戸塚彩加は隠していた。   作:蒼井夕日

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第19話 陽炎。そしてこれから。

気付けば4つある季節を二つだけ跨ぎ、マフラーを巻いていない首元に走る風が冷たいと感じる時期になった。

 

小町は無事に総武高校に入学し、そしてまた気付けばよくわからん部活の一員となってしまった。

 

あれだけダメだってお父さん言ったのに!

 

しかし今の奉仕部がどんな活動をしているのかはいまいちわかっていない。

 

それは俺だけでなく、部長である雪ノ下や何故か副部長である由比ヶ浜も同じようだ。

 

現在は一色率いて小町と...あのむかつくお邪魔虫がなにやら頑張ってくれているらしい。(小町情報)

 

 

教室に入ってみれば、騒がしいリア充メンバーもクラス分けのおかげでおらず、昨年に比べれば多少静かなクラスとなった。

 

それでも、多少なのだが。

 

「あ、おはようヒッキー!ここなんだけどさー...」

 

今年も同じクラスになった騒がしいリア充メンバーの一人、由比ヶ浜結衣が挨拶を返す間もなく一枚のA4用紙を押し付けてくる。

 

しかも、席替えで隣の席になるとか、俺はどんだけついてないんだか...

 

「んぁ?この問題か、ここはだな...」

 

「それだぁ!」

 

いやまだ教えてないのに勝手に納得するとかどういう脳みそしてるんですかね。なに、天才なの?アインシュタインのひ孫なの?

 

「...」

 

受験モードなのは由比ヶ浜だけでなく、朝から単語帳やら問題集やらを机に広げている生徒も半数はいる。

 

俺もそれに倣って単語帳を開いたりなんかはしない。朝は机に突っ伏すると心に決めているのだ。

 

「ねぇヒッキー」

 

「ん?」

 

「今日から2年生修学旅行なんだって。懐かしいね」

 

懐かしい、か。

 

ふと、ちょうど一年前の事が頭を過る。

 

俺と戸塚が、本当の意味で初めて出会った日。

 

よくよく考えれば、あの日平塚先生が酒盛りしに抜け出さなければあんなことにはならなかったんだよな。

 

分岐点は無限だな、と格言じみたことを思ってしまう。

 

「やめてくれ。懐かしくて泣きそうになる」

 

最終日に、俺の勝手で由比ヶ浜を傷つけてしまった事。

 

それを思い出してしまい、思わず冗談で取り繕ってしまう。

 

「色々、あったなぁ...」

 

感慨深げに、由比ヶ浜が小さく呟く。

 

そんな横顔に、つい見惚れてしまうほどの色気があった。もちろん惚れないけどね。

 

「お前も、なんか大人っぽくなったよな、いろいろと」

 

「え、ほんと!?へっへーん」

 

褒めると子供っぽくなるところは変わってないのね。

 

 

5限目の地獄の数学を終え、6限目が始まるまであと3分といった頃に、俺はふと窓の外を眺めていた。

 

朝の空を覆いつくしていた雲は、気づけば遥か向こうまで風に流され、ほとんど平行に差し込む夕日に思わず目を細める。

 

数100m先の千葉の街を見下ろしたが、そこにあるはずの道路がない。

 

その代わり、季節外れの陽炎(かげろう)が見えていた。

 

俺の視線につられたのか、由比ヶ浜も窓の方へと首をひねる。

 

「ヒッキー、なんか見えるの?」

 

「え、いや...」

 

俺にしか見えていないのだろうか。

 

一度由比ヶ浜に移した視線を再び窓の外に移すと、”陽炎”はもうすでに消えていた。

 

そこに見えいていたのは、”海”だった。

 

「ヒッキー...?」

 

そう認識した瞬間に、俺はゆらりと席を立ち、教室を飛び出した。

 

 

『...よし、わかった。治ったら、行くか、海』

 

『ほんと!?約束だよ!!』

 

『ああ、約束だ』

 

あの海を見た瞬間、数か月前に戸塚と交わした会話が、再生ボタンを押したように流された。

 

予感を、いや、確信したんだ。

 

季節外れの陽炎。

 

平行に差し込む夕日。

 

変わる陽炎。

 

一年記念日。

 

二人だけの約束を、今果たしに行かなければならないのだ。

 

学校を出てから5分ほど走り続けたせいで、肺と心臓は悲鳴を上げ、俺に抵抗する風は期待通りに冷たい。

 

それでも、胸が、温かい。心の中に、火のついた蝋燭を入れたような感覚だ。

 

俺じゃないもう一人の生命が、意識が、俺の中に今、宿っている。

 

やがて病院のロビーまでくると、全力疾走していた足を一度止め、大きく深呼吸をする。

 

汗だくのせいで肌に張り付くシャツに少しだけ不快感を感じながら、201号室へとゆっくり歩いていく。

 

頬を伝って、一滴二滴と水滴が落ちる。

 

『201 戸塚彩加様』と書かれたネームプレートをしっかり確認してから、もう一度深呼吸をする。

 

頬を伝って、三滴四滴と水滴が落ちる。

 

部室と同じスライド式、それとは異なって滑らかで確かな重量を感じるそのドアを開く。

 

その隙間から、眩しいくらいの陽光が差し込んだ。

 

最初に視界に入ったのは、白く清潔なシーツの上で窓の外を見つめる清楚な女の子。

 

女の子は、陽光を浴びた体を、ゆっくりとこちらに捻る。

 

そして、

 

 

「ただいま」

 

 

愛しくて仕方がないその声を、棒立ちする俺にかけてくれる。

 

「ああ、おかえり」

 

頬を伝う水滴は、数えることができない程に流れる。

 

「泣きすぎだよ、八幡」

 

言われて顔を触ってみれば、自分でも引くくらいに濡れていた。

 

「これは......汗、だから...」

 

「こっち、来て」

 

言われるがままに、白いベッドに腰掛ける。

 

近くに戸塚を感じてしまうと、半年も耐えてきたこの気持ちを、開放させたいという欲望が高まってしまう。

 

今すぐ戸塚を、抱きしめたい。

 

そんな俺の心を見透かしたのか、戸塚は無言のまま微笑んで、俺の首に腕を回す。

 

「我慢、しないでよ」

 

気付けば俺は、戸塚の唇を奪っていた。

 

 

「むぅ......痛い...」

 

「す、すまん...でも我慢すんなと言ったのはお前だ。俺は悪くない。むしろ仕事を真っ当したビジネスマンまである」

 

「また意味わからないこと言って...」

 

ちょっと拗ねたような顔をする戸塚。久々にこの言葉を使おう。とつかわいい

 

「体とか、大丈夫なのか?」

 

「筋肉とか結構衰えてるから、暫くリハビリはしなきゃいけないんだ」

 

「そうか...」

 

コーマについて俺も色々調べたが、普通はもっと、脳への負担がかかるものらしい。

 

しかし戸塚からそのような様子は見られない。むしろ、筋肉が衰えるだけで済んで幸運だったのかもしれない。

 

「......あれ、八幡学校は?授業は!?何してるのこんなとこで!!」

 

はっと気づいた顔をすると、ぷんすかぷんすかと怒り出す。とつかわいい。

 

「そんなもん抜け出してきたに決まってるだろ。バカか」

 

「バカじゃないよ!!......でも、なんでわかったの?僕が目を覚ましたって」

 

「勘」

 

「...」

 

俺の答えを聞くと、戸塚は少しの間ぽかんとし、そして俯く。

 

俯いた表情が、段々と赤くなっていくのがわかった。

 

「...そっ、か」

 

掠れた声は、切なさよりも、嬉しさを含んでいる気がした。

 

そして俯いたまま、再び口を開く。

 

 

「愛してます」

 

 

そういった戸塚の表情は、とても美しかった。

 

微笑んで涙を流すこの女の子に、俺は一生惚れ続けるのだと思う。

 

「まぁ...」

 

惚れ続けたいのだ。この小さくて弱い女の子に。

 

白くて細い体躯を、俺は隣で支えたいのだ。

 

触ってしまえば、簡単に壊れそうなほど弱々しいものだから。

 

この子はずっと、一人で生きてきたのだから。

 

一緒にいたい、居続けたいと、初めて思えた人だから。

 

だから俺は、愛しくて仕方がないこの女の子と、寄り添って、同じ方向を見て、これからずっと、歩み続けるのだ。

 

「俺の方が、愛してるけどな」

 

「......ばか」




完結しました!
ありがとうございました。
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