ブリュンヒルデ VS ヤング・サムライジャック 作:梵葉豪豪豪
その日セシリア・オルコットは倒れた。食中毒である。自作のサンドイッチを試食したことが原因らしく、寮部屋に汚染等の疑いがあるため検査が入り、一方食材を提供した購買でも生鮮食料品に関する一斉検査が行われた。関わった者たちにとっては迷惑極まりないが学園ではよくある話らしい。
ラウラ・ボーデヴィッヒは多くの授業に顔を出していない。クラスメイトとしては特に彼女へ悪意があるワケでもないので、ただ戸惑うばかりである。布仏本音曰く、どうも屋上で昼寝をしているらしい。
その屋上に上がった千冬は、本当にラウラがベンチで寝転んでいたのを確認した。彼女の掛けたヘッドホンからはもう何度目かの「HOCUS POCUS」が流れている。
「何だそこにいたのか、ラウラ」
千冬に咎める意図はない。ヘッドホンを外して一度こちらを見たものの、また空を見上げたラウラはただ無言で寝転がっている。ため息をつきそうになるところを抑えて、千冬はラウラに問いかけた。
「ここは生温く見えるか?」
「いえ別に」
学校生活そのものへの無関心を現しているが、それだけではないのも千冬は知っている。包帯に巻かれたその下の左眼を自ら抉った理由も。
「……まだ、死にたがってるのか?」
「人間死んだらそれっきりですよ。まぁ私は人間じゃありませんが」
千冬がドイツ陸軍に出向していた時、軍での扱いがあまりにも酷かったラウラを見かねて自分の弟子扱いし、できうる限りの教育を施した。落ちこぼれ扱いされ自殺一歩手前だった彼女に人並み以上の力量を持たせたと自負している。
ラウラの所属する部隊のクラリッサ・ハルフォーフ隊長から何度かラウラに関するメールを貰っているが、どうも自身の安全を顧みない、いつ死んでもおかしくない戦闘ばかりしているという。
千冬に対し「自称弟子」と微妙な距離を取っているが、自称でも名乗ってくれるだけ空虚そのものだった昔の彼女よりはマシ、と千冬は考えている。
「戻りましょうか?」
「そうだな、気が向いたら戻ってこい。クラスの皆も心配していたぞ」
「そうですか」
無理強いはしたくない。教師としてだけでなく、身内としての我儘でもある。
「少しずつでもいい、ここの生活に馴染んでいくのも悪くないぞ」
後ろ手に手を振り去っていく千冬。師匠の言葉で今更何が変わるワケでもない。その姿をラウラはただ何となしに眺めていた。
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ジャックが放課後、ナイスミドルの用務員さんと和やかに世間話をし、別れて校舎の傍をたまたま散策していた時、誰かに呼び止められた。
「ジャックさん、ごめん、こっちへ」
一夏である。ジャックを求めて方々走り回りようやく探し当てた。肩で息をする様が最小限なのは日々鍛えてきた賜物である。
「一夏殿、何かおありで?」
「うん、話はあっちで」
問答無用とばかりにジャックの手を引いて周囲の目も気にせず誘導する一夏。その切羽詰まった様子を察したジャックは、面倒見の良さを発揮して進んで協力する腹積もりで付いていくことにした。
果たしてその先、校舎の裏にある銀杏の木の陰にいたのは、箒、鈴音、シャルロットの3名であった。箒と鈴音がシャルロットを守るように立ち、鈴音が手招きしていた。ジャックを連れてくるという話は事前にしている。
「実はさ……」
一夏が先走る気持ちを隠すこともなくジャックに説明を施した。
「産業スパイ、でござるかー」
ジャックが顎に手を当て渋い顔をする。一夏の話を総合すると、シャルロットはフランスのISメーカー・デュノア社社長でもある父親から、男性操縦者のデータを盗み出す、もしくはフランスへ引き入れる、同時にドイツなど欧州の他国を妨害するよう強要されそのためだけに留学されたという。フランス政府は噛んでいないらしい。ただ、詳細な家族関係について言及を避けていたのにジャックや一夏は気付いたが敢えて触れなかった。
実のところ箒と鈴音が一夏に付き纏うシャルロットを見て、怒髪天となり彼女を物理的に吊し上げた結果判明した話である。経緯があんまりではあるが、そこは心の棚に置いておく。二人の彼女を守る決意は本物だ。
一夏がどうしても我慢できずに身振り手振りで心情を吐露した。それは純粋な義憤から来ている。
「会社ってか親にさ、無理矢理やらされるのって、あまりにも酷いと思わないか?」
「うむ、某もそう思うでござる」
一夏は両親がおらず、姉の千冬が唯一の家族だ。その絆は強い。彼の中で家族とは強固な何かだ。世の中には自分で自分の家族を害する奴がいると考えるだけでも心穏やかではない。他人事とは判っていても。
一方のジャックは、子供に襲い掛かる理不尽さは世界中を廻ってきてよく知っているしよく助けた。同意する一方で、この話にはその先があるのには容易に気付いている。ではどうするか、だ。
「だからさ、俺たちで何とかできないかな、と思ってさ」
「うむ!」
速攻で一夏とシャルロットのお互いの手をガッと掴むと、ジャックは問答無用とばかりに笑顔で引っ張っていった。
「え、ちょっと、どこへ?」
「某に考えがあるでござる」
周囲の生徒らが何事かと驚く目をまるで意に介さず、ジャックは彼らを引っ張り連れ去った。
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「デュノア殿を助けて欲しいでござる」
「何だいきなり藪から棒に」
職員室に一夏とシャル、更に箒と鈴音を引き連れてやってきたジャックは、真っ直ぐに千冬のいる机に向かった。当の千冬は書類整理の真っ最中だった。スティック状のポテトを齧る手を止め、改めて彼らに向き直る。周囲の教員らが何事かとこちらを向いた。
つまりは千冬に助けを求めようという魂胆である。丸投げとも言う。
「ジャックさぁぁぁん!?」
どう突っ込んでいいか困った一夏が縋るような梯子外されたような、ジャックについ手をかけ揺さぶってしまう。当のジャックはドヤって一夏を諭した。
「こういう時こそ大人を頼るべきでござる」
「いや、ま、そうかもしれないけど……千冬姉に迷惑掛けるワケには」
先の言葉通りの理由で、千冬を頼るという手は一夏の中で真っ先に外された選択肢である。
菓子を急いで齧り終えた千冬がフォローを出す。別にジャックの提案だからというワケではない。
「まぁ、大人を頼るってのは正しい判断だ」
「真っ先に考えるべきだったわ……」
鈴音が頭に手を乗せ片目を吊り上げる。人間煮詰まると単純な考えも出なくなるものである。
「で、デュノアの件だな。間違いなくお前たちだけでは手に余る問題だ。別室で聞くからお前ら付いてこい」
さっさと立ち上がった千冬は壁にかかった指導室の鍵を手にした。
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一夏が指導室でふと振り返ると、知らない生徒、上級生が一人立っていた。笑顔で壁に寄り添っている。
「あれ? あなた確か生徒会長……」
入学式の壇上で挨拶に立った彼女は妙にインパクトがありなんとなく覚えている。その彼女、更識楯無は扇子で口元を隠しているが、明らかににやけたままだ。
「よく覚えてくれてたわね偉いわ通りすがりの生徒会長よ。あぁ気にしなくていいわ、今は壁の染みと思ってて」
「えー……」
そう言われたので一夏は改めて室内に向き直る。机を中心に対面で千冬とシャルロットが向き合い、シャルロットの両隣に一夏、箒、鈴音が座っている。奥まった左右対称の位置にジャックと楯無が立った構図だ。
早速千冬がメモを取りつつ口火を切った。だが責める口調と目つきではない。
「まぁ何だ、デュノアの話だが、産業スパイに関すること、それで間違いないか?」
『……!』
知ってはいるかもと覚悟はしていたが、直球でその通りのことを指摘されると3人は戦慄するしかない。
「は、はい!」
シャルロットでなく一夏が代わりに答えてしまった。結構テンパってしまっているのは自覚がある。
「あぁ心配する必要はないぞ。学園側は生徒一人一人についておおよその事情は調べてある。そもそも産業スパイはここではよくある話だ」
結局はおおよそ知られていた上によくある話。3人の緊張感は更に高まるのは仕方のないことと言える。
「ただそういう生徒は大抵被害者側でもあるからな。場合によっては保護も視野に入れる話となる。デュノア、お前の事情を話してくれないか」
ボールペンを振りつつ優しく尋ねる千冬に、今度は安堵を覚える。忙しく廻る心情だが、それだけ一杯一杯なのだ。
一度落ち着いたシャルロットが、その反動で堰を切ったように話し始めた。
前半は一夏らにも話した産業スパイを強要された話、後半は溜まっていたものを吐き出すように、心情を語り始めた。父親との私生児であること、母の死後父親に引き取られたが父親の妻とは仲が良くなかったこと、その間心が死んだような孤独な生活だったこと、ISの適性を見出されてからは生活が変わったこと。
だがある時から、父親とその周りの人たちに違和感を覚え始めた。
「あの人たちの目が……信じられないかもしれないけど濁った何かのような。いつもと変わらないのに何だか僕を物を見るような感じになっていたんだ」
あれ何を話しているんだ? と一夏ら3人は違和感を覚えた。話しているうちにテンションの上がったシャルロットは自覚なく続けている。その中で千冬とジャックは思い当たる節があり段々目つきを鋭くしていく。奴らか?……と。
「あの人が……まるで人じゃないみたいで。時々黒い染みが見えるんだ」
千冬とジャックは確信した。「あの」敵だ。だが千冬はその件は後回しにし、まずはシャルロットを安心させるため話を続けた。
「デュノア。お前はどうしたい? お前本人の意志が重要だ。そこのところを確認したい」
それはシャルロットが今一番考えたくない後回しにしたいことだった。どうしても言葉に詰まる。
だが右手を箒、左手を鈴音が握り返してきた。一夏は優しく頷く。仲間がいる。それだけで今彼女の人生にブーストが掛かる。
「逃げたい……! 助けてください! あんな所にもういたくない! 僕は生きたい!」
「その言葉が聞きたかった」
これから行うことを大まかに見通し、千冬は自分の右拳を左掌に軽く叩きつけニヤリと笑う。シャルロットは学園に保護を求めた。その言質が欲しかったのだ。
「千冬姉……」
一夏がちょっと、ほんのちょっと感涙の涙を流しそうになる。あぁ自分の姉はこんなに頼りがいある人だったんだ。その事実が胸を熱くさせる。
突然、シャルロットが胸に下げたネックレスから黒い染みが生まれ熱を持った。彼女が違和感を覚えた直後にどす黒い何か、人の上半身をした、目と鼻と口がある何かが盛り上がっていく。そのおぞましい生き物に一夏、箒、鈴音は見覚えがあった。以前アリーナで遭遇したあいつの同類だ。
盛り上がりきった2mを超える怪物がシャルロットを見下ろす。初めて見る醜悪な何かに彼女は恐怖で動けず固まってしまう。奴がフランス語でただ一言、
『Cet inutle!(この役立たずが!)』
鋭い爪を宿した巨大な両腕を広げシャルロットに向かって振り下ろさんとした。
「シャル!」
彼女の左から鈴音がかばい倒れ、箒が背後で彼女を引き倒しできるだけ遠ざける。更に左から一夏が左腕にISを部分展開させ飛び込み二重にかばう。ほんの一瞬のことが彼らには長い時間に感じられた。
次の瞬間、怪物の爪が遮られた。シャルロットの左からジャックが、右から楯無がそれぞれ「魔剣」と刃の飛び出た鉄扇を振るい完璧に遮ったのだ。
同時に、背後から千冬がボールペンを振るい敵の首に突き刺していた。だが硬すぎる表面を通らずボールペンは砕けた。
『GGGGG!!』
「おい!」
間髪入れず千冬は怪物の横っ面を片方の手でぶん殴った。コンクリを粉砕する程の腕力を持つ彼女の拳が相手の頭を直角に折れ曲げさせる威力を発揮する。
『GGGAA!??』
千冬が生み出したその一瞬の間隙を逃さず、ジャックは獲物の左肩から右脇腹、大袈裟と呼ばれる技で斬り伏せ中心核もろとも真っ二つにした。
哀れな生物が汚い悲鳴を上げ、細かく砕け黒い塵と化して消えていった。後には床に黒い塵が散らばるのみである。
「お前ら! 怪我はないか!?」
千冬が真っ先に気にしたのは一夏ら4人の安泰だった。現在彼らは倒れて折り重なっている。
「だだだ大丈夫です!」
最下層にいる箒が手を挙げアピールする。上から一人一人離れていき解放されていく。自分の上にいるシャルロットは力なく倒れそうになり、慌てて支えた。
遂にはシャルロットが泣き出した。全部を吐き出すようにただ泣いた。一夏と箒、鈴音にできることはただ優しく抱きしめてあげることだった。
ふと一夏が見上げると、優しく見守る千冬と目が合った。そこには自分の理想とする姉がいた。
千冬がため息の後ふとジャックを向き、短く問う。
「あれが『奴』か」
「で、ござる」
ジャックが鷹揚に肯定した。以前もあれこれと見聞きした上で、何より直視した瞬間の不快さを含め、あれらは間違いなく人類に害悪な存在だと千冬は身をもって確信した。
「これは一度フランスへ渡る必要があるな。ジャックはどうする?」
「乗った」
一瞬の逡巡もなくジャックは即答した。二人は口を吊り上げ、目を鋭くしまさに狩人の様相を呈してきた。その雰囲気に4人は頼もしいやらちょっと怖いやら、思わず手に手を取り合ってしまう。
「ちょちょちょちょっと待ってー!」
待ったを掛けたのは楯無である。
「行くの!? 喧嘩旅するつもり!?」
千冬とジャックが揃って小首を傾げる。その妙に純粋なリアクションに楯無がイラッとした。
「その何がおかしいって顔よして! うちから政府に掛け合うから! せめて夏休みまで待って!」
猛烈に保留を叫ぶ楯無。IS界の重要人物に勝手されると監視役の沽券に関わる。
そんな楯無に一夏がつい疑問を呈する。
「あのー、生徒会長さんはどのようなお立場で?」
「日本政府お抱えの対暗部用暗部、それが我が更識家よ」
「アン?……あー日本語ワカリマセーン!」
楯無が扇子で口を隠しドヤる一方で、鈴音が意味不明さに頭を抱える。そうでなくとも暗殺部隊の略でその対策の一民間人と政府の関係などフィクションじみていて10代の彼らに判れといっても無理な相談である。日本人男子の一夏には隠密とか影の軍団と言われた方がまだ理解が早い。
「鈴、あれだ隠密、ニンジャ」
「おー」
などという益体もないトークをしている内に、シャルロットは落ち着いてきた。
「さて」
軽く首を一鳴らしした千冬は、自分の生徒に改めて軽く言い聞かせた。
「デュノアからの保護を求める意思は確認した。これからは我々大人の仕事だ」
「あの、ありがとうございます!」
「まだこれからだがな。これからだ。胸を張って生きろ」
シャルロットからの礼と笑顔は教師冥利に尽きる、かもしれない。
翌日、1年1組ではシャルロットの心からの笑顔がそこにあった。
・ラウラ
当初の予定にはなかったが、シャルの話の対として挟むべき話だと考えた。作中の曲を聴くとこのシーンでのラウラの心境が判る。
・一夏
結構頑張った。ジャックや千冬に繋がり、決して無駄にはならなかった。
・シャル
物理的に吊るし上げられた人。とはいえ仲良きことは良きことかな。後もう泣かない。ラウラにキャラが負けてる気がしないでもないが多分気のせいだ。