艤装を装備していない艦娘は基本的に通常の人間と同じ扱い。銃で撃たれれば死ぬし、転んで膝とかを擦りむいたりする。
しかし人より筋肉などがつきやすく、それ相応に鍛えていれば人間など敵ではない。
「このままだと我々空母が使い物になりませんね」
「嵐と共に来るのかしら?」
すでに台風の足先が日本に上陸。風こそないが雨が降り続き視界は最悪だった。佐世保の最終防衛ライン、叢雲を含む第一艦隊が陣取ってはいるがこれからやって来る嵐が来ては艦載機は発艦できない。
「予報通りに行けば、風速は40を越えるそうです。台風が完全に抜けるのは数日はかかる。空母隊は全隊後退を、これは提督の指示です」
「大和…」
「あなたまで出てくるとはね…」
久々にお披露目された大和の艤装。それに加賀や叢雲は感嘆し、納得する。戦艦の中では最強の攻撃力と防御力を誇る大和、乱戦覚悟の戦闘ならばこれ程、頼りになる者はいない。
「提督は嵐と共にやって来ると踏んでいます」
「そうでしょうね。タイミングが合いすぎているわ」
それぞれの得物を構えながら敵がいる方を睨み付ける叢雲はその鋭い眼光で空を見つめるのだった。
ーー
「この風速と天気なら敵も艦載機は出せない。現場の指揮は伊勢に一任する」
「了解したわ。長門、椎名。私たちの火力で敵を凪ぎ払う、敵は腐るほどいる、大盤振る舞いよ!」
「承知した。この長門、BIG7の名に恥じぬ戦火を産み出して見せよう!」
「承知しました。やって見せます!」
呉鎮守府、迎撃艦隊は佐世保がカバーできない範囲から漏れてくる深海棲艦の艦隊を迎撃するために進路を取る。
「すごい雲だね」
「暗く、天気も不良。これは乱戦になりますね」
「つまり夜戦だね!」
「夜はたっぷり寝たいんだけどな」
長門と伊勢の周囲に展開する古鷹、神通、川内、加古は前方に広がる曇天を見つめる。前衛の艦隊と距離こそ取っているがいつ敵が現れてもおかしくない海域まで足を伸ばしている。
「伊勢、佐世保からここら一帯に通信が」
「なに?」
「敵艦隊の攻勢を確認。現在、前衛艦隊が防戦中だってさ」
伊勢のすぐそばに控えていた時雨は伊勢に報告すると彼女は顔を引き締める。
(やはり沖縄の艦隊は囮か…)
それと同時に遥か前方に連続的な光が視認出来る。前衛の艦隊が接敵したのだ。おそらく前方の光は前衛艦隊のマズルフラッシュだろう。
伊勢は両腰に着けていた刀の鯉口を切ると二振りの刀を抜く。
「敵の正確な位置情報を、砲撃用意!」
(伊勢は囮だと言っていたが…。この戦力は驚異過ぎる)
長門は全面に展開する敵艦隊を見て息を飲む。すでに数体の鬼級が見える。後方の艦隊にはおそらく姫級が陣形を取っているだろう。
「敵艦隊を撃滅する!各員、気を抜かないでね!」
「「「了解!」」」
ーー
「沖縄の深海棲艦の大攻勢。台風…」
「提督どの、荷物が届いたであります」
「来たか…」
日本地図を睨み付けながら一人言を呟いていた提督はあきつ丸の報告に返事をするとその場に向かう。
小雨が降り続く中、届いた艤装を愛でる天龍たち。彼女たちからしてみれば親友のような存在、相当嬉しいのだろう。
「でもやっぱり足の艤装がないのは辛いよな」
「その件で質問でありますが…まさか提督殿、あれを使う気でありますか?」
「あぁ、その通りだ」
「「「え!?」」」
あれとは…。それは現在、琵琶湖に浮かんでいる大型輸送型の飛行挺のことである。
「後部ハッチに射出用のカタパルトを着けた試作機だよ」
「自分が思うにこれは陸軍の倉庫で埃を被っていたはずでは…」
「陸軍の開発部におねだりしたら快くくれたよ。返さなくて良いって」
「おねだり…」
陸軍内部事情に詳しいあきつ丸が思わず言葉を濁す。
「そしてこれが艦娘用に開発された外付け用のパラシュートです」
なにか箱のようなものを持ってきた明石は何個かを天龍たちの前に置く。その箱には戦艦級、重巡級と艦種が書き込まれていた。
「嫌な予感しかしないわ」
「我々はこの作戦で世界初の艦娘部隊によるHALO降下作戦を行う」
「正気ですか?」
「艦娘は艦にあらず、手足があるなら出来るはずだ」
超高高度からからの降下作戦。しかも重い艤装を纏い、敵要塞のど真ん中に敵中突破。不知火ですら正気を疑う作戦内容であった。
「要塞上陸前に弾薬の消費を抑えるにはこれが一番いい」
「それに沖縄の深海棲艦大攻勢のお陰で敵の目的が分かった」
日本は四方を海で囲まれている海洋国家だ。他の海洋国家に比べ経済力が高く、それなりの資源もあり、かつ陸上面積がそれほど多くない点から見て比較的占領しやすい。
それが深海棲艦が日本に的を絞っている大きな理由だ。
九州、中国地方、四国は沖縄から押し寄せる深海棲艦の対処で精一杯、かといって大湊を中心とする部隊も樺太を占領している深海棲艦を無視できない。
「どこだ?」
「横須賀、奴らは日本の喉元を食い千切るつもりだ」
そして現在、一番手薄になっているのは舞鶴と横須賀。首都、東京を背にしている横須賀にあの巨大要塞が襲いかかれば彼らは援軍なき防衛戦を強いられる。
その事実を改めて突きつけられ冷や汗をかく一同。そんな時、工廠の電話が鳴り響く。
「来たかな…稲嶺だ」
「稲嶺…久しぶりだな。電報は読んだよ」
素早く電話を取る稲嶺、その相手は横須賀鎮守府提督《川崎省吾》であった。
「君の説には私も同意だ。うちでも臨戦態勢を敷いているが心許なくてね」
「どちらにとっても有益な話だろ?」
「あぁ、少し無謀なのが君らしい。そちらが良ければこちらの工廠を使ってくれても構わない。こちらに来て策を詰めて欲しい」
川崎の言葉に明石が喜ぶ。横須賀は首都に近い鎮守府なだけあって最新機器の見本市だ。話を聞いていた明石、整備妖精たちは喜び跳び跳ねる。
「分かった。そっちに向かう」
「頼む」
電話を切った稲嶺はこちらを見つめる山城たちを見つめ返す。
「と言う訳だから作戦の意見交換は向こうでやろう。取り合えず艤装もって横須賀にいくよ」
「「「了解!」」」
ーー
《お帰りなさいませ、ヲ級さま。さっそくですが集積地棲姫から連絡が、輸送路を塞ぐなと苦情が来ております》
「捨て置け、こんな船が小回りが聞くとでも思っているのか」
培養液に満たされたガラスケースの中から出てきたヲ級は秘書官的な立ち位置にいる重巡ネ級の報告を無視して持たせていた杖と刀を身に付け、他の培養液に浮かんでいた帽子を被る。
《この施設での製造は駆逐程度なら可能になりました。現在、製造作業が始まっています》
「防空棲姫は?」
《先程の戦闘のおかげで大人しくされております》
「ならいい。進路変更、目標は横須賀鎮守府。台風に合わせてルートをとれ、直前まで悟られるなよ」
《承知しました》
黒いズボンのようなものを履き、マントを着けるヲ級の視界に左腕についた大きな傷跡が入る。
「今度は失敗しない…」
憎々しげに呟くヲ級を見て他の深海棲艦たちが怯えるがそんなこと知るよしもなく彼女はその場を後にするのだった。