「先輩ってほんとにぶちんですね」
「急になんだよ…」
「先輩はこう思ってるはずです。なぜ昨日私があんな事をしたのかと」
平らな胸を堂々と張り、人差し指を立てながら偉そうな態度をとる一色。
「まあ、そりゃあ思うだろ。落ち込み方が普通じゃなかったしな」
「それで、なぜだと思いますか?」
「その答えを教えてくれるんじゃないのかよ」
「ほらほら、考えて!」
「んな事言われてもなぁ…」
からかってたとしか思えない。
「また葉山相手の練習か?」
1番可能性のある理由を言ったのに、2人が大きくため息をつく。
「最低です先輩」
「えぇ…」
部室来てからというもの罵られてばかりだ。アレなの?Sに目覚めたの?
「なんで私もここにいるのかも考えてねヒッキー」
「…」
俺の屁理屈しか思いつかない脳をありったけ働かせ、アレかコレかと記憶を辿るがやはり思い当たる節はない。
「も、もう無理だよぉ…ふえぇ…」と脳みそちゃんのロリボイスが聞こえたところでようやく諦める。
「…すまん、もうお手上げだ。教えてくれ」
「わかりました」
一色は、ちらと由比ヶ浜の方に視線を向けてから、もう一度俺の目を捕らえる。
そのしっかりと意志をもった目で思わず気圧されてしまう。
「難しく考えすぎですよ。私があんなことをしたのは、単に私がしたかったからですよ」
「したかった?何で」
「な、なんでって……好き、だからですよ…」
「ん?聞こえんぞ」
「先輩のことが好きって言ってるんですよ!!!!バカ!!!」
「え?好き?俺の事が?マジ?」
唐突の告白に戸惑いが隠せないでいると、由比ヶ浜もその後に続いた。
「私もヒッキーのことが好きだよ」
「…ちょ、ちょっと待ってくれ」
整理しよう。
一色と由比ヶ浜が俺に告白をした。以上。
冗談、ではないのだろうか。
「私たちの気持ちです。もちろん嘘じゃないですよ?」
俺の無駄な懸念は一色にばっさり切り捨てられる。
二人が俺のことを好き、というのは正直信じられない。
いや、逃げていただけなのかもしれない。知らないふりをしていただけなのかもしれない。
由比ヶ浜の態度を見れば、もしかしたら俺の事、なんて何度も思ったが、その度に勘違いだと自分に言い聞かせてきた。
というか、一色はマジで嘘なんじゃないかと思っているが、昨日のことなどを考えると合点が付く。
「ケジメみたいなものです。先輩はあまり気にしないでください」
「うん。ヒッキーが彩ちゃんにぞっこんなのは分かってるから。私たちの勝手なわがままに付き合わせてごめんね」
「いや、でも...」
「いいから!早く彩ちゃんのとこ行く!!」
「早く行かないと明日と明後日の予定私達で埋めちゃいますよ?」
「それはやめてくれ...さんきゅな。それと、すまん」
「...うん」「...許します」
それぞれ返事をした二人の女の子は、とても優しい、温かい微笑みを俺に向けてくれた。
しかし優しいその笑顔を、俺は見ていることが出来なかった。
*
「はちまーん!」
由比ヶ浜と一色の告白を受けた後、戸塚をクリスマスに誘うために教室へ戻る。
すると戸塚は、太陽も
「ああ、戸塚か。ちょうどよかった」「八幡、ちょうどよかったよー」
声が重なってしまい、戸塚はえへへっと微笑む。なんだそれ可愛いなお前。
目の前にいる女の子の可愛さに見惚れつつ、先にどうぞと顔だけで促す。
「うん、明日のイブなんだけどさ、予定あるかな?」
*
今日はイエスさんが誕生した日と言われるクリスマスイブだ。
正確には今日なのか明日なのかわからないが、そんなイエスさんの誕生日、俺はデートの申し込みをされた。
滅多に帰らない戸塚の父ちゃんが今日だけはいるから俺に会わせたいと悪魔、もとい戸塚の母ちゃんが提案した。
その提案というのは、ホテルを借りて4人で家族パーティをしようというものらしい。俺家族じゃないんですけど。
そしてその予約したホテルには温水プールが付いており、パーティまで二人でそこで遊ぶ、という所までがとつ母ちゃんの提案だ。
とつ母ちゃんの提案に乗るのは少々癪ではあるが、温水プール。プール。つまり、戸塚の水着姿を拝めるのだ。そんなの断るわけがないだろ。
現在地は駅前。今日の待ち合わせ場所である。
そして、現在の時刻16時。待ち合わせ時間の一時間前だ。張り切りすぎだろ俺。
一時間もどうしようかしらと、頭を悩ませていると、人込みをかき分けながらこちらへ向かってくる女の子が見えた。
「戸塚?」
「え、八幡!?まだ一時間前だよ!?」
「いや、なに。全然待ってないから。うん」
用意していたセリフを言うと、戸塚はぽかーんとした顔をしたかと思うと、くすっと笑う。
うーん、どう考えても今言うタイミングじゃなかったですね。だって小町に言えって言われたんだもん。
てか戸塚も一時間前に来てるし。もしかして楽しみだったの?単純に照れてしまいましたどうも俺です。
「...って戸塚!?その服...」
戸塚の全身を眺めてみれば、めっちゃ女の子女の子な服装であることに気づく。
トップスは黒ニットで肩掛けバッグ。ボトムスはスカートでそのスカートの奥から覗く細い足を覆うタイツに艶めかしさを覚える。
普段から可愛い戸塚だが、今日の私服を見ると、キレイな大人な女性という感じが印象的だ。
正直言って、そこら辺を歩くケバいJDと比にならない程可愛い。いや、控えめに言って可愛い。念のため言うが、可愛い。
「えへへ、ちょっと頑張ってみたんだ。どうかな...?」
「いやもう俺の彼女可愛すぎるから。マジで」
「ほんと!?よかったぁ」
心底ほっとした表情を見せる戸塚だが、しかしそれよりも俺が気にするべきは...
「いいのか?そんな女子っぽい恰好しても。ばれるんじゃないか?」
「せっかくのクリスマスデートだし...僕だってちゃんと女の子なところ見せたい」
ちょっと拗ねたような戸塚の表情で、思わず胸がどくん、と弾む。
「そ、そうか......行くか」
「うん!」
いつもより、レーザーポインタースキルを最大限に発揮しながら電車に乗る。
俺たちが目指す温水プール付きホテルは、調べてみると電車で20分のところに位置しているらしい。
「そういえば、戸塚随分荷物少ないな。水着とか持ってきたのか?」
目的地についてから気づいたが、戸塚は肩から掛けている小さなバッグしかもっていない。
そこに水着が入っているとは考えにくいが...
「荷物は先に部屋に送ってあるからね」
なるほど、そういうサービスもあるのね。勉強になるわ。
どこぞの雪ペディアさんを心の中で真似つつ改札を抜けると、俺が想像していたよりも何倍もでかい、そしてセレブ感満載な建物が嫌でも視界に映る。
「それじゃ、はいろっか」
え、これが今日いってたホテル?八幡お財布大丈夫かしら。
ホテル代は私に任せて!というとつ母ちゃんの言葉を一瞬忘れ、恐る恐るホテル内に入る。
チェックインを済ませると、「僕荷物取りに行くから先に行ってて!」と言われたので仕方なく一人でプールに向かい、水着に着替える。
わかってはいたが、プールも尋常じゃないくらいでかい。例えるならそうだな、サンパレスくらい。行ったことないけど。なんなら見たこともないまである。
戸塚の水着姿を心待ちにしつつ準備運動をしていると、カップルや子連れの家族が多いことに気が付く。
それに右を向いてみれば、思わず「なんだこれ...」と声に出してしまうほど巨大なウォータースライダー。
の、乗りたくねぇ。
準備運動を終えると、とんとんと肩を突かれ振り返る。
すると、
「...」
胸が、どくん。痛いくらいに弾んだのは、目の前の女の子が原因だ。
てっきりワンピースとか露出の少ない水着で来ると油断していた。
しかし目の前の彼女が身に着けているのは、フリル付きのピンクのビキニ。
俺の視線は、慎ましやかなその胸の上から見える白い鎖骨。そして白いお腹、白い太ももへと釘付けにされる。
声を出すことを、いや、床に足がついていることすら忘れていた俺は、やっと目の前の女の子が戸塚であることに気が付く。
「と、とつか、さん...?」
「あの、あまり見られると、恥ずかしい...です...」
「すすすすすすまん!さーてなにに乗りますか?」
あまりの
「あ、あそこに行こうなんか面白そうだー」
「う、うん」
俺が適当に指を指したのは、さっきの巨大ウォータースライダー。
行くと言ってしまった以上引くわけにいかない。
プールはカップルやら家族やらで相当賑わっているはずなのに、鼓膜には俺の後ろでぺたぺたと歩く戸塚の足音だけが届く。
気づけば頂上までもう来ており、こちらですと案内するお姉さんに促される。戸塚もおずおずといった様子でついてくる。
するとそのさわやかお姉さんは「カップルですねー。では女の子の方は前へ。男の子はその後ろへ」
いまいち説明の要領を得られず、左のレーンのカップルをちらと見ると文字通りぴったりくっついていた。
え、これやるの?ちかない?それちかない??
「ぼ、僕前はちょっと怖いな」
「それなら彼氏さん、前へ」
「は、はい」
言われるがままに滑り台のように腰を下ろす。
すると、「し、失礼します」という可愛らしい声が後ろから聞こえたかと思うと、戸塚は俺のお腹に手を回す。
背中の、この、感触...
やばい!!当たってる!マシュマロ当たってるから!
当たる二つのマシュマロのせいで背中がピンとなってしまう。
「それでは、いってらっしゃーい!」
「...え」
*
「...はぁ、はぁ、はぁ」
「楽しかったね!八幡!」
「お、おう...ちょっと...休憩...」
あれから戸塚はすっかりウォータースライダーの虜となり、驚愕の5周もした。
三半規管が大して強くない俺は、車酔いになったかのように眩暈がする。
入口横のベンチに二人で腰かけると、くらくらしていた頭に酸素が配られていくような感覚が心地いい。
「ご、ごめんね。僕楽しくて...」
い、いかん!戸塚が落ち込んでる!
「俺も楽しかった。こんなに楽しんでもらえたなら、やっぱ来てよかったわ」
俺の金じゃないけど。
「良かったぁ。それじゃあそろそろ着替えよっか」
言って、それぞれ更衣室へ向かい、来たときと同じ私服に着替える。
女子の着替えはやはり男子より長いのか、ロビーの自販機で買ったマッ缶を飲み終えたころに戸塚が更衣室から出てきた。
「遅れてごめん!それじゃあ...」
戸塚が何か言いかけたところで携帯が鳴る。
通知音からして、俺のではなく戸塚のだ。
「もしもし、お母さん?」
相手の話し声はこちらまでは聞こえないが、恐らくあの小悪魔さんと電話をしているのだろう。
タイミングよく、今のロビーはチェックインする人もプールを出入りする人も2,3人しかおらず、高級感あふれるホテルが一層落ち着いた雰囲気を醸し出している。
電話を切ったかと思うと、戸塚の顔が一気に真っ赤になる。
正確に言えば電話をしている途中には既に赤かった。
するとゆっくり口を開いた戸塚は、目線を俺の胸あたりで固定させてぼそり、と、それでも確かに聞き取れる声で言った。
「お母さんたち来れないから、部屋に二人だけだって...」
プールから出てくる子連れの親子が、視界に入った。
Q.部屋で二人きりなら、みんなは何する?
「そんなの一つしかないでしょー」
「そうだね。マンツーマンでお互い良いパートナーシップを築いて行くチャンスだよね。メンズ側のアクティブもポイントだけど、やはりお互いのコンセンサスが優先かな」
「それある!」
今日も玉縄は元気です。