結果として戸塚は家に来ることになったので、せっせと部屋を片付け、せっせとシャワーを浴びる。
にしても、なんか喉がイガイガしてきた。まぁいいか。そんなことより今は戸塚が来る喜びの方がでかいのだ。
秘蔵のお宝本はしっかり本棚の奥にしまったのを確認すると、インターホンが鳴る。
今日の戸塚はどんな私服なのだろうかと、るーるるるっるー♪と心の中で妄想を膨らませながらドアを開ける。
「おはよ、はちまん」
ドアを開けると、少し大きいサイズの熱さまシートを額に貼った戸塚がにぱっと微笑んだ。私服どころじゃなかった。
なんだこの可愛い生き物。飼いたい。
「ぁ、ぉ...」
...あれ?
「...ぉぅ、ぁ」
...あれれれ?おっかしいぞー?僕の声帯が仕事をしないぞー?
なんて言ってる場合じゃない。
「八幡?」
声が出ない。
朝は普通に小町と会話できたのに。
さっきのイガイガの正体はこれか。
壊れたロボットのような掠れ声しか出せない俺はたぶん、結構アホな表情をしているのではないだろうか。
そんな俺の挙動と表情を見て、戸塚が不思議そうな表情で俺を見つめる。
こんな状態だけど、やっぱ可愛いな。
手話を会得していない俺は今、戸塚とのコミュニケーション方法がない。
仕方なく、スマホで声が出ないことを伝えようとスウェットのポケットへと手を伸ばす。が、
「もしかして、声でないの...?」
どうやら察してくれたようだ。俺はゆっくりと首肯する。
「え、と...ごめんね。ここまで重態だったなんて思ってなくて...僕やっぱ帰るね」
「...!!ぁ...ぇ...」
申し訳なさそうに、戸塚が俯く。
帰るな、という言葉も出てくれず、俺は必死に首を横に振る。もう水浴びした後の犬くらいブルブルしてる。
「で、でも...」
このままでは本当に帰ってしまうと、反射的に戸塚の手を握ってしまった。ほら、戸塚が驚いてるだろ。
すると、俺の思いが通じてくれたのか、戸塚は優しく微笑んで握った手を優しく握り返してくれた。
「...うん、わかった。お互い看病するって約束だもんね」
だからその、お互い看病ってやつ、僕気になりすぎるんですけど誰か教えてくれない?リプライ待ってるよ!
*
戸塚を家の中へ通しリビングに入ると「あ、かまくらちゃんもおはよ」と一撫でする。
このままでは戸塚と会話すらできないので、ルーズリーフに俺の言葉を書くことにした。
失ってから初めて気づくことなんて山ほどあるが、声を失うのがこれ程不便だとは思っていなかった。
なんせ人と話すこと自体少ないため、声帯さんの出番が人より少ないのだ。
『おい、お前友達作れよ!俺の仕事がないんだよ!働かせろよ!』なんて毎日思ってるんだろうなぁ。
俺と違って仕事熱心で何よりです。
「八幡朝ごはん食べた?」
背負っていたバッグを部屋の隅に置いた後、俺の隣に腰掛けながら戸塚が聞く。その質問にさっそくルーズリーフを使う。
『食欲がなくてな』
なるべく大きく、そして数学の授業の時よりもきれいに書く。
すると、戸塚は頬を膨らませて人差し指を立てる。
「だめだよ、風邪のときこそしっかり栄養とらなきゃならないんだから」
『つっても、戸塚も風邪なんだろ?お前だけに負担を負わせるのは』
書いている途中で戸塚が俺の顔をのぞき込むように俺を見つめる。
「いいの!今日はお互い看病なんだから、まずは僕から八幡の看病ってことでさ」
こうなった戸塚は止めれない。戸塚はこれでも頑固なのだ。
『助かる』
簡潔に書くと、戸塚は俺の太ももを支えに立ち上がる。
男の子はそういうボディタッチに弱いんだからやめてね。
「冷蔵庫借りるね」
待っているのも手持ち無沙汰ということでテレビのチャンネルを回していると、とんとんとんとまな板の叩く音が聞こえる。そして水を流す音。ガスコンロを点ける音。冷蔵庫を開ける音。戸塚の歩く足音。
テレビを点けてこそいるが、意識は戸塚が生み出す音に向いている。
何度かこういう光景はあったが、やはりいいなと思ってしまう。
今までは、高校生の分際で『絶対結婚しようね』『当たり前だろハニー』なんてやってるカップルを寒々しいと思っていたのだが、少しその気持ちがわかる気がした。
それが成長であれ後退であれ、こうして戸塚と共に過ごしていけるのならばどちらでもいい。
好きなのだから、愛しているのだから、ただそれだけでいいのだ。
意識が飛んでいたのではと錯覚するほど、戸塚のことを考えていると、料理が俺の前に運ばれていた。
「お口に合うかわからないけど、どうぞ召し上がれ」
戸塚が作ってくれたのは、具がたくさん入ったスープ。
両手を合わせてからスープを飲む。
その瞬間、戸塚の優しさ、気遣い、そして愛情が伝わってきた気がした。
風邪を引いているという事。朝だという事。俺が答えた、食欲がない、という事をすべて考慮した上で作ってくれたのだとわかる。
見ると、戸塚は不安そうな表情をして俺を見つめている。
本当なら言葉で伝えたいが、それも叶わずルーズリーフにただ一言『好きだ』
なんて書いてしまったのだから、喉だけじゃなく俺の頭も相当故障している。
料理の感想ではなく唐突の好きに戸塚があわあわとし、しかしこれだけで伝わってくれたのか、優しく微笑み俺のシャツの端っこをつかむ。
可愛すぎるので、スープをすくったスプーンを戸塚の顔の前に持っていく。
最初は頭に疑問符を浮かべていたが、ハッとした後、一気に顔が真っ赤になる。
熱さまシートもお手上げというくらい赤くなっていた。
ゆっくりと口を開き、スープを飲む。
口の横からスープが一滴こぼれる。
それを見た途端胸がとくんと弾み、見てはいけないものだという罪悪感から視線を背ける。
それから、そのスープは俺と戸塚に交互に食べられながら完食した。
*
『なんかするか?』
「うーん。あ!本読みたいな」
戸塚は、本を語り合える友人がいないのか、俺と家で遊ぶときは大体本を読みたがる。
ドキドキドッキングな食事を終えやや気まずい空気が流れていたため、戸塚から話題を振ってくれたのはありがたい。俺声出せないし。
戸塚を部屋に案内し、前と同じように戸塚が本棚を眺める。
俺は昨日の夜寝る前に読んでいたラノベの続きを読もうとベッドに向かう。
............ってまずい!!
振り返ったころには時すでにお寿司。間違えた、遅し。
本棚の奥に隠していた所謂男の子の本を両手で持ちながら表紙をじっと見つめる戸塚。
「え、っと...これって...」
段々と赤くなる戸塚の表情。ぷるぷると震える両手。俺氏終了を知らせるアナウンス。
ジャンピング土下座の覚悟を決めると、戸塚がもう一度口を開く。
「こういうこと...したい?」
俺の視線はきっと、本には向いていなかった。
テンプレ、好きでしょ?
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