IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十一話 ~夏と言えば海、海と言えば水着~

楽しいはずだった──

 

誰もが心を躍らせていた──

 

でも、それは俺達の想像力が足りないだけだった──

 

誰も思わなかった──

 

あんな事になるなんて──

 

 

 

 

「おい一夏、見えたぞ」

 

「おおっ!海だ海だ!」

 

窓から見える景色に感嘆の声を上げる一夏。その隣では統夜が窓の縁に肘を突きながら、海を見つめている。そんな二人の声を聞きつけたのか、座席越しに箒の声が響く。

 

「遊びに来たわけではないのだぞ、一夏」

 

「良いではありませんか箒さん。二日目はともかく、一日目は自由時間があるのですから」

 

箒の隣に座っているセシリアの声も聞こえる。背中越しにはシャルロットとラウラがはしゃいでいる声も聞こえた。

 

「本当、水が綺麗だよね。こんな綺麗な海、僕初めて見たよ」

 

「海沿いで訓練した事を思い出すな。最も、今回は訓練に来たわけではないが」

 

(臨海学校、か)

 

バスの中はクラスメイトが騒ぐ声で満ちていた。統夜は窓から顔を離し椅子に体を預けると、小さく息を吐く。夏休みの直前である七月の半ばに、IS学園一年生の面々は臨海学校に来ていた。

 

 

 

 

「おーい統夜、こっちこっち」

 

「ここか……って広すぎないか?」

 

「仕方ないだろ。俺たち以外に男がいないんだからさ」

 

一夏と統夜は揃って、あてがわれた部屋へと踏み入る。窓からはキラキラと光る海と、見るからに熱せられていそうな白い砂浜が一望出来た。取り敢えずそれぞれの荷物を部屋へと運び入れる。

 

「これで終わり、っと」

 

「一夏、自由時間って何時までだったっけ?」

 

「ええっと……五時までだな。その後は食堂で夕飯だ」

 

先に荷物を運び終えて部屋で寝転がっていた一夏がバックの中から臨海学校のしおりを取り出し、統夜の質問に答えた。部屋の大きさは二人だけにしては広すぎる物で、どうしても持て余してしまう。といっても、二人の他にここに来る人間はいないので、文句を言っても何も変わらないのが現状だった。

 

「お前どうする?俺はもうちょっと荷物の整理してるけど」

 

「俺は海に行ってくる。統夜も後で来いよ」

 

「ああ、分かった」

 

「じゃ、先行ってるぜ」

 

バスタオルと水着を荷物の中から取り出した一夏は、足早に部屋から出ていった。静かになった部屋の中で、一人統夜は荷物を畳の上に並べながら整理を続ける。

 

(……何も起きなきゃいいけど、そんな事ありえないんだろうな)

 

一人のままでいると、どうしても悪い方向へと考えてしまうのは自分の悪い癖だ。しかし、今回の予想はあながち間違いではないと、直感的に悟っているのもまた事実だった。

 

(また、あいつらが来るかもしれない……)

 

今までに二度、自分達を襲ってきた正体不明の集団。一回目と二回目の敵機のフォルムには僅かながら類似点があったし、何より敵の使っている機体が問題だった。

 

「ISじゃない何か、か」

 

統夜はこれまでの戦いから一つの結論を出していた。すなわち、敵が使っている機体はISではないと言う事である。百歩譲って、何処かの国なり企業なりが無人のISを開発したとしても、それをIS学園に送り出すメリットは全く無い。更に敵が自爆をしたというのも問題の一つだった。仮にあれらがISだとすれば、自爆などという手段は下の下である。限りあるISコアはそんな簡単に手放して良いものではない。

 

「と、するとやっぱり……」

 

声に出して自分の考えを再確認する。あれは敵である、と。自分達を害する者たちであると、頭の中で結論付ける。整理が終わった荷物を順番に鞄の中へと詰めていき、最後に音を立てながら蓋を両手で閉める。

 

「……やってやる、やってやるさ」

 

首に掛かっているネックレスに触れながら独りごちる。その時、部屋のドアがノックされた。立ち上がりながら、返事を返す。

 

「はい、どうぞ」

 

「とーやーん」

 

入ってきたのは、本音だった。いつもの制服姿ではなく、某電気ねずみの様な真っ黄色の着ぐるみを着ている。統夜が止める間もなく、部屋の隅に置かれていた敷布団目掛けてダイブしてごろごろと寝転がっている。

 

「のほほんさん、どうかした?」

 

「とーやん。海行こうよ~」

 

「海?」

 

「もう皆行ってるよ、とーやんも早く~」

 

「はいはい」

 

ズボンの裾をぐいぐいと引っ張られながら、統夜は閉めたばかりの鞄を開けて、バスタオルと水着を手にした。それを見届けた本音は立ち上がってのんびりとした足取りで部屋を出ていこうとする。

 

「じゃあ、海岸で待ってるからね~」

 

「ああ、分かった」

 

「あ、そうそう」

 

何かを思い出したかのようにドアに手をかけたところで本音が立ち止まった。そのままくるりと統夜の方へと振り返って、いつも通りの間延びした声で告げる。

 

「ちゃんと連れていくからね~」

 

「え?誰を──」

 

「じゃあね~」

 

統夜は片手を伸ばしかけて本音を呼び止めようとしたが、それより早く本音は出て行ってしまった。相変わらずのマイペースを崩さない本音を、彼女らしいと思いながらも取り出した水着に手早く着替え、その上から薄手のシャツを羽織る。バスタオルとサンダルを小さい手提げ袋に入れると、緩慢な動作で立ち上がる。

 

「さて、行くか」

 

誰に聞かせるでもなく、独りごちる。部屋から出て廊下を歩き、玄関口へと繋がる渡り廊下を歩いていく。

 

「……何でこんな所に穴があるんだ?」

 

歩いている途中で見つけた、庭にぽっかりと開いている大穴に疑問を持ちつつも、廊下を進んでいくと、玄関口が見えてきた。サンダルに履き替えて外に出ると、強い日差しが降り注ぐ砂浜が一望出来た。浜辺に向かって歩き出すと、その途中で見知った顔がいたので声をかける。

 

「シャルロット」

 

「あ、統夜」

 

綺麗な金髪を後ろで束ね、オレンジ色のビキニに身を包んでいるシャルロットは何故か道の真ん中で立ち止まっていた。歩み寄りながら疑問の声をあげようと、口を開く。

 

「お前、も……」

 

しかしながらその後に続くはずの“海に行くのか?”と言う言葉は統夜の口から出る事は無かった。

 

「……それ、誰だ?」

 

「あ、こ、これ?ちょっとね……」

 

あはは、と笑うシャルロットの横でもぞもぞと動いているのは、全身をバスタオルで雁字搦めに縛り上げた、人と思しき物体だった。

 

「し、紫雲か?」

 

「しゃ、喋った!?」

 

「実はこれ、ラウラなんだよ」

 

シャルロットが苦笑いを浮かべながら物体を指差す。確かによくよく聞いてみれば、謎の物体から発せられるくぐもった音声は、ラウラの物だった。

 

「紫雲も言ってやってくれ!こんな物は私に似合わないと!!」

 

「いや、意味が分からないんだけど……」

 

「着てきた水着を一夏に見られるのが恥ずかしいんだって。僕はそんな事ないよって言ったんだけど、どうしても言う事聞いてくれなくて……」

 

「統夜~!」

 

明後日の方向から唐突にかけられた声の主は、旅館の玄関口から出てくると一直線に統夜たちの元まで走ってきた。

 

「鈴。お前も海に行くのか?」

 

「ええ。統夜とシャルロットも行くんならさっさと行きましょ……って何それ?」

 

鈴がシャルロットの影に隠れていたラウラを発見した。尚もシャルロットの影に隠れようとするラウラを無理やり押し出しながら、説明を繰り返す。

 

「実はこれ、ラウラなんだ。水着を一夏に見せるのが恥ずかしいんだって」

 

「ふ~ん、じゃあ私たちは先行って一夏と遊んでるわ。さ、行きましょ統夜!!」

 

統夜の背中をぐいぐいと押して二人で砂浜に向かって歩を進める。統夜が首を回して後ろを振り返って見れば、シャルロットが必死の説得を続けているようだった。

 

「い、いいのか?ボーデヴィッヒさんとシャルロットを置いていって」

 

「いいのいいの。どうせラウラだって、何だかんだ言って最後にはこっち来るでしょ」

 

「そんな物なのか?」

 

「そんな物よ」

 

途中から、一人で歩き出した統夜と鈴は並んで砂浜へと足を踏み入れる。太陽は燦然と輝き、焼けるような光が浜辺に降り注いでいる。浜辺では既に多くの生徒が海で泳いだり、ビーチバレーを楽しんでいたりと様々な形で海を満喫していた。

 

「お!統夜~!鈴~!」

 

「一夏~!」

 

浅瀬で体を動かしていた一夏がこちらに手を振って二人の名前を呼ぶ。鈴も返事を返すと統夜が止める暇も無く、一夏目掛けて一目散に駆け出した。

 

「お、おい!何すんだ!」

 

「いいじゃないの。ほら、あっちに行きなさい!」

 

「おい!危ないから暴れるなって!うおおおっ!?」

 

鈴に飛び乗られた一夏が体勢を崩しかける。そんな少し危険な状況でさえも鈴は楽しんでいるようで、元気の良い笑い声を砂浜に響かせていた。

 

「とーやん~!」

 

「あ、のほほんさん」

 

先程自分が通ってきた道を駆け下りて近寄ってくるのは、自分の体躯より一回り大きい着ぐるみを来た本音だった。何かが本音の後ろの隠れているようで、立ち止まっては歩き出し、立ち止まっては歩き出しを繰り返している。

 

「連れてきたよーとーやん」

 

「だから、誰を……って簪?」

 

「と、統夜……」

 

「かんちゃんをお届けにまいりました~」

 

本音は自分の後ろの隠れるように立っていた簪を両手で捕まえると、統夜に差し出す。統夜の眼前に差し出されている簪はいつもと変わらぬ制服姿だった。

 

「ほ、本音……だから……」

 

「はい、どうぞ」

 

「きゃっ!?」

 

「うおっ!!」

 

いきなり、少しだけ勢いをつけて本音が簪を突き飛ばす。当然の結果として、簪の真正面に立っていた統夜に簪が倒れこんだ。慌てて統夜が両手を差し伸べて簪を抱きかかえる。

 

「あ……」

 

「え、あ……」

 

「判子はいらないから。じゃあとーやん、よろしくね~」

 

本音はびしっと敬礼をすると、海目掛けて一人駆け出して行ってしまった。残された二人は只々茫然とするしか出来なかったが、先に正気を取り戻した簪が蚊の泣くような声を上げる。

 

「統夜……もう大丈夫、だから……」

 

「あ、ご、ごめん!!」

 

急いで両手を簪から外す。開放された簪は顔を背けながら、統夜から二、三歩距離を取った。

 

「え、えーと……取り敢えず聞いていい?」

 

「な、何を……?」

 

「何で制服なの?」

 

「……水着、持ってくるの忘れたから」

 

顔を背けながら、ぽつりと漏らす簪。その言葉に疑問を抱きつつも納得しかけた統夜だったが、第三者の口から真実が明かされた。

 

「とーやん~!かんちゃんが制服なのはね~!」

 

二人が声のする方向を見てみれば、そこには海から顔だけ出している本音がいた。続く言葉を恐れた簪が金切り声を上げるが、本音の口が閉ざされる事は無かった。

 

「ほ、本音!!」

 

「とーやんに、水着見られるのが恥ずかしいからだって~!」

 

言うべきことを言い切った本音は再び海へと戻っていった。真実を聞いて唖然としていた統夜だったが、何とか言葉を捻り出す。

 

「えっと……本当?」

 

「……」

 

簪は統夜の問に対して、決して肯定しなかった。しかし逆に、その沈黙が本音の言葉を肯定する事となってしまっていた。

 

「「……」」

 

互いの間にしばし何とも言えない空気が流れる。向き合いながら浜辺で立ち尽くしているその姿は、何処か初々しくもあった。そしてを他の女子生徒達はそんな二人に声をかける事もせず、近寄る事もせず、ただ遠巻きに見つめるだけだった。

 

「……なんか、あそこだけ空気違くない?」

 

「あーあ、こりゃ紫雲君は更識さんで確定かなぁ?」

 

「まだよ!まだ諦めるには早いわ!!」

 

「いやもう諦めなって。あれ、ほぼ決まりでしょ」

 

IS学園一年生の臨海学校。その一日目はうだるような暑さと、眩しい海と、学生達の嬌声と共に始まった。

 

 


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