下心からバイト始めました   作:沖縄の苦い野菜

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一件の感想、たくさんのお気に入り登録、最終話に移動するしおり、その全てに感謝を込めて、ありがとうございます。

毎日20時投稿しようと思いましたが、今回はちょっと遅れて申し訳ないです。
理由は単純に、ミリオン2nd観てたのと、その前に昼寝しちゃったせいです。

さて、言い訳はこのあたりにして。本編をどうぞ。


メッセージ

 暗い場所から見る光というのは、予想以上に綺麗に映るものだった。

 汚れ、淀み、重苦しく粘ついた殻の中から見える景色というのは特別だ。暗い場所は見えないくせして、一際明るい場所には目が留まる。それなのに、光からこちらが見えることはない。それが少し悔しくて。

 

 だから、一歩踏み出そうと殻から光に手を伸ばせば、まるで吸血鬼のように光に焼かれる。そして気が付けば、殻の中に逆戻り。

 

 それでも光に近づこうと思えば、殻に閉じこもったまま、光に寄り添うしかない。殻を纏った状態で、殻を通して光を見るしかない。生身では光に焼かれ、消えてしまいそうになるから。

 

 数多の光に出会った。どの光にも羨望を抱いた。そして欲望を心の中にしまいこんだ。

 

 

 

 時折、殻の中心に穴を開けて、そこから光を覗くことがある。

 ある時、光の反射によって映し出された、対面に映る影を見た。その影には誰よりも見覚えがあるような気がした。今まで見ることがなかった存在に、少し興味を惹かれて、好奇心から近づいてその顔を確認してみれば。

 

 ――そこには、俺の顔があった。

 

 光によって照らされた、自分の顔を見たときに。

 どうしても、思わずにはいられなかった。

 

「――誰だ、お前?」

 

 俺はそうじゃないだろう。たとえ光に照らされても、消えてなくなるはずだろう。存在の証明すら許されなかっただろ。声を張り上げようと、走り出そうと、手を伸ばそうと、この殻の中に戻されてしまっただろ。

 

 誰だお前は。どうして俺と同じ顔をしている。俺と同じなのに、どうして光を浴びることができる。

 

「――抜け殻ってやつか」

 

 俺と同じ顔の野郎が、憎悪に燃える瞳で見下してきた。そしてヤツは殻に足をかけると、殻ごと海に沈めるようにして蹴り下ろす。

 

「っ、テメ――」

 

 怒鳴り散らそうと、ヤツの顔をもう一度見上げた時だった。

 

「大切なものだけ盗みやがって」

 

 俺以外を見ている瞳から、零れ落ちるものを見て、何も言えなくなった。

 

 ゆっくり、揺蕩うように、殻が沈んでいく。

 蹴り下ろされたというのに、まるでシャボン玉のように、緩やかに。

 

 ――ヤツは、何を見ていたのだろうか。

 

 殻に穴を開けてみて、色々な場所を見てみるが。

 結局、何かが見えることはなく。

 殻の中から光を見ようと、高度を緩やかに上げながら、覗き穴を覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 桜守歌織は自室にて、机の上に置いた手紙と対面していた。真剣な面持ちながらも、頬は桜色に染まり熱を持っている。そんな彼女は、膝の上に置いた手を手紙に伸ばした。

 

「……っ」

 

 しかし、手紙に触れる寸前で、膝の上に手がもどる。彼女はかれこれ一時間ほど、この行動を繰り返していた。何度となく勇気を胸に手を伸ばしたが、手紙に触れることすらかなわない。

 受け取ったとき、持ち運んだとき。もはや自分がどうやって手に持っていたかさえ忘れるほど、彼女は手紙を読むことに苦戦を強いられていた。

 

 自身の不甲斐なさにひとつ、ため息をこぼす。手に取って、封を開けて、文面を読み込むだけ。それだけなのに、どうしてこれほど苦戦をしているのだろう、と。

 

 そして、何度目になるかわからない。手紙へと手を伸ばしたとき。

 

 ――プルルン、と同じく机の上に置いていた携帯の音が鳴る。

 

「ひゃっ!」

 

 驚き声を上げ、反射的に肩が大きく跳ねる。その衝撃で手が想定していたより前に伸び。

 

「あっ……」

 

 手紙をその両手にとっていた。それを見て現状を理解すると、彼女は慌てる……のではなく。心を大きく奏でながらも、冷静に、その封に手をかけた。手に取ってしまえば、なんて事はない。引き返せない場所まで来たと認識すれば、覚悟は自然と決まってしまっていた。

 

 綺麗にシールをはがし、中に入った便箋を抜き出した。そしてそれを広げる前に一度、大きく深呼吸を行った。

 

「――よしっ」

 

 最後の覚悟を決めて、彼女は便箋を広げて中身を見た。

 

「あら。ふふっ」

 

 同時に、思わず笑みが漏れる。通常、手紙に入れる便箋の向きは、中身を取り出して広げたときに、正位置になるように入れておくのがマナーだ。しかし、彼女がいざ便箋を広げてみれば、逆さまになっている。

 

「連太郎くんも、ミスをするのね」

 

 可愛いミスを発見して思わず微笑ましくなった彼女は、心に余裕を取り戻していた。早鐘を打っていた心はいつも通りのテンポでリズムを刻む。痛いほど大きく打たれていたのに、今では落ち着きを取り戻せるほどだ。

 

 逆さになった便箋を正位置に戻してから、彼女は自然体で、便箋に目を通した。

 

『前略

 先日、こちらの不注意によりご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 この度は私の責任によりお話が難しくなってしまったため、

 こうして手紙をしたためさせていただきました。

 気持ちの折り合いのため、このように手紙を用意するのも

 何かおかしな気分ではありますが。

 性急かつ身勝手なのは承知の上で、これから記述させていただきます。

 後日より、私はいつも通り、歌織さんに話しかけます。

 身勝手に行動に移します。

 待つという選択肢を取れない自分を、どうかお許し下さい。

 本当に、ごめんなさい。

 どうしても、私とは話しにくい、あるいは許せない場合は。

 人任せではありますが、プロデューサーか、高木社長に

 私のことを聞いてください。

 それでも、私とは話しにくい、許せない場合は。

 いずれにしても。

 私はただ努力しようと思います。

 それでは、また後日に、お会いしましょう。

                              草々』

 

 桜守歌織は、この手紙にどれだけの思いが込められているのか、無意識のうちに実感していた。おそらく、連太郎なりに考えて、考えて、考え抜いた末の文面なのだろうと受け取った。

 

 彼女の今までの印象を引き継いだ捉え方であれば、「彼らしくない」少々強引な文面だ。しかし「彼らしくない」ではなく、これこそが「等身大の連太郎」なのだと、桜守歌織は手紙から受け取った。

 

 彼の手紙の文面「本当に、ごめんなさい」から。彼女は優しく指でなぞる。明らかに震えた手付きで書いたのだろうという、「文字の震え」。真剣にならなければ、文字を書くときに手が震えるなど有り得ない。逆に言えば、それだけ真剣にこの問題に取り組んでくれていたからこそ、文字が震えている。まるで、叱られた子供を想起させるような文章。

 それを改めて見て、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

 きっと、これを書いている時、「もしも」を考えて恐ろしかったに違いない。何度も文面を考え直して、書き直して、震える手を押さえつけてでも、力を入れすぎて痛くなった指にも構わず、書き綴ったのだろう。

 

「正直な子なのね」

 

 文面に飾り気なんてほとんどない。謝罪と、自分のやること、できること。それが手紙の大まかな構成で、まとまっている。相手の気持ちを慮るという点が欠けているが、わからないからこそ、敢えて自分からの行動しか書かなかったと考えれば。「わかったようなつもり」でいるよりも、はるかに誠実だ。

 

 そもそも、手紙を出すこと自体が、現代からすれば珍しい。メールで済ませるか、対面して言葉で解決するのが「普通」だ。手紙という「特別」を手段として選んだということは、それだけ連太郎にとって、桜守歌織との「繋がり」が大切だという裏返しでもある。

 

 手紙には、気持ちが詰まっていた。

 

「ありがとう、連太郎くん」

 

 便箋を折りたたみ、敢えて同じ状態で封筒の中に収め、封をする。

 そして、彼女は手紙を机の引き出しの中に、大切に保管した。

 

「プロデューサーさんや、社長さんに、貴方のことは聞きません」

 

 ――それはきっと、連太郎くんにとって、誰にも知られたくないことだろうから。

 

 桜守歌織は、気持ちの整理を終えた。そしてこれから何をしようと考えたとき、ふと携帯が鳴っていたことを思い出し、中を確認することにした。

 

 電源をつけたところで見えたのは。

 

『双海亜美:レン兄ちゃんの今日の名言(笑)!』

 

 とのことだった。タイムリーな内容で、気になった彼女はその中身を確認してみると。

 

『双海亜美:レン兄ちゃんの今日の名言(笑)!

 「根本から違うだろうが。俺も、プロデューサーも、おじさんも、間違えやしねぇよ」』

 

「……社長さんのことかしら?」

 

 連太郎の言うところの「おじさん」という呼称が、誰を指しているのか予想しかできない。だが、765プロに関わりがある男性陣といえば連太郎、プロデューサー、高木社長の三人しかいないので、ほぼほぼ確定だろうと考える。

 

「いえ、それよりも」

 

 メールの内容を見て、彼女はある一点に目をつけた。「俺」という一人称に。今まで中性的な一人称しか聞いたことがなかったため、彼女にとってそれは新しい発見であった。

 

 携帯の時計機能を見てみると、ちょうど夕食の時間が迫っていた。彼女は携帯を元の場所に置くと、部屋を出て、リビングに向かうのであった。

 

 

 

 桜守歌織。彼女は就寝前。ベッドに腰掛けた時のこと。

 

 連太郎ともしも明日出会ったら、どのように話そうかと考えていたとき。

 ふと、思い出してしまった。

 

 あの気持ちの詰まった手紙を、恋文だと勘違いしていた自分のことを。

 

「――っ!」

 

 思わず枕を手に取り、そこに顔を埋めて、赤くなった顔を隠す。誰が見ているわけでもないが、そうしなければ熱が溜まりすぎてどうにかなりそうなほど、顔が熱くなっていた。

 

「私、なんて勘違いを……」

 

 夜中。乙女な淑女は、枕に顔を埋めて、気持ちを落ち着かせるのであった。

 




真剣になるから、綺麗には映らない。
真剣だからこそ、泥臭い。
真剣に立ち向かうから、動転してミスもする。
真剣に向き合うからこそ、恐怖する。
でも、それだけ真剣だからこそ。
人間の本質が表れる。


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