IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十話 ~トオイキオク~

辺りでは轟々と炎が燃え盛っている。いつも見ていた機材も、研究員達が叩いていたパソコンも、今や鉄屑以下の存在と成り果てていた。

 

「父さん!父さん!!」

 

目の前の父を何度も呼ぶ。母は父の傍に倒れていた。いつも暖かな笑みを浮かべていたその顔には、赤い血化粧が施されている。小さな手に揺らされている父の体は血塗れで、荒い息を吐きながら父がポケットから何かを取り出した。

 

「統夜……これを……」

 

「父さん!どうしたの!?」

 

父の手が自分の右手を掴んで引き寄せた。なされるがままの自分の手に何かを握らせる。

 

「これを……離すな。お前の……力に……」

 

「父さんしっかりして!母さんは何で!?」

 

体に力が入らないのか、四肢を投げ出している父の体を揺さぶり続ける。統夜の視界の端には父の体から流れ出た血液が写っていたが、それには目もくれなかった。

 

「父さん、父さん!!」

 

揺らしている間にも溢れ出る血液は止まらない。皮肉にも周囲で燃え盛っている炎の光が反射して、血液は綺麗な赤色を生み出していた。目に入らないわけではない、認めたくなかったのだ。父が、己の大好きな父が死に瀕しているなどという事を、認めたくなかった。

 

「父さん!父さ──」

 

壊れたおもちゃの様に何度も何度も同じ言葉を繰り返す統夜の体が不意に暖かい物に包まれた。父が両手を伸ばしてゆっくりと自分を抱いたのである。

 

「す、まない、統夜……本当に、すまない……」

 

「父さん……?」

 

「託せるのは……お前だけだ。お前が決意をした時……きっと共に道を歩く者が、隣にいる……だろう。お前は……決して、一人ではない」

 

「何で……何でそんな事言うの!?」

 

既に統夜も理解していた、父が既に手遅れだと言う事を。だが信じたくなかった。父と母と、多くの人間と過ごした場所が灰になり、同時に父と母を失うということを。今まで力強く背中に回されていた腕がするりと抜け落ち、父の体は完全に崩れ落ちた。

 

「父さん?ねえ、返事してよ……父さん……」

 

父の傍らで跪く。荒かった息は既に蚊の泣くような音に変わっており、統夜は只々泣くことしか出来なかった。

 

「父さん……母さん……」

 

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。握り拳を伝って僅かに熱を持っている床に垂れているのを見ていると、自分の心を虚無感が襲う。

 

「……」

 

もうここで死んでもいい。そんな言葉が頭をよぎった時だった。不意に体が掴まれて、宙に浮く。思わず後ろを見ると、綺麗な銀髪を乱して自分を抱き上げている女性が目に入った。

 

「──」

 

「──」

 

虫の息だった父が途切れ途切れの言葉を紡ぐ。女性は唇を噛みながら自分への怒りに打ち震えているようだった。目の前で倒れている父と母の事で頭はいっぱいで、女性と父の会話すら耳に入ってこない。

 

「──いいんだ……罪は私達にある。あれを、作り出してしまった……私達に。心苦しいが……後は……」

 

「はい。必ず……」

 

「すまない。統夜を……頼む。その子は絶対に……」

 

「父さん……?」

 

「……統夜、こんな父親を……ゆる、し……て、くれ……」

 

その言葉を最後に父の瞼は完全に閉じた。茫然自失としている自分を抱え上げたまま、女性は踵を返して部屋を出ていこうとする。

 

「待って!離して、父さんと母さんが!!」

 

「……行くわよ」

 

「嫌だ!嫌だよ!!父さん!!母さん!!」

 

「……」

 

女性は統夜を両腕で抱きかかえると、靴音を響かせながら勢い良く部屋を駆けていく。背中越しに見えた父と母の最後の姿は、何処か手を繋いで寄り添っている様にも見えた。

 

「父さん、母さん!!」

 

思わず右手を伸ばす。その手の中に光る銀色のネックレスはまるで、少年の心中を表すかのように激しく揺れていた。

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

女性の驚いた声が部屋に響く。統夜は思わず自分の顔を隠す様に顔に手を当てた。そのまま息を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返す。

 

「はっ、はっ……はっ……」

 

幾らか気分が落ち着いてきた所で手を外して周りを見る。そこは三ヶ月近く過ごしたIS学園の寮の中にある、自分の部屋だった。太陽が顔を出しかけているのか、窓の外には朝焼けが広がっている。ベッドに脇を見ると、寝巻き姿の簪が尻餅をついていた。その顔には焦りや不安と言った感情がありありと浮かんでいる。

 

「と、統夜……?」

 

「……ごめん。驚かせて」

 

薄い毛布から抜け出して、自分の体を確認する。どうやら夢を見ている時に相当の寝汗をかいたらしく、寝巻きとして使っているジャージがぐっしょりと濡れていた。統夜は着替えを取り出すとシャワーを浴びる為にドアを開ける。

 

「統夜……」

 

「……」

 

簪の声が背中越しに聞こえるも、取り合う事はしない。今の自分には簪に構っていられる余裕が無かった。そのままシャワー室に入ると、音を立てて閉める。まるで簪の声をかき消すかのように。

 

 

 

 

 

(最低だ、俺……)

 

統夜は弁当の用意をしながらそんな事を考えていた。シャワーから出たあと、簪は何か言いたそうにしていたが、統夜はただ一言”弁当、用意してくる”とぶっきらぼうに言い残した後部屋を出てきてしまった。そして今、酷い自己嫌悪に陥っている最中である。

 

(何であんな夢、見たんだろう……)

 

まだ父親と母親が死んでまもない頃、その当時は確かに毎日の様に見ていた夢。瞼の裏に焼け付いた景色が統夜の精神を不安定にしていた。姉がいなければ今頃どうなっていたか分からない、それほど当時は酷かった。だが、この年になって払拭出来た、はずだった。事実、最近は見た記憶がない。

 

(やっぱり……あれか?)

 

脳裏に先日、簪と楯無に全てを話した時の情景が思い浮かぶ。だがしかし、話したのは自己責任な上、簪に全く非はない。その事実が余計統夜を苛む。

 

(戻ったら、謝ろう)

 

そう心に決めながら弁当を包む。もう何度やったか分からない手順を滞りなく進め、三つの弁当を持って調理室を出た。

 

(そう言えば、そろそろ臨海学校か)

 

今月中で一番多大きな行事、それが臨海学校だった。正直言って今まで行われてきたこの学校の行事には良い思い出など一つも無いが、今回ばかりは違っている事を統夜は祈っていた。寮の廊下を歩き、もう少しで自分の部屋にたどり着く。そんな時、急に横の扉の向こう側から尋常でない音が響いてきた。

 

「な、何だ何だ!?」

 

尻餅をついてしまった統夜は廊下の壁に手を添えながら何とか立ち上がる。幸い弁当箱には何の被害も無いので一安心。そして目の前の扉の部屋番号を見てみると、思い切り見覚えがあった。

 

「もしかして……」

 

そろそろとドアを開けてみると、その先には俗に言う修羅場が広がっていた。

 

「よ、よう統夜……」

 

「お、おう……」

 

部屋の角で丸まっている制服姿の一夏と会話を交わす。朝焼けが差し込む空間には、部屋の主である一夏以外に二人の女性がいた。

 

「お、おはよう。ボーデヴィッヒさん……」

 

「紫雲か。良い朝だな」

 

一夏に次いで挨拶してきたのは、最近性格ががらりと変わったともっぱらの噂のラウラ・ボーデヴィッヒだった。先月のタッグトーナメント、それを境にラウラは変わった。以前の様な刺々しい雰囲気はどこにもなく、今は少し仏頂面が目立つ普通の女の子と言った様子である。前に話をしたときは開口一番に“前は斬りかかって済まなかった”と謝罪をされ、少しばかり戸惑った。今では転入当初が嘘の様に、普通の会話を交わせる関係となっている。

 

「し、紫雲か?」

 

統夜に背中を見せながら声を発したのは箒だった。表情は見えず、揺れているポニーテールしか見えない。どうやら箒が振り下ろしている竹刀を、ラウラがISを展開して止めているようだった。思わず部屋の中を覗き込もうとする統夜だったが、物凄い勢いで顔を真っ赤に染めたあと、部屋のドアに体ごと顔を向ける。

 

「紫雲、どうしたのだ?」

 

「な、何でボーデヴィッヒさんは裸なの!?」

 

一瞬だけ目に入ったラウラの体は一糸も纏っていなかった。思わず部屋の主である一夏を非難する。

 

「おい一夏!お前何やってんだ!!」

 

「ち、違う!誤解だ!!」

 

そこで一夏は弁明を始めた。どうやらラウラが押しかけ、朝起きたらベッドの中に全裸で潜り込まれていたらしい。しかも驚いた一夏の声を聞きつけて箒が乱入して来る始末。今は頭に血が上った箒をラウラが止めている状況だという。

 

「しかし紫雲。貴様も思うだろう、嫁の部屋に入るのはこの格好が普通だと」

 

「俺は思わないよ!!」

 

統夜の金切り声が部屋に響く。そして部屋が騒がしくなりかけた時、ドアから顔を覗かせた人物がいた。

 

「ねえ一夏、こっちにラウラ来てない?」

 

「あ、お、おはよう。シャルロット」

 

「あ、うん。おはよう、統夜……って何で統夜が一夏の部屋にいるの?」

 

顔を出したのはシャルロットだった。長い金髪を後ろで一つに束ねている。因みに呼び名の方は特に意識せずに名前で呼んでいた。シャルロットの方も統夜を名前で呼んでいるし、今更苗字で呼ぶのもなんだか余所余所しいと思ったからだ。統夜の体で部屋の中が見えないのか、しきりに首を伸ばして中を見ようとしている。

 

「ああ。ボーデヴィッヒさんならいるよ」

 

「ありがとう──って何で裸なの!?」

 

慌てて部屋の中に入ったシャルロットは、ラウラに服を着せようと急いで駆け寄った。箒は状況についていけないのか、半ば放心状態のまま竹刀片手に立ち尽くしている。

 

「ほんと、何やってんだよ」

 

思わず文句を言いながら一夏の元へと歩み寄って片手を差し出す。一夏は苦笑いを浮かべながら、統夜の手を取って立ち上がった。

 

「サンキュな、統夜」

 

「それより、そろそろ学校だぞ。準備終わってるのか?」

 

「ああ、何時でも──」

 

「一夏」

 

一夏がベッドの脇にある自分の鞄を指差した時、統夜の背中越しに幽鬼の声が聞こえた。ギギギ、という擬音を鳴らしながら二人揃って首を向ける。

 

「……」

 

二人の視線の先では箒が髪を揺らめかせながら竹刀を構えていた。逃げ出そうにも、狭い室内では逃げ場などどこにもない。更に仲介役を果たしてくれるシャルロットは気配を察したのか、いつの間にかラウラと共にいなくなっていた。

 

「じゃ、じゃあ一夏。またあとでな」

 

「ま、待ってくれ統夜!」

 

顔を見ないようにしながら箒の脇を通って部屋を出る。出るときに背中越しに聞こえてきたのは、一夏の断末魔だった。

 

『一夏!貴様一体どういうつもりだ!!』

 

『ご、誤解だ箒!俺は──』

 

『問答無用っ!!』

 

『ぎゃあああっ!!』

 

(一夏、ごめん……)

 

一抹の謝罪の気持ちを胸に抱きながら、統夜は部屋に戻るべく廊下を歩く。いつの間にか廊下には、朝日が差し込んでいる。こうして七月のIS学園は、部屋の中から響く断末魔と共に始まった。


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