下心からバイト始めました   作:沖縄の苦い野菜

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お気に入り登録、しおりなど、励みになるシステム利用、ありがとうございます。やる気が沸いて、思わず執筆が捗りました。

それでは、本編をどうぞ。

※今回アイドルは出てきません。



古典的 故に盲点

 時刻は昼下がり。劇場ではなく本社に足を運んでいた自分は社長室に入り浸っている。ソファーで肩を落とし、俯いた様子は傍から見れば「私落ち込んでいます」といった様子を如実に表しているように映るだろう。

 

「……何か、あったのかね?」

 

 心配そうに声をかけてきたのは、隠し芸の練習をしていたおじさん……高木社長だ。午前のアルバイトが終わってから、かれこれ一時間ほど社長室に居座っている。ここに居座っているのは、今はアイドルたちに遭遇したくないからなのだが、おじさんには余計な心配をかけてしまったらしい。

 

「おじさん……いや、ちょっと、やらかしてしまって」

 

 おじさんが一瞬、息を呑むような気配がした。空気が肌に吸い付くようにのしかかる。それだけ真剣に考えくれていることに嬉しさ半分。だが、自分の心を占拠するもう半分は羞恥だ。

 

 まさか、歌織さんを褒め殺ししてしまって、それからお互い気まずくなってしまい、解決策が見つからず悶々としているなどと。そんな内容だとは夢にも思っていないだろう。

 

 ――本当に、心配かけてごめんなさい。

 

「君がミスとは珍しい。私でよければ、聞き手になろう」

 

 気さくで優しい声音が耳を打つ。顔を上げて見てみれば、アイドル達には決して見せないような真剣な面持ちが張り付いている。それを見て、胸の内の罪悪感が指数関数的に増していく。

 

「いや、えっと。本当に、くだらない内容なんですけど」

「構わんよ。どんなことでも、人に話せば楽になることもある。他言はしないと約束しよう」

 

 おじさんの優しさがただただ痛い。心臓に針を一本ずつ刺されているかのようだ。もしかして、歌織さんはこのような心境だったのだろうか。

 考えれば考えるほど、気持ちが沈み込む。まるで重りに引っ張られているかのようだ。

 

 この精神状態は、良くない。もしも歌織さんも同じような状態であるならば、尚更よろしくない。こんな状態だと、ろくに物事に身が入らない。もしもそのせいで調子を出せていない、なんて事態になっていたらと考えると……。

 

「実は――」

 

 観念して、もはや縋るような気持ちでおじさんに事の詳細を洗いざらいぶちまけた。

 

 ――歌織さんを褒め殺してしまった、というところでおじさんの表情筋が緩くなり。

 ――お互いに気まずくなってしまい、今日までまともに会話ができていない、と話せば笑みを浮かべて。

 ――もしもそれで歌織さんが調子を出せていなかったらと考えると居てもたってもいられない、早く解決したい、と思いの丈を吐き出せば「はっはっは!」と大きく声を上げて笑った。

 

「いやぁ、すまない、すまない。君がこれほど真っ直ぐ育ってくれたことが、つい嬉しくなってしまってね」

 

 孫を見守る時のように、瞳は優しさを帯びていた。喜色に満ちた明るい声色は、本当に自分のことを祝福してくえているのだと、実感を持てるほどだ。心の中で波打つように、自分の中からブルーな気持ちが気恥ずかしさに上書きされていく。

 

「優しく育ってくれて、順一郎もきっと喜ぶだろう」

「それはまぁ、優しくあろうと、努力してますから」

 

 思いの外ぶっきらぼうに言葉が飛び出した。それでも、おじさんは「うむうむ」と満足そうに頷いている。

 

「できれば、私にもっと甘えてくれてもいいのだが」

「……莉緒姉にホモ疑惑かけられたばかりなんですけど」

「冗談が言い合えるのは、仲の良い証拠だ。百瀬君も、まぁ本気で言ったわけではあるまい」

 

 いやあれは本気だった、と口に出しかけたところで止める。おじさんの前でそれをカミングアウトするのも憚られた。そして、それとは別に開いた口をタダで塞ぐのも不格好だから「善処します」とだけ口にした。

 

「さて、脱線させた私が言うのもなんだが、話を戻そう。桜守君のことだったね」

 

 難しい問題だ、とおじさんは両手を合わせて低く唸る。素直に謝罪すればいいだけの話であれば、こんなにも悩むことはない。問題は、自分のせいでお互いに対話が困難になってしまったことにある。自分から無理やり会話に発展させて解決に持っていったとして、それは果たして本当に「解決」と言えるのだろうか。歌織さんの心を置いてきぼりにしているのではないだろうか。

 

「……古典的ではあるが、手紙なんてどうかね?」

 

 もちろんメールでも構わないが、とおじさんの提案に「あっ!」と思わず声を上げてしまう。というか、その方法があった! 青天の霹靂とはまさにこのことだ。

 

「そうか、その手がありましたね! 手紙、確かにそうだ。話をしづらいなら、文面で伝えればいいじゃないか! ……あっ、でもどうやって渡せば?」

 

 大気圏に突入していた気持ちが大地に不時着した。例え手紙を書いたとして、渡す方法がなければ意味がない。手渡すなんて流石に気恥ずかしくてできない。なら下駄箱にでも、などとそんなこと出来るわけがない。765プロには下駄箱なんてシステムはない。各自に割り当てられた施設といえばロッカーだが、女性のロッカー開けるとか犯罪だ。その前に更衣室入った時点でアウト。

 なら、誰かに託せばいいというのもまずい。あまりに候補が絞られる。具体的には、恋バナに発展させる、あるいは口が軽い人はアウトだ。桃子先輩なら口も堅く、渋々ではあるものの協力してくれそうなものだけど、これで年下に頼るというのも情けなさすぎる。このみさんに頼るのは、前回の収拾を丸投げしたことから、どうにも申し訳ない。

 

 というか、ほかの人に手紙を渡すところを見られてもアウトだ。噂になれば、また歌織さんに迷惑が掛かる。そうなると、彼女たちに頼るというのは、あまりに現実的ではない。

 

「詰んだ……」

 

 まさか、メールアドレスを教えてもらうわけにはいかない。これでもアルバイトとアイドルの一線は引いているつもりだ。公私を分ける意味でもだが、これ以上ここに迷惑をかけるわけにもいかない。

 

「おじさん。恋バナに発展させない、口が堅い、第三者に手紙を渡すところを見られない。当然、手紙を渡せるほどの仲。そんな、手紙の委託先ないですか?」

 

 もはやダメもとで聞いてみると、おじさんは口元の笑みを深くした。えっ、まさか知っているのだろうか。

 

「郵便局――冗談だよ。大丈夫、本当に知っているとも」

 

 退出しようと立ち上がったところで、おじさんから待ったが掛かる。郵便局はありえない。歌織さんの住所知らないのもそうだが、仮にわかったとしても、黒服にお世話になることになるのでそれだけは勘弁してください。

 

「それで、誰ですか?」

「彼女たちのプロデューサーさ」

「……あっ」

 

 その通りだった。プロデューサーならいくらでも出会う機会はある。口も軽くはない。恋バナに発展させることもない。誰かに見られない、という条件も容易に達成できるだろう。仲など考える必要もない。彼女たちばかりに目がいって、すっかり忘れていた。盲点だった!

 

「手紙書いたら、プロデューサーへの委託、お願いしてもいいですか? 会えるとは限らないので」

「構わんよ。手紙をしたためたら、事前に連絡をしてくれたまえ。こちらも、スケジュールの調整が必要だからね」

「……本当に、いつもお世話になります」

「なあに、私も好きでやっていることだからね」

 

 そう言っておじさんはニッと口角を上げた。釣られて、自分の口角も上がっているのがわかる。この人には本当に、頭が上がらない。間違っても足を向けて眠れない。

 

 さて、そうと決まれば早速、便箋選びから始めなければならない。便箋を入れる封筒も。万年筆も必要だ。

 

「ちょっと、手紙に必要なもの買ってきます!」

 

 俺はおじさんに「ありがとう!」と声をかけてすぐに事務所から飛び出し、文房具屋に駆け出した。腹は減っていたけど、お構いなし。幸い、午後にバイトは入っていない。今のこの衝動を忘れないうちに、手紙を書くための準備を終わらせたい。

 

 

 

 

 

 

 手紙を書く段階で悶々となってしまったが、上手くは書けたと思う。

 

 俺は携帯を取り出して、おじさんに連絡を入れるのであった。

 

 

 

 




二話目にしてアイドル出さない。これっていいのかな、と思いつつ投稿した話であります。

ちなみに、私のアイマス知識はアニメとミリシタ、デレステだけです。にわかも甚だしいですがお許しを。

それでは、感想、コメント、ご指摘など、お待ちしております。

※歌織さんの出番が多いので、タグに「桜守歌織」を追加しました。
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