ブリュンヒルデ VS ヤング・サムライジャック   作:梵葉豪豪豪

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05 血の一分

 目の前のバリアに押し付けられ下から上へと火花を散らし引き摺られていくISを目の当たりにして、アリーナの観客の殆どは唖然とする他ない。ISを捕らえていたどす黒い何かは、そのまま地面へとぶん投げる。群青色のISは頭からコンクリートへ盛大に叩き付けられた。

 

 直後、観客席に緊急避難を告げるアナウンスが流される。生徒は上級生の誘導に従いながら、急ぎ足になり混乱を呈しながらもパニックを起こさず外へ外へと避難した。

 

 その中にあって、流れに逆らって別方向へ向かう女生徒がいた。箒である。

 

「あ、しののん!」

 

 本音が指摘したことで、ジャックと簪も気付いた。その最中にも彼らも周囲の流れに沿って外へ外へと押し流されつつある。

 

「篠ノ之殿?」

 

 ジャックとしてはあまりいい予感はしない。出来れば追いかけたいところだ。

 

「追った方が良くないです?」

「賛成でござる」

 

 簪の提案は願ったりかなったりである。ジャック一行は人の波を掻き分け、箒の後を追った。

 

 

 アリーナでは、黒い生物とISとがもつれ合い、IS側がひたすら殴り続けている。一方の怪物は効いた様子でもなく、自分より小さいISを掴んでは地面に叩き付ける、その繰り返しだった。

 突然の事態を目の当たりにした一夏は混乱してしまい、次の行動に移れなかった。頭を抱えてつい天を仰いでしまう。

 

「あーもうどうすりゃいいんだ!?」

「そういう時は、こーするのよ!」

 

 鈴音は有無を言わさず92式拳銃を右手に展開させ、速攻で残り全弾を正確に黒い奴へ叩き込んだ。しかし黒い生物は艶のない表面にめり込んだ銃弾を飲み込むだけで、全くこちらに関心を寄せなかった。下半身のない黒く大きな何かは、宙に浮かんだままISの脚を掴んでいる。

 

「ISを救助する! いいわね?」

「よし乗った!」

 

 一度決断すると行動は早い。

 

「おぉいこっちだ!」

 

 「雪片弐型」を振り回し、一夏が囮としてアピールするが、相手は一夏にまるで関心を寄せなかった。

 囮はやめ、一夏と鈴音は黒い生物の背後に廻り、今度は自分たちの刀剣を奴の背中に叩き付けた。だが、ぬるりとした感触があるだけで全くダメージが通っていなかった。

 

「あぁクソ、アイツ見向きもしねぇ」

 

 事実、まるで周りが見えていないかのように黒い化け物は一夏らに全く見向きもしなかった。ただ雑に獲物のISの片脚を握り潰し、胸や顔を殴りつけ突き引っ掻くだけである。ISにバリアや絶対防御がなかったらとうに彼女の胸から上は潰れていたであろう。脚は潰されてひしゃげたが、生身の脚が届いていない高下駄の部分なのでまだマシな方といったところだ。

 やられてばかりの群青色のISではあったが、隙を見て相手の胸を空いた方の脚で蹴飛ばした。

 

 ISから引き剥がされ蹴り飛ばされた黒い狩猟者は、転がりつつもその二本の腕で立て直すと、ギョロ目とトカゲのような口を見せつけ、腕を足代わりにカシャカシャと右へ左へと移動しながら再度獲物ににじり寄ってくる。表面が不規則に波を打つ姿に、一夏らは得も言われぬ不快感を覚えてしまった。

 

 流石に殴られ続けた影響で、ISのバイザーがひしゃげ機能を停止する。彼女はバイザーを掴み取ると引き剥がし、地面に放り投げた。その瞳はただ怪物を睨み付ける。

 

「千冬姉ェ!?」

 

 しかしてその操縦者の素顔は千冬の10代の頃に酷似していた。弟としては驚く他ない。頭に血が昇る。

 

「落ち着いて! そっくりなだけでしょ! やることは変わんない!」

「お、おぅ!」

 

 鈴音に指摘されなければ、カッとなって飛び出して馬鹿をやっていたかもしれない。息を整え、再度斬りかかろうとスラスターを吹かした。

 

 

 ジャックたちは、速足で上へ上へと向かう箒に追いついた。どこへ行くのかと問いてはみたものの、彼女に無視されただけだった。放っておくワケにもいかず、結局一緒に着いていくこととなった。

 御一行が向かった先は、最上階の放送室だった。箒が乱暴に扉を開け、残りは一斉に雪崩れ込む。

 

「何!? あなたたち!?」

 

 まだ避難せず、記録をし続けていた上級生らが睨み付けた。後々検証するにしても記録資料は大事である。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 上級生の一人は、本音の姉、布仏虚だった。妹と対照的に冷静沈着な御仁だ。

 

「本音……何があったの?」

 

 ただ肩を竦めてホワ~イなポーズを取った妹に虚がちょっとイラッとしたのは敢えて付記しておく。

 

 箒が空気を読まずつかつかと歩み寄ってコンソールに直付けのマイクに手を伸ばそうとした。が、虚がその手を掴み阻止する。虚は彼女を睨みつけた。相手が体育会系であっても眼力に虚が負けるということはない。

 

「あ、あの!」

「貴方どうする気? あそこで頑張ってる男子を応援したいからマイク貸せなんて言ったら怒るよ?」

「いや、その……」

 

 見透かされていたために固まってしまう箒。周囲は呆れ気味な雰囲気になっている。尚虚自身は生徒会に属する身であり、各生徒の身上も突っ込んだところまで把握している。箒が一夏と交流があったことは当然知っていた上での話である。

 

 

 にじり寄った黒い生物が、殴りかかってきたISの右手首を難なく掴んだ。今度は黒い手が溶けてきた。その黒い染みは内部を侵食し、腕周りの装甲を疱瘡のように盛り上げていく。バリアも絶対防御もまるで無力である。侵食は操縦者の生身の手に及び、細胞を食い荒らしていく。激痛が彼女を襲った。

 

「ガァァァあ!」

「やめろぉおお!」

 

 一夏と鈴音が黒い生物の背後にしがみつき、引き剥がそうとするがビクともしない。「雪片弐型」の柄を黒い奴のギョロ目に叩き付ける。黒い生物が身震いしたのでようやくこちらを感知した様子だ。が、次の瞬間、奴の全身から無数の漆黒で長い棘が生えた。二人にダメージは及ばなかったが、かなり遠くにまで弾き飛ばされてしまった。

 

 捕らわれたISは左の逆手でIS用の大型のナイフを構えた。刃の部分や先端が大分欠けており、およそ使い物になるように見えない。

 そのナイフを右腕の上腕に突き刺し、いや叩き付けた。腕を切り離して逃れようという算段だ。この時点で腕の絶対防御は切ってある。何度も何度も叩き付け、骨をも抉る。絶叫を抑え込んでいる彼女の精神は頑強だと言えるだろう。

 

「おいアンタ!? やめろ!」

 

 千冬に似た顔が激痛と吐血で歪む様は見たくないというのが一夏の嘘偽りない心情だ。

 遂には彼女が腕を叩き切り、蹴り飛ばしてその場を転がり離れた。

 

 

 放送室に微妙な空気が流れている中、突然ジャックが前方の窓ガラスを上へと開けた。場所が場所だけに突風が吹き込んでしまう。高所でありながら窓が嵌め殺しになっていないのは、災害の際に煙を逃がすためである。

 

「さて、それでは拙者は拙者の仕事をさせていただくでござるよ」

 

 全開になった窓枠に足を引っかけ、袋から出した刀を腰に据え、どう見ても明らかに飛び降りる姿勢になったジャックに、周囲は一瞬理解が追い付かなかった。

 

「は?」

「うん?」

 

 バリアは破壊されたためアリーナまで着地できる余地がある。そしてすぐ先には一夏らが怪物と対峙している。

 

 飛び降りるにはいい日だ。

 

『ええええええぇぇぇえ!?』

 

 そのままダイブ! したジャックに周囲は騒然となるしかない。

 

「流石度胸カンスト男」

 

 簪が窓に駆け寄り、含み笑いしながらも彼が飛んでいった先を眺めた。

 

「……クレイジィ」

 

 箒としてはおかしい人間はうちの姉だけにして終わって欲しかったと切に願った。世界か。世界がおかしいのか。自分は何もできないのか。忸怩たる思いは残ってしまった。

 

 

 血を撒き散らすISを再度狙う黒い怪物。一夏らも再度攻撃を仕掛けるべく立ち上がり、吶喊を試みた。遠くてもISなら一瞬である。

 

 だが、上から何かが降ってきたと「白式」から警告を受けた一夏が対象を人だと認識するよりも速く、その誰かは黒い化け物を頭頂から前後に分割する形で一閃した。

 

 

 相手の後頭部から背中の半ばまで「魔剣」をめり込ませたジャックは即座に蹴りを入れて刀身を抜き、後転しつつ距離を取った。ようやく自分が何をやられたか悟った黒い生物は汚く甲高い絶叫を撒き散らす。怒りに我を忘れた黒い醜悪な生物は、ISなぞ忘却の彼方に追いやり、目前の剣士をただ憎み、両腕を高速で延長させ刺し殺しにかかった。

 

 ダッシュを掛けたジャックは迫りくる爪先から身を屈め掻い潜り刀で円を描いた。斬り飛ばされた腕に怪物が驚愕する頃にはジャックが脇下を横薙ぎ。胴体が分かれ一瞬胸から上が宙に浮く。

 更にジャックが地面を蹴り上げ下から斬撃、開かれた姿から八文字とも呼ばれる剣技により、哀れな生き物を絶命せしめた。

 

「え?」

「何!?」

 

 一夏と鈴音がようやく彼がジャックだと認識できた時には全てが終わっていた。ジャックが「魔剣」を鞘に納剣すると同時に怪物はズタズタに千切れ、黒い塵となって崩れ落ちた。

 

「凄ェ……」

 

 一夏はただ、彼の動きが美しい、ただそう心が囚われていた。いつまでも囚われていたかった。

 

「全部持ってかれた感ね。……それどころじゃないわね!」

 

 鈴音が発破を掛けたことで、一夏が現実に引き戻されて先のISについて思い至り、スラスターを吹かしISへ大急ぎで駆けよった。

 

「おいアンタ! 大丈夫か!?」

 

 件の少女は切断した腕の先を絶対防御によって無理矢理止血している。ISの用法に沿った緊急時の手順である。

 出血で息も荒く顔面も青白くなって血反吐まみれの少女だが、一夏から差し伸べられた手を力なくもゆっくり振り払う程度には意識はまだしっかりしていた。

 

 ここでようやく、ISを装着した千冬始め教師部隊がアリーナに雪崩れ込む。とはいえ既に終わった後なので後の祭りとなった。弁護するなら、彼女らは迅速に行動したのだ。ただ一連の事件はほんの数分の間に解決したので、完全に事後となってしまった。

 

 とはいえ状況を一瞥した千冬は即座に指示を出す。

 

「織斑! 凰! 怪我人を整備室へ搬送しろ! まだISを外すなよ? 止血が解かれる」

「お、おぅ判った!」

「君そこ持って! はい!」

『いっせーのっせ!』

 

 一夏と鈴音、他の教師らが血まみれの少女をISごと仰向けに担いでアリーナ内の整備室まで移送する。追って医師が到着後、そこでISの解除と同時に止血と輸血をしなければならない。間違えれば一気に出血しショック死だってあり得る。

 

 一連の状況を見届けた千冬が、しばらくバリアの破れた青空を眺め、視線を戻しジャックの隣に立ち、黒い煤が落ちている地面を彼と同様に眺めた。

 

「お疲れ様。……結局こいつは何だったのだろうな」

 

 千冬の問いに、ジャックは顎を手に預け、どこまで説明していいやらそもそも説明していいのか困ってしまった。

 

「説明が難しいでござる」

「知ってるなら今後のためにも聞かせてくれないか」

「承知した」

 

 かつて未来では多くの仲間とともに奴らや悪の存在を打ち滅ぼしてきた。だからというワケでもないが、今となっては話すべきことは話しておいた方がいいだろう、そう思った。

 




・謎の人
 言うまでもなかろうて。

・一夏
 割と真面目に仕事した人。この作品は大方の登場人物の精神年齢を何段階か引き上げてある。

・ジャック
 今回彼含めて何回転がったのだろう。

・千冬
 話を聞こうか酒を交えて、という台詞は自重した。
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