IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
『へぇ、統夜がその子のISを作るの手伝う事になったのね?』
「うん。まあ、力になってあげたかったしね」
シャルル達が転入してから数日が経った。その間も簪のIS製作はハイスピードで進んでおり、今日の放課後にはテスト飛行を行ってみると簪の口から統夜に告げられた。現在昼休み、統夜は耳に携帯を当てて遥か彼方にいる姉へと電話をかけている。屋上には統夜以外誰もおらず、気兼ねなく話していた。
『勿論、その子は女の子よね?』
「え?うん、そうだけど……」
『可愛い?』
「な、何言ってんだよ!!」
『弟の恋愛事情は姉として気になるのよ。どう?』
「どうって言われても……」
正直な所、統夜自身まだよく分からないと言うのが本音だった。確かに彼女といるのは楽しい。なんとなくではあるが、最近では彼女の傍にいるのが当たり前の様に感じてきたのも確かだ。
『まあ、夏休みに一回そっちに戻るだろうからその時に聞かせてもらうわ。それよりも、他に何か面白い事はあった?』
「ああ。そう言えば転校生も二人来たな」
『へぇ、統夜のクラスにいきなり?やっぱり担任が千冬だからってのもあるのかしらね』
「しかもそのうち一人は男だったんだよ。俺や一夏と同じね。しかも女の方はドイツの、男の方はフランスの代表候補生だってさ」
『……ちょっと待ちなさい統夜。あなた今、なんて言った?』
いきなり電話口の姉の声が張り詰めた。不思議に思いながらも統夜は先程の言葉を繰り返す。
「え?そのうち一人は男──」
『違う、違うわよ。その後。“男の方はフランスの代表候補生”って言った?』
「あ、ああ。言ったけど……」
『よく考えなさい統夜。男のIS操縦者は既にあなたと千冬の弟で二人いるわ。三人目がいてもそこまで大きな話題にはならないかもしれない』
「それは……俺も考えたけど」
『でもその子はフランスの代表候補生なんでしょ?ならばフランスが自国の広告塔にするのが普通の行動よ。宣伝しないメリットなんて無いし、一般にはニュースにならなくても男性のIS操縦者はまだまだ貴重よ。マスコミがこぞって報道するに決まっているわ』
「それって……」
『でも今、そんなニュースは世界のどこにも存在しない。私も職業柄世界のIS事情に通じているけど、新しい男のIS操縦者の噂なんて耳に入ってきたことはないわ。つまり……』
「……」
『統夜、あなたと千冬の弟の一夏君は世界でも二人しかいない男のIS操縦者よ。その貴重さは計り知れない。その学園に入る前にも話した通り、あなたはそこにいる限りある程度の身の保証はされる。でもそれは裏を返せば、あなたの身は常にさらされているという事にほかならない』
「分かってる……それは分かってるよ」
『とにかく、あなたには難しいかもしれないけどある程度は警戒しておきなさい。そもそもその子が男の子だったら問題ないし、丸く収まる』
「……分かった。ありがとう、姉さん」
『それじゃあ、切るわ。またね、統夜』
ゆっくりと携帯を耳から話して通話を切った。柵に体を預けて青空を仰ぎ見る。
(……警戒、か)
統夜はこの間話した少年を思い浮かべる。温和という単語がぴったりで物腰柔らかなシャルルに、裏があるとはどうしても思えなかった。
「紫雲君?」
「簪さんか。どうかした?」
屋上の扉を開き、入り込んできたのは簪だった。そのまま統夜の隣に立って周囲の町並みを眺める。
「弐式のテストする場所……教えてなかったから」
「そう言えばそうだったな……」
「第四アリーナでやるから……ちゃんと来て」
「ああ……」
「……何か、あったの?」
簪から疑問の声が上がるが、統夜は相手の顔を見る事なく生返事を返す。
「何でそう思うんだ?」
「声に……元気が無い」
「そっか……」
二人の口が閉ざされる。そのままの状態で過ごす二人だったが、数分後ゆっくりと統夜の口が開かれた。
「人を疑うって、どう思う?」
「人を……疑う?」
「例えばさ、知り合いの素性が分からないとするだろ?自分の身が常に狙われてて、その知り合いが自分の身を狙う為に近づいてきたかもしれない。それを知ったら簪さんはどうする?」
「私だったら……」
「簪さんだったら?」
「……話してみる」
「話す?」
初めて統夜が簪の顔を見る。簪も統夜と同じ様に隣に立って空を見上げていた。
「人はそれぞれ違う……その間は埋めるには話すしかない」
「話すしか……ない」
「そうすれば……分かり合えるかもしれない」
「そう……そうだよな」
統夜は大きく伸びをして再び空を仰ぎ見る。統夜の表情はいつの間にか晴れ晴れとした物になっていた。
「ありがと、簪さん。少しだけ、すっきりしたよ」
統夜の言葉を聞いた簪はくすりと笑った。統夜はその笑みの意味が分からず怪訝な表情をする。
「何で笑うの?」
「これ……紫雲君が教えてくれた事だから」
「俺が?簪さんに?」
「そう……あの時、二人で話したから私はあなたの事を知った。だからあなたとの距離を埋められた……そんな気がする」
「……もう行こうか。そろそろ昼休み、終わっちゃうからさ」
「うん」
二人揃って屋上から出ていく。無人となった屋上に一陣の風が静かに吹いていた。
シャルルと話す決意を固めた統夜だったが、その日の午後は話す機会が無かった。教室内では見かけるのだが人の良い彼にいきなり“事情があるのか?”とも言えず、結局一日が終わってしまった。その後何とも言えない思いを抱えながら、統夜は簪と共に第四アリーナにいた。
「PICチェック……オールグリーン」
「簪さん、こっちは問題無いよ」
「分かった」
統夜の目の前には、打鉄弐式を身に纏った簪が浮かんでいた。目の前のディスプレイをタッチしながら物凄い勢いで目を走らせている。統夜も隣のモニターをチェックしながら、最終調整の補助をしていた。アリーナ内には統夜と簪以外誰もいなかった。普通は監視役の教師もいるのだが簪が代表候補生という身分を使い、人払いをしたのである。教師も簡単には納得しなかったのだが専用ISの開発に関する事というのを盾とした結果、監視用のカメラを起動させておく事を条件に渋々と去っていった。
「機体状況、オールグリーン。何時でも行ける」
「じゃ、離れてるね」
統夜がゆっくりと離れた後、簪は目を閉じて集中する。するとスラスターが徐々に動き出し、簪の体を宙に浮かせた。
「来て……夢現」
目を瞑ったまま簪が小さく呟くと輝く粒子が簪の右手に収束していく。光は長物の形を取っていき、そして弾け飛んだ時、簪の手には薙刀が握られていた。
「問題は……無い」
薙刀を両手で構えて数度振り回す。簪は満足げな表情で頷くと、夢現を解除した。
「じゃあ次は春雷か。ターゲット出すから、狙って」
統夜は持っていたデバイスを数度叩く。すると遠く離れた位置に、射撃訓練で使用する様な円形のターゲットが出現した。
「春雷、起動」
背中の二門の砲塔が音を立てて動き出し、簪の肩越しにターゲットに狙いをつけた。てすぐさま軽い発射音と共に二発の雷撃が繰り出される。
「……これも問題なし」
「簪、山嵐の方はどうする?」
「まだロックオンシステムの方が完成してないから、いい。次は……機動試験」
春雷を背部に収納し、スカート状のスラスターを展開する。空気を取り込んで青い炎を吹き出す弐式を見ている内に、開発を手伝った統夜の胸にも熱い物がこみ上げてきた。
「……行ってくる」
点火したスラスターを動かして、疾風の如き勢いで簪は飛び出した。空中でターンを繰り返すその姿は、まるで舞の様でもあり統夜の目に美しく映る。
(ん?この数値……)
統夜の手にしているデバイスには簪の装備している弐式のステータスが映し出されていた。その中の一つ、スラスターの状態を表す数値が統夜の目を引いたのである。
(低すぎる。こんなんじゃまともな動きが出来るはずない……まさか!?)
統夜が顔を上げて飛行中の簪を見ると、右側のスラスターから出る火が点いては消え、点いては消えを繰り返していた。背筋が凍る思いをしながら統夜は声を張り上げる。
「簪さん!今すぐ降りて!!」
「え?」
統夜の言葉に反応して顔を向ける簪。その瞬間、打鉄弐式の右側のスラスターが爆発した。
「きゃああっ!?」
左側にだけになったスラスターだけで体勢を維持出来るはずもなく、簪は加速度的な勢いで地上へと落下を始めた。本来ならばPIC制御で宙に浮くだけなら出来るのだが今の爆発の影響でプログラムが破損しているのか、落下の勢いが止まる気配は全く無い。
「くそっ!!」
統夜はデバイスを投げ捨てて走り出そうとする。だが、ふと頭に浮かんだ言葉で体が止まった。
(俺は何をしようとしてるんだ?)
勿論、目の前の簪を助けようと統夜は動こうとしている。だが今この場で簪を助けると言うことは、もう一つの事を示していた。
(いいのか?こんな所で……)
今は教師の代わりに監視カメラがこのアリーナを監視している。もし簪を助けようと思えば、自分の体の事が知られてしまう恐れもあると言う事にほかならない。あれほど他者に知られる事を恐れていた体の事情が、ほかの人間にバレる可能性が出てきてしまう。
(でも……)
統夜の脳裏に浮かぶのはつい数時間前会話した、簪の表情だった。
『そうすれば……分かり合えるかもしれない』
『これ……紫雲君が教えてくれた事だから』
自分に微笑んだ顔を見せてくれる少女。数ヶ月しか過ごしていないにも関わらず、自分の心の中に深く根付いているその少女が目の前で傷つこうとしている。絶対防御も全ての衝撃を防ぐ訳ではない上、あの状況では正常に作動するかすら定かではない。もし自分が動かなければ弐式は地面に激突して大破、簪も重傷を負うことは想像に難くないだろう。
(そんなの……絶対嫌だ!!)
思うより早く統夜は駆け出していた。両足にのみ神経を集中させ、アリーナの地面を蹴りつけて風よりも早く簪の元へとたどり着こうとする。
「簪さん!体を縮めて!!」
統夜は声高に叫ぶと、更に加速した。落下しつつある簪は統夜の言葉を聞きつけて、体を丸める。衝撃に備えた簪は全ての動きを放棄して、目を力いっぱい閉じた。
「うおおおおおっ!!」
統夜は弐式の落下地点へとひた走る。最後に地面を削りながら停止すると、落下しつつある簪に向かって両腕を差し出した。
(やってやる、やってやるさ!!)
今度は両足ではなく、両腕に意識を集中させる。瞳が変化し、体の中が熱くなっていくのが自分で分かった。衝撃に備えて両足を踏ん張り、簪を待ち受ける。そしてとうとう、弐式もろとも簪が統夜の腕の中へと落ちてきた。
「ッッッッ!!!」
脚が、腕が、胸が、頭が引き裂かれそうな激痛が統夜を襲う。ある程度の痛覚遮断は出来るはずなのだが痛覚が刺激されていると言う事は、それ以上のダメージが統夜の身に降りかかっているという事なのだろう。
(ぐあああああっ!!!)
叫びだしそうになるのを何とか堪える。統夜は目を閉じて体を襲う痛みを耐え続けた。一秒か、一分か、はたまた一時間か。永遠とも思える瞬間は簪の声で終わりを告げられた。
「──夜、統夜!しっかりして!!」
「か……簪さん?」
痛みによるショックか、統夜の視界は霞がかかっているかの様にぼやけていた。だが体を揺らされる感覚と共に、段々と視界が晴れていく。
「統夜!しっかりして!!」
統夜の目の前には涙で目を腫らしている簪がいた。周囲を見渡してみれば土煙が巻き起こり、自分の足元もクレーターが出来上がっている。簪が無事な事を確認すると、脱力して地面に倒れ込んだ。
「大丈夫……だよ」
「大丈夫じゃない!」
「俺は……化物だからさ」
自分の腕に視線を落としてみれば、血塗れの右腕がそこにあった。しかし、左手で血を拭うと、そこには傷一つ見当たらない。
「これ……」
「大丈夫……もう傷は無いから」
統夜が上半身を起こして立ち上がる。簪は統夜の体を支える様に腕を伸ばしかけていたが、悲しそうな表情と共に立ち上がる。
「さあ、戻ろうか。弐式も再調整しなきゃいけないだろうし」
「……うん」
二人は土煙の残るアリーナを後にする。だが二人は気づいていなかった。出口へと向かう二人を、アリーナ内の監視カメラの一つが追いかけている事に。
「紫雲君、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。心配いらないよ」
日も落ちた夜、統夜と簪は部屋にいた。機動試験の後、簪は真っ直ぐ部屋に戻る事を提案。統夜も反対する理由も無いので大人しく簪の言葉に従って部屋に戻っておとなしくしていた。今は夕食を取る前の小休止といった所である。
「でも……」
「ほら、早く弐式のプログラム書き換えちゃったほうがいいだろ。俺の事は心配いらないから」
「……分かった」
簪は机に向き直り再びキーボードを叩く作業に戻った。統夜はベッドに寝転んだまま、傷一つ無い右手を顔の前に持ってくる。
(良かった、助けられた……)
右手を握り締めながら目を瞑って考える。あの時、もし自分が走り出していなかったらどうなっていたか。その結果、簪の身に何が降りかかっていたか。
(……やめとこう。結局助かったんだ。考えても意味無い)
その時、サイドテーブルに置いてある統夜の携帯電話が震えた。こんな夜更けにいったい誰だと思いつつも、携帯電話を見てみると液晶には“織斑 一夏”と表示されていた。特に考える事も無いので、自然な動きで電話に出る。
「はい。もしもし」
『ああ、統夜。今、時間あるか?』
「何だよ急に。まあ、あるけど」
『ちょっと勉強で分からない事あってさ。シャルルは今シャワー浴びてるし、統夜に教えて欲しいんだけど』
「別に構わないよ。じゃあ今から行けばいいのか?」
『悪いな。頼む』
通話を切ると、ベッドから立ち上がりジャージの上着を羽織る。部屋から出ていく直前、簪に声をかけられた。
「どこ行くの?」
「ちょっと一夏の所に。教えて欲しい所があるんだってさ」
「ご飯までには……戻ってきて」
「分かった」
短い返事を返した統夜はそのまま部屋を出ていく。元々統夜と一夏の部屋はそこまで離れていないため、五分もかからずに到着した。ドアをノックして一夏の返事を待つ。
「一夏、いるか?」
『ああ、入ってきていいぜ』
了承を得た後、扉を開けて部屋の中に入る。一夏は自分のベッドに座っていた。取り敢えず統夜は部屋に置かれている椅子を手元に引き寄せて座る。
「サンキュな、統夜。助かるぜ」
「それよりもさっき疑問に思ったんだけど、いつの間にルームメイトが変わったんだ?」
「ああ、この間だよ。流石にいつまでも箒と一緒ってのはまずいんだってさ。今はシャルルが同じ部屋にいるよ」
「そうか。それで、どこを教えてほしいんだ?」
「ああ、ここなんだけどさ……」
一夏は自分の鞄から教科書を引っ張り出して統夜に見せる。幸い、開かれたページは統夜が理解している所なので簡単だった。そのまま一夏と統夜だけで勉強していると、ふと何かを思い出したかのように顔を上げる。
「そうだ。シャンプー、切れかけてたんだ」
「お前なぁ、何でこのタイミングで思い出すんだよ」
「いいだろ別に。それより、シャワー長くないか?シャルルの奴」
「人それぞれだろ。俺はいいから早くシャンプー届けに行ってやれよ」
「ああ、分かった」
立ち上がった一夏はシャワールームに向かっていく。残された統夜は何の気なしに教科書をパラパラと流し読みしていた。席を立ってから一分もしない内に一夏が部屋に戻ってきた。
「統夜……」
「戻ってきたか、一……ってどうかしたのか?」
一夏の顔色は先程とは一変していた。頭に手を添えながらベッドに倒れこむ一夏に、統夜が心配の眼差しを送る。
「おい、どうかしたのか?」
「……女子がいた」
「は?そりゃあ、この学園には俺たち以外男はいないんだから全員女に決まってるだろ」
「違うんだ……今、そこに女子がいた」
「それこそありえないだろ。今この部屋にいるのは俺とお前と、シャワー浴びてるシャルルだけだ」
「そうだよな……やっぱ俺の目がおかしいのかな……」
「変な事言ってないで、続きやろうぜ」
「そうだな、うん。そうしよう」
ベッドから飛び起きた一夏は統夜に寄って教科書を覗き込む。数分後、先程一夏が出てきた扉から、シャルルが出てきた。統夜も挨拶をしようと顔を上げるが、視線を上げた瞬間その顔が凍りつく。
「……シャルル、だよな?」
「な、何で統夜もここに……?」
「あ、俺が勉強教えてもらいたかったからさ……」
統夜の目の前にいるシャルルは昼間のとはまるで違っていた。結んでいた髪をストレートに下ろし、シャワーを浴びていたせいか頬も紅潮している。何より違っているのは胸の部分が昼間より膨らんでいる事だった。
「シャルル、それ……」
「ごめんね。統夜、一夏」
シャルルは顔を俯かせ、涙声で謝罪の言葉を口にした。一夏と統夜は余りの驚きにシャルルの言葉を聞くことしかできない。
「僕、二人に嘘ついてたんだ……」
彼女の口から明かされる真実が、二人の耳朶を打つ。柔らかな光に照らされるシャルルの顔には、何処か物悲しい表情が浮かんでいた。