ブリュンヒルデ VS ヤング・サムライジャック 作:梵葉豪豪豪
千冬とジャック、ただ互い向き合った無言の空間にひとときの時が流れる。ここに至ってもはや何も言うまい。二人の睨み合う目がそう語っていた。観客は未だざわついている。
『10分一本勝負! それでは、始め!』
開始のアナウンスが真耶からもたらされた。時間制限は千冬が急きょ一夏の代わりに試合を乗っ取ったことへの妥協案である。
一瞬の間を置き、二人が殆ど同時に、正面からぶつかった。前回の試合同様、一瞬消えたように観客からは見えた。
直後に斬り結んだ甲高い音とともに、二人が互い違いの方向にすれ違う。お互いが端まで到達し、対面のバリアを足場に駆け、同時に垂直に飛び、更にぶつかり合った。今度はすれ違わず、螺旋状に回転しながら斬り結び、上昇していく。
その斬撃音は、言葉にすると、
斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル斬ル!!
更に速度が上がり、
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!
遂には、
斬―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!
一つの音にしか聞こえない速さで斬り合い続けた。
「何だよ……何だよこれ……」
「……一夏?」
控室でモニターを眺める一夏に驚愕の表情はあれど、興奮が見られないのを箒が訝しんだ。彼女があまり見たくはなかった表情である。
「何で千冬姉の隣は俺じゃねぇ……」
あぁ、男だ。箒はただそう呟いた。彼が悔しさをバネに駆け上れるか潰れるか、それは箒には判らない。
かつて3年前、ISを使った世界レベルの競技「モンド・グロッソ」第2回の決勝進出を果たした千冬は、試合直前に「試合を見に来ていた一夏が誘拐されて千冬の決勝戦辞退を要求してきた」との報をもたらされたことがある。その一件を持ち込んだドイツ軍人の嫌らしい笑顔は今でも忘れたい光景だ。今すぐ飛び出したかった千冬だが、自分たちが至急現場に向かって対処する、頼むから誘拐犯の要求を呑まないでくれ、という他のIS操縦者含めた日本スタッフの懇願があり、結局は決勝戦に出場した。
怒りのままに対戦相手を秒殺した千冬は、ISを装着したまま会場から何も躊躇わずそのまま現場へと飛び立った。
誘拐現場である倉庫の扉を強引に蹴り破り、刀を構えて鬼のような形相で突入した千冬が見たものは、既に全てが終わっていた光景であった。
誘拐犯らしき連中は叩きのめされ、あるいは斬られて地に伏し沈黙していた。その中心には、着流しを纏い、日本刀を持って佇んでいた一人の少年がいた。
端で床にのびている一夏を見た瞬間、その少年に対し千冬は怒りを爆発させ斬りかかった。
だが少年は、彼女の剣撃を軽くあしらった。千冬がISを着ているにも拘わらずにだ。そして斬り結んで感じて得た、彼の経験の高さ、高い技量、平常心、そして真摯で何物にも怯まない眼力。それらが混然となり千冬の中に染み込んでいった。刀一本でずっとやってきた千冬にとって、彼は美しき魅惑の何かだった。
欲しい。この状況にも拘わらず、斬り合っている最中に千冬の中でそういったものが生まれた。
誘拐現場を目撃したので助けただけ、正体不明の少年はそう語った。信じてよいものか千冬は迷ったが、一夏が起き出したことでつい気が逸れ、その隙を突いて少年はその場を逃げ出した。
気絶していた一夏と後から追いすがった日本人スタッフは、今でも千冬が事件を解決したと思っている。彼の功績を横取りしたことに思うところがない訳ではない千冬だったが、言っても信じまいと敢えて黙っていた。
それ以来、ドイツ軍からのこの一件を盾にした要望によりドイツに渡っても、帰国しても、鍛錬は欠かさなかった。心の端にいるのはいつもあの少年である。
今年の春になり、ISの適合者として政府と更識家に連れられたその少年、ジャックと邂逅したとき、千冬は神を信じたくなった。
そして今こうして、戦い合っている。心の中の彼とは些かも衰えていなかった。
千日手のように斬り合い続ける中、千冬は心の中でこう叫んだ。
愛してるぞ、ジャック!
愛してるぞォォォオオオオ!
無言のメッセージを受け取れない程ジャックは朴念仁ではなかった。
二人のロンドは尚も続き、徐々にヒットしシールドエネルギーは僅かずつではあるが減少していた。それでも差は一メモリとも全く出ない。
試合終了を告げるブザーが鳴る。観客には10分が永遠に思えた。
二人は瞬時に離れ、地面に降り立ち向かい合った。お互い構えは解いていない。双方肩で息をしているが、同時に微笑んでもいた。それでいて眼光は鋭く睨みつけたままだ。
「引き分けでござるか」
「いいや私の負けだ」
瞬間、千冬の右腕と右太腿、その装甲が砕け散って落ちた。僅かに差が出て、千冬の負けが確定した。
勝敗の行方なぞどうでもいい。まだ続きをやりたい。千冬にはそう未練が残った。
前回同様、並入る観客は忘れていた呼吸をようやく思い出したかのように溜息をついた。そして少しずつ、次第に盛大な拍手が生まれ、アリーナを包んだ。
その後、この一件について教頭から叱責を食らった千冬であったが、堪えてる様子でもなく漂々としていたという。またこの日以降彼女がジャックと並んでいる姿は度々目撃されるようになったという。
・一夏
彼の中で千冬は自分も追いつくものであると信じてはいた。
・ラウラ
扱いが大分変わる予定。