どうにか宣言通りに書き上げることが出来ました。
少しでも楽しんで戴ければ幸いです。
危険を感じた流理は相手の正体に繋がる手掛かりがないことを確認すると素早く自らの痕跡を絶ってその場を後にした。
既に敵の術中にあると判断して逃走を開始するが、嫌な予感は的中していた。
気配遮断の魔術を行使している筈なのに、気付けば虚ろな目をした憲兵達が行く手を阻むかのように展開している。
町中に居ては袋の鼠になりかねず、流理は人の立ち入らない山の方へと舵を切った。
流理は魔術によって身体能力を向上させているにも関わらず、単なる一般人に過ぎないはずの憲兵を振りきれずにいた。
彼らが外部から無理やり動かされいるのであれば、先程と同様に相手の意識を刈り取れば恐らく動きは止められるだろう。
だがしかし、現状は多勢に無勢の上、集まって来る人の気配は徐々に増えているようにも感じる。
そして何より、これ程までに大規模な魔術の行使を白昼堂々と繰り広げる敵の全容を掴めないのが、流理に反撃を躊躇わせていた。
一族を出奔してからというもの、流理は実の家族から命を狙われ続けきた。
だから逃走などお手の物であったし、逆境など幾度となく乗り越えてきた。
それなのに、今回ばかりはやけに胸騒ぎがして止まらない。
いつもと追跡者の毛色が違うというのもあるが、それ以上にこの状況を作り出したであろう人物から並々ならぬ執念のようなものを感じ取ったからだ。
単なる執着という意味でなら実家の連中からも感じ取れたが、やはり情熱の傾け方が大きく異なるような違和感を覚える。
モヤモヤとした感覚を拭えないまま、流理はひたすら逃走を続けた。
何度か憲兵集団を引き離すことに成功するが、すぐに別の追っ手がやって来る。
流理は多少の余裕ができた際に全身を隈なく探査すると、細い「糸」のような未知の術式が体の至る所に纏わり付いているのを発見した。
即座に解除を試みるが、下手に触れば触るほど、まるで蜘蛛の巣のように絡みついてくる。
じっくりと解呪に時間を割けば複雑な術式の構成も解読可能だが、今は腰を落ち着けている暇などない。
時間は掛かるだろうが頭の片隅で術式の解析を行いつつ動き続けるしかなかった。
真綿で首を絞められるかのように体力と気力、そして魔力がジワジワと削られていく状況に焦燥を掻き立てられながらも、流理は森の奥深くへと歩みを進めていく。
逃走開始から既に四半時以上もの時間が経過しており、周囲は斜陽によって燃えるように赤く色づいていた。
紅葉が見頃を迎えていることもあり、散策に来ているのならば思わず感動してしまいそうな光景が広がっている。
しかし、この場の誰もが景色になど目もくれていない。
雅やかな風情を単なる地形情報の一部として脳内で処理しつつ、追い駆けっこは継続される。
逃げ続けてきた甲斐もあり、追っ手は徐々にその数を減らしてきていた。
更に流理は、追跡魔術の解析も大部分は完了させていたのである。
後は追っ手を引き離したタイミングを見計らって解呪を行えればこちらの勝利だ。
ところが、流理の勝利まであと一歩というところで、新たな追跡者達が出現する。
これまでの憲兵らとは明らかに一線を画す気配を醸し出す黒い軍服の男達。
非常に統率の取れた動きで淡々と距離を詰めてくる様は、得も知れぬ不吉さを漂わせていた。
漸く黒幕と思しき連中の姿を捉えた流理は、温存していた魔力を振り絞り一息に振り切ろうとする――が、できなかった。
こちらが速度を上げようとした途端、攻性の魔術が幾重にも渡って射出されたからだ。
流理は逃走に専念するのを中断し、防御の魔術を展開した。
「
これは流理の得意とする即効性のある媒介を用いた術式だ。
陰陽五行のいずれかに属する真言を唱え、紋様が描かれた式札に起動用の魔力を少量送り込むだけで発動可能となる。
ここで使われたのは土行の理。宙に浮いた札を中心に周囲の土を引き寄せ、即座に強固な壁を形成した。
次の瞬間、土壁と追跡者達の放った魔術が激突し、静寂に包まれていた山中で何かが爆発するような轟音が木霊する。
もうもうと立ち込める粉塵が晴れた時、その場から流理の姿は跡形も無く消え去っていた。
――にも関わらず、黒い軍服の一団は全く慌てることもなく進行を再開する。まるで初めから、目的地が定められていたかのように。
爆発の余波に乗じ、流理は見事に追っ手との距離を開くことに成功した。
しかし、このままではすぐにまた居場所を特定されてしまう為、彼は絡みついた「糸」の巻き取り作業に取り掛かる。
術式の構成は既に解析済みなので、あとは即興で解呪の術式を組み立てるだけだ。
「
陽の理で自らの精神に干渉を開始する。
そして霊的に絡みつく「糸」を切断に特化させた魔力で一本ずつ正確にかつ迅速に断ち切っていった。
三分と経たない内に処理を終えたが、この短時間でも敵に囲まれつつあるのを感知する。
マーキングを解除した流理は、今度こそ完全な逃走を図るべく、比較的人口密度の薄い方向へと駆け出した。
しかし、その的確な判断こそが敵の思う壺であることを彼は知る由もなかった。
『こちら第三部隊、第ニ部隊へ通達。対象を所定の方角へと誘導することに成功した、以上』
『こちら第ニ部隊、了解した。対象の戦力削減を開始する、以上』
山の中には四百名以上の憲兵と百名近い軍隊、計五百名もの人材による「結界」が構築されていた。
正面突破が難しい以上、必ず密度の薄い部分を選んで獲物は逃走を図る。
これこそが本作戦を立案及び指揮している冴木の策略であった。
そして、その思惑は見事なまでに嵌っている。
集団で狩をする狼のように、ジワリジワリと獲物を追い詰めていった。
流理は自らが巧みに誘導されているのを感じ取っていた。
現状を打破する方法ならある。
いや、本来であればその選択肢は初めから用意されており、遅くとも魔術を行使する軍隊らしき一団まで現れた時点で決断すべきだったのだ。
しかし、流理にはどうしてもその選択肢だけは選べなかった。
その結果がこのざまである。
己の不甲斐なさに自嘲的な笑みを浮かべつつ、追っ手からの攻撃を最小限の力でいなしながら頭と体を動かし続けた。
幼い頃から日本アルプスの山々で修行に明け暮れてきた流理だったが、それでもやはり疲労の色は拭えなかった。
辺りはすっかり日が落ちて気温が急激に落ち込んでいる。
視界と足を確保する為にも身体強化の魔術を行使し続けなければならず、それはほんの僅かな消費に過ぎなかったが、少しでも力を温存しておきたい流理にとっては、それさえもどかしく感じるのだった。
作戦開始から十時間が経とうとしていた。
各部隊からの報告を聞きながら後方で指揮を執っていた冴木は、仕上げが終盤に差し掛かるのを予測する。
そしてその読み通り、待ち望んでいた報告が部下から上がってきた。
『こちら第ニ部隊、第一部隊へ通達。対象の戦力を目標値以下まで削減することに成功しました、以上』
『こちら第一部隊、よくやった。これより私が前線に赴き、最後の仕掛けを実行に移す。各部隊は別命あるまで包囲網の維持を最優先に展開せよ、以上』
冴木は無線機を媒介にした魔術による暗号通信を用いて、次は作戦本部として機能していた第一部隊の各班に向けて指示を飛ばす。
その様は普段通りを装おうとしているが、隠しきれない歓喜の色が滲み出ているのが部下達にも読み取れた。
いつになくハイテンションで「さあ、狩の時間だ」などと呟いた時には、傍に控えていた八班の隊員らが思わず吹き出しそうになったが、実際に態度を露にする素人など冴木の部下、ましてやその最たる第一部隊には居る筈もない。
敬愛する上官の期待に沿う為にも、隊員達は奮闘を決意するのであった。
空気が変わる気配を流理は肌で感じた。
これまでこちらを攻撃していた部隊が引き下がり、他の連中と同様、遠巻きに展開する壁の一部となった。
それから間も無くして、新手の部隊が現れる。
その一段と増した威圧感から、彼らこそが敵の本隊であることを流理は確信した。
中でも先陣を切っている男、その身に纏う軍服よりも深い黒色を湛えたような瞳が強くこちらを睨みつけている。
そこから溢れ出す鋼の意志とでも呼ぶべき鋭利な熱意を感じ、流理は我知らず身を竦めそうになった。
まるで、自らが失ってしまったものを見せつけられるような、そんな気分に陥ったのである。
「今は戦闘中だっ!」
流理は現状を声に出して再認識すると、余計な思考を瞬時に削ぎ落とし、再び打開策を検討し始める。
だがしかし、とっくに消耗しきっている心身では、妙案など思い付く道理もなかった。
流理は最早、骨の髄まで染み付いている戦闘訓練の成果によって反射的に体を動かし続けているといった有様なのだ。
そのような状態であって尚、一つ一つの動作が洗練され、的確に魔術と武術を使い熟すその姿は、見る者に鮮烈な輝きの如き印象を与えるのだった。
「・・・・・・素晴らしい!」
演舞を披露するかのような流理の一挙手一投足に、冴木は目を奪われていた。
第一部隊の各班から緩急をつけた攻めを間断なく行われているが、弱っている筈の獲物は決して膝を屈することなく、寧ろより洗練された神懸かり的な所作でもって窮地を切り抜け続ける。
もしも冴木が同じ状況下に追いやられれば、数十秒と持たず力尽きているであろう窮状。
そんな苦境すら跳ね除けんとばかりに奮闘する流理に対し、冴木はどこか仄暗さを含んだ高揚感すら覚えていた。
「何としてでも確保するぞ!一班・八班は私に続き前に出よ、仕上げを行う!!」
余りにもイキイキとしている冴木の姿に再び腹筋を刺激される隊員達であったが、真剣な表情を一切崩さず一斉に突撃を開始した。
冴木の宣言を聞き、流理の内心で燻っていた疑問は確信に変わる。
かつて実家から差し向けられてきた刺客は皆、流理を殺した上で遺体を持ち帰るよう命令されていたのは明らかだった。
しかし、今回の敵は嘗てないほどに大規模であり、その攻め方も異様の一言であった。
これだけの人数を揃えているのだから、殺すだけなら他に幾らでも方法はあっただろう。
それにも関わらず、回りくどい戦法で襲いかかってきたのには、別の目的があったからに他ならない。
あの家の連中が今更生きて身柄を引き渡すよう外部に依頼をすることなど考えにくい。
だとすれば、全く身に覚えのない相手から信じられないほど大々的に付け回されたということになる。
どれだけ考えても答えの出ない問題に思考を割くのは止め、流理はこちらを目掛け物凄い形相で襲いかかろうとしている隊長格と思しき男に向かって声を張り上げた。
「参った、降参する!だから攻撃を中止してくれ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお、お?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔――とは、まさにこれのことを指すのだろう。
冴木は流理の目前で停止し、呆けた面を無防備にも晒していた。
後ろに控える部下達も、どうして良いのか判断出来ず、奇妙な沈黙が場を支配する。
数秒経って漸く冴木の意識が再起動し、おもむろに口を開いた。
「貴様・・・・・・どういうつもりだ?」
「どうもこうも降参ですよ、こ・う・さ・ん。小生の負けなので煮るなり焼くなり・・・・・・いや、やっぱり痛いのは嫌なんで、そういうのは勘弁してください」
人を喰ったような流理の態度からは、先程までの神聖な雰囲気など雲散霧消していた。
余りの落差に冴木は困惑すると同時に、自分でも判別のつかない怒りが込み上げてきた。
「巫山戯るな!!まだ勝負は着いていないだろう!何故最後まで戦わんのだ!」
普段からは想像も付かないような冴木の怒号に、流石の部下達も困惑を隠せなかった。
冴木自身、どうして自分がこれほどまでに声を荒げているのか疑問に思う気持ちもあったが、今はそれ以上に激情が全身を支配していた。
とめどなく溢れてくる感情に衝き動かされる儘、流理の胸倉を掴んで言葉を吐き出す。
「あの時点で十中八九、我々の勝利は確定していた。だが、それでも貴様であれば切り抜けられたのではないか!?我々など本気で相手をする価値もない――そうとでも言いたいのか!」
我ながら支離滅裂な言動をしていると冴木の冷静な部分が囁いている。
相手を特に怪我もさせず捕らえられたのだから、結果としては最上のものだ。
それなのに、心の奥底から正体不明の感情が湧き上がってきて止まらない。
自分はこの男に、一体何を期待していたというのだろうか?
自問しようとも答えは返ってこない。
まるで見知らぬ迷路に閉じ込められた幼子のように、冴木の心は彷徨い続けるのだった。
現状は流理からしてみれば、見知らぬ他人に突然襲いかかられた挙句、延々と執拗に追いかけ回された上、捕まってみれば文句を言われる始末で踏んだり蹴ったりだった。
それでも、目の前にいる男が心の底から真剣であることだけは伝わってきたので、柄にもなく流理は飾らない言葉を他者に投げかけた。
「決して手を抜いた訳じゃない。確率の低い賭けに打って出るより、こうなった原因と向き合った方が根本的な問題の解決に繋がると判断しただけだ」
魔術師然とした合理的な判断に、冴木は目を覚まさせられた。
軍人となってからの自分は、どうやら純粋な魔術師であった頃に比べ甘くなっていたらしい。
深呼吸をして思考をクリアにすると、冴木は部下達に命じた。
「こいつを拘束して本部まで連行しろ。・・・・・・話はそれからだ」
いつものクールなテンションに戻った上官の様子に安堵し、捕らえた獲物に封印の魔術を施すと、男達は帰路に着くべく山を降りていく。
彼らが去った後、そこには嵐のような破壊の爪痕だけが残り、人間らしき痕跡など何一つとして残されてはいなかった。
最後まで目を通してくださった皆様、どうもありがとう御座いました。
如何でしたでしょうか。
今回は魔術師同士の戦闘となりましたが、今後の展開の為にもセーブしてしまった部分がありますので、不完全燃焼に感じられた方がいらっしゃいましたらお詫び申し上げます。
以前、シリアス寄りに話を進めると申し上げましたが、やはりそれ一辺倒というのも個人的に詰まらなく感じてしまうので、ところどころ小ネタを挟んでしまいました。
反省はしておりますが後悔はしておりませんので、戦闘が本格化するまでは若干ゆるいノリが続くことになるかと思われます。
もしも少しでも見所があると感じて戴けたのでしたら、引き続き連載を追ってくださると感無量です。
更新ペースは遅くなってしまうでしょうが、どうか今後とも良きお付き合いのほどをよろしくお願い致します。