IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第十五話 ~距離~

統夜が簪に己の事を話してから、一夜明けた翌日。いつも通り、統夜は起床する。ふと隣のベッドを見てみれば、簪がすやすやと寝ていた。

 

(話しても大丈夫だったな……)

 

統夜は体を起こしつつ昨夜の事を考えていた。弁当を作るために調理室へと行こうとする。身一つで部屋から抜け出し、廊下を歩きつつも思考を続ける。

 

(単に俺の考え過ぎだったのか?)

 

この身体になってからこの方、誰にも話した事は無かった。話しても拒絶されるか、怖がられるかのどちらかだと自分で決め付けていたからである。しかし現実はどうだろうか?

 

(怖がられて、無いのかな?)

 

調理室にたどり着くと、早速弁当を作り始める。調理自体は昨夜から準備していた事もあって、十分程で終わった。壁にかけられている時計を見れば、時刻は午前7時40分。

 

(そろそろ戻るかな)

 

ゆっくりと二つの弁当を包み、調理室から出ていく。今日は本音のリクエストが無いので、統夜と簪の二人分だけである。部屋に戻ると、既に簪は起きていた。

 

「おはよう、簪さん」

 

「……おはよう」

 

起きてはいるが、半分寝ているようだ。寝ぼけ眼で挨拶を返した簪は、もぞもぞとベッドから這い出て、顔を洗う為に洗面所へと行く。統夜はベッドに座って一息付くと、自分の荷物を漁ってノートパソコンを取り出した。

 

(ん?メールが来てる……)

 

メールボックスを確認すると、新着メールを示すマークが浮かんでいた。何の躊躇いも無くメールを開くと、いきなり男女のカップルが映った写真が画面に大写しになる。

 

(またかよ……)

 

はぁとため息をつきながら画面をスクロールすると、下の方に文面が乗っていた。内容はどう考えても惚気としか思えないようなものばかり。

 

(だから送ってこないでくれっていつも言ってるのに)

 

メールは姉から送られてきたものであった。写真は何処かのテーマパークで撮ったのだろう。満面の笑みを浮かべている姉の隣で男が小さく笑っている。

 

(アル=ヴァンさんはいつも通りだな)

 

そのまま文面を読んでいくと、最後の所に『統夜も早く彼女を作りなさい。夏に一回そっちに戻るから、その時に紹介してくれると嬉しいわ』と書かれていた。

 

「そ、そんなのどうでもいいだろ!」

 

思わず声に出して言ってしまう。その声を聞きつけたのか、櫛を持ったままの簪が顔だけ洗面所から出して怪訝な顔を浮かべていた。

 

「……どうかした?」

 

「い、いや!何でもない、何でもないから!!」

 

「紫雲君、変……」

 

ジトリ、という擬音が聞こえそうな視線を統夜に向けた後、顔を引っ込める簪。統夜は再び画面に顔を向けて返信用のメールを作り始める。

 

(お願いだからこれ以上こんな写真は送らないでくれ、っと……)

 

カタカタとキーボードを打つ事約五分。完成したメールを送信する。何度も同じ文面のメールを送っているのだが、一向に止める気配は無い。良くも悪くも自分の気持ちに忠実な姉が、統夜の言葉くらいで止まる事は無いと分かっていてもついつい送ってしまう。

 

(まあ、あの二人の仲が良いって事だよな)

 

てきぱきと教室に行く準備を進めると、その内簪が洗面所から出てきた。既に制服を着込んで出る準備は万端、と言った様子である。

 

「簪さん。はい、鞄」

 

「ありがとう……」

 

簪に鞄を手渡しながら、二人揃って部屋を出ていく。こうして、今日もいつもと変わらぬ一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

のんびりと二人がいつもの教室に足を運ぶと、教室の前で立っている生徒がいた。前にも会った光景にふと既視感を覚える二人。

 

「鈴か?」

 

「簪、統夜!」

 

二人を見つけた鈴は物凄い勢いで廊下を走って来ると、二人の前で急停止した。あまりの勢いに二人は若干後ずさってしまう。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「どうした、じゃないわよ!あんたらこそ何ともないの!?」

 

「あ~、何の事?」

 

「昨日の事よ!昨日の事!!」

 

「あ……」

 

そこで統夜はやっと合点がいった。鈴は反応の遅い統夜に憤慨しながら、二人の体に目を走らせる。

 

「一応傷とかは無いみたいだけど……」

 

「大丈夫だよ。俺も簪さんも変なのが来てすぐにピットから出てたから、怪我もしてないって」

 

「ならいいんだけどね……」

 

「それよりもうすぐチャイムが鳴るんじゃないのか?」

 

「ヤバッ!じゃあ二人とも、またね!!」

 

そう言い残すと鈴は物凄い勢いで廊下を走り去ってしまった。統夜と簪は元々教室が違うので、一組の教室の前で別れる。

 

「じゃあまた、昼休みに」

 

「うん……」

 

簪も自分の教室へと歩を進める。元々そこまで距離は離れていないので、一分もしない内に四組に到着した。

 

「……」

 

「ねぇ、昨日の奴見た!?」

 

「見た見た!何アレ!?」

 

「何で白鬼がいたの!?」

 

耳にクラスメイト達の雑多な声が届いてくる。特に反応する事も無く、簪は自分の席に座って鞄から勉強道具を取り出して机に詰めていく。

 

(でも確かに、何で白鬼があそこに……)

 

無表情のまま、クラスメイト達と同じ事を考える。まだ子供の時にテレビの画面越しに見た物が再び自分達に前に現れた。その事実に簪も考える物はたくさんあった。

 

(何で……)

 

何故再び現れたのだろうか?何故今まで音沙汰が無かったのだろうか?そして何故あの時日本を守ったのだろうか?疑念は頭の中を埋め尽くしていく。

 

(……考えても、しょうがない)

 

簪は思考を止めて眼鏡に手をやる。目の前に空中投影型のディスプレイとキーボードを展開させてプログラムを書き始めた。空中を走る指は迷い無く動き、簪の瞳もめまぐるしく動いている。

 

(早く完成させなくちゃ……)

 

せめて夏休みに入る前には完成させたい自分の愛機。そのままチャイムがなるまで作業と続けていると、ふといきなり目の前がぼやける。

 

(何……)

 

一旦眼鏡を外してゴシゴシと目をこすって再び目を開けると、視界ははっきりしていた。不可解に思いながらも簪は作業を再会する。そして数分後、教師が教室に入ってきてやっと簪は手を止めた。

 

「皆さん、朝のHR(ホームルーム)を始める前にお知らせがあります」

 

教卓の前に立った教師が凛とした声でクラスに呼びかける。その一声で今までガヤガヤと騒いでいた教室はピタリと静まった。

 

「昨日の騒ぎですが、あれはとある国の実験ISが不慮の事故により暴走した結果、IS学園に紛れ込んだ物でした」

 

静まり返っていた教室が緩やかに喧騒を取り戻す。教師はパンと手を打ち鳴らして全員の注目を集めた。

 

「静かに!と言うことで昨日の騒ぎですが皆さんが過度に騒ぎ立てる必要はありません。今日以降は必要以上に騒がない事、以上です。それではこのまま一時間目を始めます」

 

教師が教卓にあるタッチパネルを操作して正面のディスプレイにいくつかの映像を映し出す。簪も机の中から必要な教材を取り出すと、正面のディスプレイを見据える。しかし、頭の中では別の事を考えていた。

 

(絶対に……嘘)

 

昨日見た正体不明の機体は明らかに織斑 一夏を標的にしていた。もしも白鬼が助けに入らなかったら今頃彼はこの学園にはいないだろう。そんな行動をしていた機体がただ暴走していた訳が無い。

 

(やっぱり……考えてもしょうがない)

 

いくら自分が考えても起きたことが変わる訳でもない。簪は先程と同じく頭を切り替えると、授業を始めた教師の声に耳を傾け始める。

 

 

 

午前中の授業の終わりを告げる鐘が鳴ると、生徒達が席を立ち始める。簪も自分の鞄から綺麗に包まれた弁当箱を取り出すと、静かに教室を出る。最近は簪が教室で食べようとすると、本音が勝手に入り込んできて屋上に連行されるのだ。いちいち連れて行かれるのも億劫なので、自分から彼女らの所に移動するのが常になっていた。

 

(でも、嫌いじゃない……)

 

本音と統夜と三人で膝を突き合わせて食べる昼食が、最近では楽しみの一つになっていた。簪は軽い足取りで廊下を進み続け、一組の前に到着する。教室の中を覗き込むと、統夜の机の所に本音がいた。今日も簪を連れてくる算段をつけているのだろう。ふと悪戯心が湧いた簪は無言のまま教室に入り込んだ。教室内はざわついていた為、簪を見咎める者は誰もいない。そのまま本音の背後まで近づくと、急に肩を叩いた。

 

「だ、誰?……ってかんちゃん!?」

 

「か、簪さん?」

 

統夜も驚いているようで、見開いた目を簪に向ける。二人を驚かせた簪は若干の満足感に浸っていた。気を取り直した本音が人目もはばからず簪に抱きつく。

 

「かんちゃんどうしたの?自分から来るなんて~」

 

「毎回本音が連れて行くから……自分で来た方が早い」

 

「簪さん。顔が赤いけど、どうかした?」

 

「え?」

 

ふと統夜から質問を投げかけられて簪は自分の頬を触る。本音は簪に抱きつきながら自分の頬を簪の頬に擦り付ける。

 

「う~ん。確かにちょっと熱いかな~」

 

「別に……大丈夫」

 

統夜は何か言いたそうに口を開きかけるが、結局何も言わずに口を閉じた。本音は統夜と簪を交互に見ていたが、よっぽどお腹が減ったのか、二人を急かし始めた。

 

「さあ、行こ~行こ~」

 

統夜も微笑みながら、自分と本音の分の弁当箱を持って立ち上がる。本音はいつものように簪の手を両手で握ってぐいぐいとい引っ張り始めた。

 

「いい……自分で歩ける」

 

右手に持った弁当箱を取り落とさないようにしながら、簪は本音の手を振り払う。本音はニコニコと笑いながら今度は簪の背中を押し始めた。そのまま三人揃って階段を登り、廊下を歩いて屋上に辿り着く。屋上に備え付けられている円テーブルに弁当箱を置きながら、それぞれ椅子に腰掛ける。

 

「いただきます」

 

「いっただっきまーす!」

 

「いただきます……」

 

食事を始める三人。本音は思うがままに統夜の弁当を貪り、簪は本音を注意し、統夜は二人を微笑ましく見つめていた。だがそれぞれの弁当の中身が半分程までに減った頃、簪の視界が再びぶれる。

 

(あれ……何で……)

 

「簪さん。どうかした?」

 

「かんちゃん。ちょっと顔色悪いよ。大丈夫?」

 

「簪さん!!」

 

慌てて統夜が椅子から立ち上がった時には手遅れだった。箸と弁当箱を持ったまま簪は椅子から崩れ落ち、地面に体を横たえる。

 

(もったいない……美味しいのに……)

 

簪はぼやけた視界に映る地面に中身をぶちまけた弁当箱を見ながらそんな事を考える。それを最後に簪の意識は途切れた。

 

 

 

 

「……ん」

 

簪が目を開けると、白い天井が見えた。体を起こして周りを見てみれば、そこはいつも生活している寮の自室だった。横に目を向ければ統夜が椅子に座って、うつらうつらと船を漕いでいる。少し悪いと思ったが、ベッドから抜け出して統夜の体を揺さぶった。

 

「……簪さん?目、覚めた?」

 

「うん……私、どうなったの?」

 

「ああ、ちょっと待ってて。今、夕飯持ってくるから」

 

(夕飯?)

 

統夜の言葉に疑問を感じて窓の外を見てみれば、既に太陽は沈み、月が室内を微かに照らしていた。統夜が出て行って一人になった簪は自分の体の状態を確認する。

 

(少し……熱い?)

 

額に手をやってみれば少し熱を感じる。今朝は全く感じなかったが、今は妙に体が気だるかった。ベッドに体を横たえて待っていると、統夜がお盆を抱えて部屋に入ってきた。

 

「お待たせ。持ってきたよ」

 

統夜が自分のベッドに腰掛けて盆の上に乗っていた土鍋を開けると、中にはお粥がもられていた。統夜は一緒に持ってきた小皿にお粥をよそって蓮華と共に簪に手渡す。

 

「保健室にいた先生に言われたよ、風邪だってさ」

 

「あ、ありがとう……」

 

統夜から小皿を受け取る簪。小皿から立ち上る湯気と匂いは簪の空腹を掻き立てた。統夜はベッドに腰掛けたまま言葉を続ける。

 

「先生曰く“疲れが溜まっている”だってさ」

 

「……」

 

心辺りがありすぎる。最近は自分のIS製作の方も休みなく続けていたし、先日は鈴のISも見て、昨日は統夜から衝撃の事実を明かされたのだ。疲れで体が参ってしまってもおかしくない。

 

「……簪さん、もう少し周りを頼ってもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「俺も昨日の今日でそんなに人の事は言えないけどさ……いくら何でも技術的な事じゃ、一人でやるのには限界があると思うよ」

 

「……」

 

それは簪も薄々感じていた事だった。アイデアにせよ、知識にせよ、技術にせよ、一人の人間で生み出せるのには限りがある。現実問題として、既に開発の糸口は未だに上手く掴めずにいた。

 

「……まあ、俺がとやかく言う事でもないけど」

 

統夜は別の机に置いてあった洗面器から濡れタオルを取り出して十分に水気を切る。十分に絞れたと判断すると、簪の両肩を掴んで寝かせ、額にタオルを乗せた。

 

(冷たい……)

 

「氷のう取ってくるから、それで我慢してて」

 

そう言い残して統夜は部屋から出て行ってしまった。簪は額に乗せられたタオルの位置を片手で調節しながら、先程統夜の言った言葉について考える。

 

(確かに……彼の申し出は……)

 

正直言って渡りに船かもしれない。統夜の戦闘技術は明らかに一般生徒と一線を画しているし、前に見た彼のノートパソコンに映っていた図面から考えて統夜にはある程度のISに関する知識もあるはずだ。自分一人では煮詰まっている今の状況も、彼と一緒に考えれば打破出来るかもしれない。

 

(でも……本当にそれでいいの?)

 

自分が目標としている更識 楯無、彼女は自分一人でISを作り上げた。そんな彼女に追いつく為には“一人で彼女と同じ事をする”と言うのが大前提だと簪は考えている。

 

『そんな人いないと思うよ。少なくとも俺はいないって思ってるし、そんな人見たことも無い』

 

統夜の言葉を頭の中で反芻する。確かにあの言葉は妙な説得力があったし、ある意味では簪もその通りだと思う。だが自分のIS開発は自分自身で決着を付けなければ、姉と向き合えない気もする。

 

(私は、どうしたいの……?)

 

統夜に手を借りるのは容易い。頼まれもせずに自分の世話をする様な人間だ、申し出をすれば二つ返事で承諾してくれるだろう。だがしかし、そうなった場合今度は簪自身の目的の一部が達成出来なくなってしまう。あのISはただ完成すれば良いというものでも無いのだ。

 

(私は……)

 

 

 

 

統夜が洗面器と氷のうを抱えて戻ってきたとき、簪はまだ起きていた。氷のうを乾いたタオルで包みながら、簪に手渡す。

 

「はい、簪さん」

 

「ごめん……なさい」

 

いきなり謝罪の言葉を言われた統夜は目が点になっていた。頭がはっきりしていないのか、そのままうわ言の様に簪はつぶやき続ける。

 

「私……何度も迷惑、かけてる……」

 

「なんだ、そんな事か。気にしないでよ。俺が好きでやってる事だしさ」

 

「何であなたは……そんなに優しいの?」

 

「俺が?」

 

「あなたは……優しすぎる。怖いくらいに……何で?」

 

「……参ったな、そんな風に見られてたのか」

 

自分のベッドに座って頭を掻く統夜。簪はそれ以降全く言葉を発さず、ただ統夜の言葉を待っていた。

 

「……簪さんが思ってる程、綺麗な理由じゃないよ。俺のはただ単に、自己満足だ」

 

「自己、満足……?」

 

「そっ、ただ単に自己満足。俺がこうしたいと思うから、人に何かしてあげたいと思うから。こっちはこんな簡単に考えられるのに、体の方はダメだけどね……」

 

「……じゃあ、私もそうする」

 

「簪さん?」

 

「私が、そうしたいって思ったから……」

 

簪はベッドから何とか這い出すと、ベッドの端に腰掛けた。慌てて統夜が簪の肩を掴んで再び寝かせようとするが、簪は統夜の手を力なく振り払うとそのまま統夜の両手を握り締める。

 

「お願いします……私のISを作るのを手伝ってください」

 

「……分かった、俺で良ければ力になるよ」

 

統夜は言葉を返すと、簪をベッドに寝かせる。簪の顔は変わらず上気しているが、それが風邪の為か、気恥かしさから来るものかどうかは統夜に知る術は無かった。

 

「ありがとう……」

 

「べ、別に俺がした事だから……じゃ、じゃあお休み!!」

 

統夜は素早く自分の布団に潜り込み、毛布を被って横になってしまった。頭を占めるのは先程の簪の表情。

 

(ヤバイ……か、可愛い……)

 

僅かに上気した頬、目尻に涙を溜めながら微かに笑っている表情、暖かい両手で握られた手にはまだ感触が残っている。

 

(……明日から頑張るか)

 

統夜は決意を新たにして眠りに着く。こうしてまた一歩、統夜と簪の距離が縮まった夜だった。

 


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