IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第十四話 ~告白~

太陽も傾き始め、廊下の窓から夕日が差し込む。そんな時間に統夜は一人廊下に佇んでいた。目の前にあるのは自室の扉、だが今はその扉を開いて一歩踏み出すという簡単な事さえも出来ずにいる。

 

(やっぱりいるよな……)

 

統夜は自分の右手の平を開いて見つめる。取り敢えず顔に付いていた物は拭ったが、掌にはまだ赤い自分の血が残されていた。しかも制服の各所は自分の血で染められ、既に乾き始めている。こんな光景を他の人間に見られれば弁解の仕様も無いだろう。いや、もう既にこの姿を一人の少女に見られていた。

 

(……)

 

誰も通らないから良いものの、こうして廊下に立っているだけでも相当危険なのだ。決意を固めてゆっくりとドアノブに手を掛けて、回す。特に抵抗を感じる事もなくドアノブは回って、統夜はドアを押し開いた。

 

「……うっ……ぐすっ……」

 

統夜が部屋に入ると真っ先に誰かがすすり泣く声が耳朶に響いてきた。そのまま統夜はゆっくりと部屋に踏み込んでいく。立ち止まった統夜の目に飛び込んで来たのは、並んだベッドの片方に腰掛け、顔を俯かせて泣いている少女だった。

 

「……簪さん」

 

「っ!」

 

統夜が短く少女の名前を呼ぶと、簪は弾かれた様に顔を上げる。まるで幽霊でも見るような目で統夜を見た、と思ったら素早く立ち上がって統夜の体に飛び込んだ。

 

「うぐっ!?」

 

「だ、大丈夫!?」

 

短く言葉を発した簪は統夜の体を弄る。確かに傍目から見たら、統夜の真っ赤に染められた制服はどう見ても異常だろう。しかもこの少女は統夜が傷ついた所を間近で見ている。されるがままの統夜だったが、簪の両肩を抱いてゆっくりと引き剥がした。

 

「簪さん……制服が汚れるよ」

 

「……ほ、本当に大丈夫なの?」

 

「うん」

 

肩を抱いたまま統夜はベッドに移動して、簪を座らせた。自分もベッドに座り込むが簪と視線を合わせようとはせずに、虚空を見つめた。二人とも口を噤んでいたが、ゆっくりと統夜が簪に話かける。

 

「……ごめんね、簪さん」

 

「……え?」

 

まさか第一声が謝罪の言葉だとは予想していなかったのか、簪が呆気に取られる。統夜は簪の顔を見る事無く、そのまま言葉を続ける。

 

「あんなの見せちゃって……気持ち悪かったでしょ?」

 

「あ……」

 

やっと簪は何を言っているのか理解した。しかし次に統夜の口から出てきた言葉は更に意味が分からなかった。

 

「……俺、この部屋を出て行くよ」

 

“何を言っているのか?”という顔をする簪。だが統夜は振り向かないのでその顔を見る事は無い。統夜はまるで全て決定事項だとでも言う様に、淡々と言葉を発する。

 

「いやさ、こんなのが一緒の部屋にいたら気持ち悪いでしょ?」

 

「……や」

 

「俺も簪さんに迷惑かけたくないし、俺が出ていけば丸く収まるしさ」

 

「……いや」

 

「だから、俺が──」

 

「嫌!!」

 

いきなり簪が大声を出して立ち上がる。余りの事に統夜も驚いた表情で簪の顔を真っ直ぐに見た。何故か彼女は再び泣き出し、顔を歪めて統夜を睨んでいる。

 

「何で……何でそんな事言うの?」

 

「だ、だって……あんなの見たら、誰だって……」

 

「じゃあ言ってくれれば良かった。先に言ってくれれば……」

 

簪の嗚咽混じりの声を聞きながら、統夜は再び顔を背けてしまった。簪に顔を見せない様にしながら返答を返す。

 

「言えるわけ無いだろ。こんな……化物みたいな体……」

 

「で、でも先に教えてくれていたら──」

 

「簡単に言わないでくれ!」

 

今度は統夜が怒号を上げる。簪はその声を聞いてビクリと体を震わせた。統夜がこれで声を荒げるのは二度目、ピット内での事、そして今回で二度目だった。今まで聞いた事の無い声色に簪は思わず怯んでしまう。

 

「俺がどれだけ……どれだけこの体で悩んだか知りもしないで……そんな簡単に言わないでくれ……」

 

その言葉を聞いた簪は呆然としてしまう。この目の前にいる少年は自分が思っていた程、完璧では無かったのだ。今目の前にいるのは自分の事で悩み、苦しみ、内に抱え込む事しか出来ない一人の少年だった。そこで簪は前に統夜が言った言葉を思い出す。

 

(『俺は、ただの臆病者だから』)

 

あの言葉はこの事を意味していたのかもしれない。一人考えている簪の目の前で天を仰いだ統夜が独りごちる。

 

「……俺がこの部屋にいても簪さんの迷惑になるだけだ。だから──」

 

「じゃあ……教えて」

 

「簪さん?」

 

そこで簪がぽつりと呟いた。不思議に思った統夜は簪の方を振り向いて、驚く。統夜の視線の先には、瞳に覚悟の色を湛えた一人の少女がいた。

 

「前に貴方は言った……『人それぞれが違うのは当たり前』って。だったら私と貴方が違うのは……当然の事だと思う」

 

「で、でも……それはあくまで心とか、考え方とか……」

 

「私と貴方は違う……だったら話してくれなきゃ、分からない」

 

「簪さん……」

 

「お願い……教えて」

 

簪が真摯な目で統夜を真っ直ぐに見つめる。統夜は数秒簪と視線を交えると、ふっと目を逸らした。そしてゆっくりと腰掛けていたベッドから立ち上がる。

 

「ごめん。少し考えさせて欲しい」

 

そう言ってバスルームへ歩いていく統夜。たった一人でベッドに座る簪の耳にバタンと音を立てて閉められたドアの音と、水が滴る音が響く。

 

 

 

(どうすればいい?)

 

統夜は一人シャワーを浴びながら考えていた。頭の中を占める内容は勿論先程の簪とのやり取り。壁面に左手を当てて体を支えながら思考する。

 

(こんな体の事言っても……怖がられるだけだ)

 

姉にも言えなかった自分の体の事。何でも言える姉に対しての、唯一の秘密なのだ。それほど体の問題は、統夜の中で重要な事となっている。それをたった数ヶ月一緒に過ごしただけの少女に言って、果たして平気なのだろうか?

 

(それに……)

 

首にかけられたままのネックレスを見る。水が滴り、銀色の光を反射している三つ巴が統夜の瞳に映った。

 

(仮に体の方は平気だとしても、こっちは……)

 

自分の体の事に多いに関係しているもう一つの事実について考える。何故この力を手に入れるのが自分なのか、彼らはどんな気持ちで自分にこれを託したのか。いくら聞きたいと願っても既に彼らはこの世にはいない。だがこちらの方は話す気にはどうしてもなれなかった。今の所は話す気も更々無い。

 

(俺は……)

 

シャワーから出る湯が、頭と体を伝って足元に流れていく。統夜は一人これからの事を考える。

 

 

 

(どうしよう……)

 

簪は一人ベッドに腰掛けながら考えていた。勿論考える内容は先程のやり取りである。

 

(言っちゃった……)

 

確かに先程言った言葉は全て自分の本心である。だがあそこまではっきりと言う気はなかった。しかし既に現実として言ってしまっている。

 

(……どうしてだろう?)

 

あの時、ピットの中で初めて統夜の体を見たときは確かに驚いた。血まみれの体がみるみる治癒していく様を簪は間近で見てしまった。まるで自分が好きなヒーローの様な体を持ちながら、全くヒーローらしくない少年。その点での興味が無いと言ったら嘘になるかもしれない。だがそれだけでは無いのも事実だった。

 

(私は……)

 

彼の事をもっと知りたい、この言葉は本心から来る物だった。何時からかははっきりしないが、彼の事をもっと知りたいと願う自分がいる。こんな感情を他人に抱くのは初めてなのと同時に、戸惑う事しか出来ない自分がもどかしい。

 

(何だろう、この気持ち……)

 

一人思考に耽っていた簪の耳に、キィとドアが開く音が届く。簪が顔を上げると、そこにはジャージ姿の統夜が無感情な顔で簪を見ていた。簪の顔を見ても一言も発さない統夜は静かに簪と対面になる形でベッドに座り込む。

 

「……考えたけど、これを聞いて簪さんが良い思いをする事は絶対に無い。それでも、聞きたい?」

 

まるで最終確認の様な口調で問いかける統夜。その言葉を聞いた簪は数秒躊躇うそぶりを見せたが、ゆっくりと頷く。それを見て統夜は小さくため息をついた。

 

「……俺の体は普通じゃないんだ。簪さんも見た通り、傷はすぐに治るし身体能力は普通の人間とは比べ物にならない程高い。下手したら生身でISと渡り合える程にね。」

 

「あ、あのクラス代表決定戦の時……ISの右手部分が壊れてたのは……」

 

「バレてたのか……簪さんが考えている通り、俺が力を入れ過ぎてISの方が壊れたみたいなんだ」

 

簪はその言葉を聞いて愕然とした。可能性の一つとしては考えていたが、生身でISを破壊するなど聞いた事が無い。いくらスペックが競技用に調整されていると言っても、元々ISは兵器なのだ。それを破壊すると言うことは兵器相手に生身で対抗出来るという事にほかならない。

 

「あの……目も?」

 

「……あれは体が治る時とかに自動的に変わるんだよ、ある程度自分の意思でも変えられるけどね。どんな傷でも殆ど一瞬で治って生身でISと戦う事が出来るかもしれない存在で、意気地無しの臆病者。それが俺なんだよ」

 

自虐的な口調で言い放つ統夜。その目は何処か悲しげだった。取り敢えず統夜の話を聞き終えた簪は統夜をじっと見る。まるで次の統夜の言葉を待っているかのように。

 

「……分かっただろ?こんなのと一緒にいても、簪さんが怖い思いをするだけだ。だから──」

 

「出て行かないで、いい」

 

「……え?」

 

統夜の言葉を全て聞き終えても、簪の言葉は変わらなかった。いや、先程よりもさらに強い意思が込められているようにも感じる。唖然とする統夜に簪が続けて言い放つ。

 

「……その理由は紫雲君が出ていく理由には……ならない。今までも大丈夫だった……だったら、これからも大丈夫」

 

「で、でも簪さんは……」

 

「確かに驚いたけど……あなたが変わった訳じゃない。今まで通り、生活出来る」

 

その言葉を聞くと、途端に統夜が脱力してベッドに横倒れになる。慌てて簪が顔を覗き込むと、統夜は呆然とした顔で宙を眺めていた。そのままの体勢で統夜がぽつりぽつりと声を発する。

 

「本当に……大丈夫?」

 

「……うん」

 

「もしかしたら……何かの拍子に、俺が君を傷つけるかもしれない」

 

「そんな事……貴方はしない」

 

その言葉を聞き終えると、統夜が左腕を持ち上げて顔に置いた。話題が無くなった二人だが、不意に簪が問いかける。

 

「し、紫雲君」

 

「……何?」

 

「そ、そろそろ……食堂に、行かない?」

 

「……うん、行こうか」

 

その言葉はいつも統夜が発する物だったが、今日限りは簪の番だった。誘われた統夜は体をベッドから起こして二人揃って部屋から出ていく。話している間に、空には月が浮かんでいた。誰もいなくなった部屋を静かに月明かりが照らしている。

 

 

 

 

そして簪と統夜が食堂に向かっている時、アリーナの地下には二人の女性がいた。二人がいる部屋の中央には、大きな手術台のようなものがあり、そこにはクラス代表決定戦に乱入した正体不明の四つの“元”兵器が乗せられている。部屋には白い光が満たされ、一人は手術台の近くの画面を注視し、もう一人は壁に寄りかかっていた。

 

「どうだ?山田先生」

 

壁に寄り掛かっていた千冬が真耶に声をかける。画面を見つめていた真耶は一つため息をつくと、椅子から立ち上がって脇に置いておいたレポートに目を向ける。

 

「中枢部は完全に破壊されています。あのラインバレルと名乗った機体の攻撃でもある程度破壊されていましたが、決め手は最後の自爆でしょうね。こちらに情報を渡さない為の工作だと思います」

 

「そうか……」

 

呟きながら千冬は真耶からレポートを受け取って流し読みする。真耶はそのまま立ち尽くして、ぽつりと呟く。

 

「それと、これが一番重要なのですが……」

 

「ああ、私も分かっている。あの機体はどう見てもISではない。もっと何か、別の“モノ”だ」

 

「ですが、それに加えて疑問が残るのがあのラインバレルです。この数年間一回も姿を現さなかった白鬼、もといラインバレルですがどうして今更現れたのでしょうか?」

 

疑問点を口みにする真耶。千冬はレポートを流し読みしながら、皮肉を込めた口調で言葉を紡ぐ。

 

「更に疑問点を付け加えておこう。織斑達は最初あの敵が、無人機だとは気づかなかった。だがラインバレルは最初から人が乗っていない事を知っていたかの様に攻撃を加えた。織斑達が敵を無人兵器だと認識したのは、ラインバレルが攻撃して破壊された敵の右腕を見た時だそうだ」

 

「それでは……織斑先生はあのラインバレルと正体不明の敵は、何か関係があると?」

 

「いや、この問題は何とでも理由が付く。例えば、あのラインバレルが敵機をスキャンやら何やらして、無人だと知り得たとかな。だが奴らとラインバレルが何か関係があるのは間違いあるまい」

 

そう呟いて千冬は真耶にレポートを投げ渡した。レポートをお手玉しながら受け取る真耶から視線を外して、千冬は顔を上に向ける。

 

「白鬼……お前は何者だ?」

 

 

 

 

月明かりが届かない深い深い海の底、今日も彼らはそこにいた。全開と変わらぬ部屋、変わらない座る位置。しかしその顔色は前回とは違っていた。

 

「……先の作戦、どうやら失敗に終わったようだな」

 

「も、申し訳ございません。ですが──」

 

「しょうがないわよ。誰もあんなのが出るなんて思わなかったから。貴方の責任じゃないわ」

 

青年の言葉をフォローする様に、女性が男に言葉を投げかける。男は深く椅子に体を預けると、手振りで先を促した。

 

「今回の作戦ですが、目的は織斑 一夏。彼をターゲットにした理由は、もう一人の男性操縦者である紫雲 統夜と比べて圧倒的に襲撃するチャンスが多いからです。今回はIS学園の行事中を狙って部隊を送り込みました」

 

そう言うと、三人の目の前に投影型のディスプレイが浮かび上がる。指でそれらを操作しながら、青年は話を続けた。

 

「結果として実践データ収集も兼ねて送り込んだ試作のアルマ四機、その全てが破壊されました」

 

その言葉を聞いて上座の男の眉がピクリと動く。女性は男と青年のやり取りを黙って見つめているだけだった。

 

「全滅?どういう事だ。私もアルマのスペックに目を通したが、あっさりとやられる様な機体では無かったはずだが?」

 

「その通りです。その原因は──」

 

青年が目の前のディスプレイを操作してとある映像を大きく映し出す。ほかの二人の前のディスプレイにも、同じ映像が大写しになった。

 

「これはアルマから転送されてきたデータの中にあった映像です。再生します」

 

青年が再び操作すると、映像が始まった。上空から一気に地上に降下する所から始まり、映像の中には終始一機のISが捉えられている。そして右手がその映像の端に現れ、画面がISに急接近した時、いきなりISの背後に何かが現れた。その瞬間、青年が映像を止める。

 

「これは……」

 

止められた映像の中には、二つの物体が映っていた。一つは勿論一機のIS、搭乗者は迫り来る右手を見て硬直している。白いISの後ろにいるのは、太刀を素早く抜き放っている白い鬼だった。

 

「……ラインバレル、まさか再び現れるとは。てっきりあの時が最後だと思っていたのだがな」

 

「目的は分かりませんが、奴が織斑 一夏を守っている事は事実です。実際に織斑 一夏が倒したアルマは一機のみ、他は全てラインバレルによって一分足らずで破壊されました」

 

「司令、どうするの?いくら何でも今のアルマの性能じゃ、百機集まってもあれには勝てないと思うけど」

 

「……奴が出てきた以上、正攻法では確実に負ける。だが搦手は使えるだろう。それに我々の目的はデータ採取だ。IS学園にアルマの残骸を回収されたからといって、慌てる必要はあるまい」

 

「その点は問題ありません。行動不能になったアルマ四機の自爆装置の作動を確認しました。奴らが手にできるのは僅かな機体構造のみです」

 

「それは重畳。次は私が作戦を立ててもいいかね?」

 

「そう仰るのなら。上がってくるデータは全て司令に回します」

 

「それでいい。頼んだよ」

 

そう言って男は立ち上がった。二人に挨拶をしながら部屋を出て行くと、空気が一気に弛緩する。

 

「ふぅ、これでまた忙しくなるわね。もっと簡単だと思っていたのだけれど」

 

「この程度で音を上げるのであれば、尻尾を巻いて逃げろ。別に止めもしないからな」

 

「冗談キツいわね。私だって生半可な気持ちで参加している訳じゃないわよ」

 

「ならばいい」

 

二人揃って席を立ってそのまま部屋を出ていく。

 

こうして様々な思いが交錯する中、夜は静かに深けていく。彼らを待つのは明るい希望か、暗い絶望か。それは誰にも知る由も無い。

 


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