。そこにたまたま武蔵が通りがかってしまったのが不幸だった。舞鶴で受けとり手続きをしていた大淀と叢雲がヤバッというような顔をしたが既に時遅し、互いに一発ずつかましたのだ。

 

 馬力の差であきつ丸が壁に埋まるのは分かる。だが武蔵も眼鏡が砕け散り、殴られた勢いで地面に埋まるのを見させられるとは思わなかった。

 不知火曰く、いつもの事だそうだ。壁の修繕費請求書が届いて天龍にあきつ丸が床に沈められるのまで鮮明に予想できる。

 なら担当から外せば良いのだが舞鶴出身のあきつ丸はなかなかこっちでのやり方を心得ているので外せないのだ。

 

「お前、どんだけ強いんだよ」

 

「強い?笑わせないで欲しいであります。向こうがこの程度の敵にやられるようなあまちゃんだっただけであります」

 

(んなわけねぇだろ)

 

 この世に長門、陸奥、武蔵、大和は一隻ずつしか存在しない。3年前に建造されて以降、原因は不明だが建造が出来ていない。故にこの4隻は各鎮守府に一隻ずつ配備され主力として配備されている。

 

 呉の長門、横須賀の陸奥、舞鶴の武蔵、佐世保の大和。この四大巨塔によって日本は支えられているのだ。

 

「てか、蕎麦屋でカツ丼を食うなよ」

 

「分かってないでありますな。蕎麦屋といえばカツ丼。うなぎ屋といえば天丼でありますよ」

 

「いや、普通に食えよ」

 

「常識に捕らわれないのが私であります。蕎麦を食べるのは年末だけであります」

 

「捕らわれてんじゃねぇか!」

 

「おや、もしや摩耶殿はうどん派。残念ながら常識はそばであります」

 

「お前に常識を解かれたくねぇ、アタシは蕎麦だ!」

 

 相も変わらず弄ばれている摩耶と遊んでいるあきつ丸。人で賑わう蕎麦屋の端で話す二人はなんだかんだ楽しそうだった。

 

ーー

 

「2ペア」

 

「セット!」

 

「ストレート」

 

「悪いな、フラッシュだ」

 

「な、くそぉ!」

 

「今回はツいてるようだな」

 

 場所は変わり横須賀、大型トラックの横に置かれた木箱にはトランプが並べられ互いに手札を見せあっていた。いわゆるポーカーと言うものだ。

 大きな木箱の周りには小さな椅子が置かれそこには横須賀所属の隼鷹、千歳、ガングートと琵琶の天龍の四人が座っていた。

 

「またやってるの?懲りないわねぇ、何を賭けてるの?」

 

「あぁ、陸奥か。金じゃねぇよ、安心しな」

 

「くそぉ。私の三浦がぁ」

 

 隼鷹は涙ながらに横須賀の地酒を天龍に差し出す。それを笑いながら受けとる天龍。どうやら賭け金は互いの保有している物品だったらしい。よく見れば、ガングート側の机にはキャビアが数缶置かれているし千歳の足元には巨大なクーラーボックスが置かれている。

 

「やるな天龍、噂に聞いていたがこれ程とは」

 

「こういうのは度胸よ」

 

「まだまだ、最下位にならなきゃ負けじゃないわ」

 

 パイプを吹かしながらカードを手際よくきるガングートは目線を陸奥に向けると彼女はそれに気づき笑いかける。するとガングートはカードを5人分配り自身の手札を確認する。

 

「お、来るか」

 

「真打ち登場ってことね」

 

「この前、負けたから。借りは返したい主義なの」

 

 そういって天龍と千歳は陸奥を座らせるために場所を移動する。そして彼女が背後から取り出したのはシャンパーニュの《ドン ペリニヨン》正真正銘の高級ワインだ。

 

「「「おぉ~」」」

 

「よくそんなもんを手に入れたな」

 

「ちょっと融通して貰ったのよ。貴方は何を出してるの?」

 

 天龍側には何も置かれていないまさか賭け物無しでこれをやっている訳ではあるまい。

 

「教えてくれないのよ。まだお預けだって」

 

「そろそろいいだろ?」

 

「仕方ねぇな。陸奥にこんなもん出されちゃ仕方がねぇ」

 

 そして天龍がおもむろに出したのはシングルモルト・スコッチ《ロングモーン》、それを見た陸奥は目を鋭くしてその酒を見つめる。

 

「あら、私の大好物」

 

「分かってて出しただろ。わざわざドンペリまで出して来やがって」

 

「分かりやすかったかしら。私、秘書艦だから時間がないの。30分で方をつけるわ」

 

「やってみろ。身ぐるみまで剥いでやる」

 

「一人一回。文句なしだ」

 

 親であるガングートが手札を捨ててカードを引くのだった。

 

ーー

 

「おや、陸奥まで抱き込まれましたか」

 

「すいません。うちの天龍が」

 

「いえいえ、何事も息抜きは必要ですからね。彼女は息の抜き方が下手でしたからむしろ感謝しています」

 

 川内が持ち込んだ荷物の受け取りとこちらの物資の受け渡しの書類にサインをしていた丸眼鏡を掛けた人物。川崎省吾提督は糸のように細い目で窓の外で楽しそうにポーカーに興じている陸奥を見つめる。

 

「そちらの提督は元気ですか?」

 

「はい、お知り合いで?」

 

「まぁ、同期の悪友みたいなものでしたから」

 

 川内は口元をマフラーで隠して目だけをあらわにして川崎を見つめる。他の川内とは違い寡黙な彼女はまるで本物の忍者のように周囲をくまなく見つめていた。

 

「その様子ですと稲嶺くんの事を探っているのですね」

 

「……」

 

「大丈夫ですよ。彼は貴方方を無闇に使う人間ではありません、私が保証します。私が保証しても意味はありませんが」

 

「いえ…」

 

「そちらも大変でしょうが頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 川内は書類を受け取ると礼儀正しく執務室を後にする。

 

「稲嶺…」

 

 川崎はそう小さく呟くと眼鏡を掛け直すのだった。

 

ーー

 

「不知火に落ち度でも?」

 

「うーん。なんとも言えないなぁ」

 

 せっかくの魚を逃がしてしまった不知火はバツの悪そうな顔で背後にいる提督に視線を移す。釣りは魚との真剣勝負、根気が大切なのだ、不知火は見た目の割に短気な所があるため釣糸が切れてしまったのだ。

 

「お、提督さん。今日もやっとるね」

 

「ええ、大事な食料ですから」

 

「うちの知り合いが愛知で漁業やっとるで良かったらそっちにおくらせようか?」

 

「本当ですか?それはありがたいですね」

 

 昼ごろになると定年を過ぎた人たちが趣味で釣りをしに来る。手軽に使える桟橋となれば提督たちがいつも使っているものが最適、不思議と人が集まるのだ。

 

「不知火ちゃん。これ、孫がくれたお菓子。食べるかい?」

 

「ありがとうございます」

 

 見た目が未成年な不知火と夕立はおじさま、おばさま方に大人気。毎回、これでもかと言うぐらいにお菓子を貰う。

 九州の方が危機的状況と言っても距離こそ離れてしまえば対岸の火事、日本のほとんどは呑気なものだ。

 

「これは、夕立ちゃんの分よ」

 

「これはご丁寧に」

 

 今回、夕立と山城、明石はお留守番。もしもの時の電話係なのだ。軍と民間の軋轢は大きいのがよくある形だがこの場合は、あまり軍務を遂行していないと言うのもあってちょっとしたご近所の交番扱いされている。

 

「使わんくなったパソコンがあるやけど。使うかい?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ、明日もってくるわ」

 

 琵琶基地は運営に必要な最低限の資金しか降ろされていない。基地内の娯楽道具や備品などは地元からの貰い物がほとんどだ。

 

「今日は釣れんなぁ」

 

「そうですねぇ」

 

 持参した水筒を片手に水面を見つめる提督は大きなあくびをするのだった。

 

ーー

 

「うぅ…。留守番は暇っぽい!」

 

「だからってこっち来ないで!」

 

 武道場を改装して作られた工廠では各地の余り物から趣味で作っている発明品たちが積まれている。そんな場所に電話回線を繋げて遊びに来ている夕立は開発をしている明石の周りを右往左往していた。

 

「邪魔はしてないっぽい!」

 

「気が散る!」

 

 明石が現在、開発に着手しているのは艦娘の手持ち武装だ。艦娘の多くは両手に何も持っていない者が多い。それが特に顕著なのは戦艦タイプ、金剛型など背中に砲塔を持っているが両手は空いている。

 ならばそこに武装を追加すれば火力なりなんなりが練度以外で上がらせることが出来るかもしれない。それを研究しているのだ。

 

「つまんないっぽい!」

 

「とにかく私の集中をさまたげないでぇ!」

 

 明石の叫び声を私室と化している図書室で耳にした山城だったが気にせず読書を再開するのだった。

 

 

 


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