ブリュンヒルデ VS ヤング・サムライジャック 作:梵葉豪豪豪
篠ノ之箒が湯船に深く浸かったのは自身の胸の重さに疲れを感じているからである。
そんな自分を何故クラスメイトが揃って注目しているかは謎だ。本当に何故だ。
現在、旅館「花月荘」にて1組が揃って女湯で温泉を満喫している。30名程度は余裕で浸かれる。臨海学校というか課外学習ではあるが、実質ほぼ旅行には違いない。女まみれのサバい旅行なのがここは女子校であると嫌でも思い起こされる。貴重な男子2名は担任によって厳重に隔離された。教師による温情と呼ぶべきだ。
その女湯の中でセシリアとラウラは並んで湯船の端に浸かっていた。半身浴である。つまりは胸から上を露出している。ラウラはだらけて縁石に持たれかかり、肘掛けのスタイルになっている。当然の如く、胸から上の傷があらわになっていた。女生徒にとっては見慣れた、その勲章は学園において多くの女子が憧れを抱いている。
「ところでワタクシの名前って悪役令嬢物の小説ではよく使われるのですが」
「いや待て待て、話の意味が判らない1から10まで」
本当に意味不明な話を振られてラウラはついセシリアに待てのポーズを取り、片方の手でこめかみを揉みほぐした。聞けばそういうジャンルの小説が世界的に流行っているらしい。長々と説明を受けてしまったラウラはそれでも真面目に聞いてしまった。
セシリア・オルコットは世間的にはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の一国イングランドの貴族である。つまりは掛け値なしにお嬢様だ。慎重に、セシリアを傷つけない当たり障りのない範囲でラウラは答えることにした。
「お嬢様のイコン(象徴)みたいなものだ、気にせずむしろ誇っていいのではないか?」
「そうですわ、そうですわね」
喜んでいただけたようで何よりだ。1日の活力をそんな会話で激減されるとは思いもしなかったラウラである。だが温泉の成分が失った活力を補って染み入ってくれる。
一方、湯船に浸かっている箒の目前で、何者かが水中から水飛沫を上げ現れた。布仏本音参上。実にイイ笑顔で箒を指差す。刺した先は微妙に下の方だ。
「……豪!」
「何が!?」
さしもの箒も水中で本音が自分のどこを見ていたかは容易に想像が付いた。体質なんだから仕方ないだろうとは反論したが、手入れという概念が自分の中になかったことを本音に指摘され、本気で驚愕している。学園の購買にもT字カミソリとかシェーバーとかは売られているのできちんと確認はしよう。
などと女子トークたるトークで騒ぐ中、ふと箒が隣の仕切りを眺める。
「一夏……」
自然と女子たちが仕切り、正確にはその向こうの男湯に想いを馳せていた。
あちらにいるであろう人物、一夏とジャックを思うのはセシリアも一緒である。
「お二人の体格、なかなかのものですわねぇ」
そこで女子同士、話題に花が咲くと称すれば華やかではあるが、実際には男衆の筋肉が話題の中心である。腹筋だの太ももだの。ISに乗る時の格好が筋肉丸出しなのが女子たちの興味を大いにそそる。男性用ISスーツをデザインした女性の担当者は趣味がいい。
「一夏さんは成長途中ですわねぇ」
一夏の筋肉をまだまだと評したセシリアであったが、箒としてはもうちょっと上げて欲しいという欲がある。
「いやまぁ、といは言うが一夏は段々背が伸びているぞ、段々腹筋も割れているし肩幅も増えてきてる」
これが恋する乙女か、と看過したのはその場にいる過半数だった。そういう経験のないラウラですら実に判る話だ。敢えて代表してラウラがフォローする。気が付けばクラスの姉御肌と化している彼女は、そんなクラスに馴染んでいる自分を自覚せざるを得ない。
「あぁ、お前は一緒の部屋で見ているんだったな。案ずるなハイスクールの1年目だからこれからだ。成長が見られるのはいいことだ」
「そうか、そうだよな!」
想い人を褒められると案外チョロいと思ったラウラだが、ふと隣のセシリアを見ると彼女は大いに頷いていた。お前もか後方彼女面。
ここで本音が方向転換にかかる。気になるもう一人のあいつの話題である。
「それでそれでジャックさんは」
多くが半裸を目にし、ラウラに至っては一度手合わせまでした相手である。思えば長身の身体に贅肉のない均整の取れた体型だった。
「あれだけ完成した筋肉は軍人でもそうは見ないぞ」
「鋼のような筋肉って漫画でしか見ないと思ってた」
「絞りに絞ってる感ありありね」
「背中の盛り上がりがハンパないっす」
「織斑先生あの筋肉狙ってるんスよね」
男の筋肉はセックスシンボルでもあるとはよく称されるものだ。
「一夏はあれに憧れているんだろうなぁ……」
一夏がどちらかというと彼に懐いている感があるのを彼女は知っている。フフッと微笑ましくなった箒の隣で、敢えて本音が悪魔の囁きを漏らす。
「隣が気になる?」
本音がドヤって親指を向けた先は仕切り、つまり向こうの男湯だった。
「見る?」
「何を!?」
「男の筋肉を」
「うん……?」
「昼に穴開けておいたよ。今なら見える!」
仕切りといっても石とコンクリである。昼にこっそりと工具を持ち込み開けておいた本音の計画能力の高さは褒めてよろしい。世間ではそれを犯罪とも呼ぶ。
「え?そうなの?見える?」
「待て待て待て!」
恋愛脳シャルロットが真っ先に湯をかき分けて、開けてあるであろう穴へと突進する。箒が慌てて止めるべく追いかける。ドヤって先頭を往くは本音だ。
「あ、埋められてる」
「Zut!(こんなのってないよ(意訳))!」
「残……いやこれは正しいというべきか」
パテによって念入りに埋められた穴に悲喜交々の3人がいる。側から見れば四つん這い女3人の尻がひしめいている微妙にどうしたものかわからない絵図である。
「酷い」
代表して感想を漏らしたのは鷹月静寐さんだ。何を持ってひどいと思うのかは人による。
「ここの従業員はきちんと仕事しているんだな」
「素晴らしきことですわ」
ラウラが違うところに関心し。ついでにセシリアも追従する。
尚、穴が開けられていたことを花月荘の従業員にタレ込んだのはセシリアとラウラである。
突然、脱衣所の引き戸が勢いよく放たれた。他所のクラスとの交代時間にはまだ早い。
「あ、2組の」
そこにいたのは2組の凰鈴音だった。バスタオルを巻いている。風呂に入るのに頭のツインテールすら解いているので一瞬誰か分からなかった女子も多かったのはここだけの話だ。かろうじて四十院神楽が判別して指摘できたくらいだ。
その鈴音が一旦奥まで後退し、全力で湯船へと助走した。目つきが尋常ではない。
「何を!?」
湯船に突進すると思いきや、その猛烈な勢いで外側の壁を垂直に走る。壁走りというアクション映画で見るアレである。その勢いを持って更に垂直に跳ぶ、つまりは盛大なジャンプにて反対側へ飛び込もうというのだ。語るまでもなくその先は男湯。何が鈴ちゃんを突き動かしているのか、彼女の目は本気の目だった。漫画のように目から光が漏れて光輝を描いて見えた。のは錯覚である。
「跳んだぁ!?? 正気!?」
あまりのことに状況をまるっと説明する相川清香だがクラスの見解は全員一致している。
肉の宮、いざ桃源郷へ。
瞬間、脱衣所から鈴音を越える速度で誰かが飛び出し、飛び膝蹴りを鈴音の脇腹に突き刺した。千冬である。能面のような形相をしていた、とは目撃した女子の弁。千冬は色々悟っていたのであろう。
綺麗に手足を伸ばし、腰を直角に曲げたまま彼方へと飛ばされた鈴音。一方、千冬も勢いを殺さず膝蹴りを刺したまま女湯のその先へと飛んでいった。
「えーとあの向こうって崖でしたね」
鏡ナギが2人の先を指差す。谷本癒子が身を乗り出し確認するが、夕方前とはいえその先はよく見えない。その先に見える富士山は美しい。ただ美しかった。
「見なかった事にしよう」
ラウラによるクラスメイトとの見解の一致である。
・花月荘
大体興津とかその辺り。見えてる富士山の向こうにはゼ○ライマーが鎮座しているであろう。
・箒
乙女の諸々を学ぶ機会がなかった人。
・ラウラ
苦労人。姉御。
・セシリア
自分調べではセシリアよりはリシティアというネーミングの方が多い筈。そういうジャンルの作者たちさんらが声優さんを想定してのネーミングかどうかは知らない。とはいえルルーシュとかライルよりは大分マシな扱いだと思う。
・谷本癒子
公式設定どおりなら原作では千冬と背丈がほぼ並ぶ筈なのだが面倒なので言及しないことにする。絵の脚の太さについては単なる個人的好みの問題。
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・鷹月静寐
鷹月SUN。大体スマート。
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・打鉄
これまでの回にうっかり「背面のスラスター」と書いてしまい、しかして原作の絵にはそんなものはないので改めて描き起こすこととした。ダイオウグソクムシというかグソクムシャ的な奴。ISって仕様上装甲のない丸坊主でもいいんじゃないかと思ったがそんな訳にはいかない。
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