また、一件の感想の方、ありがとうございます。ご声援というのは励みになるもので、執筆速度向上の効果が得られました(ぇ
さて、それでは本編をどうぞ。
桜守歌織はレコーディングが終わった後、プロデューサーの運転する車の中で頭を悩ませていた。別に、レコーディングで失敗を連続したとか、機材をうっかり壊してしまったとか、そんなことではない。今日も滞りなく仕事を終えることができた。
問題はただ一つ。
(連太郎くんと、どうお話すればいいのかしら……)
これが出会う機会の少ない相手であれば、それほど深刻になって考える必要はなかった。軽薄な人間の言葉であれば、上手く受け流すことができたかもしれない。
高木社長、プロデューサーを除けば唯一の男性。連太郎の噂は、765プロの中でもよく耳にすることがある。
天海 春香 曰く「優しい人」だと。
如月 千早 曰く「厳しい人」だと。
星井 美希 曰く「正直な人」だと。
萩原 雪歩 曰く「思い遣りがある人」だと。
菊池 真 曰く「どっしりと構えた人」だと。
双海 亜美 曰く「ノリの良い兄ちゃん」だと。
双海 真美 曰く「リアル百面相な兄ちゃん」だと。
高槻やよい 曰く「お兄ちゃんみたいな人」だと。
水瀬 伊織 曰く「執事みたいな働き者」だと。
三浦あずさ 曰く「気配り上手な人」だと。
四条 貴音 曰く「真、落ち着いた御方」だと。
我那覇 響 曰く「よく笑う人」だと。
秋月 律子 曰く「几帳面な人」だと。
プロデューサー 曰く「今を必死に頑張っている人間」だと。
桜守歌織。彼女自身は、連太郎を「礼儀正しい人」だと思っている。如月千早の評価のように「厳しい」という一面を見たことはない。「どっしりと構えた」というのもイマイチ実感を得られない。「今を必死に頑張っている」という様子……切羽詰まった表情など見たことがない。
共感できる部分は多くある。だが、一言目に「厳しい」「どっしりと構えた」などと、似合う人物ではない。少なくとも、彼女が認識する連太郎の印象はそれだった。
そして気がついた。彼女自身が、連太郎のことを多くは知らないことに。劇場に行くと必ずといっていいほど会話する相手なのに、である。彼女自身は彼とは仲が良好であった、と思っているのに。
出自を知らない。正確な年齢もわからない。果ては……名前は分かっても、苗字が分からない。これが関わりのない、話すのが希な相手ならまだわかる。だが、彼女は連太郎と三日に一度は話していた。なのに、基本的なパーソナルデータすら分からないことが多い。
それに気がついた時、心臓が大きく跳ね、背筋に薄ら寒い空気が迸る。考えたことがなかっただけで、その正体は謎に包み込まれていた。影によってよく見えない顔をよく確認しようと手を伸ばしたら、あと少しというところで透明な壁に手が当たる。彼女は初めて、自分と彼の間に壁があることを自覚した。
「……プロデューサーさん。少し、お聞きしてもいいでしょうか?」
ちょうど赤信号で、車が停車したところで彼女は隣に座るプロデューサーに声をかけた。
「聞きたいこと、ですか? 珍しいですね。次のレッスンの内容とかで、何か分からないことでもありましたか?」
「いえ。連太郎くんのことで、少し」
「……レンのことといえば、彼が迷惑をかけたみたいで、申し訳ありません」
視線を前に向けたまま、プロデューサーは真剣な表情でそう返した。
「いえ。私ももう少し、余裕を持つことができればと思っています」
それよりも、と彼女は言葉を続ける。
「連太郎くんは、今何歳ですか?」
「本人からは十八と聞いています。どうして、今?」
「考えて、考えて。気がついたんです。私、連太郎くんについて何も知らないんだ、って」
プロデューサーは余計なことは口にしなかった。ただ、静かに彼女の次の言葉を待つ。
「教えてください。連太郎くんのことを、プロデューサーさんがご存知の範囲で」
「……それは、何のためですか?」
えっ、と上がった声がクラッチを踏む音にかき消され、車が発進する。
「和解のためと言うなら、残念ながら、自分に協力できることはありません」
「それは、どうしてでしょうか?」
「レンの方から勝手に解決してくれますから。自分からしていいことは何もない、ということです」
彼への信頼がそれほど厚いことを意味するように捉えられる理由だ。だが、普段のプロデューサーなら、例えそうだとしても。「勝手に」などと半ば投げやりな言葉を使うだろうか。彼女はそこに大きく違和感を覚えた。
「彼を、信頼されていらっしゃるのですね」
「それに関しては全く」
「――はい?」
肯定だろうか、それとも否定だろうか。即答の割に言葉足らずで、彼女は思わず間の抜けた声で聞き返した。
「今頃、亜美と何かイタズラを画策しているかもしれません。春香と菓子作りに夢中になっているかもしれません。真美と遊んでいるかもしれません。響のペットと怪獣大決戦してるかもしれない。真や美希に指導しているかもと考えるだけで頭が痛いです」
頭の中が「謎」という文字で埋め尽くされるほどの衝撃が、その言葉には含まれていた。誰の話だろうか、とさえ思ってしまうほどに。
「えっと……あの、連太郎くん……ですよね?」
「雪歩や律子、伊織にやよい相手には全く問題起こさないやつなのに、それ以外となると途端にトラブル発生装置になるとか。特に、亜美と真と響を混ぜたら、それはもう酷いことに……」
プロデューサーの瞳からハイライトが消えていた。原因は、桜守歌織が預かり知らぬ連太郎が過去に起こした事件にある。
天海春香と一緒になってお菓子を作れば、何人かが確実にスタイル維持のための特殊レッスンを受けるハメになったり。
如月千早と一緒になれば、必ずレッスンの質が上がる。その代わり、レベルが高すぎて周りの全員の声が丸一日は枯れる。
星井美希と一緒になれば、ダンスレッスンで容赦のない指摘が飛んでくる。ここに菊池真が合わされば、翌日にはレッスンを受けた全員が筋肉痛にダウンする。
双海亜美と一緒になれば、どんなイタズラが待ち受けているかわかったものではない。
双海真美と一緒になれば、何故か事務所がいつも以上にキレイになっていた。
三浦あずさと一緒になれば、迷子になった上に、必ずとんでもないトラブルに巻き込まれて帰ってくる。事後処理で過労死しかけたのはプロデューサーだ。
四条貴音と一緒になれば、無理をした連太郎が食い倒れて、翌日のアルバイトを休まざるを得ない。そして、その仕事量のしわ寄せがプロデューサーを襲う。
我那覇響と一緒になれば……というか、彼女のペットと一緒になれば、途端にメンチ切って怪獣大決戦が始まる。
これらの事件のほとんど(一部例外もある)が、連太郎の善意によって引き起こされたものである。彼が意図せず起こったものも含まれる。また、アイドルに対してのレッスンに関しては一時期、連太郎のアルバイトの内容に含まれていたことが影響している。
しかしシアター組が入ってきてからというもの、それらのトラブルがナリを潜めている。そのことが、プロデューサーにとって唯一の救いだ。もし今も続いているとなれば、彼は胃薬と硬い握手を交わしていたに違いない。
「なまじ優秀というか、必要だっただけにクビになんて出来なかったし……あれが再発したら胃が……」
「あの、プロデューサーさん? もう、お家の前に着きましたよ?」
「……えっ」
正気に戻ったプロデューサーが周囲をキョロキョロと見回すと、いつも通り彼女の自宅前に停めていたことを確認して目を見開いた。しかしすぐに頭を振ると、「あぁ、レンといえば」と思い出したように営業用のカバンを手にとった。
「これ、レンから歌織さんにと、預かっていました」
「……手紙、ですか?」
それはレモン色の小さな封筒だった。右下に小さな音符のマークが三つ並んでおり、封をとめるために、可愛らしいデフォルメされたひよこの描かれたシールが使われている。
「はい。ただ、ひとつだけ。自分は中身を見たわけではありませんが」
――それを読んでも、彼とはいつも通りに接してあげてください。
プロデューサーの言葉を聞いたとき、彼女の脳裏にふと言葉が思い浮かぶ。
『あと、メロメロなら恋文の一つでも書いてますから』
思い出した瞬間、彼女の顔が耳まで真っ赤に染まった。その様はまるで瞬間湯沸かし器のようであった。
彼女は手紙にもう一度視線を落として「まさか」と思う。心臓は早鐘を打ち、外に聞こえてしまいそうなほど大きくリズムを刻む。真っ赤な顔を自覚するほど顔に熱が集まり、頭の中では「どうすれば」「どうしよう」「どうやってお返事すれば」とか。
あまりに気恥ずかしいものだから、手紙を膝の上に置いて俯いた。そして真っ赤な顔を隠すために自分の両頬を自分の両手で挟み込んだ。冷えピタのように頬から熱を奪っていく両手の感触に、少しずつ頭の中が冷静になっていく。しかし冷静になったかと思えば、その手紙の意味を思い出してまた顔が熱くなる。そんな考えを振り払おうと頭を振るが、効果は薄い。
傍から見れば、恋に恋する、悩める乙女の姿である。頬を挟んで「いやんいやん」と頭を振っているようにしか見えない。
「あにょっ……そ、そのっ……!」
結局、ちっとも冷静になれていなかった。それでも、何とか言葉を絞り出そうと、俯いて両手で顔を隠しながらも。小さな声を、最大の勇気をもって、絞り出した。
「むじゅかしいひゃも……しれない、です」
噛み噛みだった。噛みすぎて、羞恥のあまり必死に顔を隠そうと俯き、前傾姿勢になる。プロデューサーはそんな彼女の姿に困惑を覚えながらも、「こほん」と一つ咳払いをしてから。
「歌織さんのこと、信じています」
「っ、失礼しましゅ!」
彼女は逃げるようにして、しかし封筒は大切そうに胸に抱いて、車から降りると、すぐに自宅の中に引っ込んでしまった。
その様子を見送ったあと、プロデューサーは彼女の様子に疑問符を浮かべた。何か失礼なことをしたか、それとも怒っていたのだろうか。
当時の出来事を見聞きしていないプロデューサーには、結局答えが出せず。
「……何とかなってほしいけど」
暗くなってきた空を見てライトをつけると、オレンジ色に頼りないライトの色が薄く上塗りされる。日はもうすぐ沈むというのに、ライトの明かりがやけに頼りなく感じられた。
彼は沈む夕日に向かって、車を発進させた。
さて、これは短編なのだろうか、とちょっと不安になり始めてきた今日この頃。
短編小説の概念を調べたところ「一般に原稿用紙10枚から80枚程度の作品が該当する」(Wikipedia参照)
原稿用紙というのは400字詰めなので、400×80で最高32000文字ということに。
……ちょっと収まりそうにないので、「連載」小説に変更します。一話ごとに4000文字程度を維持し続けて26話までにはケリをつけるつもりです。
それでは、感想、ご指摘、コメントなどお待ちしております。
噂話:後日、プロデューサーは黒服と「お話」したとか。
関係ない話(ダイマ):9thの「約束」の動画を不意に見て涙腺がヤバイ(感想欄でこのことについて言及しないように)