今現在、世界を震撼させているメガフロート失踪事件。当のメガフロートは太平洋のど真ん中で停泊していた。その中央管制塔、司令室には紫色のオーラを持つヲ級がいた。
《航行システムの完全構築が完了しました。これで自由に航行できます》
「ご苦労、チ級。防空棲姫を呼んでくれたまえ」
《ここにいるわよ》
「なぜここにいる。持ち場は周辺海域だったはずだ」
念話で会話をする深海棲艦に対し口での会話をするヲ級はチ級との会話を済ませると完全武装の防空棲姫が現れると明らかに不機嫌になる。
《警戒任務なんてわたしほどのクラスがやる必要があるの?この施設で製造された軽巡やら駆逐やらがたくさんいるのに…》
「黙っていれば…調子に乗るなよ。私が指揮官だ、例え貴様が防空棲姫だろうと私の駒に過ぎない…」
《調子に乗ってるのはそっちじゃないの、姫の称号を得られないヲ級風情が。私に指図できるとでも?》
《防空棲姫さま、ダメですよ。そのヲ級は…》
《分かってるわ。だからこそ、試してやろうじゃない》
重巡ネ級が慌てて止めるが彼女は止まる様子はない。危険と察したネ級はすぐにその場から離れる。あの戦艦大和すら一撃で大破にできる砲をヲ級に向けた防空。その瞬間、彼女は床に叩きつけられる。
《なっ!?》
一瞬にして喉元に突き付けられる杖。名を《黒刀》通常のヲ級は杖の先には砲が埋め込まれているがこのヲ級の杖の先端は鋭い刀になっているのだ。
「戦場の空気すら知らないひよっこが、貴様を越える存在などいくらでもいる。お前なぞ、"あの日向"の前では降り積もる塵にすらならないだろうな」
《!!!!!?!!?》
そのまま喉元を貫かれ床に縫い付けられる防空は痛みにもだえ、ヲ級はその顔面を掴み、顔を近づける。
「こんなひよっこでも指揮を執るべき姫クラス。私は改装のために湯槽に入る。その間、お前が指揮を執れ。余計な真似をすればこの程度じゃ済まされないからな」
「ハ…イ……」
「ネ級、治療しろ」
杖を一気に引き抜いたヲ級はそのままその場を後にするのだった。
《分かりました》
《化け物め》
《あのヲ級さまは特別なのです。お分かりになりましたか》
《あれがPrimordialの称号を持つ者の力。分かったわよ、素直に従うわ》
ヲ級(Primordial)、原初の名を持つヲ級の力は姫級を含むどの深海棲艦を上回っている。空母ヲ級ではなく単体のヲ級という名を持つ個体は深海棲艦の中でも彼女だけだ。
「…ふ」
静かに顔を歪めながら笑うヲ級は、歩を進める。
「随分と優しいのね」
「頭は残念だがあれでもスペックは高い。少しでも役立ってくれないとな」
外で様子を見ていたサラトガの言葉に笑みを見せるヲ級。
「貴方にも倒すべき敵がいてなによりよ。その方が親近感が沸くわ」
「ふ、奴はもう死んだ、私が殺した」
「分かってる癖に…。あなたはその日向が死んだのを信じていない。いや、認めていない」
「……」
鋭く眼光を光らせるヲ級に対してサラトガは暖簾に腕押し。なにも懲りていないようだった。
ーーーー
「やはりその情報は本当か…」
「えぇ、一晩。というより、たった数時間で制圧されそのまま持っていかれたと言うべきかしら。事態が終息するまで目と鼻の先にいた筈のアラスカ基地は全く気づけなかった。システム、施設ともに異常なし」
「生存者は?」
「不明、今のところ誰も見つかってないわ」
メガフロート失踪事件から数日後、琵琶にあるとある寺院。そこに設置された長椅子で話しをしていたのは琵琶基地所属の川内とアメリカ大使館直属のサラトガだった。川内は巫女の服を着こなし、座っていたサラトガの近くを竹箒で掃除していた。
「メガフロートは船じゃない。自力で航海ができる訳がない」
「だれもがそう思っていた。でも事実は固定してあったメガフロートが姿を消しその一片も残さずに消えた。それは紛れもない事実で、それを成しえる方法はたった一つしかない。深海棲艦が束になっても曳航できる大きさじゃないわ」
川内は元諜報部に所属していた艦娘、その頃のツテはある程度ある。お互いにWinWinの関係さえ築き上げていればあの頃とはなにも変わらない。
対してサラトガもそう言ったことに関してはあまり関わらない方が良い立場なのだが彼女も情報の中で生きていた艦娘、離れられるわけがなかった。
「深海棲艦はメガフロートを最初から狙っていた」
「可能性はかなり高いわね。過去何十年の資料を見てもこのような知的な行動は見せたことがない…いや、一度だけあったわね」
「5年前、深海棲艦の日本への大侵攻」
常識では考えられないことが起きている、それも今回は二度目。それは確かで日本としても無視できることではない。むしろ、対深海棲艦の最前線としてこの様な巨大な要塞が消えたのは一大事だ。
「何m級だ」
「5000m級、中央管制施設は完成していたわ」
「慌てるわけだ、もし本当にそれが敵の手に渡ったのなら勢力図が変わる。艦娘は?」
「一人だけ、評価試験中だったIowaがいたけどメガフロートと共に消えたわ」
聞けば聞くほど大失態。自分達の勢力圏内部だからと言ってもよくもまぁ、そんなものを盗まれるのだ…。
「軍の上層部はそれをもう把握しているわ」
「メガフロートの詳しい内部構造図とアイオワの詳しいデータを手に入れられる?」
「できるわ。奪われたとはいえ、軍の最高機密に部類されるんだけど…特にIowaの件は」
値踏みするような視線を川内に向けるサラトガ。それを見て彼女は小さくため息をつくと小さく声を漏らす。
「例の音声データ…」
「……」
「のオリジナル」
「請け負ったわ。データはお互いにいつもの場所でね」
腰かけていた長椅子から静かに立ち上がるサラトガは振り返ることなく寺院を後にする。それを見送った後、川内はしばらく寺院を掃除し姿を消すのだった。
ーー
「君の言うことは理解できた。だが知っての通り、我々は君たちに対して絶望的にまで信頼をおいていないことは理解しているな。稲嶺大佐」
「ええ、待遇を決めかねた者たちの詰め込み場。そういう場所なのは理解しております。だからこそ今回は都合が良いのでは?」
大本営の一室。そこではアメリカから強奪されたメガフロートについての臨時会議が行われていた。
そんな中、海軍高官たちと対等に話している琵琶基地提督、稲嶺宗一郎は表情を一切変えずに答える。
彼の隣に珍しくも山城の姿が見える。本来なら天龍辺りが出張ってくるのだろうが今回は珍しく山城、わざわざ提督のご指名で連れてこられたのだ。
「ほぼ、脱出不可能な敵移動要塞への突貫任務。高い実力を持ちながらも海軍で扱いに困っている戦力への有効活用。琵琶基地の人員が変動しようがそちらでは痛くも痒くもないでしょう?」
確かに正論だが軍務からの甚だしい逸脱をしてきた者たちに任務を与えるというのはどうも釈然としない。
「先程もいった通り…」
「ははっ。稲嶺くん、君はやはり面白い男だ」
「元帥!」
「っ!」
それ相応の年齢だというのにガッシリとした肉体を持つ元帥は笑みを溢しながら言葉を発した。
そんな元帥の姿に山城は戦慄する。薄く開かれた目からはなにも見えないが雰囲気が全然違う。彼は笑っていない。
「だが私はね、軍務を守らない者たちすらも大切な戦力。むざむざ見捨てる気にはなれんのだよ。私から、そのような酷い命令を下せるわけがない」
「流石は元帥。民衆の支持の根本はそういう精神から来ておりましたか」
「うむ、私は犠牲は最小限度に抑えたいのだよ。何事にもね」
「しかし元帥という立場上。末端の兵までは目が届かない。これは立場上仕方がないことですね」
「そうだな、残念ながら私も万能ではない。そればかりはな…」
「そうでしょう…」
「それでは今回の臨時会議を終了する」
高官の言葉で開かれた臨時会議が終了し稲嶺と山城はその部屋から退出する。
「あれはどういうこと?」
「元帥は根本的な点から人道派を唱っている。そんな彼にわざわざ部下を自爆させるような行為は断じてできない」
退出した後、大本営を背に車を走らせる提督は助手席に座った山城の質問に答える。
「だが軍務すらろくに守らない部下が元帥の意思に反して独断で動けば彼は何も傷つかない。成功すれば英断を下した元帥は称えられ、失敗すれば俺たちは世間の笑い者だ」
「気持ちの良いものではないわね」
「下手して生き残っても銃殺刑だ。あんな会議に俺たちを呼び出す時点で出ろと言っているようなものさ。五年前、呉と佐世保ごと絨毯爆撃させようとしたのはどこのどいつだったかな?」
「…そうね。そんな話もあったわね」
奥歯を噛み締めながら悔しがる山城。そんな彼女だったが一つ、気になることがあった。
「そう言えば、なんでそんな会議に私を…」
寂しいから来てと頭を下げられながら扉の前で待機していた提督を見た山城の顔はポカンとした間抜け面を曝されられ断れずに連れてこられたのだ。
「天龍や摩耶、夕立だったらあの場面で元帥に一発決めてたよ。顔面に、それと他の面子も絶対に口を出してきたしね」
「私だけ頭が抜けてるってことね…不幸だわ」
「そう言ったつもりはないんだけどな。君なら言葉の意味が分かっていても絶対になにもしないよ」
「分からないわよ…」
「いや、君はしない。君は自暴自棄に見えてすごく冷静だ、自分だけじゃなく、周りの事も深く理解して行動している。これでも基地の中では一番付き合いが長いんだ。分かってるつもりさ」
「…貴方のそう言うところが嫌いよ」
「そうか、ごめんな」
少しだけ顔を赤くして窓の外の風景を睨み付ける山城を横目に提督は笑みを溢しながら運転する。
「今回の作戦。参加は自由だ、みんな何故か言ってないのにやる気だけど」
「どうせ殺されるなら戦って死んだ方がいいわ。なにもやらないで後悔はしたくないの…貴方なら分かってるでしょう?」
「そうだな…」
先程の表情から一転。暗い表情を見せる山城、それには提督も同様のようで先程、浮かべていた笑顔が消えていた。しかしそれも一瞬、彼はすぐに笑う。
「そういえば、この先に安くて大きいパフェの店があってね」
「甘いものは好きじゃないわ」
「俺が食べたいから…」
「…勝手にしなさい」