戸塚彩加は隠していた。   作:蒼井夕日

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はじめまして、蒼井夕日です。この作品を手に取っていただき大変ありがとうございます。
稚拙な表現が多いですが、大目に見てやってください。とつかわいい戸塚を……!


一章
第1話 戸塚彩加は隠していた。


「は、はち…まん…?」

 

「…え?」

 

 

修学旅行初日の夜、平塚先生の口封じということで雪ノ下を含めた三人でラーメンを食べ、皆が寝静まった時間帯にホテルに帰った。

 

ラーメンで少し汗ばんでしまい、消灯時間もとっくに過ぎてるが、もう1回風呂行くかと大浴場に向かう。

 

この時間だし誰もいないだろと、脱衣所に入ると………

 

「は、はち…まん…?」

 

「…え?」

 

戸塚がいる。

 

ただの戸塚じゃない。下着姿の戸塚だ。

 

戸塚は後ろ手にブラのホックをつけている途中だったようだ。

 

…おかしい。

 

下着を付けてるだけなら、“そういう趣味”として捉えることはできる。

 

しかし、俺がおかしいと思ったのはそこではない。

 

男ならあるはずの、膨らみがない。

 

いくら布越しであるからとはいえ、女物の下着をつけて膨らまないはずがない。

 

とすれば、戸塚は―――

 

「女、だったのか…?」

 

「え、と…」

 

戸塚の顔がどんどん赤くなる。

 

風呂上がりだから、という訳では無いだろう。

 

頭が真っ白になる。

 

確かに戸塚は可愛い。それも、雪ノ下や由比ヶ浜にも匹敵するほどの、もしかするとそれ以上の可愛さがある。

 

かといって、とりあえず冷静になれるかといえばそんなはずがない。

 

落ち着け俺。深呼吸だ。

 

「ええと、なに。とりあえず服を着ろ。話はそれから聞く」

 

「うん…」

 

 

戸塚が着替え終わった後、一時間ほど前に座っていた椅子と同じ椅子に腰掛ける。

 

「…」

 

「…」

 

気まずい。

 

話を聞くとか冷静に言ったけど何から聞けばいいのだろう。

 

「正直、俺もかなり戸惑ってるんだが…

なんで今まで男のフリしてたんだ?」

 

わざわざ性別を偽るなんて、理由がなければするはずがない。

 

「八幡、ごめんね。言いたくない、かな…」

 

「…そうか、別に謝んなくていいぞ。誰にも隠し事の一つや二つあるだろ」

 

「嫌いになったかな…僕の事」

 

「戸塚のことを嫌いになるなんてあるわけないだろ。

確かに女だって知った時はかなり衝撃だったが、戸塚は戸塚だ。つまり天使は天使だ」

 

「なんかよくわからないけど…。八幡に嫌われたらどうしようって思っちゃった」

 

「俺以外に知ってるやつはいるのか?」

 

「両親と、学校の先生くらいかな」

 

戸塚とて不安なのだろう。

 

男のフリをしていた理由はわからないが、隠し事をする時の罪悪感は俺にもわかる。

 

それを戸塚は、今まで一人で抱え込んできた。

 

だから、秘密を知った俺が戸塚のそばにいてやらなければならない。そう思った。

 

「とりあえず、今日はもう寝るぞ」

 

「…うん」

 

 

 

部屋に戻ると、他の男子達がほとんどの布団を使ってしまい、残ってるのは一組しかない。

 

「…どうする」

 

「いいよ、この布団で寝よ」

 

戸塚に言われ、同じ布団に入ったまではいいが…。

 

近い!戸塚が近い!

 

今までは、『戸塚は可愛いが男』の呪文で己の獣を押さえ込んできたが、秘密を知ってしまった今ではそうはいかない。

 

「近いね……」

 

どくん、と心臓が揺れる。

 

「す、すまん。逆向くわ」

 

「ううん。こっち向いてて欲しいな」

 

言って戸塚は、俺の胸に顔を埋める。

 

やばい。心臓の音が自分にも聞こえる。

 

ドキドキしすぎてセルフ太鼓の達人とか出来るレベル。

 

「と、戸塚!?八幡ちょっと色々やばいんですけど!?」

 

「…すごく不安だった。みんなに隠して、騙して。

だから、八幡に僕の秘密を知ってもらえてよかった」

 

「…」

 

戸塚は、胸の中で震えていた。

 

俺はこの子を、この女の子を守りたいと思った。

 

「下着姿を見られたのはちょっと恥ずかしかったけど…」

 

誰か!誰か僕の心を守って!獣が暴れちゃう!

 

「えへへ、やっぱ恥ずかしいね」

 

今まで戸塚に対して抱いていた可愛さの“種類”が変わったことに、俺はこの瞬間に気付いた。

 

「戸塚…」

 

俺は無意識に戸塚の背中に手を回し、抱きしめていた。

 

「はち…まん…」

 

戸塚を抱きしめて思ったが、こんなに小さい体して男だって方が不思議だよな…。

 

なんで今まで気づかなかったの?

 

抱きしめていると段々安心感が増していき、俺と戸塚は互いに眠りに落ちた。

 

 

修学旅行を終えいつも通りの学校生活に、という風には行かなかった。

 

「馴れ合いなんて、私もあなたも一番嫌うものだったのにね」

 

修学旅行最終日、俺は海老名姫菜の依頼で葉山を取り巻くグループを維持することに成功した。

 

結果としてそれが原因で俺ら奉仕部の関係は崩れてしまったのだが。

 

雪ノ下の言う通りだ。

 

俺は、雪ノ下と由比ヶ浜に依存していたのかもしれない。

 

むしろ俺にとっては、今のこの状況の方がいつも通りの学校生活なのではないだろうか。

 

 

雪ノ下の言葉を後ろに部室を出、生徒玄関へ向かう。

 

「あれ、戸塚?」

 

下駄箱の前に戸塚が座っている。誰かを待っているのだろうか。

 

「あ、八幡!部活は…もう終わったの?」

 

「あ、いや…なんつーか…」

 

「…そっか。やっぱ少し気まずいよね」

 

正直言うと、少しの騒ぎではないのだが。

 

「まあなに、いつも通りのぼっちライフが帰ってくるだけだ」

 

「…ねぇ、八幡」

 

生徒玄関から、1人、2人と生徒が出ていく。

 

外から差し込む茜色が、戸塚の背中と俺の顔を照らす。

 

「八幡は、自分が一人だって思ってる?」

 

一瞬、雪ノ下と由比ヶ浜の顔が浮かぶ。

 

『馴れ合いなんて私もあなたも一番嫌うものだったのにね』

 

そして、部室を出る時の雪ノ下の声、言葉が頭の中で流される。

 

「…ぼっちだしな」

 

今の俺には、そう答えるしか出来なかった。

 

「…僕がいるよ、八幡」

 

「…!」

 

「八幡が嫌だっていうなら仕方ないけど…。

でも、八幡が僕を嫌いになっても僕は、その…。僕はずっと、八幡のそばにいたいって思ってるよ」

 

戸塚が、こんなふうに思ってくれていたなんて初めて知った。

 

それなのに俺は、自分を1人だと自意識過剰に決めつけた。

 

戸塚は傷ついただろう。俺の言葉で。

 

「…すまない」

 

「え?」

 

「俺は、自分のことばっか考えて自分は1人だと決めつけていた。でも…」

 

「…」

 

「今は戸塚がいるしな、ぼっちな訳なかったわ。むしろリア充まである」

 

この暗くなってしまった雰囲気を取り戻そうと、俺は冗談を混ぜた。

 

いやだって、「戸塚がいるから」なんて恥ずかしくて死にそうになるじゃん?

 

「八幡…」

 

「…帰るぞ」

 

なんだか照れくさくなてしまい、俺は頭を掻きながら戸塚を促した。

 

 

「…お、お邪魔します」

 

「あれれ、戸塚さん!お久しぶりですー!」

 

なぜこうなった...

 

 

二人で帰っていると、戸塚がうちの猫の話題を持ち出した。

 

「そういえば、八幡の家って猫飼ってるんだよね」

 

「ああ、そういえば前話したっけか。戸塚はウサギが好きなんだよな」

 

「うん。でも猫もっていうか、動物はみんな好きかな」

 

さすが戸塚だ。てか、戸塚に嫌いなものなんてあるのだろうか。

 

「覚えてるかな?八幡、いつでもきていいよって」

 

「当たり前だ」

 

「...今日このあと、行ってもいいかな?」

 

「え、このあと!?」

 

「ご、ごめん。迷惑だよね。あはは」

 

「いや、ちょっとびっくりしただけだ」

 

戸塚を、家に...

 

おっといかん。思わずにやけが顔に出るところだった。

 

「じゃ、じゃあ、来るか?」

 

「いいの!?やったぁ!」

 

 

という感じで家に入れることになったのだが.....

 

「いやー戸塚さん料理得意なんですねー!」

 

「家でお母さんのお手伝いとかよくするから、家事するのは好きかな」

 

うむ。やはり戸塚はいいお嫁さんになるな。

 

っていやいや、普通に晩飯とか作ってもらっちゃってるけどいいの?

 

専業主夫(仮)たる俺が動かないでどうする!

 

しかし、戸塚が毎日料理をしてくれるなら働いても・・・

 

なんて自意識過剰なことを考えていると、戸塚と料理をしていた小町が俺の方へ寄ってくる。

 

「ねぇお兄ちゃん、聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「戸塚さんって、本当に男の子なの?」

 

どきり、とした。

 

戸塚の秘密については誰にも言わないと約束した。

 

小町はこういうところ勘がいいからな・・・

 

「あんなに可愛いけどな・・・」

 

「戸塚さんにエプロン着せるとき、なんとなくブラのホックの感触があって...」

 

ブラのホックの感覚・・・

 

一瞬羨ましい光景を想像してしまったが、今はそれどころじゃない。

 

どうする。兄妹だからなのか、小町は俺の嘘にはすぐ気づく。

 

これは戸塚に委ねるしかない。

 

「そんな気になるなら本人に聞け」

 

「うーん、後で探ってみるよ」

 

 

「美味いなこのハンバーグ」

 

「ほ、ほんと?よかったぁ」

 

やっぱ、戸塚はいいお嫁さんになるな...

 

「えっ!?」

 

「ん?」

 

あれ、もしかして口に出てたの?死にたい。

 

「いや、なに。由比ヶ浜とか見習ってほしいよな、うん」

 

必至の言い訳をしていると、小町が赤くなった戸塚の顔をまじまじ見て「やはり...」なんてつぶやいている。

 

そして、

 

「戸塚さん、女の子ですよね?」

 

「えっ」

 

赤くなった戸塚の表情が、一気に驚きへと変わった。

 

てか、探るんじゃなかったのかよ。普通に聞いてんじゃねぇか。

 

「エプロンを付けるとき、背中にブラのホックの感触があったんです」

 

「...そっかぁ。うん、そうだよ」

 

戸塚は一度深呼吸をしてから、

 

「ごめんね、今まで騙してて。小町ちゃんにもいつか言おうとしてたんだ」

 

「にもってことは、お兄ちゃん知ってたの?」

 

「...まぁ」

 

「そうだったんですね。

まあでも、普通の女の子よりも可愛い戸塚さんが男っていう方が信じられないですしね!」

 

俺と同じこと言ってんな。さすが兄妹。

 

小町は、戸塚が男のフリをしている理由を聞かなかった。

 

こういうところが、やはりできた妹だと思う。

 

「よーし!ということで、戸塚さん今日家に泊まりませんか?」

 

「っえ!?」

 

「いや、接続詞の使い方おかしいから。ついでにお前の頭もおかしいから」

 

「お兄ちゃんは黙る!!せっかく戸塚さんの秘密を知れたんですし、これを機に親睦を深めるっていうのも!」

 

小町の言うことにも一理ある。

 

戸塚が一人で秘密を背負うより、俺たち3人で背負った方がいい。

 

「どうですか?戸塚さん」

 

幸い、明日は土日で学校はない。

 

「でも...いいのかな」

「いいに決まってるだろ」

 

「お兄ちゃん即答!?」

 

「あはは。じゃあお母さんに聞いてみるね」

 

戸塚は母親に電話をかけたが、かなり早めにOKをもらえたようだ。

 

「でも、着替えどうしようかな」

 

「小町のでよければ貸します!」

 

「ほんと?ありがとう」

 

戸塚が天使の微笑みで答えた。

 

「うほぉ……お兄ちゃん。小町天使が本当にいるなんて信じてなかったよ・・・」

 

「気が合うな、俺もだ」

 

 

戸塚と小町は一緒に風呂に入っている。

 

男としての欲望が現れそうになるが、嫌われたくないのでそんなことはしない。

 

「っく……戸塚が女だって知らなければ覗いてもよかったのか・・・?」

 

いや絶対だめでしょ。

 

 

”実は女”キャラなんて、アニメだとよく見る。

 

たとえば、イン〇〇ニット・ス〇ラトスとか。僕は〇〇が少ないとか。

 

友達が少ないとか余計なお世話だから。小町と戸塚がいる勝ち組リア充だから。

 

 

 

「やっぱ戸塚さんって、肌すごいキレイですねー」

 

「そんなことないよ、小町ちゃんだってすごくつやつやしてるよね」

 

「こんなにきれいで可愛いのに、ばれたことないんですか?」

 

「初対面の人には女の子だよねって言われるけど、男だよっていうとみんな信じるから」

 

「確かに小町もそれで信じちゃったからなぁ。...ところで戸塚さん」

 

「なに?」

 

「戸塚さんも女の子ですし、やっぱ好きな人とかいないんですか?」

 

「えっ!?えっと...」

 

「大丈夫ですよ、お兄ちゃんには秘密にしますから!」

 

「じゃあ、僕のお願いも一つだけ聞いてくれるかな?」

 

「はい!」

 

「彩加って呼んでくれないかな...?」

 

「うほぉ...小町、いけない方向に進んじゃいそうだよ・・・

わかりました!彩加先輩!」

 

「好きな人って言っていいのかわからないけど、気になってる人は……」

 

 

「ずいぶん盛り上がってたみたいだが、何話してたんだ?」

 

内容はわからなかったが、浴室の反響のせいできゃっきゃうふふとここまで聞こえていた。主に小町のだが。

 

「いや、なんでもないよー?」

 

小町が嘘をつくときは俺もわかるのだが、追及しないでおいた。

 

「戸塚、もしかして湯あたりか?すげー顔赤いけど」

 

「えっ!?だ、大丈夫だよ」

 

俺が聞くと、さらに戸塚の顔が朱色に染まる。

 

本当に大丈夫だろうか。

 

小町のパジャマも戸塚が着ると、違う服のように見える。

 

なんか、いい。端的に言って激カワだ。

 

「冷凍庫にアイス入ってるから、食っていいぞ」

 

小町の「わーい!」という言葉を後ろに俺はシャワーだけ浴びた。

 

湯船につかるのはなんとなく背徳感がすごくて出来なかった。

 

おい誰だ!ヘタレとかいったの!!

 

 

シャワーを浴びていると、今日ずっと逃げていたことを思い出す。

 

雪ノ下と、由比ヶ浜のこと。もっと言えば一色の選挙のこと。

 

「馴れ合い、か...」

 

俺は、雪ノ下のこの言葉を否定すべきだったのだろうか。

 

慣れ合っていたつもりなどない。

 

居心地が良かったのだ。

 

特に何をするでもなく、3人で雪ノ下の入れた紅茶を飲みながら過ごす時間が。

 

そう思っていたのは、思っているのは俺だけなのだろうか。

 

今の奉仕部は、俺がなんとかしなければならない。

 

そうしなければ、きっと誰かが欠けてしまう、そんな予感がしていた。

 

 

「それじゃ、小町もう寝るからまた明日!!」

 

「え?ちょおい戸塚は…」

 

戸塚どこで寝るんだよ。

 

「あ、そうだ」

 

言って、半分部屋からでかけた体をひねらせ、

 

「彩加先輩はお兄ちゃんの部屋で寝てください♪」

 

「...」

 

「...」

 

 

「二回目だね、八幡」

 

「そ、そうだな」

 

息が!戸塚の息が!

 

さすがに二人きりはまずいから俺はリビングで寝るといったのだが、戸塚にそれはだめだと言われた。

 

前はほかの男子達がいたからいいが今日は…

 

「……」

 

「...」

 

暗いおかげで互いの表情は見えないが、戸塚の吐息がかかってくすぐったい。

 

「僕、八幡のこの匂い好きだな」

 

心臓が揺れる。二度目だ。

 

「ななな、なんだよ急に...」

 

「えへへ、なんだろうね...」

 

意識するな、という方が無理だ。

 

お互いの表情が見えないからこそ、余計にドキドキしてしまう。戸塚を女の子だと、意識させられる。

 

数十秒の沈黙が続いた。

 

 

「戸塚は、好きな人とかいるのか?」

 

自分でも驚くほど無意識に、口に出ていた。

 

「...」

 

...あれ?俺なに口に出しちゃってるのん!?お口ゆるゆるになったのん!?

 

お口ゆるゆるって、なんかいけない言葉みたいだな。

 

「...」

 

さっきから戸塚がだんまりしてる。

 

やはり俺の質問に戸惑っているのだろうか。

 

考えていただけのつもりだったのだが、何故か言葉にしてしまった。

 

これでいるとか答えられたらどうすんだよ。むしろ気まずいだろ。

 

「...」

 

それにしてもだんまりすぎじゃないか?もしかして時空の狭間に迷い込んじゃったの?

 

「と、戸塚?」

 

「すぅ...すぅ...」

 

まさかの寝落ちって。どこのラノベだよ。

 

まぁ、聞かれなくてよかったが。

 

「...寝るか」

 

戸塚の好きな人。それ考え始めてしまうと、胸が痛んだ。

 

 

「んんぅ...はちまん...」

 

「ん、んんぅ...。って戸塚!?」

 

朝チュン!?朝チュンなのか!?

 

戸塚が俺の胸の中で寝ている。

 

ってこれやばい!!見えそうです!何がとは言わないけど見えそう!!

 

その見えそうで見えない慎ましやかな谷間に目が行ってしまう。やっぱ女の子なんだな...

 

少しくらい触っても...いい訳ないだろ俺!

 

「戸塚頼む、起きてくれ。一刻を争うんだ」

 

俺はなるべく下を見ないように、戸塚の肩を優しく揺らす。

 

じゃないと俺の中のダークフレイムマスターがアウェイクしちゃうから。

 

「ん、んぅ...はち、まん?」

 

「ああそうだ。今はまだ八幡だ。おはよう」

 

「おはよう...あ、ご、ごめん!」

 

戸塚は慌てて俺から少し離れ、胸を押さえる。

 

「戸塚って寝ぐせ立たないんだな」

 

天使だからか、知ってた。

 

「寝る前にちゃんと髪乾かしたからね。八幡すごいよ、ライオンみたい」

 

ふふっと戸塚が微笑む。

 

「あぁ、直さなきゃな。下行くか」

 

 

「おはよーお兄ちゃん!彩加先輩!」

 

「おはよ」

 

「おはよう小町ちゃん。朝ごはん作るの手伝おうか?」

 

「いえいえー大丈夫ですよ!」

 

「そっか、じゃあちょっと洗面所借りるね」

 

んじゃ俺もと洗面所に向かう。

 

 

うお、ほんとにライオンみたいだな。

 

「今日、何しよっか」

 

タオルで顔を拭き終えた戸塚が聞く。

 

「あぁ、そうだな。なんかやりたいことあるか?」

 

「やりたいことっていうか、水族館に行ってみたい、かな」

 

「行ったことないのか?」

 

「うん。理由はわかんないんだけど、お父さんが魚にトラウマがあるみたいで」

 

なにがあったんだよ戸塚の父ちゃん・・・。

 

「だめ、かな?」

 

「ダメなわけないだろ行こうすぐ行こう」

 

普通なら土日に外出なんてことは絶対しないが、戸塚や小町と一緒なら喜んで出掛ける。

 

チョロすぎだろ俺。

 

「えへへ、ありがとう。でも小町ちゃんが作った朝ごはん食べてからね」

 

 

「小町も来るよな?」

 

「ごめんなさい彩加さん!小町とてもとても行きたいのですが、なにぶんこれでも受験生の身でして勉強しなければならないんです。

なのでお兄ちゃんと”二人で”行ってもらえませんか?」

 

「そっか、勉強なら仕方ないよね。ね、八幡」

 

「お、おう」

 

つまり二人っきりということはデートでいいんですよね。

 

「お兄ちゃんにやにやしすぎてきもいよ」

 

「もっとオブラートに包んで言えよ...」

 

 

さすがに朝から行くのは早いということで、昼過ぎまでかまくらと遊んだり本を読んだりして時間をつぶした。

 

聞くと、戸塚は読書が趣味だそうだ。

 

今度おすすめの本とか紹介しあおう。

 

 

「んじゃ、お土産よろしくねー!」

 

「おぉ」「行ってきます」

 

ちなみに、戸塚の服は小町が貸した。

 

あまり女の子女の子しすぎると、万が一ばったり知り合いに出くわした場合にバレる可能性があるため、小町が持っている服の中でも中性的で、肌をあまり見せないカジュアルな服装となっている。

 

くそぅ、女の子女の子な戸塚が見たいよぅ...

 

駅まで歩き、そこから数十分ほど電車に揺られる。

 

今日俺たちが向かう水族館は県境に位置しており、そのすぐそばにある観覧車は日本最大級の大きさを誇る。らしい。

 

改札を出ると、嫌でもその大観覧車が視界に移る。

 

「やっぱでけぇな」

 

「すごい大きい観覧車だね。八幡来たことあるの?」

 

「小さいころ家族でよく来てたんだ。そんときはもっとでかく見えたけどな」

 

見上げた後、観覧車の西側へと進んでいく。

 

案内板を信用する限り、水族館の方向はこちらで合っているようだ。

 

人間どころか案内板まで疑い始めちゃったよ。刑事とか向いてるのかしら。

 

休日という事もあって、家族連れが多い。学生はあまりいないようだ。

 

これなら知り合いに出くわすこともないだろうな。

 

戸塚とのデートに水差されたくないし。

 

特にあの愚腐腐女には会いたくない。

 

『あれれ!!私の知らない所でトツ×ハチがヒートアップ!?!?隼人くんと戸部っちのフラストレーションがとまらないよっ!!!私の心はエキサイティングだよっ!!!!』

 

うえぇ、想像だけでもめんどくさいのが伝わってくる。

 

ちなみに、あーしさんの『自重しろし』もセットで聞こえてきた。

 

あーしさん、ああ見えていい人だからなぁ。

 

案内板の指示通り進んでいると、ドーム型の建物、水族館が見えてきた。

 

「入るか」

 

「うん!」

 

中に入りエスカレーターを下っていくと、暗くなるにつれて闇の中へ引き込まれるような感覚になる。

 

エスカレーターが終着点までつくと、すぐ目の前には大きな水槽が広がり、闇から青へと景色が変わった。

 

「八幡!魚だよ!魚がいっぱい!」

 

戸塚がはしゃいでる。可愛い。

 

水槽の中で、小さくて色鮮やかな魚たちが悠々と泳いでいる。

 

「おぉ、これはカクレクマノミか」

 

生で見るのは初めてだ。

 

カクレクマノミはあれな、〇モな。

 

「写真撮ろうよ八幡」

 

「ん、撮ってやるか?」

 

「違うよ、二人でだよ」

 

言って、戸塚はポケットからスマホを取り出し、傍に来る。

 

そして、カクレクマノミや、なんか青い魚などを背景にカメラを構える。

 

これは所謂自撮りというやつか。やったことないからわからんが。

 

てか、この青い魚も〇モで見た気がするな・・・

 

「八幡もっとくっついて」

 

「お、おう」

 

近い!最近戸塚が近い!

 

「えへへ、僕自撮りとか初めてしたよ。八幡にも送っとくね」

 

戸塚の初めてか。悪くない。

 

『男は女の最初になりたがり、女は男の最後になりたがる。』

 

イギリスの作家、オスカーワイルドがこんな名言を残した。

 

基本的に闘争心のない俺はあまりこの名言に納得いかなかった時期もあったが、ワイルドさん、俺わかった気がするよ。

 

 

水槽に沿って歩いていくと、気づけば小魚ゾーンは終了したようで今度は大物ゾーンへと変わっていた。

 

その後も、進んでいけばいくほどいろんな種類の魚が見れて結構面白かった。

 

「一周したね」

 

「結構時間かかったな」

 

「この後どうしようか?」

 

スマホで時間を確認すると、16時を回っている。

 

「そうだな、あんまり遅くなってもあれだし、観覧車乗って帰るか」

 

帰る、という言葉を当たり前のように使った。

 

俺はどっちの意味で使ったのだろうか。

 

「うん!」

 

この返事も、どっちの意味だろうか。

 

 

日本最大級(仮)を誇るだけあって、結構高い。

 

一周は25分だから、あと12,13分くらいだろう。

 

「八幡はさ」

 

水族館での思い出話を終え、少しの沈黙が続いた後戸塚が口を開いた。

 

「彼女とか、いたことある?」

 

「...え?」

 

唐突の質問に思わず聞き返してしまった。

 

「ご、ごめん。ちょっと気になって...」

 

「...ない」

 

恋愛経験豊富だったけどな。主に失恋の方に。

 

にしても、戸塚が恋愛話をするとは意外だ。

 

「そうなんだ...そっか」

 

「戸塚はあるのか?」

 

「ぼ、僕もないよ。ほら、男の子のフリしてるから」

 

少し、安心してしまった。

 

そういえば、戸塚はいつから男のフリをしているのだろうか。

 

「にしても急だな...」

 

「今まで恋愛とかしなかったから、これが好きって気持ちなのか、よくわかんないんだ」

 

...ん?

 

「と、戸塚好きな人いるのか!?」

 

「...あ、えっと...」

 

俺の脳内で、ガーンとよくアニメで出るような効果音が流れた。

 

と、とつかぁ…

 

「ち、ちがうよ!ほ、星がきれいだよ八幡!」

 

「星全然出てないけど...」

 

ごまかしてるつもりだろうが、全然ごまかせてない。

 

可愛い。

 

「うぅ...」

 

戸塚に好きな人がいる。何故か胸がざわざわする。

 

 

戸塚が落ち込んだところでちょうど観覧車が一周した。

 

「帰るか」

 

 

俺らは少しだけ気まずい空気で電車に乗り、来た時と同じ駅で降りた。

 

改札を出ると、外はすっかり暗くなっていた。

 

「今日、すごく楽しかったよ。久しぶりにお出かけしたなぁ」

 

「俺もだ。ありがとうな」

 

「お礼を言うのはこっちだよ、ありがとう」

 

また、沈黙が流れる。

 

「...それじゃ、またね」

 

「あ...」

 

振り返りかけた体を戻し、戸塚が不思議そうな顔で俺を見る。

 

「暗いし、家まで送る」

 

 

戸塚の家は駅を出て西の方向にあるようだ。

 

歩いていくほど人通りは減り、少し肌寒さを感じる。

 

その間俺は、戸塚の好きな人についてずっと考えていた。

 

戸塚は男女ともに人気だ。

 

しかし誰か特定の男子といる、というところはあまり見かけない。

 

まさか材木座か?んなわけない。あってはいけない。

 

というか、男子の知り合いが少なすぎて誰も思い浮かばない。

 

あれこれ考えていると、戸塚の電話が鳴る。

 

母親からのようだ。

 

少しの会話を済ませると、戸塚がスマホを耳から外し、

 

「お母さんが八幡と話したいって」

 

え、何怖い。

 

恐る恐るスマホを受け取り耳に当てる。

 

「...代わりました。比企谷です」

 

「あなたが八幡くんねぇ。昨日と今日の二日間、彩加のことありがとう」

 

電話越しでもわかるほど、戸塚の母親は優しそうだった。

 

なんというか、母性という言葉がしっくりくる。

 

「いえ、俺も楽しかったです」

 

「それでね、お返しと言ってはなんだけど、今度うちに泊まりに来ない?」

 

と、戸塚の家に!?それは所謂家族公認というやつなのか!?そうなのか!?

 

「いや、さすがにそれはまずいんじゃ...一応男ですし」

 

見ると、戸塚の顔が真っ赤になっている。聞こえてたのか。

 

「彩加が信頼してる人なら大歓迎よ」

 

「...はぁ、機会があれば」

 

ないだろうと思って答えた。

 

「それじゃあ、彩加のこと今後もよろしく」

 

言って電話が切られた。

 

「なんか、ごめんね」

 

「あ、いや、大丈夫だ」

 

また気まずい空気が流れたまま家の前まで来た。

 

「送ってくれてありがとう。小町ちゃんに借りた服は月曜日返すね」

 

「ああ、またいつでも来ていいからな」

 

「で、でもさすがに悪いよ。...いきたい、けど」

 

後半、まったく聞こえなかった。

 

「それじゃ、また学校で」

 

「ああ、またな」

 

 

帰る途中、小町にお土産を要求されていたことに気づき、ちょっとお高いプリンを買って帰ることにした。

 

戸塚の好きな人は、やはりわからなかった。

 

 

戸塚とのデートから日をまたぎ、今日は週末である。

 

ホームルームを終えるとすぐ、戸塚が聞いてきた。

 

「八幡、今日奉仕部に来てくれる?」

 

「どうした?」

 

「ちょっと話したいことあるんだ」

 

「…わかった」

 

一体何を話すのだろうか。

 

俺と戸塚は2人部室へ向かうと、由比ヶ浜と雪ノ下は例の席へ座っていた。

 

ここ数日部活を休んでいた俺と、めったに来ることのない戸塚の組み合わせに疑問を思ったのか、不思議そうにこちらを見ている。

 

「ヒッキーと彩ちゃん?どうしたの?」

 

「うん、ちょっと話したいことがあって八幡にも来てもらったんだ」

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が戸塚を依頼人用の席へと促す。

 

俺は入ってすぐ手前の椅子に座る。

 

由比ヶ浜の右側、戸塚の左側だ。

 

「それで、話とは何かしら」

 

話し、という単語からして依頼ではないのだろう。

 

戸塚は一度深呼吸をしてから雪ノ下の問いかけに答える。

 

「僕、ずっと騙してたんだ、みんなのこと」

 

戸塚が言いながら俺の方を見る。

 

まさか、言うつもりなのだろうか。

 

言わせても、いいのだろうか。

 

しかしそれを考える隙も、止める隙も与えられず、戸塚は続きを話した。

 

 

「戸塚、なんで…」

 

「そう、だったのね」

 

「…そっか」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は、戸塚の話をあっさり信じた。

 

「お前ら、信じるのか?」

 

「まあね、だって彩ちゃんだもん」

 

「少し、いえ、だいぶ驚いたけど信じるわ」

 

「信じてくれてありがとう、二人とも」

 

「あなたは知っていたのでしょう?」

 

「まあ、修学旅行の時にな…」

 

「なんでヒッキーが知ってるの!?ずるい!変態!ヒッキー!」

 

「おい、ヒッキーを罵倒用語で使うな」

 

「しかし、何故それを今?」

 

そう、今重要なのはなぜ戸塚がこの奉仕部で秘密を明かしたのかという事だ。

 

「生徒会のことで依頼があったって聞いて、八幡最近部活出てなかったからそのことで悩んでるんじゃないかって思って」

 

「…」

 

「ええ、比企谷君の案は私が否定したわ」

 

「それと、雪ノ下さんが立候補するって聞いたんだ」

 

「…!」

 

「ゆきのんが…?」

 

「…」

 

「本当なのか、雪ノ下」

 

「ええ、本当よ」

 

雪ノ下は、何でもないことのように肯定した。

 

「生徒会の仕事についてはある程度わかってるし、私なら一色さん相手にも問題なく勝つことが出来るわ」

 

それは、そうなのだろうと思う。

 

文化祭でも見せた雪ノ下の手際の良さは俺もよく知っている。ネームバリューとしても申し分無い。

 

しかし…

 

「じゃあ、ゆきのんが当選した後、奉仕部はどうなるの?」

 

由比ヶ浜が、俺の考えをテレパシーで受け取ったかのように聞いた。

 

「奉仕部にも、出れるわ」

 

「無理だよ、きっと」

 

由比ヶ浜の言う通りだ。

 

俺ら一般生徒にとって生徒会の認識なんて『何してるかわからないけどなんかしてる人』程度のものでしかないが、文化祭でも知るように雪ノ下はきっと、一人で何でもこなしてしまうだろう。

 

そう考えれば、生徒会と奉仕部の両方を掛け持ちするのは至難だろう。

 

「それと、戸塚の話には何が関係してるんだ?」

 

脱線しかけたところで話題を戻す。

 

「うん、だから八幡にはもっと自分に正直になってほしいなって」

 

「え、俺!?」

 

唐突のご指名に思わず驚いてしまった。

 

「効率とかそういうの全部抜きにしてさ、八幡は雪ノ下さんにどうしてほしいのかな」

 

戸塚はおそらく、俺がこの一週間悩んでいたことに気づいていたのだろう。

 

それも、かなり的確に。

 

鈍感そうに見える戸塚であるが、意外とこういうところは鋭い。

 

「...」

 

「だからまずは僕から正直になろう!って思ってね」

 

つまり戸塚は、俺が雪ノ下や由比ヶ浜に対して欺瞞で取り繕うことができない状況を、嘘をつけない状況を、逃げることの許されない状況をつくってくれたのだ。

 

修学旅行での失態を、ミスを繰り返させないように。

 

俺に、また大切な人を傷つけた時の痛みを味合わせないために。

 

「俺は...」

 

だから、格好悪くてもいい。戸塚がくれたこのチャンスを、自分の秘密をうち明かしてまでくれたこのチャンスを逃すわけにいかない。

 

「俺は雪ノ下が生徒会に立候補することに反対だ。由比ヶ浜の言った通り、お前は段々奉仕部に来れなくなる。

 

お前は俺らのしてきたことを馴れ合いだと言った。実際そうだったのかもしれない。

 

でも俺は、この三人で、奉仕部の三人でいる時間が好きだった。ただ紅茶を飲んで本読んで、雪ノ下と由比ヶ浜の会話に耳を傾けるのが好きだった。その時間を俺は...」

 

自分でも壊れたんじゃないかと思うくらいの本音がどんどん溢れ出てくる。

 

まるで、酒に酔っているかのように。

 

顔を持ち上げる。

 

雪ノ下と由比ヶ浜が目を見開いて、驚いた表情で俺を見ていた。

 

戸塚の表情はとても優しく、暖かかった。

 

三人の表情を見て、続きの言葉がなかなか出てきてくれない。

 

しかし、由比ヶ浜が俺の思いを受け取ったと言わんばかりに薄く、柔らかく微笑んだ。

 

「初めてだね。ヒッキーがこんなに正直になるの」

 

そして、微笑んだ由比ヶ浜の頬に涙が伝う。なんでお前が泣くんだよ。

 

「...そうね。比企谷菌でも降るのかしら」

 

冗談を言う雪ノ下の表情はとても柔らかかった。

 

「なんだよ、それ...」

 

さっきまでの緊張感に張り巡らされた空気は一気に優しい空気に包まれた。

 

そう、俺はこの空気が好きなんだ。

 

「ありがとな、戸塚」

 

「ううん、僕は、なにも...」

 

ずっと微笑んで俺の話を聞いていた戸塚の目から涙が溢れ出す。

 

「なんで戸塚まで...」

 

「あはは、僕も嬉しくて...」

 

なんか一気に恥ずかしくなってきた。

 

俺すごい恥ずかしいこと言わなかった?

 

 

「お前らに頼みがある」

 

戸塚がくれたチャンスを俺は絶対逃がさない。

 

取り戻したこの奉仕部を、守るために。

 

そして、雪ノ下を生徒会に立候補をさせないために。

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜、加えて戸塚や小町、ついでに材木座の力を借りて選挙の依頼はなんとか幕を閉じた。

 

結果として一色は生徒会長になり、雪ノ下が立候補することを阻止できめでたくハッピーエンドだ。

 

「最初からやるなら依頼すんなよ、俺がどんだけ恥ずかしい思いを...」

 

「先輩が推したから立候補したんですよ!」

 

「いやまぁそうなんだけど...」

 

「先輩にたぶらかされました。責任とってください」

 

この後輩知り合って2週間しか経ってないのにかなり面倒くさい。

 

この面倒くさい新生徒会長をほっといて俺は生徒会室を出る。

 

ちなみに生徒会室では、明日発表する選挙の結果を一足先に一色と見るために来たのだ。

 

「部活ねぇし帰るか...」

 

すると、下駄箱の前で戸塚が座っている。

 

前にも、こんな光景あったな。

 

「戸塚、誰か待ってるのか?」

 

「うん。一緒に帰ろ、八幡」

 

 

「ありがとな、戸塚。奉仕部の件も選挙の件も」

 

自転車を押しながら戸塚と帰路につく。

 

今回はほとんどが戸塚のおかげと言っていい程、戸塚は俺のサポートを全力でしてくれた。

 

「ううん、僕がやりたかっただけだよ」

 

「それでも、助かった」

 

戸塚がいなければ、成功しえなかっただろう。

 

少しの沈黙が続く。

 

空は相変わらず、茜色の景色を見せつけてくる。

 

人通りが少ない。お互いの靴が地面をたたく音がよく聞こえる。

 

 

「ねぇ八幡」

 

戸塚は顔を赤く染める。

 

きっと、夕日が差し込んでいるからだろう。

 

そして、

 

「明日、泊まりに来ない?」

 

俺たちの始まりは、いつも唐突だった。

 

「え、明日!?泊まりに!?」

 

「あはは、お母さんがどうしても泊まらせたいってずっと言ってて…だめかな?」

 

「いやでもな…」

 

戸塚の家に…

 

ゴクリと、俺と戸塚が同じ布団で寝る所を一瞬想像してしまう。

 

「さすがにまずいんじゃないのか?」

 

「でも八幡、機会があればって言ってたから...」

 

いかん、戸塚が落ち込んでいる。

 

男は女を泣かしたらだめってママに教わったのに。教わってない。

 

戸塚と同じ布団で寝るのは何回かあったし...

 

いやいや、なんで同じ布団で寝る前提なんだよ。

 

俺の脳内で大戦争(葛藤)が行われていると、落ち込んだ表情から一転今度は微笑んで言った。

 

「あはは、ごめんね。嫌だよね。やっぱさっきの提案忘れて」

 

「ち、ちがうぞ戸塚!別に嫌とかじゃないんだ。むしろ全世界を敵に回してでも行きたいまである」

 

俺必死すぎてきもい。

 

「...」

 

「わかった。行く」

 

「ほんと!?ありがとう八幡!」

 

戸塚の表情が、ぱぁっと明るくなる。

 

この笑顔には、一生勝てる気がしないなと思った。

 

 

「なんかお兄ちゃん、最近変わったよね」

 

「何だよ急に...」

 

家に帰ると、おかえりも言わずに小町が変なことを言う。

 

「目が前より生きてる」

 

おい、それを言うなら生き生きしてるだろ。

 

「これも彩加先輩のおかげかなぁ。このこのー」

 

「…」

 

戸塚と、本当の意味で知り合ってから数週間が経った。

 

秘密を知ってからそれ程日は経ってないが、でも一緒いる時間は前よりも長くなり、少しずつだが戸塚の事を知っていくようになった。

 

好きな人はまだわからないが…いや、わかりたくないだけである。

 

「小町、俺明日戸塚の家に泊まるから」

 

「!!!お兄ちゃん!ついに!ついに!!」

 

「ちがう。おやすみ」

 

小町が面倒くさくなるのは分かってたので即答してそそくさとリビングを出る。

 

今日は早めに寝なければ。明日は戸塚の家に...

 

この高鳴る胸に夢と希望を抱いて、八幡は羽ばたきます。

 

今までありがとう、父ちゃん、母ちゃん、小町...

 

 

現在の時刻、17時

 

てっきり昼くらいに行くもんだと思っていたのだが、戸塚が午後に部活があるという事でこの時間になった。

 

戸塚の家は、以前水族館に行った時に覚えていたのでその点は苦にならなかった。

 

しかし、心の点では超苦。

 

早めに寝るとか言ってまったく寝れなかった。女子の家に泊まるとか初めてだし。

 

 

あとはこのインターホンを鳴らすだけだ。

 

鳴らすだけなのだが、右手がプルプルして全然押せない。

 

っふ、もうこの右手も使い物にならねぇな...

 

俺の右手がうずき始めたその時、

 

「八幡、どうしたの?」

 

「うぉっ!びっくりした...戸塚か」

 

ガチャっと扉が開き、戸塚が不思議そうな顔で見る。

 

「二階の窓から八幡が来るの見えたのに、全然入ってこないからさ」

 

見られてたのかよ。

 

もしかして右手がうずいてる所とか見られてたの?

 

俺=中二病=材木座すなわち俺=材木座の方程式完成しちゃったの!?

 

八幡中二病でも恋しないよっ!!

 

「あの、どうぞ」

 

戸塚が中へ入るように促す。

 

部屋着が可愛い。

 

「お、お邪魔します」

 

入ると、前に電話した戸塚の母親がおそらくリビングから出てくる。

 

「あらあらいらっしゃい。八幡くんよね。来てくれてありがとう」

 

「どうも。あの、来ておいてなんですが本当に泊まっていいんですかね」

 

「いいにきまってるじゃない。彩加はいつもテニスと八幡くんの話しかしないんだから」

 

「言わなくていいよお母さん!」

 

戸塚の母は、まったくと言っていいほど戸塚に似ていなかった。

 

戸塚を少しからかうような態度からして、性格は少し子供っぽいというか、やんちゃな感じだろうか。

 

それに反し、見た目は大人っぽく、美人。

 

「八幡、上行こ」

 

「ゆっくりしてってねぇ」という声を後ろに、戸塚は逃げるように俺の背中を押して二階へと上がった。

 

 

「にしても、戸塚の母ちゃんと戸塚全然似てねぇな」

 

部屋に入ると、戸塚は疲れ半分呆れ半分といった表情をしている。

 

こんな表情もするんだな...

 

「あはは、よく言われるよ」

 

戸塚の部屋はいたってシンプル。

 

入ってすぐ左にベッド。中央には丸いテーブル。奥には窓がある。さっきはここから見ていたのだろう。

 

「適当に座って」

 

「お、おう」

 

どこに座ればいいんだ。ベッドか?ベッドはアウトか!?いや、勇気を出せ!俺!!

 

仕方なく、ベッドと丸テーブルに挟まれる感じで床に座った。

 

おい、誰だヘタレとか言ったの。

 

「部活だったんだよな、戸塚」

 

「うん。八幡が来る前に急いでシャワー浴びたんだ」

 

そういえば、すこし髪が濡れている気がする。

 

それにほんのり顔が赤くないか?

 

...

 

「と、とつかは普段なにしてるんだ!?」

 

戸塚のシャワーシーンを想像しかけたが、ほかの話題で気をそらす。危ない。

 

「うーん、家にいるときは読書かな。本好きだから」

 

そういえば、入ったときは自然とベッドの方に気を取られていたが、そのベッドの逆方向には本棚がある。

 

「結構本入ってるな。見てもいいか?」

 

「うん!八幡と本の話したかったんだぁ」

 

戸塚が家に来た時、俺もそんなことを思っていた。

 

みると、様々なジャンルがある。恋愛やミステリー、サスペンス。

 

中には本屋大賞、芥川賞作品なども置かれている。

 

「色々あるなぁ。あ、コンビニ人間」

 

「あ、それ最近読んだんだ。面白かったよ」

 

これ結構人気らしいな。読んでみるか。

 

「てか思ったんだが、部屋に来てお互い本読むってなんかあれだな...」

 

「あはは、それもそうだね」

 

ここで本を読んでしまったら、男として失格な気がした。

 

 

「おお、もうこんな時間か」

 

お互いの好きな本について語り合っていると、気づけばもう19時を回るところだった。

 

「八幡と話すの、やっぱ楽しいなぁ」

 

ちょっと、急にそういうのやめてね。ドキがムネムネしてメロメロになるから。

 

「二人とも、お腹空いてない?ご飯できてるよ」

 

まるでずっとタイミングを見計らっていたように戸塚の母が入ってくる。

 

この人本当にずっとドアの前に立ってたんじゃないだろうな...

 

「八幡どうする?」

 

「あ、いただきます」

 

 

リビングの食卓で出てきたのはクリームシチューだった。

 

小町が作るクリームシチューは豚肉派なのだが、戸塚家では鶏肉らしい。

 

鶏肉は柔らかく、人参とジャガイモの甘味がクリームシチューのまろやかさを際立たせている。

 

なにこれ超うまい。

 

「八幡くんは、彼女とかいるの?」

 

シチューに気を取られていると、戸塚の母ちゃんがすごいにやにやした顔で聞いてきた。

 

どことなく、戸塚のスプーンが止まった気がした。

 

「え、いやいないっすよ」

 

「ならさ、彩加もらってくれない?」

 

「ッゴホ!な、急に何を...」

 

シチューが口に入っていたら完全に吐き出していた。

 

「お、お母さん!」

 

「あははー、八幡くんいいと思うけどなぁ?こんな美味しそうにご飯食べてくれるし」

 

「いやさすがに...」

 

「なら、私がもらっちゃおうかなぁ」

 

ふふっと冗談めかした様子でからかう。

 

「そ、それはだめだよ!!」

 

戸塚が大声になるなんて珍しい。いいぞ、言ったれ。

 

「なんで?」

 

「それは...」

 

ちらり、と戸塚がこちらを見る。

 

そして、一気に顔がリンゴのように赤くなり、俯いて黙ってしまった。あれ...?

 

「ふふ、冗談。ごめんね八幡くん、面白くなっちゃって」

 

「あ、いえ...」

 

この人美人のくせになかなか小悪魔だな...

 

と、一瞬うちの生徒会長の顔が浮かぶがすぐに掻き消す。

 

「そういえば、戸塚の父ちゃんは仕事か?」

 

「あ、うん。でもあと一週間帰ってこないんだって。よくあるんだけどね」

 

「そ、そうなのか」

 

良かった。初日から戸塚の父ちゃんと会う度胸なんてない。

 

『彩加は絶対にやらぁん!!!』なんて言われたらどうしようかしらとか思った。

 

「いつかお父さんにも挨拶してもらうからね♪」

 

この母ちゃんには一生勝てる気がしない。

 

「戸塚さんは、テニスとかされてたんですか?」

 

なんとか話題をそらす。

 

「高校から大学までやってたかな。でも疲れたから途中でやめちゃった」

 

子供っぽさ、やんちゃさ、小悪魔ぶりだけでなくマイペースさも兼ね備えているのか...

 

身近に思い当たる人物が多すぎる...

 

「でも僕はずっと続けたいかな。疲れるけど、やっぱ楽しいし」

 

「俺もずっとテニス姿の戸塚を見たい」

 

「八幡...」

 

反射的に答えてしまった。横に小悪魔がいることを忘れて。

 

「お熱いねぇ」

 

「...御馳走様でした。食器は...」

 

「あ、置いといていいよ。適当にテレビとか見てていいから」

 

「いえ、自分のは自分で洗いますよ」

 

「そう?じゃあ、お願いね」

 

 

戸塚が飯を食べてるところを食器を洗いながら見守る。良い。

 

「戸塚さんって呼ぶの、なんか堅苦しくない?」

 

「そうですかね」

 

戸塚の母ちゃんが俺のほうへ寄って来て言う。

 

「でも何て呼べば...」

 

「うーん、間をとってお義母さんってのはどう?」

 

何と何の間をとってそうなったのか知りたい。いや知らなくていいや。

 

「それはちょっと、まだ早いっていうか」

 

軽く流したつもりだったのだが、俺にしては軽い発言だったと後から後悔したがもう遅かった。

 

「まだ、ねぇ」

 

またにやにやしている。っくそぅ!俺のバカ!もうしらない!

 

「ありがとね、八幡くん」

 

突然に、後ろの戸塚にぎりぎり聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで戸塚さんが言った。

 

しかしその言葉の意味しているところが解らずその続きに耳を傾ける。

 

「ほら、彩加が女の子って知ってる人は少ないから、支えになってくれるのは本当にありがたいの」

 

秘密を知ったとき俺は、支えにならなければ。そう思っていた。

 

だが、一緒にいる時間が長くなるにつれそんなことはとうに忘れていたのだ。

 

いや、そんな必要がないと気づいたからなのかもしれない。

 

「一緒にいたいから、いるだけっすよ」

 

今度は戸塚さんにも聞こえるかどうか怪しい大きさで返事をした。

 

すると、今日見ていた中でも一番といっていいほど優しく微笑んだ。

 

「...よかった」

 

そう呟くと、すべての食器を洗い終えた。

 

 

「お風呂のお湯入ってるから、入っていいよ八幡くん」

 

「あ、いえ。俺は最後でいいですよ」

 

俺の後に入られるのも気遣うしな。

 

べ、べつに戸塚の使ったお湯でなんかしようとか考えてないから。断じて。

 

「そっか、じゃあ僕先はいるね」

 

想像してはだめだ。修行僧になれ。

 

そういえば、シャワー浴びたんじゃなかったっけ?

 

戸塚が風呂に向かうと、戸塚さんがコーヒーを差し出してくれた。

 

「どうも」

 

すごい甘めに作ってくれてる。MAXコーヒーほどではないが、何故俺の好みがわかったのだろうか。

 

「いやあ、久々のお客さんで楽しいなぁ。お客さんっていうのはちょっとよそよそしいかな」

 

先ほどから距離感が全く読めない。

 

早く籍入れればいいのに、と小声で聞こえた気がする。気のせいだ。

 

「彩加は中学までテニスの話ばっかしてね、友達の話とか全然しなかったんだ」

 

この人の情緒はわからないなと思ったが、耳を傾ける。

 

「でも最近は由比ヶ浜さん、雪ノ下さん、選挙のことなんかも話しててすごい楽しそうなの。

 

そのどんな話をするにも八幡くんがいるんだよね。だからよほど大切なんだと思う」

 

どこか照れくささを覚え、目をそらしてしまう。

 

「あの...」

 

男のフリをしている理由、戸塚はその理由を言いたくないと言っていたが、その母を目の前にしてしまうと気になった。

 

「んー?」

 

「...いえ、なんでもないです」

 

「なんで男のフリをしているか、でしょ?」

 

エスパーなの?というツッコミは浮かばなかった。

 

「まぁ、でも戸塚には言いたくないって言われたんで」

 

「...八幡くん、彩加のことこれからも任せていいかな。そして、その覚悟はある?」

 

戸塚さんは真剣に、俺の目をまっすぐ見て言った。

 

任せる、という言葉がどういう意味なのかはよくわからない。

 

”俺に”かもしれないし、”俺たちに”なのかもしれない。

 

戸塚は、こんなひねくれた俺と真摯に向き合ってくれた。

 

自分の秘密を明かしてまで俺に勇気をくれた。

 

戸塚のおかげで俺は雪ノ下と由比ヶ浜に初めて自分の本音を言えた。

 

だから俺は...

 

「一緒にいたいから、いるだけです。それはこれからも同じです」

 

数十分前と同じことを、しかし確固とした決意をもって俺は返した。

 

「あはは、やっぱ八幡くんでよかったなぁ。うん、じゃあ話してあげる」

 

「...」

 

「彩加は、昔はむしろ男の子っぽい顔でね、そのことであまり学校の人と上手くいってなかったの」

 

「女の子なのに男の子みたいってだけですごい同級生にからかわれてて。ううん、からかうよりももっとひどいものだったかな」

 

おそらく小学生の頃の話だろう。

 

小学生なんて、大した理由もなく理不尽にいじめが起きるものだ。

 

千葉村で会った鶴見留美のように。

 

「だから中学、高校にはもういっそのこと男として入学させたい、そしたらいじめはきっとなくなるってお父さんが言って。最初は軽はずみなんじゃないのって思ったんだけどね」

 

「それで学校側は認めたんですか?」

 

「普通は認めないけどね。お父さんが知り合いの先生に頼んで何とかなったんだ。今思えば、すごく運がよかったのかもね」

 

「...」

 

「そしたら、今度はあんなに可愛くなっちゃうじゃない?

 

やっぱ軽はずみだったんじゃないかってお父さんと話したんだけど、でも彩加は今がすごく楽しいって毎日のように話してくれるから良かった」

 

「そう、だったんですか」

 

戸塚が、自分では話したくないと言っていた理由がよく分かった。

 

自分がいじめられていたからなんて、誰も話したくならないだろう。

 

「だから、本当にありがとう」

 

感謝を言われるようなことは何もしていない。

 

むしろ、助けられてばかりなのに。

 

「それじゃ、彩加が戻ってきたら怒られちゃうからおしまい!コーヒーおかわりいる?」

 

「あ、お願いします」

 

 

戸塚がいじめられていた。聞いていて怒りと憎しみが湧き上がっていた。

 

でも、知ってよかったとも思った。

 

 

「あの、俺ってどこで寝ればいいんですかね」

 

「彩加の部屋に決まってるでしょ?」

 

え、決まってるの!?

 

「さすがにそれは...」

 

「八幡...」

 

その上目遣いは何を意味している!?OKなのか!?

 

「それじゃ、頑張ってねー」

 

言ってそそくさとリビングを去っていった。

 

小町と同じパターンかよ...

 

「...」

 

「...」

 

ほら!また気まずい空気流れてる!

 

「...はちまん、行こ」

 

「は、はい」

 

何故か敬語になってしまった。

 

緊張の度が今までと桁違いなんだが。 

 

 

「...」

 

「...」

 

「八幡、緊張してる?」

 

「な、なんでそう思うんだ?」

 

戸塚に心を見透かされたのは初めてな気がした。

 

「顔真っ赤だから」

 

「いや、これは風呂上がりだから...」

 

「それに、どくん、どくんって」

 

戸塚は俺の胸に手を当てて言った。

 

「男は大変なんだよ...」

 

「...女の子も、大変かもしれないよ?」

 

「え...?」

 

静かな声でつぶやく。

 

言われた瞬間、頭が真っ白になった。

 

どくん、どくん。

 

この音は、きっと俺の音だ。と思う。

 

「八幡」

 

「...」

 

無言でその続きを待つ。

 

戸塚の吐息が、俺の首筋をくすぐる。

 

秒針の刻む音だけが聞こえる。

 

今、何時だろう。

 

「...」

 

「...」

 

続きを待ったが、数十秒待ってもその続きを口にしない。

 

「...八幡」

 

もう一度、俺の名前を呼ぶ。

 

そして、

 

「キス、してもいい?」

 

「...え?」

 

随分と阿保っぽい甲高い声が出た。

 

その瞬間、カチッという音が聞こえた。

 

急な事だが、頭は随分と冴えてる。

 

戸塚は俺に覆いかぶさるようにしてキスをした。

 

キスをしてから30秒ほど経った。長い。息を吸ってもいいのだろうか。

 

戸塚はゆっくりと唇を離し、呼吸をするチャンスを与えてくれる。

 

そしてまた、唇を重ねてきた。

 

キスを、している。ファーストキスだ。しかしそんなこと今はどうでもいい。

 

戸塚が愛おしくて仕方がない。

 

それから数分間、俺たちは酔っているかのように唇を重ねあった。

 

 

「...」

 

「...」

 

なんだこの気まずさは...

 

いや理由はわかってるんだけどさ。

 

俺たちはキスをした後、危なくその先へ進みそうになった雰囲気をなんとか持ち前の理性でとどめた。

 

そして一旦電気をつける。じゃないと危ないから。

 

「ええと...」

 

顔を朱色に染めてもじもじする。くそ、持ちこたえろ俺の理性!

 

「まぁ、なに。ええと...」

 

俺も黙ってしまう。

 

今伝えるべきなのだろうか。

 

戸塚に対する気持ちはとっくに気づいていた。

 

「...」

 

しかし、戸塚は男のフリをしている。付き合っていることがばれたらどうなる?

 

てか付き合える前提かよ。でもキスしたしな...

 

働きすぎる理性が邪魔をする。

 

あと一歩を踏み出せない。

 

「僕、八幡が好き」

 

「え、いやあのえっと...え!?」

 

葛藤しているところに思わぬ告白。

 

驚きが少し遅れる。

 

「ずっと、好きでした。付き合ってください」

 

「ちょ、それ俺のセリフだろ...」

 

「あはは、ごめん」

 

女子に告白させちゃったよ。いいのかこれで。

 

「告白、俺からさせてくれないか」

 

「...だめ」

 

だめかよ。こんな頑固だったっけ?

 

「...なら、同時に、とか」

 

「うん!」

 

俺の変な提案に、戸塚は太陽のように、いや、向日葵のように微笑んだ。

 

「俺の、彼女になってください」「僕と、付き合ってください」

 

...あれ?

 

「八幡合わせてよ!」

 

「いやそんなこと言われましても...」

 

普通ここってぴったりそろってEDじゃないの?

 

「むぅ」

 

「...はははっ」「あっははははっ」

 

まったくしまらない告白に吹き出してしまう。

 

今はこれが、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

ひとしきり笑い終えた後、どちらからというわけでもなく、今度はさっきよりも優しいキスをした。

 

 

「朝ごはんできたよー」

 

椅子に座ると、卵焼き、ソーセージ、焼き魚に味噌汁がテーブルに並んでいる。美味そうだ。

 

気づくと、戸塚さんがじろじろ見ている。なんだ。

 

「二人とも、なんか...」

 

ぎくっとした。

 

エスパー能力も末期まで来たのか?

 

戸塚は戸塚でもじもじしている。

 

そして、にやっとした後、

 

「ほーん、へぇ、うふふ。いただきます」

 

その反応やめてくださいお願いします。恥ずかしくて死にそうです。

 

にしてもよく告白できたな俺...

 

昨夜のことを思い出す。

 

だがキスよりも、戸塚の笑顔が一番印象的なのはなぜだろう。

 

今はまだ、わからなくてもいいか。

 

向日葵は、『花が太陽の方向に向く』というのが語源だそうだ。

 

お互いが向き合う。向き合って成長する。

 

だから、戸塚が向日葵に、俺が太陽に...は無理がありすぎるか。

 

「んじゃ、いただきます」「僕もいただきます」

 

俺が戸塚にしてあげられること、それは考えるだけ無駄なのかもしれない。

 

理屈、義務、責任、そんな言葉すべて蹴散らして、俺らは一緒に歩むことを決めたのだ。

 

「いただきますお義母さん、ね?」

 

鬱陶しいなと思いながらも、いつかそうなればいいと思ってしまう自分がいた。

 

家帰ったら、小町に甘い卵焼きの練習してもらわなきゃな。

 




一応この物語ここで完結の予定だったんですが、思ったよりも戸塚パワー不足してる人多いんですよね。続編書きます。
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