キャラの掘り下げが碌に進んでいないにも関わらず、今回は主人公が全く出てこない話になってしまいました。
話の外堀を埋める上ではそれなりに意味のある話にしている積りですので、平にご容赦願います。
大日本帝国陸軍大佐・冴木京次は魔術師の家系に生まれ落ちた。
それなりに由緒ある血統を重ねた家柄であり、冴木自身それに見合うだけの実力を兼ね備えていたのだが、代々その血に宿る力を蓄積させてきた魔術刻印は彼にではなく、彼の兄へと受け継がれた。
実力的に優劣があった訳ではなく、先に生まれた分、先に才能を開花させた兄が選ばれた。ただ、それだけの話である。
それ以降、分家筋としてバックアップ用にお情け程度の魔術刻印株分けされると、晴れて自由の身となった彼は紆余曲折の末、大日本帝国陸軍に籍を置くこととなる。
魔術師として実力のある者は少数しか在籍していない軍部は彼を手厚く迎え入れたことにより、軍人としてのキャリアは無いにも関わらず、冴木は若干三十歳にして陸軍大佐の地位へと登り詰めるのだった。
冴木は近頃、とある難題に直面していた。
ことの発端は半年程前、陸軍上層部から緊急招集を受けたところから始まる。
戦争の激化から近々大規模な作戦が行われるだろうと予期していた冴木は、呼び出しに従い表面上は無表情を装いながらも意気揚々と歩みを進める。
特殊作戦部隊――通称、冴木大隊――の作戦本部が置かれた軍事施設内を我が物顔で闊歩し、足早に指令室へと向かっていった。
冴木は目的地となる扉の前に到着すると、改めて襟を正し呼吸を整える。
独特の符丁でノックをすると、それに反応した術式によって解錠された扉が独りでに開き、冴木は入室して格式張った挨拶を述べた。
「大日本帝国陸軍大佐・特殊作戦部隊隊長・冴木京次、招集に応じ参りました」
「ご苦労だったね、冴木大佐。そう畏まらなくてもいい、席に着きたまえ」
「はっ失礼致します、高橋中将」
室内に居たのは白髪混じりの頭髪を几帳面に整え、縁の薄い丸眼鏡をかけた初老の男性ただ一人だった。
彼は大日本帝国陸軍中将・高橋
高橋が同席するのは分かり切っていたことだが、てっきり他の部隊長や将校も交えての作戦会議となると考えていた冴木の予想は、どうやら外れていたらしい。
緊急招集という割には普段と変わらない光景を訝しむ冴木に対し、高橋は思いも寄らぬ話を切り出してきた。
「君を呼んだのは他でもない、非常に重大かつ荒唐無稽な計画を実行に移す為だ。さて、話を始める前に確認しておきたいのだが、『聖杯戦争』という言葉を耳にしたことはあるかね?」
「ええ。確か、私が軍に入る直前にあった、魔術部隊員の多くを失ったとされる作戦に纏わるものであると聞き及んでいます」
部下たち――当時としては先輩だったが――の誰もが詳細については口にしようとはせず、酷い失敗をした作戦であることだけは冴木も察せられたので無理に聞き出すような真似はしなかったのだが、それが今更になって自身に関わってくるとは予想もつかなかった。
ひとまず知っていることだけを正直に答え、冴木は話の続きを待つ。
「知っているのは触りの部分だけかね?よろしい、ならば一から説明しよう。
聖杯戦争とは万能の願望器として機能する聖杯を賭けて執り行われる魔術師同士の抗争を指すものだ。
上官の手前、冴木は無表情に努めようとするが、話の内容が魔術師の常識からしても余りに突飛過ぎていた為に困惑を隠しきれなかった。
しかし、高橋が愚にもつかない冗談を口にするような人物ではないことを熟知しているが故に、冴木の混乱は益々深まっていく。
「・・・・・・二つ確認をしたいのですが、英霊とは『人類史にその名を刻み込まれた英傑』、その魂と肉体を魔力によって再構成した存在のことであり、聖杯とは西洋の騎士道物語等に登場する幻の聖遺物のことでしょうか?」
「良い着眼点だが、それでは七十五点といったところだね。前者は正解だが、後者は半分正解で半分不正解だ。聖遺物としての聖杯とは即ち『神の子の血を受けた杯』のことを指すが、ここで言う聖杯とは膨大な魔力によって形成された紛い物に過ぎない。しかし、その圧倒的な力故に聖杯と呼ぶに相応しい格を備えている物を指すのだよ」
「並みの魔術師では一騎ですら生涯を賭しても召喚不可能とされる英霊を七騎も召喚出来る魔力リソース――確かに、それが実在するとすれば真贋に関わらず聖杯と呼ぶに足る器でしょう」
そのような物が実在すればの話だが――と冴木は思ったが、流石に口にはしなかった。
だがしかし、付き合いが長く頭の回転が早い二人は互いの思惑など容易に想像が付く為、高橋はここで決定的な一言を口にする。
「それが実在するのだよ」
高橋の真剣な眼差しに、冴木は言葉を失う。
これが与太話の類でないとすれば、聖杯の価値は魔術師としてのみならず、軍人としても看過出来ないものとなる。
冴木は気を引き締め直し、視線で話の先を促した。
「聞く耳を持ってくれたところで本題に入ろう。実は魔術協会と聖堂教会の連携により、近々大規模な魔術儀式が執り行われることになった」
「まさか、それが聖杯戦争だというのですか!?」
「そのまさかだよ。最初は我々も耳を疑ったものだがね。しかし、確かな情報筋から正式な通達が日本へと齎されているから信憑性は非常に高い。
それに加え、我が軍は過去に聖杯戦争が実在したことを確認している」
話をしている内に興奮してきたのか、高橋にしては珍しく声に覇気が宿る。
熱に浮かされたような彼の姿に、冴木も俄かに色めき立った。
それでも心の何処かで疑う気持ちが拭えず、冴木は敢えて反論を口にする。
「そんな馬鹿な・・・・・・犬猿の仲である二大勢力が手を組むことなど考え難いですし、そもそも同組織内でも魔術に関する事項は秘匿するのが常のはず。わざわざ外部に儀式を行うことを喧伝する意味がない」
「そう思うのも無理はない。だが現実に十二年前、冬木の聖杯戦争では両組織の介入があった。そして本題はこれからなのだよ」
高橋は普段の温和そうな雰囲気を完全に引っ込め、軍の重鎮としての顔を覗かせた。
冴木は息を飲んで無意識の内に背筋を正す。
部下の聞く体勢が整ったのを見届け、高橋は話の核心を語りだした。
「彼らからの通達内容を要約すると――第二次世界大戦の影響により魔術及び人類の存続に危機感を募らせた聖堂教会と魔術教会が協議を重ねた結果、戦争の早期終結を図るべく聖杯に勝敗の結果を委ねることにした。そこで儀式の公平性を期す為、両陣営の息が掛かっていない人物を主要参戦国から代表者として選出し、これらを争わせるものとする――とのことだ」
「・・・・・・つまり、その参戦国として我が国が選ばれた訳ですか」
「そうだとも。そしてこれは又とない機会であると私は考えている。軍上層部では徹底交戦をする構えだが、正直なところ戦争が長期化すれば国内資源の乏しい日本は窮地に追いやられる公算が高いと踏んでいる。この見解を君はどう思うかね?」
日本が負けるなどと軽率に口にしようものなら軍法会議ものだが、二人きりとはいえ恐れず自らの率直な意見を述べてみせる高橋の豪胆さに舌を巻く。
腹を割って話がしたいという強い意志を感じた冴木は、体裁を取り繕わず率直に自らの見解を述べた。
「私も中将と同意見であります。短期的には勝ち続けられたとしても、このまま版図を広げていけば自ずと軍全体の動きは鈍くなり、やがて伸びきった戦線を維持出来ず崩壊を迎える日が来るでしょう」
「君のような部下を持って私は幸せ者だよ。将校どもの大半は連勝に浮き足立っているが、この戦争は決して一年やニ年そこらで終わるような小競り合いでは済まなくなる。今は勝っているから良いが、いざ負けが込んでくるような事態に陥った際、我が国にそこから逆転できるだけの底力があるとは残念ながら考えられない」
「一度つまずいて起き上がれなければ、そこから先は地獄という訳ですね」
「だからこそ、是が非でも転ばぬ先の杖を手にしておく必要がある」
高橋お得意の迂遠な言い回しに、冴木は我が意を得たと言わんばかりに仰々しく応じてみせる。
「お任せください、高橋中将。聖杯は必ずや我が大日本帝国に献上してみせましょう」
「期待しているよ、冴木大佐」
二人は視線を合わせて互いの意志が同じところにあることを確認する。
それから今後に関する様々な情報交換と作戦立案を密に行い、ひとしきり話終える頃には夜が白み始めていた。
高橋とのやり取りから即座に行動を起こした冴木だったが、最初にして最大の問題が立ちはだかる。それは代表者の選定だ。
軍にも決して少なくない魔術師が在籍していたが、その大半は自分と同じく跡目争いに敗れた落ちこぼれ、もしくは大した歴史を持たない新参の家系に生まれた者達ばかりだ。
力を持つ者達は軍におもねることなど滅多になく、下手に刺激しようものなら泥沼の内戦に発展する可能性すらある。
非常に頭の痛い問題だったが、あてが全くない訳でもなかった。
時にはどこの組織にも所属していない在野の一流魔術師と取引によって力を借りる場合もある。
これまでに培ってきた人脈や情報網を駆使すべく、冴木は仲介役となる情報屋と接触することにした。
通信用の魔術で連絡をとり、
冴木は予定時刻の五分前には待ち合わせ場所に到着した。
そしてテーブルを指で二度叩くと、黙礼した
「チェリー・ブロッサムです」
間もなくして出てきたのは、濃くも鮮やかに透き通った赤色のカクテルだった。
名前の通り桜をイメージして作られた一品だが、明治以降に多く植えられるようになった淡い色合いの
日本発祥のカクテルということもあり、冴木の好みとする風味であるこの一杯を必ず始めに飲むのが習慣となっていた。
舐めるようにチビチビと舌で味わいを楽しんでいると、予定時刻丁度に新たな来客がやってきた。
「久しぶりだな、鈴木」
「へえ、お元気そうで何よりですぜ、旦那」
現れたのは鈴木
既に春も半ばだというのにかっちりと着込み、店内に入っても上着を脱ぐ気配は見せない。
鈴木は挨拶もそこそこに気配の薄い動きで冴木の隣へと腰掛けた。
「相変わらず景気の悪そうな面をしているな。一杯ぐらいなら奢ってやるぞ」
「よしてくださいよお、旦那。こんな高そうな店で奢られちゃあ、後で何を要求されるか分かったもんじゃあありやせんって」
「ふん、分かっているじゃないか。
・・・・・・冗談はここまでにして、早速だが本題に入るぞ。日本人で腕利きの魔術師を探している。出来れば複数人に渡りを付けて欲しい」
「旦那の頼みとあっちゃあ引き受けたいのは山々なんですがね。正直ご期待には添えないと思いやすぜ?」
半ば予想していた答えだったが、冴木は惚けた振りをして隠し玉がないか探りを入れる。
「何故だ?これまで何人も紹介してきただろう」
「確かに、これまでは幾らでもアテがありやしたがね・・・・・・。
ここまで世界情勢がきな臭くなっちゃあ鼻の利く連中はとっくに地下深くに潜るか安全な国外へ逃亡済みですよ。連絡が付くのは、どいつもこいつも二流以下のマヌケばかりだ」
鈴木はどこか自嘲的な笑みを浮かべて理由を明かした。
フリーランスと呼ばれる連中はフットワークが軽い分、既に軍上層部でも一部の者しか知らないような戦争に関する情報も既に入手していたのだろう。
そして今後の戦局に対し、冴木と同じような予測を立てて国内の有権者、或いは国そのものから距離を置いたということになる。
本作戦の遂行には、最低でも一流クラスの魔術師の協力が必要不可欠だ。
だがしかし、肝心要の候補者選びからして暗礁に乗り上げてしまった。
思わず胸中で頭を抱える冴木だったが、ここで鈴木から予想外の情報が提供される。
「そういやあ腕利きの魔術師と言えば、少し前にこんな噂を耳にしたことがありやすぜ」
「噂だと?」
「へえ、なんでも中部地方に居を構える名門、周防宮家の跡取り息子が一子相伝の秘術を受け継いだ直後に一族を出奔して、怒り狂った親戚一同が凄腕の始末屋を何人も仕向けるも全て返り討ちにして追跡の手を逃れたそうですぜ。晴れて自由の身となった
普段の冴木であれば馬鹿馬鹿しい法螺話として一蹴しただろうが、今回ばかりは藁にも縋る思いで怪しい噂に食らいついた。
「依頼の変更だ。周防宮家について可能な限りの情報を集めろ」
後日、改めて情報屋からの報告を受け取った冴木は歓喜に打ち震えた。
なぜならば、子供の絵空言としか思えないような噂が事実であるとの裏付けが取れたからである。
しかし、それは同時に残念な知らせでもあった。周防宮家の跡取り息子、周防宮流理の行方はようとして知れなかったからだ。
日本に居るかどうかすらも定かではなかったが、周防宮家の当主、つまりは流理の父に当たる周防宮
そして更にもう一つ、非常に有益な情報も得ることが出来た。
それは流理の魔力が込められた呪物、つまりは魔力波形の判る代物が残されていたのだった。
これを基に遠隔での追跡――というのは不可能だが、少なくとも警戒網を巡らし、そこに引っかかった場合は新たにマーキングを施すシステムを構築することなら可能だ。
相手が一流の魔術師であれば半日と持たずに解呪されるだろうが、足枷を付けた上で常にプレッシャーをかけ続ければ、術式の解析に時間を割けずより長時間の追跡が可能となるだろう。
後はひたすら人海戦術で追い詰めればいい。
どれだけ才能や魔力があろうとも、長時間連続で魔術を行使し続けることなど人間には不可能だ。
これこそがまさに、古代では只人達より優れていた筈の魔術師達が日陰者とならざるを得なくなった数の暴力による封殺である。
一騎当千の
しかし、ならば数千、数万の大群で包囲してしまえばいいだけの話でしかないと冴木は考える。
まだ見ぬ獲物に想いを馳せつつ、着々と捕獲に向けた作戦を綿密に練り上げていった。
不眠不休で練り上げた作戦で高橋を説得し、軍上層部よる作戦許可を取り付けてから、包囲網は五ヶ月以上もの歳月を経てようやく日本中での配備が完了した。
だからといって即座に獲物が引っかかると思えるほど冴木は楽天家ではない。
これまでの期間、冴木は部下と共に厳しい訓練を積み重ねていた。
何故ならば、捕獲作戦の成否は彼の率いる部隊の練度と密接に関係しているからだ。
暗示の魔術によって手駒は幾らでも手に入るが、そんなものは所詮、ただの捨て駒に過ぎない。
ましてや相手を殺さずに捕らえるならば、それ相応の実力が要求されるのである。
包囲網の構築からより一層熱を入れた訓練を自他共に課し、待ち人の到来を今か今かと冴木はそわそわして待ち焦がれた。
そして十日程経過したある日、遂にその時は訪れる――
――その日、都心部に居を構える作戦司令本部へと魔術による暗号を施した緊急の入電が入った。
即座に暗号の解読が行われ、詳らかになった内容が冴木の許へと届けられる。
『当該ノ魔力反応ヲ感知セリ』
「発信元は××県○○市△△町、発信時刻は午前九時頃であります!」
解読班からの文を届けに来た若い隊員が、口頭で補足の説明を行う。
報告を受けた冴木は、半年近くに及ぶ激務に疲れ果てていた筈の体に活力を漲らし、即座に魔術で部下達と連絡を取った。
『全部隊長に通達する!捕獲作戦参加者は直ちにこれから指示する座標へ急行し、包囲網を完成させよ!!』
最後まで目を通してくださった皆様、どうもありがとう御座いました。
今回は時系列的に少し過去に遡ってからのスタートとなっております。
最終的には1話のラストに繋がっておりますので、次回からがある意味本番になるかと思います。
話の下書き自体はそこそこ書き溜めてはあるのですが、残念ながらゴールデンウィークの前半も仕事で潰されたので、推敲している暇がありませんでした。
可能であれば今日明日中に3話だけでも公開出来るようにしたいので、お暇であればそこまで読んでから本作に関するジャッジを下して戴きますようお願い致します。