IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
「これで……僕の話は終わり。ごめんね、嘘ついてて」
シャルルの独白が終わった事で部屋の中が再び静まり返る。大人しくシャルルの話を聞いていた統夜はベッドに倒れ込んだ。
「そっか……そういう事だったのか」
自分が性別を偽ってIS学園に入学したのは父親の命令によるものである事。男装する事で広告塔となり、父親の会社を救う為に一夏と統夜の身体データ、それに白式の稼働データを持ち帰る様に言われていた事。全てを聞いた統夜はどこかすっきりしていた。
(結局、姉さんの考えは当たってたって事か……)
「まあこれでそんな事も終わりかな。二人にバレちゃったらもうここにはいられないからね」
「……がうだろ」
「一夏?どうかし──」
「違うだろ!!そうじゃないだろ!!」
話を聞いている間は全く動かなかった一夏が、不意にベッドから立ち上がってシャルルの両肩を掴んだ。呆気に取られているシャルルの顔を覗き込み、怒涛の勢いで喋りだす。
「親ってのは子供にとって大切なものだ!でも、だからって子供に命令していい訳がない!そうだろ!?」
「で、でも……」
「一夏の言う通りだ」
「と、統夜?」
一夏の隣でベッドに倒れ込んでいた統夜が起き上がってシャルルの目を真っ直ぐに見る。
「俺も一夏と同じ意見だ。自分の都合を子供に押し付ける親なんて、親じゃない」
「統夜……でも僕には、もう居場所は無いよ」
「だったらここにいればいい」
シャルルの肩を離して立ち上がった一夏は自分の鞄を漁って生徒手帳を取り出した。ペラペラとめくっていくと、とあるページで手を止める。
「IS学園特記事項第二十一。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織及び団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」
「ど、どういう事?」
「この学園に在学中、つまり三年間限定でシャルルは誰の干渉も受け付けない。誰の指示も受けなくていいって事だ。それよりも一夏、良く特記事項なんて覚えてたな」
「俺は勤勉なんだよ」
「と、いう訳だ。三年もあればいい考えも浮かぶだろ」
「でも……本当にいいの?」
今だにシャルルは戸惑った表情のままだった。何を聞いているのか分からない一夏と統夜は揃って疑問符を浮かべる。
「僕がいたら、一夏と統夜に迷惑かけちゃう……僕はそんな事したくないよ」
「別にいいだろ。そんな事」
「え?」
「俺達が迷惑と感じなきゃ迷惑じゃない。そうだろ?統夜」
「……ったく、やっぱり楽天家だな。お前は」
「一夏……統夜……」
「でも今回は俺も一夏と同じだ。正直言って状況に流されるってのは好きじゃないけど、会ったばかりのシャルルといきなり別れるってのも後味悪いし」
「素直じゃねえなぁ」
「お前みたいに単純じゃないんだよ」
「何だとー!」
「や、止めろ、おいっ!!」
一夏が統夜に飛びかかる。ベッドの上で格闘する二人を見ながら、シャルルは自分の胸に熱い物がこみ上げてくるのを感じた。
「ありがとう……ありがとう、二人とも」
「別にいいよ、礼を言われる程の事じゃない」
統夜が返答したその時、部屋の扉がノックされた。統夜と一夏は揃ってシャルルを見る。
「おい一夏!今はマズイんじゃないのか!?」
「ああ。シャルル、取り敢えずベッドの中に」
「う、うん」
もぞもぞとシャルルがベッドに入ると同時に、一夏と統夜はアイコンタクトを交わし統夜はシャルルの体を隠す様にベッドの脇に立ち、統夜はゆっくりとドアを開ける。
「あら?紫雲さんですの?」
「オ、オルコットさんか。何か用かな?」
「ええ。一夏さんと夕食をご一緒しようかと思ったのですが……」
「あ、ああ!今ちょっとシャルルの気分が悪くてさ。一夏と俺で面倒見てるんだよ。な、一夏!」
振り返って部屋の中へと声を張り上げる統夜。一夏はどもりながらも統夜に合わせた。
「あ、ああ!シャルルがちょっと。な!シャルル」
「う、うん。ゴホッゴホッ!!」
(わざとらしすぎるだろ!)
嘘をつくのが苦手なのか、風邪を引いた真似が恐ろしく下手なシャルル。しかし純真なセシリアはあっさりと騙されてくれたようだ。心配そうな表情をしつつ、部屋の中を覗く。
「そうでしたの……それは大変ですわね。お大事になさって下さい」
「そ、それでオルコットさんはどうしてここに?」
「ええ。丁度良い時間なので一夏さんと夕食をご一緒しようかと」
「わ、分かった!行く、一緒に行く!!」
あたふたと部屋を出ていこうとする一夏。別れ際に統夜に言い残していくのを忘れなかった。
「シャルルの事、頼む」
「分かった」
「さあ一夏さん、行きましょうか」
廊下を二人揃って進んでいくのを見送ったあと、統夜はゆっくりとドアを閉めて部屋の中に戻る。シャルルは毛布から顔を半分だけ出して待っていた。
「もう大丈夫だ。オルコットさんは行ったよ」
「ありがとね、統夜」
「いいって。さっきも言ったけど、別にお礼を言われたくてあんな事言ったんじゃない」
「……ねえ、聞かせて統夜。」
「何を?」
「何でそんな風に考えられるの?」
「……」
「この事を黙ってたら、二人に迷惑がかかっちゃうんだよ?さっきは迷惑に感じなければいいって言ってたけど、何でそんな考え方が出来るの?」
シャルルの言葉を聞きながら、統夜は一夏のベッドに腰掛ける。シャルルは統夜の言葉を待ったまま、口を開こうとはしない。統夜は数秒思考した後、自分の考えを口にする。
「同室の子に教えてもらったんだ。“分かり合う為には、距離を埋める為には話し合う。そうすれば分かり合えるかもしれない”って」
「優しい子だね」
「俺もそう思うよ。だからかな、最初は少しだけシャルルの事警戒してたけど、今は全然気にしてない。自分でも単純だと思うけどね」
「ううん、僕はそう思わないよ。それにありがとね、正直に話してくれて」
その時、統夜のポケットで携帯電話が震えた。取り敢えず電話に出てみると聞こえてきたのは、話題に上がっていた少女の言葉だった。
『紫雲君、今どこ?』
「ああ。一夏の部屋だけど」
『そろそろ、夕食……』
「分かった。今から部屋に戻るよ」
携帯を再びポケットにしまうと、シャルルの方に向き直る。
「悪いシャルル、行ってもいいか?」
「うん、もう大丈夫。あと統夜、一つ聞いてもいい?」
「何?」
「その言葉を教えてくれた女の子の事、好きなの?」
今度は統夜が戸惑う番だった。今までの冷静さが嘘の様に慌て始める。
「ななな何でそう思うんだ!?」
「だって統夜、話してる時すっごく優しい顔してたよ?」
「……そう?」
「うん」
「何でシャルルにも言われるんだよ……」
頭を掻きながら統夜は首を傾げる。そんな顔に出やすいのかな、と思いながら部屋を出ていく。
「じゃあな、シャルル。また明日」
「うん、また明日」
統夜が出ていった後、シャルルはゆっくりとベッドに体を沈める。誰に聞かせるでもなく、独り言を静かに呟く。
「……その子とも、仲良くなれるかな」