滋賀県、琵琶基地。辺境に位置するこの基地の執務室にて提督である。稲嶺は数少ない書類を書き上げ、取り寄せた資料に目を通していた。
「……」
時刻は深夜、真っ暗な執務室にはデスクライトのみが光を発し書類と彼の顔だけを照らす。
「よう、提督。遊びに来たぜ」
「天龍か…」
その部屋にやって来たのは天龍。彼女はシャンパン片手に登場し小さな円卓にグラスを置くとシャンパンを注ぐ。
「また勝ってきたのか?」
「おうよ、陸奥は度胸はいいが。まだ詰めが甘いんだよな」
「ほどほどにね」
二人分のグラスに陸奥から頂いたドンペリを注ぎ天龍は稲嶺に渡す。
「ありがとう」
「この仕事も3年やってて随分と慣れたぜ。海軍不要人材の島流し、海軍の孤島と言われているこの基地ともそれなりの付き合いになってきたな」
天龍とはそれなりに親しくやって来た。こう言うときはなにか話したいことがある時だ。
「提督、最近。変な感じになるんだよ」
「天龍?」
「左目が疼くんだよ。抉り取られた左目がな」
琵琶基地所属の天龍。通称《硝煙まみれの一匹狼》彼女の耳のようなレーダー装置の裏にはシリアルナンバーであるNo.1が刻まれているNo.1シリーズの生き残りである。
彼女、天龍シリーズが全員。左目に眼帯をしているのは彼女が正規生産開始前に左目を失ってしまったせいである。
「来るのかな…敵が?」
「あぁ…いいぜ、その目。やっぱりお前はただのボンクラじゃねえ」
「いや、私はボンクラさ。根暗で昼行灯な無能だよ」
「まぁいい…」
一線を退いているとはいえ歴戦の猛者。その眼光は鋭く光っていたのだった。
ーーーー
許さないー。
私は祖国のために、誇りある合衆国の軍艦としてその使命を全うした筈だ。私はその命を懸けて合衆国と共に戦い抜いた筈なのに…。
目を裂くような閃光。身を焦がすような業火に二度も曝された。なぜだ、なぜなのだ!
「目が覚めたか、サラトガ?」
「えぇ…」
真っ暗な空間。青い液体から浮上したサラトガは水槽の前で待っていたヲ級。頭の上に乗せている飛行甲板はボロボロで機能していないように見えるがその風格は他のヲ級を凌駕するものであった。
「何度みても虫酸が走る夢だわ…」
「また見たのか…」
肝心のサラトガは水槽から上がると自身の得物を持つ。亀裂の入った甲板、これでは艦載機は飛ばせないだろう。外見は改二の姿だが肌には赤い亀裂のような模様が浮き上がり、目は黄色く光り不気味さを醸し出している。
「艦娘であり我々でもある不安定な存在。そこまで自身の姿にこだわるか?」
「えぇ、この姿で復讐したいのよ」
「分かった。時間だ、我が同士よ」
「えぇ」
マントを翻して部屋を後にするヲ級の後に続くサラトガ。彼女は向かう先を睨み付けるのだった。
ーー
アメリカ、アラスカの深夜帯。組み上げをほぼ終え、テストを行っていたメガフロートにて警報が鳴り響く。常駐していた兵たちが武器を取り、現場に急行するとそこには阿鼻叫喚の世界が広がっていた。
「バカな、なぜこんなところに深海棲艦がいるんだ!」
「アラスカ基地に応援要請。艦娘を至急送ってもらえ!」
「地下のIowaを起こせ!」
「しかし、あれはまだ調整が」
「今使わないでいつ使うんだ!」
深海棲艦の無数の駆逐級とネ級などの人形棲艦相手に生身の兵士では対処は不可能だ。せめて駆逐級だけならばなんとかなったのだが、そんな思いとは裏腹に敵は湧いてくる。
「アラスカは一体なにを警戒していたんだ」
悪態をついていた隊長はその言葉を吐いた瞬間。一つの可能性を思い付く。
「おい、本部に連絡してレーダーの反応を調べさせろ」
「え、了解です」
「どのセンサーが深海棲艦の侵入を察知したんだ?」
「見張りの者が警報を押したんです。」「上陸済みの深海棲艦を見てか?」
「そのようです…あれ?」
このメガフロートにも簡易的だが動体センサー等の各種センサーが備え付けられている。それなのになぜ深海棲艦が発見されなかったのか。
「ダメです。本部に繋がりません、強力なジャミングが局地的に発生しています」
「光信号でもなんでもいい。ここの異常事態を本土に届かせろ!」
「りょ…」
「なっ!」
構築したバリケードごと、部下を貫いたのは黒い杖。これを持っているのは一種しかいない。深海棲艦正規空母、ヲ級。
「じゅ、重巡のみならず空母も…ここまでの侵入を許したのか…」
バリケードを破壊されもはや成す術がない隊長は目の前に現れた紫のオーラを纏ったヲ級を見つめる。今までのデータに該当しないクラスのヲ級を目にした隊長はその光景を最後に絶命するのだった。
結果、最後まで外部に悟られることなくメガフロートを制圧した深海棲艦たちはメガフロートと共に一晩で姿を消したのだった。
ーー
「圧倒的ね。こんなに簡単にこんなものを掠めとるなんて」
「何事も準備が大切だ。それ次第で全ての結果が決まる、うまく行かなかったら準備不足。それだけだ」
メガフロートの管制室の椅子に満足そうに座るヲ級は自力で航行するという普通ではあり得ない方法で動き、深海棲艦の勢力範囲へと直進する。
こちらは一切の被害なくアメリカの秘密兵器を奪い、現在は悠々と帰還している。サラトガにとっては少しだけ胸がすく気分だった。
「それに思わぬおまけも着いてきた。それはお前に任せる」
「えぇ」
《ヲ級さま。最終エンジン、取り付け終わりました。第二次加速を開始します》
「あぁ、ご苦労。ネ級」
通常のネ級よりやけに重武装なネ級はキリキリと踵を返すとすぐに姿を消す。
「見たことないタイプね」
「私の親衛隊だよ。強いぞ、私なりにかなり改造したがな」
「そうなの…」
興味なさげに呟くサラトガは広大なメガフロートを見下ろす。
(長門…この世界の人間の醜さがわかっているはず。貴方は私を理解してくれるはず)
悲しそうに目を細めるサラトガの背を見ながらヲ級は静かに笑みを溢すのだった。