にしても、足が冷たいです。
意識はどこに向けられているだろうか。
左手に持ったルーズリーフでも、外から聞こえる犬の鳴き声でも、戸塚が持っている本でもない。
俺の全神経は、戸塚自身に集中していた。
本を持つ白くて艶やかな指。清楚感に溢れたさらさらした髪。うるうると揺らぐ大きな瞳。そして、布に包まれた裸体。
それは、見えこそはしないが、妄想はポンプで空気を入れているかのように膨らんでいく。
視界が揺らぐ。脳が溶けるような錯覚に陥る。しかし、このままでは本当にまずいと、必死に妄想の空気を抜く。
やっと半分まで抜き切ったというところで、俺は大きく深呼吸をしてから口を開く。
「ぁ.ぉぁ.....」
あまりの動揺で、声を出せないことを忘れていた。
ルーズリーフで伝えるという発想も思いつかないほど動揺していた俺に、戸塚は顔を真っ赤にしながら歩み寄ってくる。
え、うそでしょ?マジなの?いいんですか?いやだめだろ。でも今後チャンスがあるとも...。だからといって急すぎでは...。
必死の葛藤を続ける俺。歩み寄る戸塚。後ずさる俺。歩み寄る戸塚。
そうしていると、
尻もちをついた反動で放してしまったルーズリーフは、奇跡的に折れることはなかった。
戸塚は、まだ歩み寄る。
やがて戸塚もベッドまで到達したかと思うと、しかしまだ止まってはくれない。
俺を
顔の距離はおよそ10cmにも満たない。戸塚のいい匂いが俺の脳を溶けさせる。
抜きかかっていた妄想の空気は、パンクしそうなほどに膨らんでいた。
お互いの吐息が顔にかかる。その吐息がかかるたびに視界が揺らぐ。
俺の自慢の理性も、おそらく今は仕事をしてくれていない。熱のせいだろうか。
熱のせいにしろ、交わる吐息のせいにしろ、密室のせいにしろ、はっきりとわかる。
俺は、興奮している。
あまりにも近い戸塚の唇に、自分の唇を重ねてしまいたい。いっそ、服を脱がしてしまいたい。
しかしそんな衝動が、行動に移されることはない。
ここで俺の感情のままにしてしまうのは、戸塚を傷つけてしまう可能性があると、僅かな理性が念押すのだ。
俺は戸塚を愛している。だからこそ、その一歩が踏み出せない。そんな自分が今は少しだけ憎い。
戸塚が最後に口を開いてから数分。
やっと戸塚がもう一度、口を開く。
「僕は、したい」
その先のことは、よく覚えていない。
*
「お帰り、小町ちゃん」
「ただいまー...って彩加先輩!?ややや、小町お邪魔でしたかねー」
「全然だよー!ごめんねお邪魔しちゃって」
小町が帰ってくる時間になり、日中のやや暖かい空気も午後になるほど寒くなる。
なんていうんだっけ?ほうしゃれいきゃく?僕文系だからわかんない。
『お帰り、愛する妹よ』
例によってルーズリーフに親愛の言葉を書く。書いたのに全然気づいてくれない。
おい、いくら声が出ないからって存在くらい認知してくれてもいいんじゃないですかね。
「その熱さまシートどうしたんですか?」
「風邪ひいちゃって...あ、うつったらいけないからもう帰るね」
「全然いてください!」
だから俺抜きで話し進めるのやめろよ...いやほんとやめてください。
絶妙に会話に入りきれないぼっちみたいになってるから。むしろ浮いてるから。
「ううん、今日はもう帰るよ。じゃあね、八幡」
『学校で』
「あ、お兄ちゃんいたの。てかそのルーズリーフどしたの?遂に声帯にも嫌われたの?」
『なんかでなくなった』
「まったく...」
戸塚は帰る支度を済ませると、かまくらを一撫でしてから駅へ向かった。
送ろうかと聞いたのだが、八幡も風邪なんだからと止められた。
戸塚が家を出ると、小町はコートを脱ぎながら聞く。
「二人とも風邪なのに、何してたの?」
……。そういえば、お互い看病って結局なんだったんだろうな。一方的にされてた気もするが...。別に興味あるわけじゃないよ?
小町の質問に少し困ってしまい、シャーペンを動かすことが
ベッドの上の布団は、少しだけ
*
翌日、どうやら声帯に嫌われていたのは一日だけだったようだが、念のためにもう一日だけ学校を休み、さらにその翌日。
明日の終業式を跨げば冬休みということもあって、教室の雰囲気は浮かれており、いっそのこと物理的にも浮いているのではというくらいプカプカしている。
そういえば某猫型ロボットは3ミリだけ浮いているらしい。どうでもいい。
そんな猫型ロボット集団に紛れ、俺もその一人なのだ。
というのも、戸塚をクリスマスデートに誘う、というのがミッションだからだ。
”ミッション”というのは、小町にそうしろと言われたからである。まぁ確かに、そうでもしてくれなきゃヘタレて誘えないかもしれないしな。
しかし、HRが始まっても戸塚が教室に入ることはなかった。
HRを終えると、窓側後ろの席に座る由比ヶ浜がてててっと俺の座る席へ歩み寄る。
「おはよう、ヒッキー。彩ちゃんどうしたのかな?」
桃色がかった茶色のお団子を揺らし、後ろで手を組んでいる少女は眉を八の字にする。
「風邪が長引いてるんじゃないか?」
「あ、そっか。昨日も休みだったしね」
たははーと可愛らしく笑う由比ヶ浜が携帯を取り出す。
慣れた手つきで携帯を操作し耳に当てるところをみると、恐らく戸塚に電話をかけているのだろう。
2,3回のコールで反応があり、幾分かの会話を交わすと、由比ヶ浜が俺に携帯を押し付けてくる。
「はい、ヒッキーも挨拶!」
まるで子供を
「戸塚、大丈夫か?」
『あ、八幡!一応治ってはいるんだけど、お母さんが無理するなって。心配させてごめんね。明日は行けるから』
「ああ、大丈夫ならよかった。あと...」
クリスマスのことを誘おうと思ったのだが、やはりこういうのは直接の方がいいのだろうか。
「いや、なんでもない。また明日な」
電話を切り、携帯電話を由比ヶ浜に返す。
「いやー、羨ましいなー」
「なにがだよ」
「なんでもない!んじゃ放課後部室で!」
今日でいったん部活終わりなんだよな。寂しさがないから不思議だ。
最後に部室に入ったのは三日前。
一色の持ち込んだ”真実か挑戦か”という謎のゲームをし、俺が恥ずかしい思いをし、女子軍が変な空気になるという悲惨な日だった。
由比ヶ浜がスライド式のドアを開けると、いつものように雪ノ下は本から目を話して挨拶をする。
いつもと違うのは、今日は俺らよりも先に一色が来ているという事だ。
「ふふふ、全員揃いましたね」
席に座るよりも早く、一色は不吉でしかない笑みを浮かべる。
「それじゃあ、ゲームしましょうか!」
覚えていない、とはしましたが、そこは読者様の妄想に委ねているところはあります。
シチュエーションとしては完全に”朝チュン”ですが、もしかしたら寝落ちかもしれないし、物理的に頭を打って覚えていないかもしれないし、メモメモの能力で消されたかもしれないし...。(一応全年齢対象ですし)
ただ、もし希望が多ければ、"本当の"お互い看病をIFのIFというか、ssのssというか、サイドストーリー的な感じで書くかもしれません。希望が多ければですが。というか、僕もちょっと書きたいし。