IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第二十五話 ~想いが向かう先~

(統夜……どこ?)

 

アリーナで事後処理を手伝って楯無を医務室へと搬送し、全てが終わってから統夜の言葉通り寮の裏手へと来ていた。裏手は木々が立ち込め、小さい林とでも言うべき場所なのでそう簡単に探し人は見つからない。

 

(統夜……)

 

先程から探し続けてはいるが、影も形も見当たらない。もっと奥まで行ってみようと考えた時、茂みの中からうめき声が聞こえた。

 

「統夜!?」

 

簪は早歩きで林を駆け抜け、茂みをかき分けて進んでいく。数秒後開けた場所に出ると、そこには意中の人物が木に体を預けて座り込んでいた。

 

「……簪か。ごめん、わざわざ……来て、もらっちゃって」

 

「っ!?」

 

統夜の顔を見た途端、簪の表情が一変する。制服姿で座り込んでいる統夜の顔には幾重にも黒い筋が走り、瞳の形は変わり、目は血走っている。その上息は絶え絶えで、どう見ても体に異常が起こっていた。慌てて簪は統夜に駆け寄る。

 

「統夜、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫じゃ……無い、かな……」

 

「は、早く部屋に……」

 

簪が統夜の肩を抱いて立ち上がらせる。統夜もよろよろと立ち上がって簪と一緒に歩き始めた。

 

「……ごめん、迷惑掛けて」

 

「いいから、早く……」

 

簪が半ば統夜を引きずる形で木々の間を駆け抜けていく。幸運にも、林を抜けて寮に入っても人影は無かった。これ幸いと二人は急いで部屋に駆け込んでいく。そしてとうとう自室へと到着した二人。統夜は倒れこむようにしてベッドに横になり、簪はその隣に座り込んだ。統夜の顔を覗き込む様に簪がベッドの隣に膝を着く。

 

「あり、がとう……簪」

 

「どうして……そうなったの?」

 

「簪も見てたと思うけど、あのいきなり消えたり現れたりしてたやつ……“オーバーライド”って言うんだけどさ……使い過ぎると、こうなるんだ。簪に来てもらって……助かったよ」

 

「統夜の体に……反動が来るの?」

 

「今回は使い過ぎただけだよ。回数を制限して使っている分には大丈夫……」

 

話している間にも、統夜の息遣いは落ち着いていく。五分後、統夜の体は粗方回復していた。流石に戦闘を行えと言われたら無理だろうが、歩いたりするのは問題無かった。

 

「えっと……楯無さん、どうだった?」

 

「まだ意識が戻らないけど……心配無いって、先生が言ってた……」

 

言葉を交わす二人だがどうにも会話が続かない。お互いに何から話せばいいのか分からずに、視線をさまよわせるばかりであった。

 

「統夜……一緒に来て欲しい」

 

「どこに?」

 

「お姉ちゃんに……会いに行く」

 

「……」

 

「お願い……」

 

「うん、分かった。俺でよければ、一緒に行くよ」

 

ゆっくりと体をずらしてベッドから降りる統夜。そして簪と揃って部屋を出ていった。

 

 

 

「……お姉ちゃん」

 

「簪ちゃん……」

 

夕日の差し込む病室で簪と楯無は対面する。楯無の容態が安定しないので待っていたら、面会は夕方になってしまった。統夜は部屋の外の廊下で待ってもらっている。

 

「疲れるでしょ。座ったらどう?」

 

「う、うん……」

 

楯無に進められるがまま、簪はベッドの横にある折りたたみ式の椅子に腰掛ける。楯無の頭や剥き出しの腕には包帯が巻かれており、左の肩には大仰な手当ての後がある。それを見て顔を歪ませた簪の視線に気づいた楯無は、自分の傷を叩いてみせた。

 

「これ?大丈夫よ、お姉ちゃんは強いからね!」

 

「お、お姉ちゃん……私……」

 

「あ、そうだ簪ちゃん」

 

楯無が発言する度に簪がビクッと体を震わせる。これから何を言われるのだろう、簪の頭はそれだけで一杯だった。

 

「……な、何?」

 

「聞いたわよ、凄かったじゃない」

 

「え……」

 

「先生から聞いたわよ。戦闘が終わってからの指示、先生方も含めた怪我人の搬送、事後処理の仕方、文句の付け様が無いわ」

 

「……」

 

「流石は、私の妹ね」

 

「あ……」

 

その言葉を聞いた途端、簪の目から涙がこぼれ落ちた。それは留まる事を知らずにぽたぽたと床に流れ落ちていく。いきなりの事に楯無も慌て始めた。

 

「か、簪ちゃん!?」

 

「……うわあああああっ!!」

 

いきなり簪が鳴き声を上げながら楯無に抱きついた。楯無の両手は何をしていいのか宙を浮かぶばかり。

 

「わ、私……そう言って欲しくて……お姉ちゃんに褒めて欲しくて!」

 

「……」

 

「お姉ちゃんに追いつきたくて……お姉ちゃんみたいになりたくて!!」

 

楯無の表情が段々と柔らかくなり、最後には微笑みを浮かべる。宙を彷徨っていた両手もいつの間にか簪の背中をさすっていた。

 

「あなたは更識 簪。ほかの誰でもないの。とってもとっても強い、私の自慢の妹よ」

 

「う……うわあああああ……」

 

嬉し泣きをする簪と、その体を両手で包む楯無。まるで今まで溜め込んでいた感情を吐き出すが如く、簪はずっと泣き続けた。

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん。もう……大丈夫」

 

数分後、落ち着いた簪は再び椅子に座り直した。まるで子供の様に泣いていた事が恥ずかしいのか、顔は赤く染まっている。それを見た楯無は幸せの絶頂にいた。

 

(可愛い!!)

 

ここにカメラが無いのが悔やまれる。ISも修理を含めた検査に回してしまっているので、この顔を保存する術が無い事は明白だった。

 

(しょうがない。こうなったら私の頭の中に……)

 

「お、お姉ちゃん……どうかした?」

 

じっと見つめていたからだろう、簪が小首をかしげながら問いかけてくる。慌てて居住まいを直しながら、こほんと咳払いして何とか立て直す。

 

「な、何でも無いわ。それよりも簪ちゃん、聞きたい事があるけどいい?」

 

「何?」

 

楯無は表情を締め直す。これから聞く事は妹にとっては聞かれるのが嫌な事かもしれない。もしかしたらもう一度嫌われてしまうかもしれない。しかし、生徒会長としても、姉としても目の前にいる妹の身を案じるからこその質問であった。

 

「……ラインバレルの正体は誰?」

 

 

 

 

 

(簪、遅いな……)

 

統夜は病室の外でひたすら待っていた。既に十分は経っただろうか、あまりに手持ち無沙汰なので自販機で買ったジュースで喉を潤しつつベンチに座って簪の帰りを待つ。

 

(でも、流石に……)

 

そろそろ我慢の限界だった。十分以上待っている上に、統夜と楯無は別に初対面という訳ではないのだ。見舞いもしたいし、話もしたい。空になった缶をゴミ箱に放り投げ病室の取っ手に手をかけた時、その声は聞こえてきた。

 

「──ラインバレルの正体は誰?」

 

(……何だって?)

 

声を聞いた統夜は思わず手を止める。ドアの前で立ち尽くしていると、続けて言葉が聞こえてきた。

 

「簪ちゃん、あなたは私を助けに来てくれた時こう言ったわ。“大丈夫、あの人なら……大丈夫だから……”って。“あの人”って誰?」

 

「そ、それは……」

 

「別にこれは興味本位で聞いているんじゃないの。私は生徒会長、この学園の生徒を守る義務がある。それにあなたの事も心配なのよ。ねえ、教えてくれない?」

 

取っ手を握ったまま硬直している統夜の耳に、楯無の言葉が突き刺さる。楯無の言葉は“ラインバレルは危険”と物語っていた。“守る”や“心配”といった単語が出てくるのがその証拠である。

 

(でも……)

 

それはある意味仕方のない事であった。誰だって正体不明、しかも物凄い力を持っているのであれば対象に抱く感情は恐怖しかない。

 

(だからこそ俺は……)

 

前を見据えた統夜は、一息にドアを引いて部屋に入る。目に入ってきたのは驚いた顔をする楯無と、狼狽している簪だった。

 

「あら統夜君、お見舞いに来てくれたの?」

 

流石は生徒会長と言うべきか、一瞬で表情を隠して社交辞令を交わす。

 

「ええ、具合はどうですか?」

 

「大丈夫よ。簪ちゃんったら大げさなんだから」

 

「そうですか」

 

統夜もパイプ椅子を持ってきて簪の隣に座り込む。簪の視線は統夜と楯無の間で行ったり来たりしていた。

 

「知りたいですか?」

 

「何をかしら?」

 

「ラインバレルの、正体を」

 

「……盗み聞きするなんて悪い子ね。後でお仕置きよ?」

 

「すみません。たまたま聞こえちゃったんで……それで、知りたいですか?」

 

「……その口ぶりだと簪ちゃんだけじゃなくて、あなたも知っているって事になるのかしら?」

 

「統夜……」

 

簪が椅子から立ち上がりかけながら、悲痛な声を漏らす。統夜は簪に顔を向けるとゆっくりと頷いた。それを見た簪は再び椅子に座りなおす。状況が分からない楯無は只々混乱するだけだった。

 

「目で通じ合っちゃって、羨ましいわ。おねーさんにも教えてくれない?」

 

「本気で聞きたいですか?」

 

「ええ、これは私の興味だけじゃないの。もしもラインバレルが学園の平和を脅かす存在だとしたら、私は全力でアレと戦う」

 

「……もう目の前にいますよ」

 

「え?」

 

統夜は自分で自分を指し示しながら小さく呟く。その横では、簪が自分の隣にいる少年の顔を真っ直ぐに見つめていた。

 

「俺です」

 

「まさか……」

 

統夜の言葉から導き出される真実、それに気づいた楯無の表情は驚愕と疑念が入り混じった物だった。自分の考えを否定したいのか、楯無が統夜の顔を覗き込みながら乾いた笑みを浮かべる。

 

「統夜君、おねーさんをからかっちゃダメよ?」

 

「冗談だったら……いいんですけどね」

 

「……正直に言うけど、あなたがラインバレルだとは思えないわ。雰囲気が違いすぎる」

 

「じゃあ、証拠を見せましょうか」

 

統夜は自分の首元をゴソゴソと探ると、ネックレスを取り出した。その行動の意味が分からない楯無には、統夜がいきなり只のネックレスを取り出した様にしか見えない。

 

「それは何かしら?」

 

「……来い」

 

「きゃっ!?」

 

統夜が言葉を発すると、ネックレスを握りこんだ統夜の右手が輝き出す。その強い光で楯無の目が潰され、思わず顔を背けてしまった。そして光が収まった時楯無の視界に飛び込んで来た物は、異形の鎧に包まれている統夜の右腕だった。

 

「楯無さんもこれに見覚え、ありますよね?」

 

「触っても……いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

統夜は肥大化した右腕を楯無に差し出す。楯無はベッドから身を乗り出しながら恐る恐る右手を伸ばして、無機質な統夜の腕を撫でた。

 

「……ありがとう。もういいわ」

 

「分かりました」

 

統夜が右腕に目をやると、一瞬でラインバレルの右腕は光の粒子へと変換されてネックレスに吸い込まれていった。後に残っていたのは、何の変哲もない統夜の右腕だけ。

 

「今回と前回、それと六年前のあの事件。全部あなたがやった事だったのね」

 

「はい……」

 

「……話して、欲しい」

 

「簪ちゃん?」

 

統夜の隣で簪が統夜の瞳を真っ直ぐ見つめながら自分の思いを打ち明ける。統夜は口を引き結んだまま、簪の次の言葉を待っていた。

 

「それが統夜にとって話したくない事なのは……知ってる。でも……私はあなたの事が、もっと知りたい」

 

「……」

 

「お願い、統夜……教えて」

 

統夜は簪の顔から目を離し、椅子に深く腰掛けて天井を仰ぐ。簪はどんな返事が返って来るのだろうと思いながら、只々待っていた。統夜が姿勢を戻すと、ゆっくりと閉ざしていた口を開く。

 

「……分かった」

 

「私がいない所で話した方がいいんじゃない?」

 

「いえ、構いません」

 

そして統夜は一つ大きく深呼吸すると、訥々と言葉を紡ぎ始めた。

 

 


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