ブリュンヒルデ VS ヤング・サムライジャック 作:梵葉豪豪豪
後受け狙いに色々悩んであれこれテコ入れしたり。
「Hey、ジャック、私と勝負してくれ」
「よろしいが、今すぐにか?」
「そうだ」
トーナメント全行程終了後、唐突にラウラがジャックに向かって問いかけた提案はあっさりと了承された。皆が撤収のため賑わっているピット内での話である。四方がコンクリの内装にその言葉はよく響き渡った。
「え」
「え」
ボディバッグを肩がけした箒とスポーツドリンクを飲んでいた一夏は、視線が件の二人に固定されていた。ピットに詰めている数10名の生徒らも同様にラウラとジャックに注目している。状況を飲み込むのにも時間は必要であった。
尚トーナメントは、あの事件があった後も通常通り続行された。観客への説明は困難を極めたというが生徒らの知るところではない。最終的にはジャック&簪のコンビが優勝をもぎ取った。二人背中合わせになった暴風じみた何かにはまるで手が出ず、対峙した箒曰く「何が起こったか判らない内に斬られていた」。圧倒的な強さである。自分の鼓動を確認して、今生きてるって感じ! と錯乱したのも致し方ない。
その最強の一角であるジャック、何だかんだで圧倒的な強さを見せつけたラウラ、その二人による生身の激突が見られるとあって、周囲の女生徒らは一斉にカメラやらスマホやらを持ち出す始末だ。彼女らも強さへの憧れは大なり小なり持ち合わせている。
その異様な空間に戸惑って周囲を見渡すのはシャルロットである。世の中のノリに半歩遅れ気味な彼女はこの流れに置いていかれてしまった感がある。困ったのでクラスメイトのセシリアいわゆる一夏の後方彼女面ガールへ縋るように目線を送ってみた。セシリアがISのヘッドセットを部分展開、つまりは録画する気マンマンであったため、シャルロットは諦めて縋るべき相手を本音に求めた。
「ホラホラお二人さーん」
その彼女は二人に向かって止めに入った。ように見えた。
「これ使ってね!」
二振りのモップがラウラ・ジャックに渡された。なければお互いが腰の刃物で勝負を交える寸前の事態であった。一応信用してか、二人は腰の物を本音に預ける。余談だがこの世界でジャックの「魔剣」に触れた者は千冬と一夏に次いで3人目となる。
「本音サーン!?」
いやもしかしたらこうさせるのが正しいのか? とシャルロットは考えを改めざるを得なかった。尚先の二人はモップを捻じり、木製の柄だけを取り出していた。縦横無尽に素振りし、重量や間合いを確かめていく。その挙動だけでも二人に無駄はない。
改めて、お互いの柄は双方に向けられかち合った。既にいつでも戦える。双方の放つ鋭い眼力は、既に相手を倒すそのことだけをただ現していた。
「いいのかなぁ」
「いいのかなぁ」
シャルロットのつぶやきと同一にして、その言葉の主であるシャルロットと箒は互いを見合わせてしまった。一方隣に立つ想い人は、興奮してスマホを構えている。箒がもういっそ流れに任せるを良しとして、とりあえずの提案を提示することとした。
「とりあえず、様子を見よう」
「そだね」
「レディー……」
背中にジャックの物を掲げ腰にラウラの物を差した本音が頭上で両腕をクロスさせる。この空間に沈黙が走った。
「ファイッ!」
本音が両腕を振り下ろした瞬間。両者左側から横薙ぎに振りかぶった得物は、正確にお互いの得物を叩き合わせた。衝撃波が伝播したような錯覚を皆が抱く。
二人の振り切った切先は円を描き再度横薙ぎに斬る。これも同時に得物が叩き合わされた。
ジャックが左前方に走り込み、ラウラの後方を取って優位なポジションを確保しようとする。だがラウラも同時に走り抜ける。二人がほぼ同じ動作を取ったのだ。急速に間合いが拡がっていったが、同じタイミングをして二人が正面の壁を蹴り上げ、今度は飛ぶ勢いで急速に間合いが縮み、三たび盛大にかち合った。
にじり寄り鍔迫り合いを維持したまま、同じタイミング同じ方向に真横へ跳躍し、ピットから開け放しの外、つまりはアリーナ外周部にあたる広場へと躍り出た。
「追いかけよう!」
一夏が箒らへ向けたただ一言に呼応するように、その場にいた生徒全員が一斉にあの二人を追って外へ外へと向かっていく。姦しさに箒が圧倒され人の奔流に流されるまま流されていく。流される女と言うフレーズが脳内をよぎったが敢えて追求しないことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
広大で吹き抜けとなる外周部にはまばらながらも生徒が行き来している。その1階ホールへいきなり文字通り上から降って湧いた2名の剣士に、周囲は理解が追い付かず沈黙が支配する。直後、チャンバラ劇が始まったことによりよく判らないまま沸き上がった。更にスマホを掲げた見物人たちがわらわらと雪崩れ込み、ホールはその2人を中心に騒然となった。
両者とも両手で得物を横薙ぎに振り、右・左・右・左と限りなく同じタイミングで切先が衝突し、拮抗する。高速で繰り出されるそれは、もはやある種の芸術だった。
かち合う最中に速度を落とすことなくラウラが右脚を繰り出した。初手で小さなモーション、途中で勢いの付くいわば蛇のように唸る脚で頭部を狙う。半ば飛んでおり全体重をかけたハイキックだ。
だがジャックが頭を引きかつ視線を変えずにラウラの足首をバァンと真横に叩く。想定外の高速度に晒されたラウラがその回転する勢いを利用して左脚も繰り出したが今度は足首を下から叩かれて、自身の身体が縦に回転させられた。着地間際に得物でジャックの足元を横薙ぎに狙ったが浅すぎて簡単に避けられてしまった。
再度、互いに正対した。仕切り直しである。
「何とまぁ」
見ていたシャルロットは感心するやら呆れるやら、階下で更に続く剣劇についあんぐりとしたまま見入ってしまう。
「ボーデヴィッヒさんは体格差をものともしないな」
箒が冷静に趨勢を分析する。自身も高身長が格闘に有利な面は授業で何度か経験したので何となしに判るものもある。かといってジャックが体格の有利さだけを武器にしていないで技術で捌き切っている点にも感心せざるを得ない。そう呟くと、似た考えだった一夏も同意する。
「スピードがジャックさんの捌きについていって拮抗してるんだ……とっ!」
今度は両者が超の付く高速で突きによる連撃を同時に射出する。流石に得物といえどただの木の棒では削れざるを得ない。削れた破片が舞い散る花びらのように吹き出し拡がって見えたのは一夏ら見物客たちの錯覚であろう
同時に着ていたISスーツすらも犠牲となり布が細切れに飛び散った。お互いの布地が弾け飛び、二人は上半身が裸を晒した。
その威力に周囲が圧倒されると同時に、その姿に衝撃を受けた。ラウラもジャックも、全身大小の傷跡を纏っていたからである。
「体の傷って、こんなに美しいものだったんだな」
一夏の言葉はその場にいた者たちの総意と呼んでも過言ではない。彼らの傷にはその人の歴史が詰まっていた。ラウラの心臓を貫いたかとばかりに付けられた胸の大きな傷ですら神聖な何かに見える。二人が僅かな微笑みを讃えて構えているその表情からも見ている者たちからは悲壮さを覚えなかった。
そう微笑んでいる。ラウラは今この瞬間を楽しいと自覚している。もう亡くなっていたと思っていた感情だ。それまで歩んだ己の全てを駆使して斬り合っているのだ。この快楽に永遠と溺れるのも悪くはない。
だがいずれ決着は付く。
対峙した両者が一瞬消えた、ように一夏らには見えた。次の瞬間には絡まり合い、同時に連撃が繰り返され、得物は同時に細切れに粉砕された。
互いが反対方向へと転がり、即大勢を立て直し立ち上がろうとする。
が、ラウラが膝を着いてしまう。胸には斜めに長い痣が走っていた。立ち上がったジャックには、左腕に痣が走っていた。お互いの一撃が決まったが、ジャックの僅かな動作一つで勝敗は決した。
「あー負けた!」
ラウラがコンクリの上でドカッと胡坐をかいた。周囲から一斉に歓声が上がる中、我に返ったシャルロットが慌てて駆け寄り制服の上着をラウラに着せる。彼女には女の子の何たるかを教え込むべきでは、とシャルロットは内心決意した。
野次馬の中を縫って現れたのは真耶、そして千冬である。決闘をやっているという周囲の声を聞いて慌てて駆けてきたものの、来てみれば既に終わっていた。
「あぁ、こんなにー」
「うむむ」
真耶が説明を求めます! な目線をジャックに向けるが、一夏から借りた上着を着込んだジャックは飄々としたままだ。隣の千冬に縋るように助けを求めた。
「何でもっと早く知らせてくれなかった」
腕組みしつつも渋い表情を見せる千冬だったが、どう見ても悔しそうな態度に真耶は嫌な予感を覚えた。
「知ってたら私がきっちりジャッジしたのに」
「違うそうじゃないですー……まぁ先輩そういう人ですね」
「フフ」
「笑ってる場合ですか」
梯子を外されても自力で立ち直った真耶はこの後の処理を頑張った、としておく。
一方、千冬に微笑ましく見守られながら再度対峙したラウラとジャック、周囲に一夏と箒にシャルロットが集う。既に周囲は薄暗くなり始めた。ラウラは僅かにニッと微笑むと、ジャックにただ一言、
「悪くない」
「で、ござるな」
左目の、白目しかない義眼を見せつつ湛えたラウラの笑顔は心からのものだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の1組において、ラウラがシャルロットとともに入室した時には一夏らは既に中で雑談に興じていた。昨夜自分と一緒に教師陣から絞られていたジャックもそこにいる。
「おーいボーデヴィッヒさんシャルぅー」
一夏の呼びかけについ彼らの輪に寄ってしまう。どうもあの決闘が一晩で手広く拡散されて、1年生の強さランキングではジャックと簪に続いてラウラが上位に躍り出たらしいという話だった。クラス中から尊敬や憧れの目を向けられたのだが、当事者としては今一つピンと来なくて戸惑ってしまう。
本音が興味津々でラウラの顔を指す。ラウラの左目には明らかに手作りのアイパッチが添えられていた。
「おぉ?」
「あぁこれか、シャルロットが作ってくれた」
「おぉかわいー」
フリル付きなのは恥ずかしさがあるし、作ったシャルロットは隣でドヤってるし、可愛いを指しているのが眼帯なのか自分なのかよく判らないしで、人生で初めてよくわからない感情に苛まれている気がしている。
本音に言わせれば眼帯とセットでその笑顔が可愛い、などと知らされるのはこのちょっと後である。尚シャルロット製眼帯にはバリエーションがあると知らされるのも後の話となる。
正直クソったれた今の人生で特に何かが変わったというものでもない。ただそれでも、
「もう少し生きてみるのも悪くはない」
彼女の穏やかな呟きはジャックだけが聞いていた。