戸塚彩加は隠していた。   作:蒼井夕日

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終章
第17話 強がり。


戸塚が千葉の大学附属病院に入院していると知ったのは、冬休みを開けて最初の登校日だった。

 

あの日感じた喪失感から、俺は冬休み中何度も戸塚にメールを送った。電話も掛けた。しかし、戸塚がそれに応えることは一度もなかった。

 

コール音を重ねるたびに募る不安。聞き飽きた機械的な女性の声。

 

その後戸塚の家には一度だけ訪れた。しかしドアを開けた先に立っていたのは娘には似ても似つかない容姿の戸塚の母親がいるだけ。

 

いや、いるだけというのはだいぶ違う。かなりやつれていたのがわかった。訪れた俺の顔も、たぶんこんな感じなのだろうかと思った。

 

戸塚の母は、何故戸塚が家を留守にしていたのかを教えてはくれなかった。ただ、「ごめんなさい」と言うだけ。

 

俺もそれ以上深入りしようとはしなかった。怖かったからだ。

 

あの喪失感が、ただの気のせいであってほしいと。そう自分に言い聞かせた。

 

受験を控えた小町の前では、極力なんでもないような態度を心掛けていたが、それでもきっと、小町は見透かしていただろう。

 

戸塚彩加が隠していること。削った睡眠時間の分だけ考えては行きつく結論はいつも同じ。

 

”病気”

 

それが、どれほどの年数がかかるのか、いつから患っていたのか、どれほど重いものなのかは、戸塚の母親の様子を思い出せば大体見当がついていた。

 

 

爆発しそうな不安を抱えたまま始業式を終え、平塚先生から聞いた少し離れた病院へと向かう。

 

つんと鼻を刺激する病院独特の匂いに少しだけ嫌悪感を抱きながら、リノリウムの床を歩いていく。

 

やがて『201 戸塚彩加様』と表記されたプレートの前までくると、一度だけ大きく深呼吸をする。

 

部室のものと同じスライド式、それと異なって確かな重量となめらかさを感じながらそのドアをゆっくりと開く。

 

開けてすぐに目に入ったのは、白く清潔なベッドの上で体を起こして陽が差す窓の方を見つめる清楚な女の子。

 

その女の子は、ドアの音に気付くとこちらをゆっくりと振り向く。

 

少しだけ驚いた表情を見せるが、その目に映っている俺は、それよりもっと驚いた表情を浮かべているだろう。

 

「とつ、か......?」

 

正直、もっと重体だと思っていたのだ。最悪のケースも何度も想像した。

 

しかし数メートル先に見える女の子は、確かな命を宿して、そこにいてくれたのだ。

 

「八幡」

 

何時間、何十時間とかけて蓄積してきた不安の塊は、その声を聞いた瞬間に溶かされ、一瞬で蒸発する。

 

「戸塚...」

 

ゆっくりと歩み寄る。

 

近づくにつれて、戸塚の視線は落ちていく。

 

俯いた表情の戸塚に、「何で教えてくれなかったんだ」とは言わなかった。それをわかってやるのが、俺の仕事なのだから。

 

「よかった...」

 

言って、どこか前よりも白くなった戸塚の細い手を優しく握る。

 

「......聞かないの?」

 

「言いたくないんだろ?」

 

「...」

 

「言いたくなったらっていうのもおかしいけど、お前のタイミングで教えてくれればいい」

 

「.........ごめん、なさい...」

 

握った手をさらに強く握り返すと、ぽたりと俺の手の甲に一滴の涙が零れる。

 

「ごめんなさい......」

 

「なんでお前が謝るんだよ。むしろ謝るのは俺だっつの...」

 

「だって...僕は.........」

 

「いいから。言わなくて、いいから」

 

その先を言わせまいと、包むように戸塚を抱きしめる。

 

本当は気づいていたのだ。

 

1月1日に感じた喪失感。戸塚の母の様子。そして、今の戸塚を見てみれば、嫌でもそれに気づいてしまう。

 

不思議と俺は、取り乱しはしなかった。

 

暫く、体温を確かめ合うような抱擁をすると、戸塚は幾分か落ち着いたのか、小さな声で口を開いた。

 

「やっぱり、今言わなきゃ...」

 

どれだけの決意、覚悟をもった言葉なのかは戸塚の目を見れば一目瞭然だった。

 

その覚悟に応えるべく、俺は静かに耳を傾ける。

 

「僕の寿命は、半年もないかもしれないんだ」

 

「.........え」

 

音が、消える。

 

心臓が握りつぶされたような感覚に陥り、全身の血液が一気に凍る。

 

息が、呼吸が、止まった。

 

あの日感じた喪失感が、また違う濃度を蓄えて再び俺に押しかかる。

 

「はん、とし...?」

 

寿命が限られているという事には察しがついていた。

 

3年か、長くても5年か。いずれにせよ、それを聞く覚悟が、しっかりと出来ていたはずだった。

 

それなのに...

 

「そんな顔しないで、八幡」

 

こんな状況で、何故俺が慰められているのか。

 

そんな優しい声かけやがって、立場逆だっつーの。

 

「...」

 

寿命が半年の彼女を前にして、俺が落ち込んでいる場合じゃないだろ。

 

一番不安なのは、目の前にいる女の子のはずなのに。

 

「......そうだな、落ち込んでる場合じゃないよな。すまん」

 

「それにね」

 

「...?」

 

「助かる可能性だって、ゼロじゃないんだよ?」

 

そう言った戸塚の微笑みは、今までにないくらいに、美しかった。

 

「...お前なら、できる。絶対だ」

 

「うん!!」

 

元気に返事をすると、スライド式のドアが音もたてずに開かれる。

 

「比企谷さん、面会の時間が過ぎましたので御帰宅の準備をお願いします」

 

「それじゃ、またね八幡」

 

「あぁ、またくる」

 

戸塚に手を振って病室を出ると、つんと、病院独特の匂いが鼻を刺激した。

 

――――――――

 

黙ったまま入院して、そのことを怒られるんじゃないかって今日八幡に会うまで怖かった。

 

そのくせに、ゆっくりとドアが開いた時、胸がはずんだように嬉しくなった。

 

来てくれた。一回くらい怒られてもいいかなって。そんなこと考えちゃうなんて、場違いだったかな。

 

泣かないつもりだったのに、涙出ちゃったよ。

 

怒られるどころか、「よかった」って、すごい安心した顔してくれて。

 

そんな八幡を、心配させたくないって、一つだけ、嘘をついた。

 

もう少しだけ、強がりでいさせて。

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