第2話 トランプゲームの罰ゲーム。
同じクラスになったのは1年生の時。
男の子として通うのにもとっくに慣れていたし、女の子としての感情なんて僕の中にはもうないものだと思っていた。
でも、彼を見た途端に胸がとくん、と跳ねるのが自分でもわかった。
その当時まで恋愛なんてしたことのない僕は、それがどういう感情なのかはさっぱり。
中々話しかける勇気も出なかったけど、テニスをきっかけになんとか話す機会が出来た。
それなのに、「誰?」なんて言われちゃうんだもん。結構ショックだったなぁ。
そしてそれから、あの感情の正体を確かめようと積極的に話しかけた。
僕は、彼のことが好きなんだ。
それに気づいたのは本当に最近。
そして今では...
*
「...んで、なんでお前はトランプを持ってきてるんだよ」
冬休みまで残り一週間を切り、玄関、廊下、教室、どこへ行ってもどこか浮かれた雰囲気が見られる。
寒々しいのはうちの学校の生徒だけに留まってはくれず、肌を滑らす冷たい空気もいっそう厳しくなってきている。
世間では聖夜だのなんだの言われているが、ぼっちである俺にとってそんなことは関係ない...ということも今年に限ってはないのかもしれない。
そう、愛する彼女が出来てしまったのだ。
つまり、リア充爆発しろなんて言葉は二度と使えない。悪いな、お前ら。
そんな浮かれた生徒の一人となってしまった俺だが、今日も今日とて部活である。
そして生徒会長である一色いろはは、今日は雑務の代わりに裸のままのトランプを部室へと持ち込んで来た。
「最近小説で読んだんですけど、『真実か挑戦か』っていうゲームがありましてですね。奉仕部の皆さんとやりたいなー、なんて!」
「何それ面白そう!」
いの一番に喰いついたのはお団子髪の少女、由比ヶ浜結衣である。
おい、やめとけ。不吉な予感しかしない。
どうせこういうのは主催者側が主導権を握り、負けた人には罰ゲームが課せられる。
『一年間私のお世話をしてくださいっ!』なんて言われたらどうしよう。やだもう引き受けちゃう。
「それで、その真実か挑戦か、というのはどういうルールなのかしら」
察するにトランプゲームなのだろう。
今どきの若者はトランプの遊び方もしらないの?
トランプってのは一人用のゲームなんだぞ。これ常識な。
「ルールは簡単です。こんな風にトランプを円形にして伏せます。全員が一枚だけカードを引いて、一番数字が大きい人が小さい人に『真実か挑戦か』と聞いて、『真実』を選んだ場合はどんな質問にも正直に答える。『挑戦』を選んだ場合はどんな命令にも従う。以上です」
一色がトランプをテーブルに並べながら説明したが、由比ヶ浜だけは終始頭を抱えていた。
「つまり、相手が誰かわかった上でやる王様ゲームみたいなもんだろ?」
由比ヶ浜のために一行で説明してやると、ポンと手を打って納得の表情をする。
「てか、それやらなきゃだめなの?ハイリスクハイリターンすぎない?」
ふと、苦い
『比企谷4だぞww』『おーけーwww』『んじゃあ4番は家に帰れ』
もういじめの領域こしてるよねこれ。
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか」
「そうだよ、やろうよ!」
「比企谷君にどんなトラウマがあるのかは知らないけれど、酷な質問はしないから安心なさい」
エスパーかよ雪ペディアさん...
「はぁ、わかった。やる」
俺は戦争に出る兵士よろしく覚悟を決めた。
小町、後は頼んだ...ぞ...
「「真実か挑戦か!」」
由比ヶ浜と一色が声をそろえてカードを引く。
「私8です!」「あたしは10!」
「私は...キングね」
初っ端からトップって。トップなのは成績だけで十分でしょうが!
という事は消して口には出さず、一番最後にカードをめくった俺は...
「...1」
「あっははははは、先輩1って!!」「さすがヒッキー!あはははっ」
なにこれ奉仕部内での権力順位なの?それにしても1はひどくない?八幡泣いちゃうよ?
そしてトップは雪ノ下。この女王様、いったい何を命令する気だろうか。
「真実か挑戦か」
雪ノ下が、まさしく奴隷を従える女王のような表情で問う。
「...真実」
恐る恐る答える。雪ノ下がしそうな質問をあれこれ考えるがやはり浮かばない。
由比ヶ浜と一色が期待を宿したキラキラした目で雪ノ下を見つめる。
「...そうね。はじめは無難に、『異性のタイプ』でどうかしら」
「私もそれ気になります!」
「...」
一色が食いつき、由比ヶ浜が俯いてもじもじする。
異性のタイプ、そういえば真剣に考えたことはあまりないな。
てか女子の前で女子のタイプ言うって超恥ずかしくない?
「...養ってくれる人」
「そういうのいいですから」「真面目に答えなさい」
真面目だから。いたって真面目だから。
「気配りができる人、とか...」
仕方なく真剣に答えたが、やはりどこかこそばゆく、段々と小声になってしまった。
ここで、異性のタイプは戸塚なんてことを言えば惚気でしかないし、こいつらもそんな回答は認めないだろう。
見ると、全員少し赤くなっている気がした。窓から差す夕日のせいだろうか。
「...な、なんかこっちまで恥ずかしくなりますね」
「......///」
「で、では第2回戦といきましょうか」
なにこの空気。ゲームってもっとわいわいするもんじゃないの?お葬式なの?
引いたカードはテーブルの端のほうに起き、再び真実か挑戦かゲームが始まる。
ジョーカー抜きのトランプは52枚。つまり4人でやるなら13回戦まで続くのだ。続かないよね?
次のトップは11で一色。
ビリは5を引いた由比ヶ浜だ。
「ふっふっふ、結衣先輩。真実か挑戦か!」
「し、真実で...」
由比ヶ浜が年下相手にも拘わらずかなり怯えている。さっき俺を笑った罰だ。やったれ一色!
「ずばり!好きな人はいますか?」
すっごいニヤニヤした一色が指を指しながら問う。
「え!?す、好きな人...///」
「水を差すようで悪いんだが男の俺がいると言いにくいんじゃないのか」
「それも、そうね」
雪ノ下が気まずそうに答える。
「そういうゲームですから」
別にまったくもってこれっぽっちも一ミリも一ビットも興味ないこともないこともないのだが、それでもやはり罪悪感はある。
顔を真っ赤にした由比ヶ浜だったが、ひらめいたとばかりに顔を上げる。そして、
「ゆきのんもいろはちゃんもヒッキーの事も好きだから、好きな人いるよ!」
言ったあと、ふっふーんと大きな大きな、それは大きな胸を張って一色に勝気の表情を見せる。
「やりますね、結衣先輩...」
一色が、これは一本やられましたねというような表情を見せてから、三度目のゲームの準備が始まる。
「ねぇねぇ私このゲーム向いてるかも!」
「言っとけ、俺が王になったら痛い目に合わせてやるよ」
「すごいニヤニヤしてる!?」
この人こわーいと、両手で自分を抱きしめるような素振りを見せる由比ヶ浜。
ていうか、これ何回戦やるの?もうやめようよ怖いよぉ。
一人でトランプなんかすると、結局途中で飽きてAmazonで届いた邪魔な段ボールの奥底で埃をかぶる羽目になるんだよなぁ。
挙句の果てには溜めに溜めたAmazon段ボールで巨大ロボとか作ると妹に「邪魔!燃やすよ!」なんて怒られるから注意な。
俺の心の声も虚しく、ゲームが三回戦に移行しようとした時、こんこん、と扉を叩く音がした。
ドアは一斉に四人の注目を浴び、雪ノ下の「どうぞ」という言葉を合図にゆっくり開かれ、開いたドアの隙間から細い光が差し込む。
「えっと、ど、どうも」
殆どの部活が始まってから約30分が経っており、ただいま絶賛部活中であるはずの戸塚が苦笑まじりの微笑で恐る恐るといった風に中に入る。
「彩ちゃん?部活はどうしたの?」
「うん、今日部活休みだったの忘れちゃっててさ...」
言いながらテニスラケットの入っているバッグを背負いなおす。
「それで、時間が余ったから、その...」
窓から差し込む夕日に負けないほど顔を真っ赤にし、その続きを言いづらそうに体を
「じゃあ彩ちゃんもトランプしよ!トランプ!!」
「あ、いいですねー!どんな命令しちゃおうかなぁ」
前のめりになる由比ヶ浜と、うふふと小悪魔的微笑を浮かべる一色が、ウェルカムトゥヨーコソジャーパリパーク!とどこかのフレンズばりに眩しい笑顔を戸塚に向ける。
すると戸塚は、そんなフレンズよりもさらに眩しい笑顔を振りまいて、一色の左側の席に着く。
「八幡もトランプやってたの?」
雪ノ下がそっと戸塚に紅茶を差し出す。こんなさり気ない気遣いもさすが奉仕部部長である。
「ああ、まぁな。王様ゲームより
王様ゲームは指名時にランダム性が生じるが、このゲームは任意に指名できる新手のいじめだ。
そしてスクールカーストの低い俺は引き当てる数字も低い。まったく、世界は理不尽に満ちているぜ。
しかし、ここで万が一俺が一位で戸塚が最下位になったらあんな命令を...
おっといかん、危ない橋を渡るところだった。戸塚に恥をかかせるわけにはいかない。
「それじゃ、もういっかいやろう!!」
由比ヶ浜が仕切り直し、そして最初にカードを引く。
続いて一色、雪ノ下、そして俺がカードを引くと、ルールも説明されていない戸塚もあわあわとトランプと睨めっこ。
なにそれ超可愛いんですけど。そして戸塚もおずおずと手前のカードを引く。
「うわぁ、5だぁ」「11ね」「私13です!」
各々自分の引いたカードに一喜一憂し、俺もカードを見ると、
「また1かよ...」
「...」「......」
や、やめろっ!そんな哀れむ目でみるなっ!
いっそ笑ってくれた方が救いがある。
トップは一色か、と視線を右へ移すと、
「あの、ルールよくわからないけど、僕も1だよ」
戸塚が、またもやおずおずと、小さな手を小さく挙げながらカードを見せる。
戸塚と一緒の1なら悪い気はしない。
「これ、二人とも最下位だったらどうするの?」
「二人ともやっちゃえばいいじゃないですか」
二人ともやっちゃうって、なんかだめだろ。何がとは言わないけど。
純真無垢な俺にとって『朝まで生テレビ』すらちょっといやらしく聞こえていたもんだ。
そ、そんな恥ずかしい名前しらないっ!
「それでは二人とも、真実か挑戦か!」
「真実」「えっと...真実」
俺に遅れて戸塚が真似る。
相変わらずなんのゲームをしているのかわからない様子の戸塚を気に留めず、二度目の権力を手にした一色はピンと人差し指を立てて質問を投げかける。
「ズバリ...」
またズバリかよ。どんだけズバズバするんだよ。坂上忍でもそんなズバズバしてないぞ。
「二人とも、好きな人いますか?もちろん、異性的な意味で!」
また同じ質問かよ、という返事はしなかった。
その代わりに、俺と戸塚の間で沈黙が流れる。
いや、一色以外の4人の間で沈黙が流れた。
というのも、由比ヶ浜と雪ノ下は、俺と戸塚が付き合っている事を知っているからだ。
たまたまその時部室にいなかった一色だけが知らないのだ。
「...」「え、と...」
由比ヶ浜と雪ノ下も、気まずそうな苦笑を一色に向けるが、事情を知らない一色はそんなことはお構いなしに畳みかける。
「先輩ってひねくれてるし、戸塚先輩は女の子っぽいから、恋愛のことになるとどうなのかなって!前から聞いてみたかったんですよー」
そう、こいつは戸塚が女だってことすら知らないのだ。
どうする八幡。ここはうまく濁すか?
しかし、この機を逃せば俺らの関係のことを知らせるタイミングは二度と訪れない気もする。
いくら付き合っているとはいえ、ここで戸塚のことが好きだなんて言える気もしない。
由比ヶ浜は、さっきは気まずそうな顔をしていたくせに、グッジョブ!とばかりに親指立てている。
それにどことなく、雪ノ下も笑いを堪えている気がする。気がするじゃない。笑い堪えてた。超笑ってる。
「何ですかこの空気?」
「僕はね...」
「...」
一色の質問に返事をしようと口を開いた戸塚に視線が集まる。
段々と戸塚の顔が朱色に染まる。そしてジャージの余った袖を口のあたりまで持ってきて、
「八幡に、下着姿を見られたんだ」
突拍子もない新事実に、3人の女の子と一人の男が唖然とする。
『君の膵臓をたべたい』の真実か挑戦か、というゲーム取り入れてみました。どきどき。